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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
129/163

エバーグリーン

 ―――


 当たり前、いつも通り、日常。そんな言葉で言い切ってしまうのが躊躇われるくらいこのころの僕の休日は幸せなループを繰り返していた。

 友達と遊んだ。

 それを繰り返している毎日。

 色々なことを忘れて楽しめる素晴らしい毎日。別に忘れたいというわけではなかったけれど。

 特にこれといったことが起きている訳ではない。でもそれが楽しいと思える日々。

 こんな幸せな日々がずっと続かないのは知っていた。そんなことは知っていたけれど早く終わらせる気だってない。できる事は全て出し尽くして必死にタイムアップを先延ばそうと努力をしていた。

 いつかは必ず来る終り。

 いつの日かゲームの様に選択を迫られるときが来るのだ。

 いわゆる人生の分岐点というやつ。

 正しい道を選び続ければ僕らはきっとハッピーエンドへたどり着ける。

 最後までみんなが笑えるような素敵な終わり。

 僕はそれに向かって頑張っていた。

 ……まあ、つまるところ。


『動画研究会』は高校生活最大の分岐点というものだったらしい。


 そして、今から語るこの日からそれは始まっていた。

 いや、感じていないだけですでに始まっていたんだ。

 僕の知らないところで、市丸さんが動いていた。


 ―――


 

 当たり前でいつも通りの日常、月曜日。

 いつも通りに朝起きていつも通りにご飯を食べいつもとは違う弟の反応に戸惑いいつも通りに支度をしていつも通りに家を出た。

 月曜日という曜日はちょっと憂鬱だ。勉強が出来る人ならばきっと楽しいのだろうけれど残念ながら僕の頭は新しい物好きらしく日々古い情報を捨てて行ってしまうんだ。今中学校の問題を解けと言われたら困るような気がする。さすがに小学校は解けるとは思うけど。

 嫌だと言っても勉強というのは将来の為。どれだけ頑張っても上へ行くことはできないのならばせめて限り滑り落ちないようには気をつけよう。

 ぼやけた休日モードの頭を平日モードに切り替えて僕は教室に足を踏み入れる。席までの道のりにいたクラスメイト達と挨拶を交わし、僕は席についた。頭を平日モードに切り替えたと言ったけれど、うまく切り替えられなかったのか最初からそんなスイッチがなかったのかどちらかは分からないが、結局僕は楽しかった日曜日のことを考えては溜息をついていた。

 どうしてもやる気が出ないので、頬を机にくっ付けただれきった体勢でにぎやかな教室を眺めることにする。

 沼田君を含めた沢山のクラスメイトで作られた人垣。その中心で市丸さんが楽しそうにみんなと話している。転校生とは思えない馴染みっぷりにだらけきりながらも感心する。

 楽しそうな市丸さんの声が教室を明るくしている。

 じっとその様子を見ているのか見ていないのかよく分からない程度の意識で死んだふりをしていたところ、視界の端の方で誰かがこちらに近づいてくるのを捉えた。本当に視界の端っこだったので誰かは分からない。誰だろうかと気にはなったけれど、そもそも僕に近づいているかどうかが定かではなく、確認するために突然起きあがったら近づいてきた人をびっくりさせるかもしれないので声をかけられるまで死んだふりをすることにした。


「……あの」


 そう言えば僕は教室の端っこに座っているのだった。こっち方面の用事と言えば僕くらいしかないね。

 綺麗でか細い声に反応してゆっくりと体を起こした。


「へあ……三田さん……」


 三田さんが話しかけてくれるとは思っていなかった。声をかけられた時点で誰だろうかと考えておけば変な声を出さずに済んだのに、もっとよく考えればよかった。


「……」


 僕が呆然としていることにつられたように三田さんもポカンと僕を見ていた。

 このままではいけない。とりあえず僕の言うことは決まっている。


「おはよう」


 朝はおはよう、放課後はさようならだ。世界の摂理。


「……おはよう」


 挨拶を交わすと慌てたように表情を変え困ったような顔を僕に見せてきた。僕が何かしたのだろうか、などとは今更思わないけれど、話しかけてもらえるようなことをした覚えもないので不思議ではある。


「……佐藤君、ちょっと、いい……?」


「え? うん……」


 三田さんがクルリと方向転換して教室のドアへと向かった。

 人には聞かれたくない話をされるらしく、胸の鼓動が脳みそを揺らす。

 個人的な意見を言うと、体を動かさないで高まってしまった鼓動はあまり好きではない。これまで生きてきてそういう時あまり嬉しい体験をしてこなかったからだろう。条件反射として体に染みついてしまっているようで突然心臓がドキドキし始めると色々な物が口から出てきそうになる。

