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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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きっと、できもしないのに

 楠さんが僕の部屋にやってきて僕の十五時間をセーブの彼方に葬り去ってから十日が過ぎた。

 消え去ったセーブデータは十日間ゲームをしてほぼ同じところまで復元することが出来た。

 一日一時間半。本当はもうちょっとやりたかったんだけどちょっと事情があってこれだけしかできなかったんだ。

 そんな報告はどうでもよくて。

 楠さんがよそよそしくしていた理由は分からないけれど、よそよそしい態度を取るのには法則があることは分かった。僕個人としては大発見だったのだけれども学会に発表できないのが少し残念だ。

 その法則を偉そうに発表してみたいと思う。

 楠さんは、学校にいるときによそよそしい態度を取り、学校ではない場所にいるといつもの楠さんとして接してくれているらしいんだ。

 なぜそうするのかは全く想像がつかないけれど、友達としての関係を無くそうとしている訳ではないと分かったのでひとまず安心だ。ついこの間の日曜日にも僕の家に来てくれたのでその法則が正しいと確信することが出来た。

 しかし安心したところで今度は別のことが気になってきた。

 楠さんと沼田君の関係だ。

 僕の家に遊びに来ていると言うことは、当然言うまでも無く沼田君と会っていないということで。

 もしかしたら付き合っているというのは楠さんのドッキリなのではないかと疑ってみたりもできる。

 楠さんはお茶目だから、僕を驚かせようとしているんだ。

 きっとそうに違いない。

 なんで僕はこんな現実逃避をしているのか分からないけれど本当にドッキリであればきっと僕は幸せになれると思う。

 そんな思いを抱きながら、昼休みになりざわめいている教室の端っこで楠さんを盗み見る。


「楠さん。一緒に飯食おう」


「うん」


 僕は教室から出て行く楠さんと沼田君を密かに見送り僕のドッキリ説がお話にならないトンデモ説だという事実に小さくため息をついた。

 事実を突きつけられたところで再び考えてみる。

 学校にいるときは今のように沼田君と仲睦まじくしているのに、どうして休日はともに行動しないのだろう。

 喧嘩をしているというわけでもないようだし、最近は沼田君が楠さんを送っている姿もよく見かける。どこから見ても仲のいい普通のカップルだ。

 でも休日は別行動。

 恋人だけではなく友達とも仲良くしたいのかな。

 でもそれなら平日を友達との時間にして休日を恋人と過ごすべきだと思うのだけれど……。

 まあそこは楠さんと僕の感覚の違いもあるし、沼田君には部活もあるしで色々と理由があるのだろう。

 沼田君と楠さんの関係を考えるのはまあこのくらいにして、次は市丸さんと楠さんの関係についてちょっと考えてみよう。そんなことを考えるなんて僕はいったい何様なんだと自分でも思うけれど友達の事だから別に考えてみてもいいよね。

 楠さんは、沼田君と話していないときは市丸さんと話していることが多い。二人はあまり仲が良くないのかなと考えたこともあったがよく話しているし何より市丸さんに対してはSっ気満載モードで接しているので仲が悪いということはなさそうだ。

 学校では常に一緒にいると言ってもいいくらい仲がいいのいい二人なのだけれども、やっぱり休日一緒に出掛けたりはしていないみたいだ。市丸さんの家が近くないということも理由としてあるのかもしれない。

 だから僕の家に来てるのかな。暇をつぶすのに最適だから来ているのかな。それとも、別の意味があるのかな。

 本当のことは僕にはわからない。意味なんかないかもしれない。

 でもなんだか、ただ遊びに来ているだけではなくて僕の知らない何かがある気がするんだ。そうあって欲しいだけなのかもしれないけれど、きっと何か理由があるに違いないんだ。


「優大ー。飯食うおうぜ」


 雛ちゃんがパンを持ってやってきた。


「うん」


 僕が頷き、雛ちゃんが僕の前席の椅子をこちらの方に向けた。

 ここ最近は雛ちゃんと一緒にご飯を食べさせてもらっている。

 楠さんの交友関係を気にしても仕方がない。それは心の片隅にでもそっと立てかけておこう。

 それに人のことを考えるよりもまず自分のことを考えなければならなかった。

 僕の交友関係の方はと言えば三田さんとは話せていないし雛ちゃんに盗み聞きの件を謝っていないしでどうしようもない。

 どちらの件についてもこのままではいけないと思いつつも一歩が踏み出せないでいる。なんだか、何もしないまま過ごしてしまいそうだけれども僕の為にもそうはならないようにしなければ。

