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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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方向性に悩みます

 放課後、話し合いをするために再び部室に集まる僕ら。動画研究会が発足して初めての活動だ。

 沼田君はバスケ部の活動があるのでいないけれど、なんだか少しわくわくしてきた。

 生まれて初めて所属する部活。しかも部長になってしまったのだから緊張してしまう。知り合いばかりなのだから緊張する必要はないと分かってはいるけれど、どうしても固くならざるを得ない。

 そして楠さんの発言で部活動が始まる。


「佐藤君、何か考えた?」


 笑顔で下座に座る楠さん。全く何も思いついていない僕はいい答えを返せない。

 初めての部活動は早速暗礁に乗り上げていた。

 また空気が重くなってしまうのかもしれない。そう思い何とかアイデアを絞り出そうと考えているとき、雛ちゃんが僕に聞いてきた。


「ところで優大。優大がみんなで何か一つのことをやりたがっているのは分かったけど、どうして動画がいいって思ったんだ? 優大映像関係に興味があったっけ? 私初耳だったんだけど」


「えっと、何と言えばいいか……、雛ちゃんはニヤニヤ動画とか見たことある?」


「ねえけど、それなに」


「動画を投稿しているサイトなんだけど、そこには僕らみたいな普通の人がたくさん面白い動画を投稿しているんだ。そこに投稿したいって前からずっと思っていて、どうせならみんなでやりたいなって。そもそも動画の投稿を発案してくれたのは小嶋君だから、やっぱり僕はただ皆で何かがしたいだけなんだ」


「……そか」


 あまり興味が無さそうだ。当然と言えば当然だ。雛ちゃんはパソコンを触らないのできっと動画そのものを見たことが無いはず。知らない世界に誘われたところで興味が出るわけもない。でもきっとみんなで何かをするだけで楽しいと思うから、いい思い出になってくれるはずだ。そうならなくても、せめて嫌な思い出にはならないようにしよう。


「そこにはどんな動画があるんだ?」


「えーっと、ダンスとか、カラオケとか、工作とか……?」


「………………そんなんして楽しいのか?」


「え、その、多分……」


「……ふーん」


 あまりどころか全く興味が無さそうだ……。

 あれ? これもしかして、僕の想像以上に僕とみんなの間に温度差があるのかな?

 みんなを楽しませることが出来るかどうか不安になってきた。諦めるなんてことはしないけれど少し怖い。


「佐藤君は歌がうまいの?」


 ひそかに落ち込んでいる僕に市丸さんが明るい声をかけてきた。


「僕は全然うまくないよ」


「じゃあ歌は無し?」


「でも小嶋君はうまいみたいだから、小嶋君が歌う動画なら……」


「お前みんなで何かしたかったんだろ。俺が一人でやってもつまんねえだろ」


「そう、だね……」


 みんなで合唱しても仕方がないしね。やっぱり歌は無しだ。


「なら、踊る……?」


 とダメもとで行ってみたけれど当然ダメだった。しかも想像以上にダメだった。ダメダメだった。

 雛ちゃんからの反対の声が部室に響く。


「えー?! 別になんでもいいと思ってたけど踊るのはちょっと嫌だわ! 体育の創作ダンスすげえ嫌いなんだよ私! 水泳の方がまだましだわ!」


 猛反対でした。


「そうだよね……。なら、工作……」


「工作って……そんなん見て誰か喜ぶのか?」


「……僕程度の工作じゃあ誰も喜ばないかも……」


 貯金箱だってまともに作れやしないよ。

 どうしよう……。何も思いつかないよ……。

 何のアイデアも出せずに焦る僕。みんなが楽しい事って一体何があるんだろう。やっぱり動画という選択が間違っていたのかもしれない。動画は小嶋君と二人で撮って、みんなは何か別のことをしようと誘うのが正解だったのかも。いまさら言っても仕方がないけれど。


