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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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不完全で完成された世界

 市丸さんのしていることはなんとか理解することはできる。だけれどもそれが正しい事なのかどうか僕には分からない、というよりも僕は間違っていることなのだと思う。

 正義なのか悪なのか。

 楠さんに言わせれば、力は正義で勝てば官軍。恐らくこの場合の『勝ち』は楠さんの為になったかどうかということになるのだろうけれど、隠し続けていた秘密をばらして得たものは果たして楠さんの為になるのだろうか。

 結果なんてものは最後の最後まで分からないけれど、今回ばかりはいい結果が訪れる気がしない。

 現に一度、ばれそうになったときにクラスメイトはみんな楠さんを責めた。責めに責めた。

 二学期の途中にやってきた市丸さんが一学期に起きたそのことを知らないのだから仕方がないのかもしれないけれど、想像つきそうなものではないのかな。市丸さんは頭が良いそうなのでなおさらだ。

 いや、もしかしたらそれも分かっているのかもしれない。きっとわかっているはずだ。その上でばらそうと言っているのだったら、ひょっとしてひょっとすると楠さんがみんなに受け入れられるような作戦があるのかもしれない。きっとあるんだ。そうなってくるとやっぱり分からない。

 僕が楠さんと話すようになってからまだ半年もたっていない。それに比べて、詳しくは知らないけれど、楠さんと市丸さんはかなり前から友達だったようではないか。それに比べてなんて言ったけれど、比べようもない。

 僕のすべきことは最早決まっているような気がするけれど。僕の保守的な考えは間違っているのだと自分自身分かっているような気がするけれど。

 それでもやっぱり僕は協力する気になれない。

 僕は、悪者なのかもしれない。


「雛ちゃんは、どう思う?」


 夕暮れの帰り道、僕は雛ちゃんに聞いてみた。隣を歩く雛ちゃんに聞いてみた。


「市丸さんのしていることはいい事なのかな。楠さんにとっていい結果をもたらすのかな。楠さんとの付き合いが浅い僕なんかが偉そうに言うのは間違っているのかもしれないけれど、どうしても良くないことになりそうな気がするんだ。雛ちゃんは、どう思う?」


 雛ちゃんはつまらなそうにしながらも答えてくれた。


「知らねえよ。若菜の事なんざ私の知ったこっちゃねえ。好かれるも嫌われるも若菜次第だろ」


「そうかもしれないけど、そのきっかけが楠さんではなく楠さんの友達で、更に楠さんの与り知らぬところでそれが始まろうとしているんだからなんだか僕は間違っているような気がしてたまらないんだ……」


「ならどうすんだよ。百合の邪魔すんのか?」


 雛ちゃんは、つまらなそうというよりもなんだか機嫌が良くないように感じる。


「その、雛ちゃんに意見をもらおうかなって。雛ちゃんならどうする?」


「私はさっきも言ったように、どうでもいいわ。だって若菜の事それほど好きじゃねえもん」


「……そう……」


「なんだよ。そんな顔すんなよ。私に聞いて参考になるような答えが返ってくるなんて思ってなかっただろ。毎日毎日喧嘩ばっかしてんだし、わかりきってたことじゃねえか」


「でも、僕は雛ちゃんなら的確なアドバイスしてくれるんじゃないかなって思ったんだ……。仲が悪いとも思ってないし、むしろ仲が良いと思っているし」


「そりゃ勘違いだ。ムカつくくらいの勘違いだぜ」


「ゴメン……」


「別に謝らなくてもいいからその胸糞悪い勘違いをやめてくれ」


「……多分、僕はこれからずっと勘違いしたまんまだと思う」


「……あっそ。ならアドバイスなんてしてやらねー。もともとアドバイスなんてできないんだけど」


「……そっか。それは、残念」


 一人で考えなければならないらしい。すごく不安だ。


「……つーかさ、どうやら優大はどちらかと言えば百合のやろうとしていることに反対らしいけどさ、直接若菜に聞けば済むことじゃねえのかそれ。若菜が何を望んでいるのか、若菜の与り知らぬところで進んでいる話なら若菜に教えてやりゃあいいじゃねえか。私に聞くのなんかよりもよっぽど確かな解決だろ」


