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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
125/163

かめらうーまん

「さあ佐藤君。脱いで」


 僕にカメラを向けている楠さん。僕は緊張と恥ずかしさでぎこちない笑いを作りピースを向けた。


「……じゃあ次は有野さん」


 脱げと言う命令に従わない僕を撮ることに飽きたのか、すぐに体を捻り雛ちゃんにカメラを向けていた。


「さあ脱いで」


 雛ちゃんは面倒くさそうに手を払った後、傍にあったカーディガンをカメラめがけて投げつけた。あまり撮られたくはないらしい。

 楠さんはカメラにかかった雛ちゃんのカーディガンを取り去り困った顔をして笑った。


「もー。ノリ悪いなぁ」


「うるせえ。お前が脱いどけよ」


「私は脱がないよ。はい、じゃあ次は小嶋君。何か面白い事やって」


「若菜ちゃんすげえ無茶ぶりするなぁ」


 突然振られてどうしようもなかったようで小嶋君は特に動きを見せなかった。

 やはり画面に動きが無いと面白くなかったのかすぐに撮る対象を変える。


「うーん……じゃあ次は何故かこの場にいる前橋さんにカメラを向けてみようかな」


「なんですかその言い方! 私がこの場にいたらおかしいんですか?!」


 僕としてはおかしいと言いたいところです。


「まあ当然だとは言えないよね。別に悪い事じゃないんだけど、前橋さんも入部するのかなって気になってさ」


「入部なんてしませんよ」


「……そっかー」


 前橋さんが僕を睨んでいる。僕はふいと目をそらした。


「ねーねー若菜ちゃん。私は撮らないの?」


 市丸さんが楽しそうにポージングしていた。

 だがしかし、楠さんはカメラも向けないし顔も向けない。


「レンズ越しでも見たくないし、カメラが壊れたら体の一部を焼かなくちゃいけないんだよ? それができるの?」


 体を焼くことで謝罪をするなんて聞いたことが無い。楠さんとしてはその謝罪がスタンダードなのだろうか。


「よく分からないけど、ひっどーい! これから一緒にやって行こうっていうのにそんなんじゃあ困るよ! さあ撮って!」


「困りませんのでちょっと黙れ」


 相変わらずのドSだった。

 ……まあ、そんなわけで。

 ご覧の通り楠さんはカメラを持ってはしゃいでいた。すごくはしゃいでいた。

 カメラを愛おしそうに眺めている楠さん。カメラというものは何か楠さん的に感じる物があるようだ。


「さあ、みんな撮るよ」


 やる気に満ち溢れていた。


「何をだよ」


 そのやる気に僕らはちょっと追いつけていない。


「とにかくなんでもいいから、撮るよ」


「自分の顔でも撮っとけ。おら、鏡」


「自分を撮るよりも人をとった方が楽しいでしょ。さあ撮るよー、可愛い有野さんをより可愛く撮っちゃうよー」


「だったら優大を女装させて撮った方がいいだろ」


「ちょっと待って雛ちゃん」


「ゆくゆくはそれも撮っていくつもりだけど今はもっとお手軽にみんなを撮りたいかな」


「ちょっと待って楠さん」


「何? 佐藤君」


「えっと、あえて言うまでもない事だと思うんだけど、僕は女装をしたくないです」


「あのね佐藤君。佐藤君の撮りたいものを撮ろうという話になってはいるんだけど、やっぱりカメラマンとしては撮っていて楽しいものが良いなって思うんだよね。もし女装が嫌だっていうんなら、撮っていて楽しいような企画を考えてほしいなぁ」


「あ、はい。分かりました」


 楽しい企画を考えろと言われたことよりも楠さんがカメラマンとして決定したことに僕は驚いた。僕の中で何となく楠さんは映る側の人間だと思っていたもので。


「有野さん、嫌ならもう帰っていいんですよ? よし、帰りましょうか」


 こっそりと雛ちゃんを連れて帰ろうとする前橋さんと怪訝な顔をする雛ちゃん。


「何を突然言ってんだ。別に嫌じゃねえよ」


「……そうですか……」


 また僕を睨み付ける前橋さん。先ほどと同じように僕は目をそらした。

 その不自然な僕らの空気に小嶋君が気づいた。もしかしたらみんな気付いていて触れなかったのかもしれないけれど。


「なんだか、佐藤と前橋がぎくしゃくしてるけど、なんかあったのか?」


「別になんでもありません。あったとしても小嶋君には関係ありません」


「……へぇぇ」


 小嶋君のこめかみに血管が浮いたような気がする。是非とも怒らないでいただきたい。

 それにしても今さらだけれど、まさか前橋さんが部室に来るなんて思わなかった。嫌いな人間と同じ空間にいることを我慢してまで雛ちゃんを引き離したいなんてどれだけ僕のことが許せないのだろう。

