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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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ストリートファイト?

 十一月九日。

 マラソンをした次の日の放課後。

 今日の部活も楠さん主導で行われることになった。

 楠さんは本日も運動している姿を撮りたいようで昨日と同じように運動をするらしい。


「で、運動って今日は何させんだよ」


 雛ちゃんが部室の机で頬杖をつきながら聞く。

 その問いに対して楠さんは事も無げにとんでもない答えを返した。


「今日は格闘技をしてもらおうかなって思ってるんだ」


「え?! 格闘技?!」


 ざわつく部室震える僕。格闘技なんてしたこともないし見たことも無い。ボクシングだって見たことが無いしプロレスだって見たことが無い。

 そんな僕に格闘技をさせようだなんてとんでもない冒険で暴挙だよ楠さん。

 痛い思いなんてしたくはないので一番に反対の意味を込めて挙手をする。


「くく楠さん?! 僕格闘技なんてしたことないんだけど!」


 僕が焦り楠さんが笑う。


「格闘技したことある人なんてそうそういないから大丈夫だよ」


「……何が?!」


 何が大丈夫なのか全く分からないよ! 楠さんは凄い人でその凄い人が発する言霊にも物凄い力が宿っているとは思うけれど今の言葉に関しては全く言霊の力が宿っている気がしないよ!


「大丈夫大丈夫。格闘技と言ってもただの相撲だから」


「相撲……?」


 それは確かに少しばかり気の休まる情報だ。


「相撲だよ相撲。相手を撲殺すると書いて相撲だよ」


 相撲はそんなにバイオレンスな格闘技なんかではないと思う! 相手を撲殺することを前提とした競技なんてどこのリングを探しても見つかりはしないよ!


「でも、どうして突然相撲なんかを?」


 今日も何故か部室にいる前橋さんが不思議そうに聞いた。


「だって、闘っている姿って格好いいでしょ?」


 それで相撲、ですか。

 え、いや別に、言いたいことなんてないけれど。相撲は格好いいかなぁなんて微塵も思っていないけれど。


「さあ、相撲部の所へ行こうか!」


 勢いよく立ち上がる楠さん。しかしちょっと待ってもらいたい。


「え、若菜ちゃん。この学校相撲部あるの? パンフレット一通り見た限りでは相撲部なんて見当たらなかったけど?」


 僕らの疑問を市丸さんが聞いてくれた。そう、確かにこの学校には相撲部なる物は無かったはず。


「あろうがなかろうが相撲をします」


 そうですか。そうらしいです。


「土俵はどこにあるんですか! 無茶を言わないでください!」


「無茶と言うほど無茶じゃないでしょ。さ、佐藤君小嶋君。裸になってまわしを締めて」


 そんな本格的な物をご所望なんですか。勘弁してください。ほら、小嶋君だって嫌みたいだよ。


「まわしなんてないっての。あってもつけたくねえし。そもそも若菜ちゃんは相撲なんてものが本当に見たいのか?」


「うーん。見たいって言っておこうかな?」


「よく分かんねえ言い方だな……。まあいいや」


 小嶋君はそう言ってしぶしぶ、と言うほどでもない感じで部室をでた。

 それに続いてみんなが出て行く。

 小嶋君はまあいいや、と言ったけれど。投げられる側の身としてはあまりいいとは言い難い。ならば勝てばいいではないかと言われるかもしれないが、どう頑張っても勝つイメージが湧かないよ。