「そう、だね……」


 なんだか、それはしづらいんだ。


「明日聞くのか? いや、今晩電話でもすればいいよな」


「……でも、告げ口みたいだし……」


 告げ口ではないのだろうけれど、なんだか憚られてしまう。今なら三田さんの気持ちが分かる。こういう気持ちなんだね。


「優大」


 動かしていたのか動かしていなかったのかよく分からなかったけれどとにかく足を止め雛ちゃんの顔を見た。

 雛ちゃんの顔は咎めるようなものでもなく、責めるようなものでもなく、諭すような厳しく優しい顔だった。


「なに……?」


「優大、それをしないってのはさ、誰の為にもならねえだろ。いや、皆の為になってんのか? よく分かんねえけど、とにかくさ。誰の為に何をしたいのかが優大の場合よく分かんねえよ。若菜がそれを望んでないと思ったのなら若菜に百合のしていることを伝えればいいし、百合の言う通りだと思うのなら百合を手伝えばいいし。優大はどうしたいんだ?」


「……僕は、楠さんの付き合いも長いとは言えないけど、市丸さんとの付き合いはもっと短いから、楠さんの為になるようなことをしたい」


「だよな。なら悩むことなんてないだろ」


「……でも、欲を言えば、欲望を言わせてもらえば、みんなが幸せになるようなことがしたい……」


 それこそが、誰がどう見てもはっきりと分かるハッピーエンドだからだ。紛うことなきハッピーエンドだ。

 しかし、僕の言葉は雛ちゃんの肩を大きく落とすことになってしまった。


「……はぁ……。お前はさぁ……。それはいいことだと思うよ。ただ間違っていることだと思う。正しくないんじゃなくて、間違っているんだよ。この二つは大きく違うぜ」


 間違っているなんて、思ったことが無かった。


「みんなが幸せになればいいって言う僕の考えは、間違っているの?」


 みんなが幸せになれれば、不幸な人が出なければ、それは素敵な世界だと思う。


「正しいと思うか?」


「僕は、正しいと思ってた……」


 唯一の正しい事だと思っていた。

 思っていたなんてものではない。確信していた。

 けれど、雛ちゃんは僕の考えを否定する。特別な力なんて使わずに、当たり前の言葉で打ち壊す。

 僕は、理想とは正反対のことを突きつけられた。


「それが可能なら正しいだろうよ。大正義さ。ただ、できねえだろそんなこと。できっこねえよ」


「どうして……?」


「この世はみんなが幸せになれるような世界じゃねえだろ。そんな楽な世界だったら、私は幸せになってる」


 雛ちゃんは、自分が不幸だという。幸せではなかったのだという。


「……」


 僕は、知っている。

 きっと小嶋君とのことだ。

 二人は幸せとは言えないだろう。


「……雛ちゃん。僕実は謝らないといけないことがあるんだ……」

 

 このタイミングで言うなんて思ってもいなかったけれど、だらだらと隠し続けるのなんてよくないし、いいタイミングが来るかどうかも分からない。

 きっと今がいい機会なんだ。

 だから僕は、向かい合っている状態から顔を伏せた。情けない事だとは分かっていながらも雛ちゃんの顔を直視することが出来なかった。


「なんだよ。こんな相談をしたことか?」


「ううん……。もっと、大切なこと……」


 もっと大切で、もっとつらいこと。

 誰が見ても幸せだとは言えないこと。

 僕は謝らなければならない。


「……なんだよ」


「……実は、僕……」


 なんと切り出せばいいのか。分からない。けれど回り道なんてせずにはっきり言わなければ。


「どうせ、私と小嶋の事だろ」


「……え?」


 回り道する事も、はっきり言う事もできなかった。

 雛ちゃんからぶつかってきた。

 思わぬ交通事故に驚き、顔を上げる。雛ちゃんの表情は――良いわけがなかった。


「本当にそうなんだな」


 何故知っているのだろうかと気になったけれど、すぐに雛ちゃんが説明してくれた。


「確かにおかしいとは思ってたよ。みんなを幸せになんて『崇高』な理想掲げている優大が、あからさまにぎくしゃくしている私たちを見て何のアクションも見せなかったもんな。いつまでたっても事情を聞いてこなかったから妙だとは感じてたけど、なんだよ。本当に知ってたのかよ。なんでだよ。小嶋から聞いたのか」


「……その……。…………実は――」


 僕は盗み聞きをしていた。

 それを謝った。

 雛ちゃんは怒った。盗み聞きをしていたことではなく、それを知った上で雛ちゃんと小嶋君を同じイベントに誘ったことだ。

 僕は優しい雛ちゃんを怒らせた。

 やっぱり僕は全力で空回っているのだろうか。誰も望んでいないイベントごとでみんなを縛り、誰も望んでいないイベントでみんなを楽しませようとしているのかな。

 全て市丸さんの言う通りなのかな。市丸さんの言う事は全て正しいのかもしれない。

 そんな事を考えながらいつの間にかうつむいていた僕に、雛ちゃんが笑いながら言った。楽しそうでも嬉しそうでも呆れている訳でもない。顔を上げてみるとそこにはあまり見たことのない見たくない笑顔があった。


