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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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過ぎ去る季節

 謎の相撲大会があった水曜日から三日後の土曜日。部活休みと言われた木曜金曜の流れを受けて土日も部活が休みとなった。少し残念だ。沼田君が部活に参加できるのは土日位なものなのできっと沼田君も残念に思っているはず。

 まあ、それを分かった上で楠さんは中止と言ったと思うので何か用事があったのかもしれない。深く考えることはやめておこう。

 どうでもいいようなどうでもよくない大切なような思考をやめて暖かい布団をはねのける。肌寒い朝に対して二の腕をこすることで対抗する。凍えるほど寒いという訳でもないけれど、冬になれば布団から出る事が嫌になるほど寒くなるのでそれまでに寒さを凌ぐトレーニングをしておかなければ。

 ああ、もうすぐ冬だ。

 街並みを見渡してみると虫はもうほとんど見つからないし入道雲も見つけることが出来ない。かき氷を食べる人もいないし麦わら帽子をかぶる子供もいない。

 これらの風景はとっくの昔になりを潜めていたのだろうけれど今日まで僕は全く気が付かなかった。秋ももう終わりに近いのに今になってやっと気が付いた。

 多分いつもは気付かずにすぎ去って行くのだろうけれど今年はそれに気づくことが出来た。きっとそれは、とても幸せなことで、少しだけ寂しい事なのだろう。

 そんな秋を感じながらふと考えてみる。僕が今感じた秋は本当に秋なのかな。

 いなくなった虫たちもどこかにある入道雲もかき氷も麦わら帽子も全部夏のことで秋と言えないような気がする。僕が見ているものは秋ではなく夏で、秋と呼べるのだとしてもマイナスな感情を伴っている秋だ。

 紅葉や秋晴れや栗ごはんの様に秋の風物詩的な物はたくさんあるのだろうけれど、それらより先にかき氷や麦わら帽子が見られなくなったことを嘆いたというのは、やはり僕がマイナス思考だからなのだろうか。

 多分、冬になれば過ぎ去った秋を嘆くのだろう。散り去った葉を見て紅葉を思いだし、降り積もる雪を見て抜けるような秋空を思い出すんだ。そして春になれば雪やつららを思い出しながら春一番に目を瞑り、夏になれば桜や心地のいい陽気を思い出しながら木陰に寝転がる。

 結局は無い物ねだりの様に、手に入らなくなって、失ってから大切な物だと僕は気が付くんだ。

 なんでもそうで、取り巻く日常も失わなければ気が付かないことだらけなのだろう。

 恐らくこんなことはもうみんな知っていること。僕は失ったことが無いからそれを知ることが出来なかったんだ。失ったことがない事は一見幸福に聞こえるかもしれないが、僕の場合はやっぱりどうしようもなくマイナスな意味を含んでしまう。

 失うようなものを持っていなかった。

 でも今は。

 失いたくはない大切な物が増えていて、更に失う危機にも瀕している。

 だから――まあ、言うまでもないか。

 これからぐっと気温が低くなり吐く息は今まで以上に白くなる。

 白い息は顔の目の前で霧散する。



 

「ヤッホー」


「楠さん。いらっしゃい」


 お昼を食べ終えた丁度その時、楠さんが僕の家にやってきた。何か用事がある物だと思っていたけれど、そんなことも無かったらしい。


「どうしたの?」


「どうしたのって部活に決まっているでしょ」


「えっ、部活ないんじゃなかったの?」


 部活無しと言い出したのは楠さんなのに。


「細かい事ぐちぐちうだうだだらだら言わないでよ」


 そこまで言ってはいないけど。

 でも気にはなる。


「とにかくお邪魔します」


「あ、うん」


 お邪魔された。

 問答無用で僕の部屋へ向かう楠さん。できれば掃除をする時間を頂きたかったのだけれどもそれは許されることではないらしい。

 散らかっている訳ではないけれど、人様には少しでも綺麗な状態の部屋を見せたいからね。

 そんな僕の気持ちにお構いなしで楠さんは僕の部屋に入る。楠さんは僕の部屋に入るや否や僕のパソコンの電源を入れ、すぐさまポケットからUSBフラッシュメモリを取り出しぷすっと突き刺した。


「どうしたの一体?」


 何かくれるのかな?


「ウイルス」


「え?! やめてくださいます?!」


 ものすごくいらないよ!


