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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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指導室

 十一月八日。

 中途半端な時期だけれども、僕はとある部の部長に就任することになった。動画を撮りみんなで楽しむ動画研究会だ。

 僕が部長だなんて、どうしようもない程に役者不足感が否めないけれど、うじうじそんなことを言っていても仕方がない。それに嫌以上にこれからが楽しみなのでまあ気にしないようにしよう。

 今日の放課後も部室で話し合いが開かれる。放課後が待ち遠しすぎて気を失いたいくらいだ。気を失えば時間を跳躍することが出来るからね。

 カメラを調達すると言う問題も、楠さんが無事にお兄さんからカメラを借りられたというし、恐らく順調に進んでいるのだろう。何を撮るのか決めて、撮りはじめて、撮り終って、編集して。もうわくわくが止まらないよ。


「佐藤君」


 そんなことを考えて一人ニヤニヤしていた休み時間。とても若くて綺麗な、我らが副担任東先生が不安そうな顔をして僕の所へやってきた。その表情に尋常ならざるものを感じ不安でいっぱいになりながら、頭をフル回転させて粗相をしていないかどうか記憶を探った。結局答えにはたどり着かなかった。


「ちょっと今大丈夫?」


 大丈夫以外は言えない雰囲気だ。


「は、はい」


 理由も何も分からないまま、僕は先生に連行されてしまった。




 連行された先は生徒指導室。素行の悪い生徒を指導するためだけにあるお堅い教室。ここに入るのは初めてだし、入る人間も見たことが無い。そんなところに連れてこられるなんて僕は一体どんなことをしでかしたのだろう。掠る物すらなくてすごく恐ろしい。


「佐藤君。単刀直入に聞くけど」


 机に肘を置き、ぐっと身を乗り出し僕を見る先生。


「は、はい……」


 尋常じゃないくらいドキドキする。事情聴取を受けているようでものすごく居心地が悪い。死にそうだ。もしかしたら死んでいるのかもしれない。いやでも心臓の鼓動がうるさい程に聞こえているのでまだ生きているみたいだ。


「市丸百合ちゃんが私の親戚だっていうのは、この前話したわよね? 覚えてる?」


「あ、はい」


 市丸さん関連のことらしい。ますます想像がつかない。僕はそれほど市丸さんと話してはいない。クラスで一番市丸さんと話していないと言ってもいいかもしれない。


「……それで、聞きたいんだけど……」


 一体何事だろうかと、姿勢をただし言葉を待つ。

 そして先生が言った。


「……もしかして、百合ちゃん楠さんにいじめられてない?」


 ……。


「え?」


 意味が分からない。

 予想外過ぎて先ほどまで感じていた緊張やドキドキを忘れてしまった。


「いじめられてませんよ?」


 どうしてそう思ったのだろう。そう思う要素が一切ない気がするのだけれども、先生はどういう過程を経てその結論に至ったのだろうか。不思議でたまらない。


「……ホント?」


 先生が不安そうに確認してくるけれど何をそんなに不安に思っているのか分からない。


「はい」


 僕が答えても先生の表情は緩まない。


「でも、なんだかクラスの子たちが言ってるのよ……。楠さんが百合ちゃんにきつく当たってるって……」


「え? いえ、そんなこ……」


 ……。

 そんなことあった。

 楠さんは市丸さんに対してSっ気満載モードだったのだった。

 以前僕と楠さんの関係を、三田さんが勘違いしていたように、第三者から見れば今の二人の関係はそういう風に見えてしまうんだ。どうやらそのせいでみんな勘違いしているのだろう。僕や雛ちゃんの様に楠さんの本当の姿を知っている人でなければ仲が悪いと思っても仕方がない。


「えーっと、何と言えばいいものか、悩むところですけど、その、二人は仲良しです」


「……それは、本当?」


「本当です。誰よりも仲良しだと思います」


「……そう」


 やっと東先生の表情が緩んだ。あからさまにほっとしている東先生に僕もほっとする。


「あの、でも僕が言っても信憑性のかけらもないですよね」


「そんなことは無いわ。佐藤君は楠さんと一緒にいることが多いと聞くし、最近は仲もいいみたいだしね」


「えっと……」


 むしろ僕の感覚では楠さんとの距離が開いてしまっているような気がするけれど、他の人から見れば仲良くなっているように見えるんだね。


「あれ?」


 ふと気になった。


「どうしたの?」


「え、あ、なんで僕に聞いたのかなって気になって……」


 だって、僕は楠さんに嫌われているように見えていたはずなのだから、僕に聞いたところでその辺りの事情は分からないと思われそうなのに。もし仮に最近仲良くなっているように見えていたとしても、僕に聞くのはなんだかおかしいよね。