 こういうことはあまり言いたくないけれど、ここにいてほしくない。

 仲のいい人達と楽しい事をしたいのに、前橋さんはそれを邪魔しようとしているんだからいてほしくないと思うのは仕方がないことだ……と思う。

 少しだけ暗くなった部室。

 だがそんな空気もなんのその。楠さんが楽しそうにカメラを構えた。


「まあ色々あるのだろうけれど、今は関係ないね。さて、見ていて楽しい事をみんなにはしてもらおうかな。とりあえず漫才とかしてみたらどう?」


 無茶ぶりどころの騒ぎではない!


「誰がやるって言うんだよ」


「え? えーっと誰でもいいけど、じゃあ佐藤君と有野さんで」


「無理に決まってんだろ馬鹿か」


「そんなこと言って用意しているんでしょ。さあ、どうぞ。今こそここであのネタをするんだよ」


「あのネタってなんだよ」


「ほらほら、おでこに1P・2Pって書いてさ、手にコントローラー持って『1Pマンと2Pマン』っていうやつ」


「何だそりゃ! 何のキャラだよ!」


「あれ? これ夢だっけ」


「お前すげえ夢見てんな……」


「これは正夢だったんだよ」


 そう言いながら僕ら二人が入るように少し後ろに下がった。そして無言で掌を差し出す。いつでもどうぞと言う意味だ。


「こっちに向けるな」


 ぱっぱと手を払う楠さん。そしていつも通り雛ちゃんの味方をする前橋さん。


「そうですよ楠さん! 有野さんを撮るのなら私に許可をとってからにしてください!」


 前橋さんは雛ちゃんのマネージャーか何かなのだろうか。


「なら佐藤君のピンでいいや。1Pマンネタを思う存分やっていいよ」


 カメラをちょいと動かして雛ちゃんをフレームアウトさせる。


「無理だよ……」


 この状況で何かが出来るほど僕の心は強くないです。


「あ、じゃあ私が一緒にやったげるよっ」


 市丸さんがとても楽しそうに僕の腕をとってカメラにピースをしだした。無茶ぶりに答えるという茨の道を進むその姿勢には尊敬の念を覚えるけれど僕の皮膚はとても弱いので一緒にその茨道を歩けるとは思わないで欲しいです。ネタなんて一つも持ってないよ。1Pマンとか絶対に嫌だよ。だから腕を離してください。色々な意味で恥ずかしいです。