 うぅ、手が震えているような気がする。

 ほとんど足音をたてない三田さんの後をナメクジの様に追いかけながら来たばかりの教室を出た。

 何となくきっとこのまま空き教室まで行くのだろうなと思っていたけれど目的の場所は教室の一歩外、目の前の廊下だった。

 中庭を眺める窓に引っ付くように立つ三田さん。僕もそうしたほうがいいのかと思い同じように窓の傍に寄った。

 二人で中庭を見下ろす。

 中庭の木は常葉樹であるらしく葉の色や葉の数を変える気配は全くなく、十一月の中旬だというのにあまり秋冬感がしない。『そのおかげで』と言えば良いのか『そのせいで』と言えばいいのか悩むところだが、とにかく季節感はない。

 変わらないもの。

 朽ちない緑を見て落ち着いたのか僕の心臓は平常運転に近い状態まできていた。

 そして、そうなるのを待っていたかのようなタイミングで三田さんが声を出す。


「佐藤君」


 もしかしたら三田さんも僕と同じようにドキドキしていて、それを落ち着かせるために少し中庭を眺めていたのかもしれない。


「なに?」


 三田さんの呼びかけに跳ねることなく、かなり落ち着いた返事を返すことが出来た。


「……聞きたいことがあるんだけど……」


「聞きたいこと?」


 視線をこの場に戻し三田さんを見た。三田さんはまだ緑色に目を向けていた。


「……その……、……単刀直入に聞くけど……文化祭の事って、誰かに言ったりした……?」


「え? 誰にも言ってないよ……」


 拷問されても言わないよ。

 意図をはかりかねている様子が声に出てしまったらしく三田さんが慌てたように僕の方を見て手をつきだした。


「あ、別に誰かに言ったからってそれを咎めようとか、そういうつもりじゃなくて……、ただ気になっただけだから……」


「そうなの?」


「うん、そう……。あれは完全に私が悪いし、むしろ助けてもらったわけだから、佐藤君があの件をどうしようと、私は何の文句も無い、から……」


「もう終わったことなんだから、どうするつもりもないよ。だから誰にも言わないよ」


「……そう、だよね……」


 そう言って目を伏せて手を下ろす三田さん。

 一体どうしたのか気になったけれど、僕はそれ以上に三田さんが『助けてもらった』と思っていることにすごく安心をしていた。

 恨まれている物だと思っていたから。どんなことであれ、僕は三田さんのしようとしていることの邪魔をしたのだから。

 最初からそう思っていたのか時間が経ったからなのか僕を安心させるために言った言葉なのか分からないが、とにかく本当によかった。


「でも、突然どうしたの……? あれはあまり……」


 思い出したくないはず。

 下手をすると僕を見ただけで思い出してしまうようなことなのに、三田さん自らその話題を僕に振るなんて絶対にありえないことだと思っていた。

 ――きっと何かあったに違いない。

 思い出したくないものを思い出さざるを得ない状況。

 ……例えば、誰かに思い出すことを強要されたとか。


「……実はね、佐藤君」


 三田さんが話しはじめる。

 僕に納得してもらうためか、僕の疑いを晴らすためか。


「……あの時のこと、文化祭の直前のことを、知っている人が……」


「え?」


 顔を上げ再び三田さんが手を前に突き出す。


「腹立たしいとか、悲しいとか、そんなことを思う資格なんて私にはないけど、その、第三者から言われてびっくりしたなって……」


「……もしかして、誰かが三田さんを責めたの……?」


 終わったことを蒸し返したのだとしたら僕はその人を許せない。僕はその人を責めなければならない。


「いったい誰が言ったの」


「……え、あの、落ち着いて」


 三田さんの突き出していた手が意味を変え、僕を窘める物になっていた。


「誰が三田さんを責めたの……?!」


「………………責められては、いないけど……」


「えっ。あ、そうなんだ」


 どうやら僕は勝手に責められたと思い込んで暴走していたらしい。


「……責められるのは仕方がないことだし、罪悪感が消えるのならむしろ責められたいとも思うけど、私が気になっているのはそこじゃなくて、その、その人はなんで知っているのかなって……」


