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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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よそよそしいのです

 授業が全て終わった。

 土日にあった文化祭の振替休日、そして文化祭の片付けときて、今日は文化祭が終わってから初めてのまともな授業である。

 とても疲れた。浮かれた頭と鈍った体にはリハビリが必要だよ。一週間くらいかけて徐々に授業を増やすというシステムを導入してほしいと願っているのは僕だけではないはず。

 しかしそうも言っていられない。もうすぐテストがあるのだ。憂鬱だ。イベントの後すぐテストだなんて嫌だから中止と言うわけにはいかないかな。いかないよね。

 ……そんな頭の悪い現実逃避をしている場合ではなかった。昼休みの市丸さんと楠さんの関係が気になるので話を聞きに行かなくちゃ。もしかしたら、市丸さんは楠さんに対して友情ではなく愛情を抱いているのかもしれないからその辺りを聞いてみたいな……と言うのはまあいいわけで、本当はただ楠さんと話したいだけだった。

 最近話していないので、このまま話さなくなるというのが恐ろしくて。

 一度友達を失い悲しい思いをした僕はそのつらさを知っている。

 幽霊や都市伝説なんかより、友達を失う方が怖いんだよ。

 僕は知っている。

 文化祭の日から沼田君と付き合い始めた楠さんに話しかけるのはなんだかちょっぴり申し訳なさを感じるけれど、僕らは友達なんだから構わないよねと何度も何度も自分に言い聞かせ、さっさと教室を出て行った楠さんをパタパタと追いかけた。

 楠さんは急いでいたようで、追いついたときにはすでに玄関に立っており下駄箱から靴を取り出していた。


「楠さん」


 楠さんは驚いたように、声をかけた僕の方を見た。


「……なんだ、佐藤君か」


 ふぅと息を吐き安堵の表情を見せてきた。

 靴を落とし、それに履き替え上履きを下駄箱に押し込みながら僕に聞く。


「どうしたの? 何か私に用事?」


 にっこりと笑顔を作る楠さん。……あれ……?


「何かな?」


「あ、市丸さんと話さないのかなー、とか……」


「あぁ、市丸さんとの関係を気にしてくれているんだね。大丈夫だよ。私たちは仲良しだから!」


 可愛らしく元気よく。頭を打ち抜かれるような感覚を覚えるほどの可憐さだ。


「親友だよ」


「そうなんだ……」


 強烈な可憐さだろうが、僕は違和感しか覚えなかった。頭を打ち抜かれる可憐さよりも、胸を締め付けられる衝撃が僕を飲み込んでいる。

 正体のはっきりした違和感は尚も続く。


「ゴメンね佐藤君。お昼の私たちを見て心配になったんだよね。あれが私達だから、本当に気にしないで大丈夫だよ」


 にっこりと笑い軽く首をかしげる楠さん。

 居心地の悪さが胸の容量をオーバーした。


「うん……。あの、楠さん?」


 心の異物感が言葉になってあふれ出す。


「どうしたの? 何かあった?」


 楠さんが優しく投げかけてくれる言葉が、どこで加速したのか猛烈な勢いで僕に突き刺さってくる。


「……どうしてそんなに優しくしてくれるの……?」


 これは、僕と接してくれるときの楠さんの姿じゃない。

 僕と話す時の楠さんは愛想よくニコニコと笑ったりなんかしなくて、本当に楽しいときにだけ笑ってくれていた。今はにこにこと笑顔を携えて僕を見ている。みんなに見せている顔を僕に向けている。