 まあ。

 とにかく今はおいしくご飯を食べることが大切だよね。


「あー、明後日からテストだな」


 椅子に座るなり疲れた表情を見せそう呟いた。

 そうだった。もう中間テストが間近なのだった。それこそ友達のことを考えている場合ではない。前回のテストでは順位が低くて姉に怒られてしまったので今回のテストで挽回しなければならないんだ。


「勉強の調子はどう?」


 学年四位のお方にこんなことを聞くなんて身の程知らずだ。


「んー? まあまあかな」


 聞くまでも無いよね!


「優大はどうだ」


「……うん」


 聞くまでも無いよね。


「……ま、テストなんてどうでもいいよな」


 雛ちゃんが慰めるように笑いながら言ってくれた。


「でも今回のテストはこの前の日曜日に雛ちゃん達と勉強したからいつもよりいいはずだよ。もしかしたら過去最高順位とっちゃうかも」


 このテストで前々から約束をしていた一緒にテスト勉強をするという目的が果たせた。最初に約束をしたのが一学期の期末テストの時なので約四か月越しに念願がかなったというわけだ。

 思い返せばこれまで色々あった。

 本当に、色々。

 まるで僕の一生がここ数カ月に凝縮されているような密っぷりだ。薄い人生よりは濃い人生の方が楽しいとは思うけれどこれは少し濃すぎるような気がする。カルビスだって原液のままじゃあ飲めないんだ。ちょっとは薄めた方がおいしいんだよ。神様はそれを知らないのかな。


「手ごたえを感じているのなら、私も教えた甲斐があるってもんだ。若菜がいなけりゃもっとちゃんと教えられたんだけどな」


 一昨日の日曜日、朝から僕の部屋で雛ちゃんと二人勉強しているところに楠さんもやってきて、僕に勉強を教えてくれることになった。学年一位と四位に教えてもらっておいてみっともない順位はとれない。最低でも二桁を取らなくちゃね。


「なんだったら今日明日も勉強教えてやるよ。若菜抜きでな」


「あ、それは雛ちゃんに迷惑がかかるよ。テスト直前まで世話を焼かせるわけにはいかないから、僕の事なんて気にせずに自分の勉強に集中して」


「迷惑なもんかよ。でもまあ、優大が嫌だって言うんならやめておくか」


「嫌なわけがないけど、テストまでは自分で勉強するよ」


「そっか。頑張れよ」


 雛ちゃんが笑って、クリームパンを口に運んだ。

 パンが咥えられている雛ちゃんの柔らかく潤った唇に何となく目を奪われながら、目前に控えたテストに思いを馳せる。想いを馳せるの使い方が間違っているような気がしないでもないけれど僕はその意味をちゃんと理解していないので気にしない。

 テスト。

 テスト……。

 あぁテスト……。

 いつもより手ごたえを感じているとはいえ嫌な物は嫌だ。

 学歴社会なんて無くなっちゃえばいいんだ……。もっと内面を見て欲しいよね。内面受験システムを導入しよう。内面を見るセンター試験を受けて二次試験でも内面を見る試験を受けるんだ。

 どちらにせよ僕は落ちるんだけどね。


「なあ優大」


「なに?」


 いつの間にかパンを食べ終えていた雛ちゃんがその包装を綺麗に折り畳み小さく結んでいた。それを僕の背後にあるゴミ箱に放り投げて見事シュートを決めたところで、何気ない様子で聞いてきた。何気ない風を装って聞いてきた。


「ずっと気になってたんだけどさ……、……沼田と若菜って付き合ってんの?」


「え? うん」


 知らなかったみたいだね。


「やっぱりそうなのか」


 合点がいったというように嬉しそうに笑った。


「楠さんから聞いていないの?」


 言っているものだとばかりに。


「聞いたけど教えなかったんだよあいつ。誰が聞いても教えないみたいで、多分優大以外はっきりしたことが分かっている奴はいないんじゃねえかな」


 ……。

 えっ!?