「佐藤君。時間はたくさんあるんだからゆっくりと考えて行こう。ね?」


「うん……」


 楠さんのフォローに少しだけ気が楽になる。

 そうだよね。焦ったところで何もいい考えは浮かばないし。


「でも私達は一体どういうものが良いのか全く分からないんだよね」


「だな。何か考える前に一度その踊ったり歌ったりなんかしてる動画を見てみたいな。全然想像がつかなくて何もアイデアが出せないわ」


「あ、そうだね。なら今から僕の家に来る?」


 部室での活動がすぐに終わったのはちょっとだけ悲しいけれどこれから毎日来れるんだから気にすることでもない。


「そーだな。んじゃ今からみんなで優大の家に行くか」


 部活初日にして校外活動。こう言ったらとてもアグレッシブな部活に聞こえるね。

 初の校外活動に勤しむべくみんなが立ち上がり、部室を出ようかなとしていたところで入り口そばにいた楠さんが僕らを制止した。


「ちょっとちょっと待って待って」


 どうしたのだろう。何か都合の悪い事でもあるのかな。


「どうしたの楠さん」


「……。……市丸さん佐藤君の家知らないでしょ?」


「うん。知らないよ」


「なら佐藤君の家じゃなくて私の家にしない?」


 何故だろうかとみんなが首をかしげて、楠さんがきちんと説明してくれる。


「ほら、佐藤君の家って駅から遠いでしょ? だから家の遠い市丸さんが帰るころには時間がかかって遅くなっちゃうんじゃないかな。私の家なら佐藤君の家より駅に近いし、兄が家にいればもしかしたら兄が送ってくれるかもしれないしで私の家にした方がいいと思うんだ。ね?」


「でも、大勢で押し寄せたら楠さんの家に迷惑がかからない……?」


「大丈夫大丈夫。じゃあみんなで私の家に行こうか」


「え、あ」


 何故か分からないけれど楠さんの家に行くことになった。

 初めて行く楠さんの家。

 少しだけドキドキして、すごくワクワクする。

 粗相のないようにしよう。




 楠さんに案内されたのは僕の思い出がたくさん詰まった山にほど近いところ。いつも歩いている通学路とは一本道が違うので、近所とはいえ楠さんや楠さんのお兄さんが家から出てくる姿を目撃したことが無かったのだろう。

 それでも何度も前を通っている道だ。ここが楠さんの家だと気が付かなかったのは表札が筆記体の英語だったからなのかもしれない。僕は英語が苦手だから。

 それにしても、僕の家から近いとは聞いていたけれどこれほど近いとは思っていなかった。少し驚きだ。この距離ならば駅からの距離は大して変わらないから僕の家でもよかったような気もする。でも、まあいいよね。