 何故僕と距離を置くようなことをするのだろう。

 色々と想像はつくけれどこんなのいきなりすぎる。ついて行けない。

 楠さんは、そうであると決められたような笑顔を僕に見せつけながら、言った。


「今までもずっとこうだったでしょ? 何言ってるの佐藤君」


 楽しそうな声色。

 こんな温かいのに冷たい態度を取る理由は教えてくれないらしい。

 沼田君と付き合っているからなのかな。親友と再会できたからなのかな。

 どちらにせよ、悲しい事には変わりない。


「私たちはずっとこんな感じだったよね」


 釘を刺してくる。


「……そう、だったね」


 悲しいけれど僕は何もできずに楠さんを見送った。

 情けないなんて言わないでほしい。

 そうする以外に無かったんだから。





 楠さんが沼田君と付き合い始めて。

 楠さんの親友がやってきて。

 とっても良い事だ。

 僕も小嶋君と仲直りできたし、いい事が続いている。

 それなのに。

 全然気持ちよく眠れないや。

 土曜日の朝、もじゃもじゃとする気持ちとかちゃかちゃと鳴る音によりつらい目覚めを迎えた僕。

 もじゃもじゃとする気持ちは分かるけれどこのかちゃかちゃ音はなんだろう。

 体を起こし、音の正体を確かめる為にしばしばする目をこする。目を開けてそれを見る。寝ぼけた脳が正体を認識したとき、僕の口は開いたまま塞がらなくなってしまった。


「私が来ると分かっているのならこんな時間まで惰眠をむさぼっていないでシャキッと起きていてよ。なに? 私が起こしに来るのを待っていたの? 永眠したいの?」


 色々な感情のこもった視線で僕を見ている楠さん。


「……え?」


 目覚めるとそこで楠さんがゲームをしていた。


「な、何をしているの?」


 おはようよりも先に理由を問う。仕方がないよね。

 楠さんは画面に目を戻してゲームを再開しながら僕に言う。


「見て分からないの? 君が途中まで進めていたゲームを勝手に進めてあげているんじゃない。ボス二人倒したから」


「え?! 結構酷い仕打ちだね?! これで僕は初めからやり直さなければならなくなったね!」


 ちょっと面倒くさい! いやかなり面倒くさいかな!

 ……あ、でも、楠さんがセーブしていなければ……、


「はいセーブ」


 これで僕はやり直すことが決定した。


「あーつまらなかった」


 セーブをしてそんな感想を漏らしながら電源を切る楠さんの後ろ姿を見て僕は思った。……つまらなかったら、進めなくても、よかったのに……。

 やってしまった物は仕方がない。仕方がないとはあまり言いたくないけれど、ごねても僕の十五時間が戻ってくるわけでもないので忘れよう。

 寝ぼけた頭を素早く振って正常な意識を呼び起こす。

 完全なる覚醒とは言えないものの先ほどよりは頭が働くようになった。

 状況を確認すべくまずは時計を確認する。

 七時半。

 休日僕がいつも起きているのは八時。それよりも三十分も早い。惰眠をむさぼっていたとは言えないよね。

 とりあえず訳を聞こう。


「あの、どうしたの? こんなに朝早くから……。そもそも、どうやってここに……?」


 と言いながら僕は窓をちら見。

 ……開いていた。

 窓に視線が向いている僕を見て、楠さんの口から言葉が勢いよく飛び出てくる。


「なに? 不法侵入した私を責めるというの? 君も偉くなったものだね」


「不法侵入は責められるべきことだと思うよ」


 庇いようがない程に責められちゃうよ。


「って、あれ? 楠さん、いつも通りだね……?」


 金曜日の放課後の様によそよそしくない。刺々しい見慣れた楠さんだ。


「なにいつも通りって。私が私でないときなんてあったの? 私は常に私なんだからいつも通りも何もないでしょう。君ドッペルゲンガーでも見たんじゃない? 死ぬんじゃない? ああ、だから死んだような顔してるんだ」