「…………そんなにおかしなことかしら? 佐藤君に聞けば確かなことが分かるかなって思ったんだけど」


「そう、なんですか……?」


「そうそう」


 東先生は笑顔だけれど何かちょっと腑に落ちないものを感じる。

 もしかしたら、僕が市丸さんと同じ境遇にいたと誰かから聞いたのかも。確かにドS楠さんを知っている人に話を聞いた方が状況がよく分かるもんね。そういう事情があって僕に話を聞いたんだろう。


「本当は公私混同したくないんだけど、どうしてもね」


 そうやって明るく笑う先生は学生服を着ていても何ら不思議ではないほど若く見えた。


「百合ちゃんはみんなと仲良くやってる?」


「はい。すごく仲良くしていますよ。僕よりもクラスに馴染んでますから何の心配もいりません」


「またまたそんなこと言って。佐藤君みんなにすごく信頼されているじゃない。文化祭で一番頑張ったのは佐藤君だってみんな言っているわよ」


「あれは……別に……」


 褒められるようなことではない。


「市丸さんは、すごく人の心を開くのがうまい気がします。だからみんなとすぐに仲良くなっていましたよ」


「そうそう。百合ちゃんって心を読めるんじゃないかってくらいこっちの感情を敏感に察するのよね。ちょっと怖いくらい」


 うふふと笑う東先生。

 市丸さんは心が読める。僕もそう思う。本当にすごい事だけど、怖いは言い過ぎだよ。


「まあとにかく、馴染んでくれているみたいでよかったわ。中途半端な時期だし、どうかなって思ったんだけど何の心配もいらないみたいね」


「全然大丈夫ですよ」


 先生がほっとして、僕もほっとする。

 生徒指導室に呼ばれて怒られるものかと思っていたけれど全然そんなことは無かったね。よかった。

 それにしても、楠さんはどうして僕への態度を変えたのだろう。親友がやってきたので僕が必要無くなったのだろうか。でもそうだとしたら学校外でドSさんとして接する理由が分からない。この理由は違うと言うことかな。

 だとするとひょっとするともしかすると、文化祭での行動が原因なのかもしれない。楠さんがドSで接することは少なからず周りに影響を与えるので、文化祭での働きが認められその辺を考慮してあげようかなと思ってくれたのかも。いや、よく分からないけれど、もしかしたらそうなのかなって。

「時間を取らせてしまってゴメンね佐藤君。佐藤君のおかげでこのところ抱えていた悩みが解決したわ」


 ぼけっとしていたところに先生の声。


「え、あ、お役に立てたのなら、何よりです」


 僕は解放されたようだ。

 何をされたというわけでもないけれどこの部屋はプレッシャーがものすごい。目には見えない風船に心どころか体が押しつぶされそうで息苦しいなんてものではなかった。

 すぐに軽い空気を吸いたかった僕は、話が終わるや否やすぐに扉へ向かい一度先生に頭を下げてから戸をスライドさせた。


「失礼しました」


「本当にありがとう」


 笑顔をもらったあと、ゆっくりと戸を閉めふぅと息を吐く。

 もうここには入りたくないな。これからの人生、ここに呼び出されないように気をつけて生きよう。

 そんなことを心に誓いながら安心しきって生徒指導室の扉を眺めていたところ、


「佐藤君、いったい何をしでかしたんですか?」


「え?!」


 突然後ろから声をかけられたので驚き振り返る。


「ま、前橋さん……」


 前橋さんが責めるような目で僕を見ていた。


「別に、何もしでかしてない、けど……」


「……」


 責めるような目からジト目に変えて僕を見る。


「とにかく、場所を移しましょう。休み時間はもう少ししかないんですから急いでください」


「え、あ」


 前橋さんがそう言って僕の返事を聞くことなくどこかへ歩いて行ってしまった。

 ついて行きたくはなかったけれど、仕方がないので僕は小走りでその後を追った。




 やはりと言うか何と言うか、前橋さんの目的地は教室から最寄りの空き教室。何度もここへ連れてこられたので最早第二の僕の教室と言っても過言ではない。あまり嬉しくはないけれど。