 それなのに僕が教えてしまうのはまずい事なのではないかな?! っていうか絶対にまずい事だよね!


「もしかしたらもしかしなくても内緒の事だったのかも……! 雛ちゃん、あの、僕が言ったってことは内緒にしておいて……!」


「まあ、別に言いふらそうだなんて思ってねえけど。でもなんで優大はそれを知ってんだ? 付き合ってるって若菜から直接聞いたのか?」


「うん。文化祭のあった日曜日に、告白されたから付き合うって」


「……ふーん」


 雛ちゃんは凄く嬉しそうだ。そうだよね。友達が幸せになっているんだから祝福しなくちゃ。


「でも、優大はいいのか?」


「え? 何が?」


「若菜が誰かと付き合ってもなんとも思わねえの?」


 思わない――ことは無い。


「……それは、まあ、ちょっとは寂しいかなって思うけど、祝福しなくちゃいけないよね」


 だって、幸せそうにしているんだから。


「……まあ、そうだよな。幸せなんだもんな」


 また雛ちゃんが嬉しそうな顔をした。

 祝福で満たされたこの空気の中で呼吸をしていると胸にモヤモヤしたものが生まれてくるような感じがするけれど、


「おめでたいな」


「……そうだね」


 にこにこと笑う雛ちゃんを見ていると色々とどうでもよくなってくる。笑顔の力は凄いんだ。


「……」


 しかし、その笑顔の力を吹き飛ばしてしまうほどの恨みの視線を正面が僕を襲ってきた。

 先ほどからちらちらと視界に入っていた教室の前方にいる人影を上目遣いでこっそり確認してみる。


「うぎぎ……! 佐藤優大……!」


 前橋さんだった。

 前橋さんがハンカチを噛みながら僕を睨み付けているのだった。恨みの視線の正体は前橋さんだ。

 いつもの僕ならばここで怯えて何らかのアクションを取ってしまうところだけれど。でも今はもうそんなこと気にしない。

 僕は視線を弁当箱に戻した。

 だって、僕はただ友達と一緒にご飯を食べているだけなんだから。他人にとやかく言われる筋合いはない。それになにより、僕は前橋さんが三田さんを利用したことについてまだ納得していないんだ。