 確かにそうだ。


「だから、その、もしかしたら佐藤君がその人に教えたのかなって思って聞いてみたんだけど、違うみたいだね……」


「絶対に違うよ。僕は絶対に言わない」


「……そうだよね……。佐藤君は私自身がみんなに言うのでさえ止めたんだから。そこまで私のことを考えてくれていたのに、ついうっかりとかで喋るわけないよね……」


 そう思ってくれるのなら、僕も救われる。

 でも、だとしたらどうしてその人は知っていたのだろう? 僕と三田さん以外は誰も知らないはずなのに。


「……も、もしかして、僕らの話を聞いていた人物がいたの……? その人は僕らの話を聞いていたの?」


「それは違うと思うよ」


「そうなの?」


「……多分」


 自信があるような無いような声。

 しかし三田さんが無いと言っているのだから無いのだろう。


「とりあえず、誰が言ってきたかとかを聞いてもいい……?」


 責めたにしろ違ったにしろ知っておいて悪い事はないはずだ。


「……それは……なんだか告げ口みたいだから……ちょっと」


 だが三田さんは教えてくれなかった。


「そう、かな……」


 悪口を言うわけではないので告げ口にはならないと思うけれど、三田さんが言いたくないと言っているしそもそもそれを聞いたところで何がどうなるという訳でもないのだから無理に聞くのは悪いこと……なのだろう。誰が言ったのか気にはなっているけれど仕方がない。

 三田さんと話も出来たし、その人に感謝をするべきなのかもしれない。

 

 


 辛い月曜日も半分終わり現在昼休み。

 何となく今朝見た中庭に行きたいなと思い一人お弁当を持って中庭に向かった。

 いつも一緒にご飯を食べていた雛ちゃんは誰かに相談を持ちかけられたとかでお昼休みは忙しいらしい。もしかしたら部活にも参加できないかもしれないと言っていた。

 そういう事情もあり、一人教室でご飯を食べるのも別にかまわないのだけれども今日はせっかくの機会なので気分を変えて中庭でご飯を食べることにした。

 冷たい風がお弁当の温度をさらに下げているような気がする。しかし大丈夫。僕は冷ご飯が大好きだから。

 誰もいない中庭はなんだか物寂しい。誰かがここでご飯を食べている姿は見たことが無い。春や夏ならばピクニック気分で楽しそうな気がするけれど、もしかしたら虫がいそうだからみんな避けていたのかもしれない。秋は寒いし冬はもっと寒いし、ここで食べると変わった目で見られてしまうのだろうか。

 まあいいや。誰も僕なんて気にはしないよね。

 一度辺りを見渡した後、誰にも見られないと分かっていながらも気にはなるので自分のクラスがある校舎から陰になるように木にもたれかかってお弁当箱を開けた。


「今日はオムライスにしてみました」


 別に誰もいないけど。

 あらかじめケチャップをかけておいたので蓋にケチャップがついてしまっている。絵を描いていたわけではないので別になんてことは無い。

 絵や工作など僕に美的センスがあれば芸術的な料理を作ってそれを動画に撮ってみたりもしてみたい。

 そう言えば沼田君はまだ一度も動画研究会の活動に参加していないけれど寂しくはないだろうか。先ほど市丸さんと何やら話していたので今までしてきたことを教えてもらっているのかもしれない。今週の休みは部活をしてみようと楠さん達に提案してみようかな。

 楠さんと言えば、祈君はまだませた勘違いしているんだったっけ。いくら言っても無駄なので忘れるのを待とう。

 ついでに、ついでにというのもおかしいけれど、一昨日楠さんが僕の部屋に来た時に決まった『何でも言うことを聞く』という罰ゲーム忘れてはくれないだろうか。何をされるのか分からないのでとても怖いよ。

 あ、怖い動画なんかも撮ってみたいな。季節外れだけれどもみんなで肝試しに行って、思いがけない心霊動画が撮れたりして。しかしみんなに嫌がられそうだ。怖い話が好きだという人の存在はよく聞くけれど実際に会ったことは無い。オカルトマニアは本当に存在しているのか、まるでその存在は幽霊みたいではないか。……あまりうまいこと言えなかった。

 オムライスはおいしくできたと思うけれど。


「それにしても、僕はなんて下らない事を考えているんだろう」


 以前から一人のときこんなにも取り留めのない事を考えていたのだろうか。今さらながら自分に悲しくなる。もっと生産的なことを考えるべきだよね。


「生産的と言っても一体何を考えればいいのだろう。凄惨なことを考えればいいのかな?」


 ふふふ。


「しょうもないことを言って恥ずかしくないんですか?」


「え?!」


 しまった! 独り言が聞かれてしまった!