「やっぱり幸せになんてなれねえんだよ。それどころか不幸になるようにできていやがる。ふざけんじゃねえよ。なあおい優大。お前は一体何がしたいんだ?」


「……それは、雛ちゃんと小嶋君に仲良くしてもらおうと……」


 それが、僕の信じていたハッピーエンドだった。


「お前さ、自分の言っていることがめちゃくちゃだって気づいてんのか?」


「え?」


 僕は、なんにも気付いていないみたいだ。めちゃくちゃとはいったいなんだろう。僕にはさっぱり分からない。

 僕は鈍い。

 物語の主人公は鈍くて周りの人をヤキモキさせるけれど、そういう駄目なところだけ主人公的だ。

 特殊な能力なんてない。それどころか普通の能力すらなくて、そして鈍い。最低じゃないか。笑いが出てくる。


「若菜の為に百合が勝手に何かをやろうとしている、でもそれは若菜が望んでねえかもしれないから、優大的にはやめさせたいんだろ」


「……うん……」


「でもお前は、私が望んでねえことを勝手にして無理やり仲良くさせようとしてるじゃねえか」


「あ……」


 本当だ。僕も同じことをしている。

 僕のしたことは、僕に止められなければならない。


「優大には百合のしていることが間違っているなんていう権利ねえんだよ」


「……でも、だからこそ、その、同じ間違いを犯さないように……」


「自分の間違いに気付いていなかった奴がなに言ってんだ。都合のいいこと言ってんじゃねえよ」


「……」


 確かに今のは、都合がよすぎた。たとえ筋が通っていようとも、誰を納得させる事も出来ない。


「なあ優大。お前はさ、人を幸せにする力なんてねえんだよ」


「……そう、なのかな……」


「そうだろ。誰一人幸せになってねえじゃねえか」


「……うん」


 そうだ。むしろ、不幸にしている。僕は不幸を振りまいている。


「優大は人を幸せにできない。いや、出来るんだろうけど自分からそれを与えることはできないんだよ」


「……どういうこと? 何もしなければ、傍観者であればみんなを幸せにすることが出来るの……?」


「……少なくとも、私は幸せだった」


 そうなのだとしたら、楠さんに言われて心がけていた自発的に生きるということが間違っていることになる。確かに、自発的に生きることで自分の人生は楽しくなったかもしれないけれど、周りの人々の人生を見てみるといい方向に変わったとは言えない。

 僕が自発的に生きていなかった時、小説で言うところのページ数だった時周りの人たちが楽しかったのかどうかは僕は知らないけれど、少なくとも今よりは幸せだったのだろう。今僕は不幸を振りまいているようだし、間違いなくそうなんだ。

 僕に出来る事は何もない。


「だから、優大はもう何もするな」


「……」


「余計なお世話なんだよ本当に」


「……」


「はっきり言って、優大が『私達の為に』したことすげえムカつくし、すげえ悲しいわ」


「……ごめん……」


 怒らせてしまうのはいつもの僕もしていることだけれど(だから別に構わないとは言わないが)悲しませることはあまりなかったはず。あったかもしれないけれど、直接悲しいだなんて言われたのは初めてだ。

 僕のしたことは有難迷惑。

 いや。

 有難くもなんともない。

 ただの迷惑な奴だ。

 迷惑な奴で空気が読めない。

 空気が読めないから唐突に抱えていた秘密を告白した。

 いいタイミングでもなんでもない今日告白したのが間違いだったのか、物凄く暗い気持ちを僕にもたらした。

 いや。

 これはなるべくしてなったわけで、タイミングも何もない。悪い結果になっただなんてことも言えない。言っちゃいけない。

 そもそもいい結果になる事を望んでいた僕自体が自分勝手で甘くて間違っているんだ。

 僕は、どうしたらいいのかな?

 いや。

 自分で考えなくちゃいけないんだ。

 僕は誰にも聞けない。聞いちゃいけない。

 僕は誰にも言えない。言っちゃいけない。

 それが今日僕が知ったこと。

 ……いや。

『思い知らされたこと』だ。

 いつか見た小説のように、夢見ていた小説のように、世界は完成していない。


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