「佐藤君たちは若菜ちゃんの家に来るの初めてなの?」


 にこりと綺麗な笑顔の市丸さん。


「うん。市丸さんは来たことあるの?」


「一度だけ誘われてね。ね、若菜ちゃん?」


 対照的な無表情の楠さん。


「無理やり来たくせに。誰があなたを家に招くの」


「あれれー? 私誘われたはずなのに?」


「……もうどうでもいいから家に入りましょう」


「あーん待ってよ若菜ちゃーん」


 やっぱり、仲良いよね。




 居間に通された僕らはいったんソファや床に座ってどこかへ姿を消した楠さんを待つ。

 家じゅうに満ちている楠さんの匂い。変態かもしれないけれど少しドキドキする。

 失礼とは思いつつも少し居間を見渡してみる。

 なんと言うか、楠さんの家っぽい内装だった。自分でも何を言っているのか分からないけれどそんな感じがした。

 見渡すことをやめ床に座り静かに待つ僕。友達の家だろうが親戚の家だろうが人の家って落ち着かないよね。

 家主がいない気まずい空間。僕らは何もできる事が無いのでとりあえず無言で待つ。

 それから三分。楠さんにちょっと待っておいてと言われてから約五分。楠さんがパソコンを持ってやってきた。


「ゴメンね。ちょっと時間がかかっちゃった」


 えへへと笑う楠さんを見て空気が一気に柔らかくなる。


「何してたんだよ」


「ちょっとパソコンをとりにね」


「……パソコンをとりにって、持ってくるくらいすぐにできるだろ」


「私のパソコンはすぐに持ってこれたんだけど兄のパソコンを持ってきた方がいいと思ってね」


「よく分かんねえけど、兄貴のパソコンを持ってくるためには時間がかかるのか?」


「うん、まあね」


 ……。

 あれ?


「もしかして、もしかすると、違ってたら申し訳ないんだけど……。……お兄さんの部屋の鍵を開けてたの?」


 以前、お兄さんは部屋に鍵をかけておくと言っていた。きっとパソコンも部屋に置いていたはず。これだけ時間がかかっていたのは無断でお兄さんの部屋の鍵を開けていたからなのかも。


「まあそんなことは置いといて」


 やっぱりそうだったみたいだ。


「置いといていいのかな……」


 楠さん怒られてしまうんじゃないかな。

 僕の感じている不安を楠さんは感じていない。やっぱり兄妹だからお兄さんが何をすれば怒るのか分かるんだろう。


「若菜ちゃんピッキングしたの?」


「うーん、そう言ったら聞こえが悪いね。だから私が何をしてきたかは内緒」


 可愛く口に指をあてる楠さんと苦笑いの小嶋君。


「それにほら、私陰で努力するタイプだから」


「それは努力と言えないような……」


 とつぶやいてみるもあっさりとながされてしまった。


「いいからいいから。はい佐藤君」


「え、あ……」


 ……勝手に使っていいのかな……。……仕方がないよね。見てはいけないものなんてないとは思うけど、出来るだけ何も見ないようにしよう。……デスクトップに危ないショートカットなんてないよね……?

 不安になりながら起動してみる。

 驚くほどすっきりしたデスクトップにほっと一息。僕の不安は明後日の物だったらしい。とりあえずブラウザを立ち上げサイトに行きログインをする。

 みんなが小さいノートパソコンを覗き込んでくる。僕は出来る限り小さくなりながらマウスをいじる。


「ふーん。ここに動画がたくさんあんのか」


 体が触れ合うことを気にしているのは僕だけなようで雛ちゃんが僕の背中に乗りかかるようにしている。

 恥ずかしいけれど悟られないようにしよう。


「うん」


「へぇー。小嶋もよく見んのか?」


 雛ちゃんの後ろの方で見ている小嶋君。


「まあ、ぼちぼち」


「ふーん」


「じゃあさっそく佐藤君が言っていた歌ったり踊ったり工作したりっていうのを見せてくれない?」


「あ、うん」


 出来るだけみんなが気に入りそうな面白い動画を選んで再生してみた。きっと喜んでくれるはず。これでニヤニヤ動画の魅力をみんなにわかってもらうぞ。


 ・

 ・

 ・


「……」


「……」


「……」


「……」


 なんだか、みんなすごく無言だった。


「えっと……」


 とても反応が悪い。驚くほど無反応。


「…………その、一人で見たらきっと面白いと思うんだ!」


 きっとその筈! 自分も今見てあまり笑えなかったし、一人の時ならすごく笑えるはず!