「冗談はこれくらいにして」


 楠さんがさっとカメラを下げて僕らを撮るのをやめてくれた。よかった。


「今日も沼田君は来てないね。まあバスケ部があるから仕方がないけど」


 ふうと息を吐いてカメラを眺めはじめる楠さん。

 何がそこまで楠さんの心をときめかせているのか分からないけれど楽しいのであれば何よりだ。


「さあ、撮るよ!」


 楠さんが満面の笑顔でカメラを構えた。


「……だから何を?」




 秋晴れ。

 澄み渡る高い青。

 吹く風を肌で感じたりや散る葉を見ていたりしていると物悲しい気持ちになったりするけれど、僕は秋が好きだ。冬や夏より過ごしやすく、春よりも落ち着いた空気。

 二学期は長いけれど、長いからこそ楽しいんだよね。僕の学校には体育祭は無いけれど、本来ならばこの時期にある物だし二学期はイベント盛りだくさんだ。

 秋は寂しいけれど楽しい。楽しいけれど寂しいのかもしれない。

 とにもかくにも僕はイベントの日やイベントじゃない日を、つまるところ毎日毎日をみんなで楽しめればいいと思っている。

 秋だ。

 楽しい秋だ。

 寂しい秋だ。

 食欲の秋だし、芸術の秋だし、文化の秋だし。

 それに何よりスポーツの秋だ。

 ……だから、多分。

 僕は秋空の下、半袖短パンでマラソンをしているのだろう。


「なあ佐藤。俺達は一体何をしてんだ?」


 僕の横を走る小嶋君が僕に問いかける。


「えーっと、マラソン?」


「そりゃ分かる」


 そうだよね。僕も分かるから当然誰でも分かるよね。

 呼気を弾ませながら僕らは並走する。

 部活をしている人たちに紛れ僕らはトラックをゆっくりと回った。


「なあ佐藤。なんで俺たちは走ってるんだ?」


「……多分、沼田君に会いに行ったから……」


「……」


 とりあえず、遡ります。




 三十分前、部室。


「もう一人の部員を撮りに行こうか」


 部室内ですることが無くなったのか、唐突に楠さんが言った。


「そうしなくちゃ沼田君が拗ねちゃうかもしれないからね」


 拗ねることは無いと思うけど。


「んなこと言ってお前、彼氏のことを撮りたいだけだろ」


 ぶはっ。

 心臓が口から飛び出すかと思った。

 雛ちゃんの発言により凍りついた部室の中、僕は雛ちゃんを見る。

 慌てて急いで且つそっと。

 すぐに僕が見ているのに気付く雛ちゃん。


「あん? なんか…………あ」


 そしてすぐに僕と交わした約束にも気づいた。


「……あーいや、なぁ。彼ってのは別に付き合っている相手とかそう言う意味じゃなくて三人称としての彼って意味で別に深い意味は無い」


 さすが雛ちゃん! これならごまかすことが出来るよね!


「でも有野お前、彼氏って言ったじゃねえか」


 無理だった!


「彼氏だって三人称だろうが」


「そうなの? いやそうかもしれねえけど、さっきの言い方だとそうは聞こえなかった気がすんだけど」


「別に気にすんなよ」


 軽く流そうとする雛ちゃん。すかさず前橋さんも加勢する。今はなんだかありがたい。


「そうですよ! 細かい事を気にしていたら女の子にもてませんよ!」


「ぐっ……!」


 前橋さんのその発言も結構地雷だね! ありがたいと思った気持ちを撤回します!


「ところで楠さんは沼田君と付き合っているんですか?」


 ……細かい事を気にしていたら雛ちゃんにもてないよ……。


「――有野さん、それ誰に聞いたの?」


 にこりと凍り付いている楠さん。怖い。


「はぁ? 何言ってんだ? 別に優大に聞いたなんて言ってねえだろ」


 雛ちゃん言っちゃってるね! 言っちゃった僕が悪いのだけれども!


