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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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小型化する世界

 動画についての話し合いがされることのなかった土日。そもそも動画を撮るのか別のことをするのかが全く決めていない。僕としては小嶋君に引っ張ってもらいたいのだけれども、小嶋君は僕にすべてを委ねたようで特に何をしたいということを言ってはくれない。

 たくさんの人に声をかけたせいもあって、すぐ次の日にみんなで集まることは難しいらしい。もっと前から予定を決めておかなければうまく進めることが出来ないようだ。そのようなことも含めて今日から色々と話し合って行こう。

 そしてあまり関係ない事だけれども最近祈君がよそよそしい。嫌われている訳ではないので悲しくは無いけれど、ちょっと気まずい。いくら勘違いだと言っても顔を赤くするばかりで聞いてくれない。僕が楠さんと何かをしていたのだと勘違いしているんだ。……まあ、これは時間に任せよう……。

 ……。

 よし。気持ちを切り替えて行こう。

 月曜日だ。

 頑張って僕が引っ張って行こう! それが楽しい人生への道なんだ!


「佐藤君ちょっと」


 自分の席に座り人知れず気合を入れていたところ、楠さんが笑顔を引きつらせやってきた。


「楠さんおはよう、ございます」


 とりあえず敬語で挨拶をする。


「おはよう佐藤君。今日もいい天気だねとっても清々しい気分で気持ちがいいねじゃあちょっとこの日差しを全身で感じる為に屋上へ行ってみようか」


「あ、はい」


 楠さんの機嫌がすこぶる悪いようです。

 僕は一見軽くに見えるけれどその実思いっきり抓られている二の腕の痛みに顔をしかめながら屋上へ連行されていった。



 屋上へたどり着いた僕はいつものようにフェンスの傍へ……ではなく入口から死角になっているところに連れて行かれそこでグイッと壁に押さえつけられた。


「ぐぇ」


 腕で喉を押さえつけられたので変な声が出てしまった。突然だったので思わず声が出てしまったけれどあまり苦しくは無い。しかし喉はやめていただきたい……。


「ねえ佐藤君」


「な、何ですか?」


 思わず敬語になってしまうほどの眼力。僕が何か悪い事をしてしまったのでしょうか。


「君、何かイベントごとをしたいって言ってたよね。で、私と沼田君を誘ってきたよね」


「えと、はい」


「で、私達を誘うときに誰が参加するって言った?」


「えーっと、僕と、小嶋君と、雛ちゃんと、市丸さん……?」


「はぁあ? はぁああ?」


 鈍い僕でも何に怒っているのかすぐに分かった。市丸さんのことを伝えていないので怒っているんだ。


「私は市丸百合のこと一切聞いていないんだけど? ついさっき市丸百合から直接聞いたんだけど? もしかして隠していたのかな?」


 徐々に押さえつける力が強くなってくる。


「く、楠さん、ちょっと、苦しいです……」


「楽になりたければ正直に全て話しなさい。市丸百合の差し金か。あいつが黙って私を誘えと言ったからそれに従ったのか」


「ち、違う違う。違います」


「なら何」


 うぐぐ。とても苦しい。

 一刻も早くこの苦しさから逃れたいので懇切丁寧に説明させていただく。


「楠さんと沼田君を誘った後に市丸さんを誘ったから、と言うわけなんだけど……」


「それでも市丸百合を誘うつもりだったのなら最初から言っておいてくれないかなっ! ね!」


 す、すごく怒っている。


「あの、やっぱり楠さんと市丸さんって、仲悪いの……?」


 だから一緒にしたくないのかな。


「……たとえ仲が良くても、四六時中一緒には居たくないでしょ? 同棲して初めて相手の嫌なところが見えてきたり長年コンビを組んでいたら相手のすることすべてがイラついたりするでしょ? それと一緒」


「同棲したことないしコンビ組んだことが無いから分からないけど……」


 えーっと、つまりは仲良しを通り過ぎた状態だと言いたいのかな。それは、仲良しとは違うのかな?


「その、じゃあ、楠さんは、やめる……?」


 恐る恐る聞いてみる。

 とても悲しい事だけれど、嫌だというのであれば仕方がない。


「もう遅いよ」


 てっきり断られるのだと思っていたけれどそんなことは無かった。


「もう遅いって、その……」


「せめて金曜日に教えてくれれば……!」


 楠さんが大きくため息をつき、僕を押さえていた腕を解いてくれた。


「あの、ごめん……」


 仲が良いのか仲が良くないのか僕にはわからないけれどすごく申し訳ない気持ちになってきた。

 俯き謝る僕に、若干気分が悪そうに楠さんが僕に問う。


「……どうして君は市丸百合を誘おうと思ったの? さっき『やっぱり仲が悪いの?』って言ってたってことは、君は私と市丸百合が仲良くないと思っていたんでしょ? ならどうして私の嫌がることをしたの?」


「えーと、その、なんだかんだ言ってもあまり仲が悪いとは思っていなかったし、たとえ仲が悪くてもこれがきっかけで仲良しになれればいいなぁと思いまして……」


「……。……はぁああ……」


 力なく首を振る楠さんを見て僕はやっと自分が間違っていたのだと気付いた。大間違いだったのかもしれない。


「君は全く……。勝手なことをしてくれる……」


 こめかみに指をあて僕を睨み付ける楠さん。


「……ごめんね……」


「……別に悪い事は無いよ。怒ってないから気にしないで」


 楠さんの顔はすぐれない。

 こういう時に楠さんは僕に対して強い言葉をぶつけてきてくれるので、それをしないということは本当に悪い事ではないのだろう。僕がそう信じたいというのが大半だけれど。


「……全く……。なんで私が市丸百合と一緒にこんなことしなくちゃいけないの……。ストレスが溜まる……!」


 ……本当に怒っていないよね?