 好きな人の為に友達を利用する。

 協力ではなく利用。

 そんなの行けない事だ。

 だから前橋さんが三田さんに謝るまで僕は怯えたりなんかしないよ。

 ……とはいうものの、やっぱり前橋さんの存在は気になる。

 文化祭前はドタバタして深く考えることはできなかったけれど、前橋未穂さんは有野雛ちゃんに対して友情ではなく愛情を抱いているんだ。

 これはよくよく考えてみると結構大変なことだよね。まるで漫画みたいだ。さすが雛ちゃん。

 友達を犠牲にしたんだ。もしかしたらあれから何らかのアプローチがあったかもしれない。


「雛ちゃんは前橋さんと何かあった?」


 少し唐突だったかも。


「別に何もねえけど。どうしたんだ突然」


 やはり気になったみたいだ。


「あ、ううん。何もないよ」


 気にすることは何もないよと僕は笑顔を見せる。

 僕が口を出すことではないけど、気にするようなことでもないのかもしれないけれど、前橋さんはこのまま何もせずに過ごすつもりなのかな。

 友達を足蹴にしてまで傍にいたいと願っているのに。僕を排除するために三田さんを傷つけたのに。


「何考えてんだ? 未穂と飯食いたいのか?」


 眉を逆八の字にして物言いたげな瞳を僕に向ける。


「ううん。そんなことは無いよ」


「そっか? ならいいんだけど」


 とは言ってくれたけれど表情は変わらない。

 雛ちゃんが腰から上を回してくるりと教室を見渡した。前橋さんの姿を探したのだろう。

 雛ちゃんはすぐに前橋さんの姿を見つけた。

 雛ちゃんの背中を眺めるところに立っていた前橋さんは、雛ちゃんと目が合うや否や急に泣きそうな顔を作り悲しげに震える声を出しながら僕らに近づいてきた。


「有野さーん……! どうして最近私とご飯食べてくれないんですかぁー……!」


 言い終わるとすぐに僕を睨み付ける。僕は目をそらさずにしっかりとその眼を迎え撃った。


「……ふん」


 小さく鼻を鳴らし、再び泣きそうな顔で雛ちゃんを見る。そしてすがりつく。


「有野さん……! 私には有野さんしかいないんです!」


 雛ちゃんはと言えば鬱陶しそうに前橋さんを軽く押し返している。


「なんだよ。未穂なら飯食う相手くらいいくらでもいるだろうが。私は優大と食べてえんだよ」


 すごくうれしい。


「そ、そ、そんなことを言わずに……!」


 前橋さんがぐいぐいと雛ちゃんを抱きしめようとするけれど、雛ちゃんは左手を目いっぱい伸ばしてそれを阻止している。

 腰のあたりに抱き付きたいようだけれども、手に拒まれてそれが出来ないようなので雛ちゃんの太もものあたりに手を置いている前橋さんだった。


「引っ付くな。お茶が飲めねえよ」


「私と二人で食べてくれるというまで離しません! さあ諦めてください!」


「ああもうなんだよ!」


 少し力いっぱい押す雛ちゃんだけれど、それでも前橋さんは離れようとしない。関係ないけれど、それでもカブは抜けませんと言う言葉が頭をよぎった。本当に関係ないけれど。


「お願いします! 一緒にご飯食べましょう!」


「だから私は今、な、うわ、やめっ、お前変なところに手を入れるなよ!」


 え?!

 いや、その、僕は見ないよ!

 首を痛めることもいとわず勢いよく首を九十度左にまげてグラウンドに目をやる。視線の先にはテスト勉強のストレスを発散させるためなのか数人の男子がサッカーをしている姿があった。

 楽しそうだなぁ。楽しそうで楽しそうで隣から聞こえてくる色っぽい声なんて全然気にならないよ!


「ちょ、あふ……やん………………こ、この……! やめろ!」


 雛ちゃんの怒号と共にペットボトルで何かを叩いたような音。

 驚いて思わず雛ちゃんたちの方を向いてしまった。


「あ、あ、有野さんに、頭を叩かれた……!」


 頭を押さえ、雛ちゃんから二歩距離をとる前橋さん。

 雛ちゃんは割と本気で怒っているようだった。


「おめえが悪いんだろうが! しつこいんだよ!」


 ペットボトルを突きつける雛ちゃんとふるふると震えている前橋さん。

 こ、これはまずい。喧嘩が始まってしまう。喧嘩が始まらないとしてもきっと前橋さんは悲しんで泣いてしまうはず。

 大好きな雛ちゃんに殴られてしまったんだ。それはそれはもう悲しいに違いない。


「ありがとうございます!」


 そんなことは無かった。全くなかった。


「私、前から有野さんに殴られてみたかったんです! これが、あの有野さんの伝説の拳……!」


 むしろ喜んでいるらしい。


「手で殴ったわけじゃねえから拳ではねえだろ」


「そんなことはどうでもいいんです! ありがとうございます! ありがとうございます!」


 またガバッと飛びつく前橋さん。


「だから抱き付くんじゃねえよ!」


 雛ちゃんがまた前橋さんの頭を叩いた。


「ありがとうございます!」


 どうやら雛ちゃんにされることはなんだって嬉しいみたいだ。もしかしたら本気で怒っているとは思っていないのかもしれない。そう思えてしまえるほどに雛ちゃんのことが好きなんだ。

 この二人は本当に仲良しだけど。

 友情は共有していない。

 前橋さんが抱いているのは友情ではなく愛情。

 友達を踏みつけてしまえるほどの強い気持ち。

 でもだからって三田さんにしたことが許されるわけではない。

 ぺたぺたとじゃれあう二人を見ながら僕は思った。なんとかして前橋さんには謝ってもらおう。何も知らない三田さんに謝ってもらおう。

 きっとまた僕が怒られたり嫌われたりするのだろうけれど仕方がない。

 自己満足でしかないけれど、これをすればほんの少しだけ自分を許せるような気がする。


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