「家にパソコンがある人は是非部屋で一人で見てほしい! 本当に面白いから!」


 僕の背に乗る雛ちゃんが後ろから僕の頬を挟み込む。


「見れる状況なら若菜の家なんかに来てねえよ」


「でも、本当に面白いから……! きっとみんながいるから何となく笑えないんだよね?! みんな一人で見ればきっと笑えるよ!」


「だから見れねえっつーの! 誰もつまらねえって言ってねえだろっ」


「え、あ、ゴメン……。でも、本当に面白いから、機会があれば……」


 必死な僕の頬が雛ちゃんにムニムニといじられる。


「分かった分かった! そんなに必死にならなくて大丈夫だから!」


「う、うん……」


 なんだか、みんなに魅力を伝えることが出来なかった……。


「なんだかよく分からなかったけど、佐藤君はこういうことがしたいの?」


 笑顔の固い楠さん。全然面白くなかったのかも……。


「えっと、その、僕は本当に何をしても楽しめると思うけど、あえて言うならこういうことがしたい、かな」


 検索欄に単語をうち動画を検索。

 そしてもう一度動画をみんなに見せてみた。

 今度見せた動画は特に笑いがあるわけではないほのぼのとした日常の風景。知らない人がただ仲良くしているだけの動画。でも僕はその雰囲気がすごく好きだった。

 市丸さんが興味深げに覗き込む。


「ほほー。こういう何もない動画もあるんだね。これなら簡単だけど、こんなホームビデオみたいなのが撮りたいの?」


 興味深かったというか、意外に思った様子。


「うん。みんなでワイワイ何かがしている楽しい動画を撮りたいんだ」


 きっとこれなら楽しさが伝わる! かと思いきや。


「……これって楽しいのかなー」


 どうにも伝わっている様子はない。


「え、楽しそうじゃないかな……?」


「楽しそうだけど、別に動画を撮ることでもないかなって思うなー。だって動画撮らなくても私たちが楽しかったらいいんでしょ? 動画にして公開する必要ってあるのかな?」


 そう言われると、そうかもしれない。何も動画にしなくても楽しいことが出来ればそれで満足だ。でもちょっと違うと思う。


「確かに、そうなのかもしれないけど、普段出来ないことを動画を撮るという名目でやっていければいいよね。何か理由があった方がやりやすいと思う」


「ま、そうだね。この動画の人たちバーベキューとかしてるけど、バーベキューを普段やるかと言われたら普段はあまりやらないもんね。何かきっかけとかがあった方が色々とやりやすいか」


 納得してくれたようだ。


「でも、別にこういうのにこだわらなくても、本当にみんなで楽しめればいいんだ」


「そっかそっか。うん。何となく分かったよ」


 何となくでも、動画を撮る気になってくれたのなら嬉しい。

 これでみんな、僕がどういうことをしたいのか分かってくれたみたいだ。


「んじゃ、何をするにしても楽しい事をするってことで。それで肝心のカメラはどうすんだ? 優大もってんのか?」


「あ」


 しまった。


「…………僕持ってない……」


 一歩目から躓いてしまう情けない僕。どうしよう……。


「なんつーか、佐藤っぽい感じだな」


 後ろかで小嶋君が笑っている。


「ぼ、僕っっぽい、かな」


 要領が悪いと言うことだろう。


「あ、もしかして小嶋君、持ってる?」


「持ってるわけねえじゃん」


 最初に動画を撮りたいと言ったのは小嶋君だったので、小嶋君は持っているのかもしれないと思ったけれどそんなことは無いらしい。


「誰かからカメラ借りられないかな……」


 僕の家にあるのは見たことが無い。

 早速問題が発生してしまった。どうすればいいものか。部費でカメラを買えるのかな。


「あ、そういえば」


 楠さんが何かを思いつく。


「そういえば兄がカメラもっていた気がする。あとで聞いてみるから、持ってたら借りるね」


 さすが楠さん、と言った方がいいのかさすが楠さんのお兄さんと言った方がいいのか迷うけれど、とりあえず今言うべきことは分かる。


「ありがとう楠さん……」


 楠さんがいなければどうしていいのか分からなくなっているところだった。楠さんがいてくれて本当に助かった。


 と、言うわけで。

 初の部活動で何となくの方向が見えてきた、ような気がする。

 どうなるかは分からないけれど、きっと楽しくなるはず。

 ……多分。


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