 声の方を見て慌てて釈明しようとしたが、僕に話しかけてきた人をみてその気が一気に失せた。


「え……前橋さん……」


 前橋さんの方から話しかけてくるなんて珍しい。


「一体、どうしたの?」


 いい予感が全くしない。


「どうしたもこうしたもないですよ。佐藤君は楠さんのことが好きなんですよね!?」


「………………はぁ?!」


 何言ってるの前橋さん。僕なんかがそんな感情を持つのはおこがましいにも


「ほどがあるよ!」


「……は? 前半まったく声になっていなかったので意味不明です。なんですか? はっきりと言ってください」


「ぼぼ僕がそんな感情を持つなんておこがましいにもほどがあるよといつか言った気がする!」


 図書室で三田さんに同じようなセリフを言ったような。

 けれどその時の僕と今の僕はまるで違う。


「私は聞いていませんよそんなこと。で、実際のところはどうなんですか。好きなんですよね。ラヴですよね」


 何故そう思ったのだろう。不思議でたまらない。


「仮にそうだとしても前橋さんには関係ないよ!?」


「関係大ありですよ!」


 思わぬ大きな声に僕は驚きまじまじと前橋さんの顔を見つめた。


「親友だか何だか知りませんけど、佐藤君が有野さんにちょっかいを出すから私との時間が減ってしまっているではないですか! 楠さんが好きだというのなら楠さんだけにアプローチをかけてくださいよ! 中途半端に有野さんに手を出されるのは私としても迷惑なんです! 何が動画研究会ですかいやらしい人ですね!」


 何がいやらしいのか全く分からないけれど今はそんなことを気にしている場合ではない。


「……そんなの、前橋さんの都合でしょ……? 僕には関係ないよ」


「関係ない事ないでしょう! 人の恋路を邪魔して楽しいんですか?!」


 それを前橋さんが言うんだね。三田さんを傷つけておいてよく言うよ。


「前橋さんの恋を邪魔するつもりはないけど、手伝う気だってないよ」


 自分の恋路の為に雛ちゃんに近づくなと言うのなら、そんなお願い聞けるわけもないし聞きたくもない。

 僕の言葉は前橋さんを怒らせるには十分だったようだ。


「本当にムカつきますね。口をくぎで打ちつける為にトンカチでも買いましょうかね」


 だが、金切り声をあげるようなことはしなかった。


「……まあ、分かっていたことなので今更言いませんけど」


 ふぅと息を吐き呆れたように肩をすくめた。


「私は君と違って優しいので佐藤君の恋路を手伝ってあげようと思います」


「え?」


 それは予想外だ。しかし僕はまだ好きだなんて言っていない。


「私の見立てによるとですね、楠さんは佐藤君のことを憎からず思っているようですよ。むしろ大好きだと思っていますね」


「……嘘だよ」


 だって、楠さんには付き合っている人がいるから。


「嘘じゃないですよ。どうして嘘だと思うんですか?」


「……えと、なんとなく」


 沼田君の件は秘密だから言えない。


「根拠も何もないのによく言い切れますね全く。私が言うんですから間違いないんです。わざわざ見たくもない佐藤君を探して話したくもない佐藤君とこうやって話しているんです。ここまでしてあげているんですから佐藤君は素直に私の言うことを聞いて――」


「悪いけど」


 前橋さんの言葉を遮ってまで言うことではないかもしれないけれど、我慢できなかった。


「三田さんを傷つけた人の言葉なんて信じられるわけないよ。自分がどれだけのことをしたのか分からないの?」


 さすがに、この言葉には我慢が出来なかったようだ。


「…………ほんっっっっっとうに、むかつきますね」


 女の子がしてはいけないような憎しみのこもった顔で僕を睨んだかと思ったら地面をこするように足を振り僕のオムライスめがけて土をかけてきた。


「な、何するの!?」


「ふん。やっぱり私がここへ来たのは間違いでした」


 鼻を鳴らしてそう呟き、特に謝ることも無く校舎に戻って行った。

 僕のオムライスに少しだけゴミが入っている。

 食欲が無くなってしまったけれど、残すことはしたくなかったのでゴミを取り除き一心不乱にオムライスを口に運んだ。

 やっぱり、嫌だ。


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