 そんな僕の気持ちも知らないで、みんなグラウンドで相撲観戦の準備をしていた。

 男子達はグラウンドの片隅に相撲ファイトのリングを作る為楠さんの指示に従いがりがりと靴で円を書いていく。

 女子達はゆっくり観戦するために暖かい飲み物を持って近くの階段に腰を下ろしていた。


「完成したよ」


 靴で地面に線を書くなんて久しぶりの事だった。なんだかちょっと恥ずかしい。

 完成したいびつな円を見て満足げに頷きカメラを構える楠さん。


「じゃあさっそく相撲をとろう。小嶋君対佐藤君。はっけよいのこったのこった」


 そんな突然言われても心の準備が……。

 しぶしぶ円の中に入り向かい合う僕と小嶋君。


「じゃあ、相撲するか」


「うん……」


 なんと言えばいいものか、もうちょっと開会式的な何かが欲しかった。

 まあうだうだ言ったところで仕方がない。

 ふわっと始まりゆるゆると相撲を取る僕ら。まわしは閉めていないのでとりあえずお互いのベルトを持ってみる。その状態でこっそりがっぷり相談をする。


「投げてもいいのか?」


「あまり投げられたくはないけれど、仕方ないよね」


「そうだな。じゃあ、ちょっと投げるぞ」


「う、うん」


 頷いてすぐに、僕はポイっと割と強めに投げられた。


「いてて……」


 腰を強打してからジャージに着替えておけばよかったと後悔する。


「悪ィな」


 苦笑いを見せながら小嶋君が手を差し出す。

 僕も笑いながらその手を取った。


「できる事なら、もうちょっと手加減が欲しかったかも……」


「なるたけまじめにやってるように見えた方がいいだろ」


 そうかもしれないけれど、結構痛いんだよ。

 でもこれで終わりだからまあいいか。

 と思いきや。

 そんなに甘くないのが我らが動画研究会だ。


「カットカット!」


 怒りのカットが楠さんから飛んできた。


「ちょっとまじめにやってよね。これじゃあ迫力が無いでしょ」


「え、あっと……」


 確かにこれでは八百長相撲にしか見えない。観客たちは満足できない。


「じゃあもう一回本気で」


「うん……」


 仕方がない。

 服を払って定位置へ。もう一度小嶋君と向かい合う。


「じゃあのこったのこった」


 カメラを構える楠さん。もう始まったらしい。


「……えーっと」


「……。じゃあ、本気でやるか」


「う、ん……。お手柔らかに……」


「柔らかくしたら本気に見えねえだろっ」


「え」


 小嶋君がものすごい勢いで突っ込んできた。


「うおりゃ!」


 あたふたしている僕なんか気にもせず、さっとベルトを掴んでポポイと華麗に投げ飛ばした。


「おわわっ!」


 あっという間の出来事だった。


「いったたた……」


「俺の勝ち」


 またまた笑顔で僕に手を差し出している。


「そ、そうだね」


 僕は苦笑いでその手を取った。

 これで終わりなのかなと思い力士二人はカメラを向いた。


「おい若菜。なんだこれ」


 雛ちゃんがカメラマンに問いかけている。


「何って、相撲?」


「優大がいたぶられているようにしか見えねえんだけど」


「まあ、そう見えるね。とりあえずもう一戦」


「え?!」


 また投げ飛ばされるの?!


「優大が可哀想じゃねえか」


「勝負だから仕方がないよね。佐藤君が勝てばいいんだよ」


「……まあ、そうだけど」


 ちょっとそれは無茶だよ。体格差がありすぎる。


「がっぷり四つって言うんだっけ? 右四つ左四つとかもあったっけ。まあいいや。組んだ状態から行こう。佐藤君は投げ飛ばされないように出来るだけ踏ん張ってね」


「……うん」


 もう一度服を払って定位置につき、小嶋君と組んでみる。


「んじゃあ、投げるぞ」



「うん……出来るだけ耐えてみる……」


「おーし。よっと」


 おわ。

 ぐいぐいと左右に振られ体勢を崩される。

 体勢が崩れた僕に向けて小嶋君が足を出す。

 僕はジャンプしてその足を躱すも着地と同時にその足を払われた。


「あいた!」


 結構派手に転がる僕。いとも簡単に投げられた。

 これではまたNGが出されるかもしれない。


「佐藤くーん。もうちょっと粘ってくれない?」


 思った通り満足のいく試合ではなかったらしい。


「おい優大! 情けないぞ!」


 すみません……。


「じゃあもう一回お願いね――」


 地獄の受け身教室が始まった。

 これは可愛がりと言うのではないだろうか。



 それから数回の取り組みを行い、そろそろ服のどこかに穴が開いてしまうのではないかと不安になってきた頃に監督からのオッケーサインがでた。


「オッケーです。ありがとう二人とも。ゴメンね佐藤君服汚しちゃって」


「え。えと、ううん」


 終わったのならそれでいいし、満足してくれたのならなおよしだ。


「じゃあ今日は終わり。帰ろうか」


「え」


 グラウンドに出て僅か三十分。

 僕の服を泥だらけにするだけの動画を撮って楠さんは満足したらしい。

 一体何が撮りたかったのだろうか。そもそも撮りたかったものは撮れたのだろうか。思ったよりも早く終わった相撲大会の意図を僕らはまだ知らない。

 僕の知らないところで僕の立てた計画が進んでいく。


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