「……ねえ、佐藤君」


「え、あ、はい……」


 僕はうつむき言葉を待った。

 少しだけ無言を作り、楠さんが言う。


「君は携帯電話で写真を撮ることをなんて言う?」


 ……携帯電話で写真……?

 もしかしたら罵られるのではないかと思っていた僕が恥ずかしい。

 とにかく質問に答えなければ。


「携帯で写真、えーっと、写メ?」


「そうだね。じゃあ写真をメールで送ることは?」


「写メを送る……っていう」


 言いたいことが分かってきた。


「で、それをどう思う?」


「えーっと、写真を撮ることを写メと呼ぶ人が嫌だっていうことだよね? 写メは写メールの略だから写真を撮ることじゃないって言いたいんだよね?」


「違う」


「え、あ、違うんですか」


 勘違いしてしまいました。


「携帯で写真を撮ることは写メではない、っていう人間が嫌いっていうこと」


「楠さんも写メっていうんだね」


「当然。あれは写メでしょ。最初は写メとは呼ばれていなかったけど最早今となっては写メでしょ。分かりやすいんだから写メでいいじゃない。何をそんなに必死になって『写メは写メールの略だから携帯で写真を撮ることは写メではない』って言ってるの? いいじゃない携帯で写真を撮ることを写メと呼んでも。意味が通じるんだから別にいいじゃない」


「そうだね」


「私としては写メは写メールだと分かった上で敢えて使っているんだから一々突っ込まれるのは面倒くさいんだよね」


 確かに、『写メを撮る』ではなく『写真を撮る』と言ったら何となくデジカメやちゃんとしたカメラを使った本格的な写真をイメージするかも。まあ、勝手な僕のイメージだけれども。


「きっとそう言う人は『確信犯の使い方が違う』とか『爆笑の使い方が違う』とか『おもむろにの使い方が違う』とか言っちゃうんだろうね。言葉は移り変わる物だ、なんて言わないけど意味が通じるなら別にいいと思わない?」


「えーっと、日本語を大切にしているんじゃないかな。それに間違いを正すことはいけない事ではないし……」


「そうだね。でも『意味が通じるなら』別にいいよね?」


「う、うん」


「間違った使い方をしている人間は頭が悪いみたいなこと言っているけどさ、写メみたいに間違っていると分かった上で使っているかもしれないんだから勝手にバカ認定しないでもらいたいよね」


 過去に何かがあったのかもしれないね。誰かにバカにされたのかも。


「まあ、そう言うわけでこれからは携帯で写真を撮ることは写メで統一ね」


「うん」


 僕もずっと写メと言っていたし大丈夫だよ。


「あと携帯電話と言えば、携帯電話を文字で表すときに『携帯』って書くなとかぬかす人いるよね」


「え? そんな人がいるの?」


 初めて聞いた。


「いるいる、大勢いるよ」


 これまで出会ったことが無いのは僕の交友関係が狭いからだろう。いや、きっと楠さんの交友関係が広いからなんだ。そう考えておこう。


「でもその人達はなんで『携帯』と書いたらダメって言っているの?」


「『携帯』じゃあ何を携帯しているのか分からないからだって。だから『ケータイ』って書けって言ってたよ」


「そう言われれば、そうだね」


 確かに携帯できるものはたくさんある。でもケータイなら携帯電話しかないしそう言った方が分かりやすいし親切だよね。


「いやいやいや、おかしいでしょ」


 おかしいらしい。


「えーと……おかしい、かな?」


 僕にはおかしいところが分からない。


「『携帯』で十分伝わるでしょ。百人いたら九十七人くらいは携帯イコール携帯電話って思うに決まっているでしょ。想像力を働かせる必要も無く携帯電話しか考えられないし」


「そう言われると、そうだね」


 技術が進化して何でもかんでも小型化が進み、携帯できるものがこの世に沢山増えていこうとも、携帯していると言われてすぐに思いつくのは携帯電話だけかも。


「『携帯を持っています』っていう文字を見て携帯灰皿だと思う? 『携帯をいじる』って見て携帯ウォシュレットをいじっている姿を想像する? それ逆に想像力豊かですごいと思うよ」


「……」


「それになんで『ケータイ』なら許されると思うんだろうね。言葉にしてしまえば『ケータイ』だろうが『携帯』だろうが分からないでしょ。この二つに違いなんてないはず。携帯電話を『携帯』と書き表すことが気に入らない人間でも、『携帯貸して』と言葉で言われたら携帯ウォシュレットじゃなくて携帯電話を貸すでしょ? なら文字で書くときにも『携帯』でいいじゃない」


 正直なところ僕はそういう人に出会ったことが無いから何とも言いようがない。


「だからこれからは『携帯電話』のことは『携帯』ね」


「うん」


 僕はもともと『携帯』と呼ぶことに抵抗が無かったので全く問題は無い。


「よし」


 僕が頷くのを見て、楠さんも満足げに頷いた。

 気のせいか、話しているうちに楠さんの機嫌はよくなったようだ。もう気分の悪そうな顔はしていない。


「愚痴ってすっきりしたし戻ろうか」


 やはり気のせいではなかった。どうやら僕でストレス発散していたらしい。

 役立ったのなら、いいのだけれども。

 でも楠さんを悲しませてしまったというのが悔やまれる。良かれと思ってやったことだけれども、全くの余計のお世話だったらしい。

 もしかしたら雛ちゃんも小嶋君も迷惑だと思っているような気がしてきた。三田さんに至っては直接言われたし、僕は全力で空回っているのかもしれない。

 それでも回らないよりはましだ。

 空回りだって無駄じゃないんだ。

 みんなが楽しめないのなら、楽しめるように僕が何とかすればいいんだ。


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