「……そっかー」


 すごく笑っているけれど逆に怖い。怖すぎる。


「別に、良いんだけどね」


 笑顔のまま大きくため息をつく楠さん。やっぱりこれは秘密にしておきたかったことのようだ。


「まあまあ若菜ちゃん。何となくみんな想像ついていたことだし、そんなに気にしなくてもいいと思うよ?」


 うっ。市丸さんまで話に加わってきた。

 楠さんが、ぎぎぎ、と笑顔を市丸さんに向けた。


「……市丸さんも知ってたの?」


「んー? さぁーねぇー。どうかなー?」


「……」


 ……とにかく、ゴメンなさい。


「……別に……いいんだけど……」


 またため息をつき、俯いた。なんだか僕も俯きたい気分だ。だから俯こう。

 でも俯く前に一度楠さんの様子を伺うことにしてみた。

 多分僕だけしか見ていなかった横顔は、予想に反して――少しだけ笑っていた。



 色々あったけれど僕らは体育館に沼田君を撮りに行くことになった。

 部活の風景を撮ることに許可がいるのかどうかは分からないが、その時はその時だと言うことで勝手に沼田君がバスケをしている姿をおさめようということになった。

 体育館へ向かう途中、僕は楠さんに謝罪をする。


「ごめんね、楠さん……」


「何が?」


「えっと、その、楠さんのいないところでばらしちゃって……」


「終わったことは気にしないでいいよ」


 笑顔を僕に向けてくれているけれど、素直に受け取れない。


「本当にごめんね……」


「気にしなくていいってば。それに、口止めしていたわけでもないでしょ?」


「そうだけど、楠さん誰にも言ってないみたいだったから僕が勝手に人に言うのはどうなのかなって……」


「き・に・し・な・い」


 笑顔で僕に迫り、一文字一文字僕の肩をバンバンと叩く楠さん。怒っていますよね。

 怒っているけれど、学校内なので強く言えないのだろう。やっぱり校内では僕にあの姿を見せてはくれないらしい。しょうがないよね。


「本当に気にしないでいいからね」


 あぁ、ひたすらに申し訳ない……。


「さて」


 楠さんが僕から離れ立ち止まった。

 辺りを見るともう体育館の目の前に立っていた。


「さあ、いくよ」


 楠さんの声で僕ら六人は重い扉を開け体育館に足を踏み入れた。




「それでどうして俺達はグラウンドを走ってるんだろうな」


「……運動の秋だからかな……」


「ならもっと楽しい事がしてえよ。テニス部に乱入してボールをホームランしたり、サッカー部に乱入してラグビーごっこしてみたり、じゃんけんして負けた方がヘドロの浮いたプールで泳いだり」


「……そうだね……。と頷いてみたもののこの時期のプールは嫌だし部活に乱入するのはよくないよ」


「でもマラソンよりは楽しいだろ」


 さっきからトラックを一周走っては楠さん達の元へ行き、僕らの様子を見て「もう一周お願い」とお願いされて再び走ると言うことを繰り返している。これで三週目。

 楽しくは、無い。


「僕ちょっと疲れてきたよ……」


「お前体力なさすぎだろ」


「お恥ずかしい限りです……」


「まあ佐藤は部活してなかったからな。しょうがねえか。中学んときはどうなんだ?」


「部活? 中学生の時も何もしてなかったよ」


「へぇー。何でもしてみりゃよかったのに」


「何もできなかったから」


「やってみなきゃわかんねえだろ。人間一つは何かしらの才能あるだろ」


「そう、かもしれないけど……」


 スポーツは体格も大切だと思うんだ。僕は小学校のころからずっと小さいままだから運動には向いてないよ。


「文化部は興味無かったのか? 漫研とか、アニ研とか」


「中学時代はそう言う部活なかったんだ。でも多分、あっても入らなかったと思う」


「まあ、そうか」


 別に嫌だとかそう言うわけではないので。


「あ、そう言えば小嶋君アニメ観賞はもういいの? いつもなら時間がもったいないって言ってすぐに家に帰ってそうな気が。え、もしかしてもう國人君の持っているアニメ見尽くしちゃったとか?!」


 それは凄い! 前々から小嶋君は時空を超越している気がしていたけれどやはり間違いなかったんだ!