「冗談だよ」


 マウスをいじり手際よく中身を移す。そして僕を椅子に座らせる。


「佐藤君。ちょっとこれ見て」


 今移したばかりの動画を再生しろということだ。

 よく分からないけれどとりあえず言われた通りに再生ボタンを押してみた。


「あ、この前の」

 再生されるのは僕と小嶋君が相撲をとっている姿。何と言えばいいか、高校生二人が相撲を取っている姿はかなりシュールだ。

 ただ再生される動画はそんなこと気にならないほどに珍妙なものになっていた。


『超、気持ちいい……。超、気持ちいい』


『超気持ちいい。超気持ちいい』


 相撲をとりながら、僕らは悦に浸っているのだ。


「なにこれ?!」


「相撲」


「違うよ?! なんだかこの二人は相撲をとっているようで別の目的を持ってぶつかり合っているよ!?」


 見ていて眩暈を覚える。吐き気も覚える。


「自覚あるんだ」


「そうじゃなくて! この動画は一見すればまるで僕らが飛び散る汗を楽しんでいるかのように見えるんだ! って言うかそう見えるように編集しているね!?」


 あの時僕らはこんなこと言いながら相撲をとってはいないよ。


『はぁ……、はぁ……』


『はぁ、はぁ』


 乱れた息もなんだか『そのせい』みたいだ。そう見えるようにされているのだけれども……。すごく嫌だ。


「心外な。私はありのままを撮っているだけだよ」


「嘘はやめてください! 僕投げ飛ばされて気持ちいいなんて言ってないよ!」


 この為にマラソンをさせて息を乱させて勝利者インタビューのようなことをさせられたんだね。やらなければよかった。本心からそう思うよ。


『はぁ、はぁ、超気持ちいい』


『はぁ、超気持ちいい』


 これはもう視聴に耐えられない。


「なんで途中で見るのやめるの! ここからがいいところなのに!」


 マウスを奪い取ろうとする楠さんからそれを遠ざける。もう見たくない、絶対に見たくない。


「この動画にいいところなんて欠片もないよ」


 少なくとも僕はこれを見て素晴らしい動画だと言えない。嘘でも言えない。


「酷ーい。せっかく私が動画撮って兄に編集押し付けたのに」


「よく分からないけど撮るのよりも編集の方が大変なんじゃないのかな」


「何? 私が苦労していないとでもいうの? 兄を脅して編集させるためにどれだけお願いしたと思っているの」


「お願いしたのか脅したのかよく分からないよ」


 っていうか脅したんだね。お兄さんもこんな動画作るの協力しなくていいのに……。


「楠さん、こう言ったらなんだけど、この動画作ってて楽しかった……?」


「あんまり楽しくはなかったけどこれを見て愕然としている君を見るのは楽しかったよ」


「……それは、よかったね……」


 楠さんが満足しているのならそれでいいけれど、僕以外の人には見せないでほしい。


「何? 君は嫌だっていうの?」


「とりあえず全く喜ばしい事ではないと言うことは伝えておくね」


「はぁあ? まったく佐藤君は……。そんなだから佐藤君陰で男色じゃないノーマルな人間だって噂されたりする可能性があるんだよ」


「え?! そんな噂が……?! ……。……ん? えっと……?」


 ……そんな噂が無いんだね。そもそも、ごく普通のこと言っていたし噂されていようが全く問題ない。


「次はどんな動画が良い?」


 楽しそうに言う楠さん。まだまだやる気に満ち溢れている。それはいいことだ。


「僕が幸せになれるようなものを是非……」


 やる気に満ち溢れているのはいい事だろうけれど今回のは内容がよくなかったよ。


「本格的なプロレスだね分かった」


「僕はそこまで格闘技に魅力を感じていないよ」


「嘘。だってパソコンの中に裸の男がぶつかり合う動画が入っているじゃない。専用フォルダーまで作っているじゃない」


「あれは消したからもうパソコンの中にそれ系の動画なんて無いよ」


 あった証拠は握られているかもしれないけれど。

 もしかしたらその証拠を突きつけてくるのではないかなと思ったけれど、楠さんは僕のパソコンを指さし挑戦的に言い放った。


「じゃあ、今から探して男達フォルダーがあったら私の言うこと聞いてよね」


「え、どうしてそんなことをしなければ……」


「いいでしょ。無かったら君の言うこと聞いてあげるから」


「いえ、そんなの悪いですよ」


「なんでもう勝った気になってるの生意気な。とにかく私が勝ったら言うこと聞いてよね」


「その、もう消しちゃったから勝負にならないよ」


 勝負にならない勝負なんて不条理だよ。

 しかしそれでも楠さんは僕に勝負を挑んでくる。


「だったら勝負受けてもいいでしょ」


「それは……」


 言うこと聞くという罰ゲームが無ければ別にいいのだけれども……。勝ったところで僕は困ってしまうからね。


「じゃあ勝負ね」


 そう言って僕の返事を聞かずに楠さんが僕からマウスをひったくり何やらいじくり始めた。


『隠しファイル、隠しフォルダー、および隠しドライブを表示する』


 えっ。


「これは何」


 デスクトップに隠しフォルダーが表示された。いつの間にこんなことを。そものも何のためにこんなことを。


「な、なにこれ」


 愕然としている僕と楽しそうな楠さん。


「ほらここにある」


 隠されたフォルダーの中には裸の男の人の画像や動画が複数あった。これではまるで僕が隠していたみたいではないか。


「ほらー佐藤君。こんなに隠してー。隠すような趣味じゃないから恥ずかしがらないでいいよ」


 にこにこと笑いながら僕の肩をポンポンと叩いた。


「僕の趣味じゃないってば!」


「必死になるところがまた怪しいね。まあ今はそんなことどうでもいいんだけどね」


「どうでもよくないと思うけど!」


「どうでもいいの」


 楠さんがもう一度僕の肩を叩く。


「私の勝ち」


 楠さんのこの素敵な笑顔が見られただけで全てがチャラに……なるわけも無く、僕は楠さんとの勝負に負けて言うことを聞かねばならなくなってしまったのだった。

 以前僕が生徒手帳を無くしたときにも勝負のようなものを申し込まれ、その時は断ったがやはりあの時も楠さんの勝ちが見えている勝負だった。

 今後勝負を挑まれたら楠さんが勝つ算段が立っている物だと考えた方がよさそうだ。


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