 前橋さんが早速僕に聞く。休み時間は短いから。


「それで、何の話だったんですか? 生徒指導室に連れて行かれるなんてよっぽどのことですよ。そこまで怒られる人はそうそういません」


「……怒られてないよ……。怒られていたとしても、その、前橋さんには関係ないよ」


「そんなことは無いです。私には佐藤君を監視する義務があるんです」


「え、どうして」


「そんなことはどうでもいいんです。話を逸らさないでください!」


 ……とても理不尽だよ……。もっとちゃんと話してほしい。


「それで、なぜ怒られたんですか?」


「怒られてなんかいないよ。ただちょっと話をしていただけだよ」


 正直に話してみたけれど前橋さんはジト目を僕に向けてくる。


「……まあ、どうして怒られたのかは簡単に想像がつきますけどね」


「だから、僕怒られていないって……」


 何を言っているのだろう。


「嘘ばかり言って……。バレバレなんですから言い訳をせずに正直に話してください! 知っているんですよ?! 佐藤君が有野さんをいじめているってこと!」


 ……。


「え? 僕そんなことしてないけど……」


 先ほどは楠さんが市丸さんをいじめていると疑われていたけれど、今度は僕が雛ちゃんをいじめていると疑われているようだ。


「言い訳はしないでください! 知っているんですから!」


 前橋さんには何やら確信があるらしい。そんな事実は一切ないのに。


「どうしてそう思うの?」


 聞かなければ想像もつかない。

 前橋さんは答える。きつい口調で答える。


「有野さんは佐藤君に誘われてからとても元気がないんです! 佐藤君がいじめているに決まってます!」


 そんなことあり得ないのに。


「だから先生に呼ばれたんですよね?」


「全然違うよ」


 そんなことがあり得るわけがない。自分で言うのもなんだけれど、どちらかと言えば僕はいじめられる側だし。


「嘘ばっかり……」


 前橋さんは全く信じない。仕方がないけれど。


「もしイジメていないとしても、有野さんは佐藤君と話すようになってから私に冷たくなりました! 間違いなく佐藤君が悪い影響を与えているんでる! 最低です佐藤君!」


 そんなこと言われても……。

 前橋さんはまだまだ吠える。


「本当に佐藤君は邪魔ですね……! 佐藤君がいなければずっと幸せでいられたのに!」


「……知らないよ」


 思わず漏れた心の声に前橋さんの目が鋭くなる。


「……なんですか? 生意気ですね?」


 言うつもりのなかった言葉を言ったけれど、謝ることはしない。


「僕には関係ないから」


「関係大ありですよ! 黒魔術で消し去る為に修行を始めましょうかね!」


「別にいいよ。でもその前に、そんなことをする前に、前橋さんは三田さんに謝るべきだよ」


「…………は? 何を突然言っているんですか? 私が謝る理由が分かりません」


「……あれほど酷い事をしておいて理由が分からないだなんて……」


 前橋さんが少し考え思い至る。

 しかし前橋さんから出てくる言葉は誠意も何もない言葉。


「……ああ、もしかして三田さんを利用したことですか? そんなのばれなければいいんですよ。そもそも、謝るほど悪い事だとは思いませんね。結局は自分で選んだんですからね!」


「選ばされたのは自分で選んだとは言えないよ」


 断言することはできないけれど半分以上は自分の意思ではないはずだ。そんなのは自分の意思だなんて言えない。


「うるさいですね。もし悪い事だとしても佐藤君には関係ないじゃないですか」


「関係あるよ。三田さんは友達だもん」


「ふったくせに偉そうなことを言いますね。友達でいられるわけがないじゃないですか」


「……友達、だよ」


「まず佐藤君が謝った方がいいんじゃないですか? 君が一番傷つけたんじゃないですか」


「……」


 僕はもう謝ったよ。許されてはいないけど。


「……だったら、一緒に謝ろうよ」


 何が正しくて何が悪い事なのか。僕の頭は混乱してしまってよく分からないけれど。ゴメンなさいと謝ることは悪い事ではないはずだ。


「何言っているんですか。謝るなら一人で謝りに行ってください。私を道連れにするなんて最低最悪ですよ」


「だったらもう前橋さんと話すことは無いよ」


 僕は前橋さんが謝るまで前橋さんに対して怒り続けなければならないのだから。


「……佐藤君本当に性格悪いですね……。やっぱり佐藤君に有野さんを任せることはできません」


「それは、こっちのセリフだよ」


 僕がこんなことを言うとは思わなかったのか、目を大きく見開いた後すぐに見たことのない程の敵意を込めた視線を僕に向けてきた。


「……本当にムカつきますね。最近調子に乗っているんじゃないですか? ちょっとみんなにちやほやされているからって自分が偉くなったとでも思っているんですか? 大きな間違いですよ」


「そんな勘違いしてないよ」


「嘘ですね。君は調子に乗っています。私には分かります」


「……いいよ、それでも……」


 何を言っても無駄らしいから。

 僕の失礼な態度は前橋さんをより不機嫌にする。


「……そんな態度をとったこと、後悔しますからね」


「……」


 険悪な空気を作ったまま、僕らは教室に戻った。

 これから先、前橋さんとは仲良くできそうにない。

 とても残念だけれど、僕はみんなと仲良くできるような人間ではないのだから仕方がないよ。

 市丸さんのような人が羨ましい。


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