「……いやまあ……そこはお前、借りに行けねえだろ」


「え、どうして…………あ、ごめん……」


 そんなの、当然だよ。

 無神経な僕。


「いや別にそんな落ち込まなくても」


「……」


 なんて浅慮。僕は馬鹿だ。


「もうすぐつくぞ。落ち込んだ顔見せんなよ」


「……うん」


 僕は前を向きみんなの前で立ち止まった。

 今は楽しい時間だから。

 楠さんが近づいてきて、カメラをおろし僕らの顔をじっと見て、そして言う。


「……ふむ……。もう一周いい?」


 まだ続けるようだ。


「あーっと……。若菜ちゃん、これなに?」


 さすがに気になるようだ。僕も聞いておきたい。

 楠さんは何が不思議なんだとでもいう様に僕らに言った。


「え? 運動している姿ってかっこいいでしょ? だから撮ろうかなって」


「……んじゃあマラソンじゃなくてもっとなんか動きの激しい物の方がいいんじゃね?」


「うーん……。……分かった。じゃあ、最後にちょっとペース速めでもう一周お願いしていいかな?」


 これが終われば別の競技が始まるのかな。


「……ん、いいけど。んじゃちょっと早めに行くか佐藤」


「え、あ、うん」


 ちょっときついけどあと一周なら頑張ろう。




「はぁ! はぁ! はぁ!」


 想像以上に小嶋君のペースが速かった。最早全力疾走レベルだよ。


「お疲れ様佐藤君。小嶋君はもう一周走ってるけど佐藤君はもういいよ」


 そう言って膝をつき息を切らしている僕に楠さんが何かを差し出してきた。飲み物かタオルかなと思い受け取ろうと思ったけれどまったく別物だった。

 あまりいい思い出のない代物、ICレコーダーだった。


「はぁ、はぁ、な、なに……?」


 何を録音しようというのだろうか。


「ん? 気にしないで。それで佐藤君、走ってみてどう?」


「はぁ、はぁ、っ、つかれた……」


「そうじゃなくて」


 そうじゃないとしても今の僕にはそれ以外の言葉が出てこない。


「競技を終えたスポーツ選手が言う言葉は?」


「はぁ、はぁ、はぁ、っありが、とう?」


「違う」


 違うのですか。


「ほら、平泳ぎで金メダルとったときなんて言う?」


 これなら分かる。さらに今の気持ちはまさにこれだ。


「はぁ……はぁ、何も、言えない」


「そっちじゃない」


 こっちではないとすると。


「はぁ……はぁ? ……っ超、気持ちいい……? はぁ……はぁ」


「それ! ありがとう」


 にっこりと笑い、次に僕の上気した顔にカメラを向けてきた。


「な、なに……?」


 疲れているのでいつも以上に面白くない絵だよ。


「いいよー良い表情だよー」


 それでもいいらしい。


「はぁ、っ、その、まず、何か、飲み物を……」


 この口の中に広がる血の味は一体何なのでしょう。死ぬ一歩手前なのかもしれないね。


「ほい」


 楠さんの横から出てきた雛ちゃんが、ペットボトルに入った水を差し出してくれた。僕は水なしで一人砂漠行軍をしたかのような勢いでその水を受け取りいただいた。まさに文字通り、生き返った。

 ぷは。

 と、そこへ小嶋君も帰還。


「ふっ、ふっ、ふー」


 規則正しく呼吸をしながら僕の横で立ち止まる。


「はぁ……。これでいいのか?」


「……うーん。もう一周お願い!」


「……えー……。さっきから何回最後があるんだよ……。まあいいや。佐藤ももう一周走ろうぜ」


「僕は、もう、無理……」


 生き返ったばかりなのでちょっと苦しいです。


「本当にきつそうだな……。んじゃ、もう一周行ってくる」


「出来るだけ全力でね」


「今度は全力でかよ……」


 小さくつぶやき、すごいスピードで走りだした。


「おい若菜、何のためにこんなことしてんだ?」


 改めてこの目的を聞く雛ちゃん。


「運動している男の子ってかっこいいでしょ?」


 小嶋君に言ったのと同じことを言う楠さん。


「そうかもしれねえけど、これは――」


「そーそー楽しくないよねー。もっと激しいバトル見ていた方が楽しいよ」


 市丸さんもやってきた。

 小嶋君と同じことを思っている二人。

 ここで疑問に思っていないのは楠さんだけだ。


「じゃあ市丸さんは帰っていいよ」


「ちょっとー。みんなが楽しい事撮ろうよー。何よりこれじゃあ佐藤君たちがつらいんじゃないかな?」


「いや、僕は……」


 話を振られたし、かなり息も整ってきたので僕も話に参加する。


「僕は別にいいけど」


 楽しいとは思わないけれど。

 マラソンは苦手だ。

 マラソンと言わず運動全般だけれども。

 よほど僕が可哀想だと思ったのか、市丸さんが尚もこの企画に疑問を呈する。


「いやでもさ、理由とかなくちゃダメでしょ? これじゃあただの拷問動画だよ?」


「佐藤君が苦しむ動画なら是非見てみたいですけどね……」


 前橋さんが侮蔑の視線を僕に向けながらぼそりと言った。

 ちょっと嫌な気分がしたので、僕は誰に返事をすることも無く小嶋君の走っている姿に視線を向けた。

 あと半周。

 僕は黙って小嶋君を待つ。

 若干スピードは落ちたものの、それでもかなりいいタイムで小嶋君が帰ってきた。別にタイムを計っている訳ではないけれど。

 楠さんが戻ってきた小嶋君にねぎらいの言葉をかけ、ICレコーダーを向けて僕と同じ言葉を言わせていた。

 一体どんな意図があってこんなことをしているのだろう。

 誰が聞いても教えてくれることは無かった。

 とりあえずあまりいい予感はしない。

 むしろ、嫌な予感がぷんぷんだ……。

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