「多分寝起きだからじゃないかな……。それに人のドッペルゲンガーを見たところで死んだりはしないよ」


「知ってる」


 不機嫌そうにそう言ったあと先ほどまで稼働していたゲーム機を片付け始めた。


「あ、ありがとう」


「私が出したんだからお礼いうのはおかしいでしょ」


「え、うん」


 手際よくゲーム機を片付け終えた後、楠さんは部屋の真ん中に置かれたテーブルに頬杖をつき悩ましげな溜息を吐きだした。

 本当に、いつも通りだ。何の疑いようもなく楠さんだ。

 とりあえず、気になることを聞いてみる。


「えーっと、沼田君の所にはいかないの?」


 僕の部屋に来るよりは恋人の所へ行った方がいいと思うのだけれども。

 楠さんの声色は不快に染まっている。


「どうして君がそんなことを気にするの。関係ないでしょ」


 そうだけれど、気にならないわけがない。


「あ、じゃあ、市丸さんは? 親友、なんだよね?」


 僕の部屋に来るよりは親友の所へ行った方がいいと思うのだけれども。

 楠さんの声色は先ほどよりも不快に染まっていた。


「それこそ君には関係ないでしょ。休みの日までその名前聞きたくないから今後言わないで」


「え、うん」


 非常に不機嫌になった。

 市丸さんがぺたぺたしてくることは望んでいないのかもしれない。

 うーん。やっぱり市丸さんは名前の通りの人のようだ。

 雛ちゃんや楠さんの様に格好いい人は同性からも好かれるんだね。すごいや。

 尊敬のまなざしを向ける僕を一度睨み付け楠さんがそっぽを向いた。

 やっぱり、いつも通りだ。


「……」


「……なに」


 じっと顔を見られているのが気になったのか、細めた横目で僕を見る。


「……やっぱり学校でよそよそしくされたのが気になって……」


「ふーん、へぇー。佐藤優大という人間はこういう冷たい態度で接される方が嬉しいんだこのドМ。ほら、踏んづけてあげるから右目出しなさい」


「目はやめて! あ、いや、目じゃなくても僕踏まれたくない!」


 僕はMじゃない。殴られても嬉しくなかったもん。


「なに? なんなの? 本当にわがままだね君は。踏まれたいとか言ったり踏まれたくないとか言ったり。いい加減にしてよ」


「踏まれたいなんて一言も言ってないよ?!」


 普段バシッと言い切れない僕だけれど、今回は言い切らせてもらおう。


「あーもうホントムカつく……!」


 指でテーブルをこつこつと叩き音でいら立ちを表現している。


「ごめんなさい!」


「別に佐藤君に言ってないから。次謝ったら君に怒るから」


「……」


 黙ります。

 しかし、なんだかずっとピリピリしているみたいだ。


「楠さん、機嫌悪いね……」


「……おなか減ってるからじゃない?」


「あ、そうだったんだ。何か食べる物もってくるね」


 おなかが減っていると心が荒むもんね。

 そんなわけでご飯を持ってくるためにベッドから足を投げ出し立ち上がろうとした。

 だが楠さんは怒る。


「ちょっと。それじゃあまるで私が食いしん坊でご飯を食べなくちゃ精神が不安定になるキャラみたいじゃない。機嫌悪いならご飯食べさせておけとかそんなおざなりな対応しないでよ」


 えっ、自分で言ったのに。


「お腹、減ってないの?」


「減っているかどうかを私に判断させるの? たとえ腹ペコでも私は周りの目を気にして『全然おなか減っていないよ全然平気全然大丈夫!』って言うに決まっているでしょ? それなのに言わせたいの? 佐藤君は私に恥をかかせて楽しみたいんだ。ドSだね。踏んづけてあげるから左目出せ」


 ドSだと左目を踏まれる理由が分からない。右目はMで左目はSなの?


「……ご飯、持ってきた方がいいみたいですね……」


「はぁ? それじゃあまるで私が朝ご飯を要求したみたいじゃない」


「ご飯持ってくるのでぜひ食べてください!」


「まったく……。そんなに私を太らせたいの? 細いウエストの私に嫉妬するなんて女子としてのライバル心でも芽生えちゃったの? 人の邪魔をするくらいなら自分を磨いて綺麗になりなよ」


 本当に今日の楠さんは機嫌が悪いよ! どうしたんだろう!

 まったく分からないけれど少しでも機嫌が治ればと思い僕は急いでトーストを焼いて二階に持ってあがった。牛乳も忘れない。


「お待たせしました」


「ご苦労さま」


 正座をして恭しくパンを渡す僕と当然のように受け取る楠さん。受け取る際に軽く指が触れ、僕は少しどきっとしたけれど楠さんは全く気にしていなかった。というよりもそんなこと以上に気になることがあったらしく眉根を寄せて食パンを睨み付けていた。


「なんでマーマレードなの?」


「え? おいしい、かと思いまして……」


「私がマーマレード嫌いって知っててこんなことするんだね」


「えっ、ごめん初耳だった……」


「初耳? 聞いてなかったで済むわけないでしょ。よくそんなこと言う人がいるけど何の言い訳にもなってないからね。聞いていないあなたが悪いんだから」


「聞いてないというか、多分言ってないよね……?」


「おや。私のせいですか? 本当に生意気になったよ君は。そんなものは成長とは言わないよ。そもそもこの世にマーマレードが好きだなんていう味蕾の死んでる人いるの?」


「……ここに……」


 僕は、好きです。

 マーマレード好きな人物を目の前にして楠さんがオーバーに首を振った。


「考えられない。こんな黄色いジャムを食べるなんて……。邪悪な夢と書いて邪夢だよこれは」


 邪夢って……。本当に嫌いなようだ。


「半分食べるから半分食べてよね」


「あ、嫌いなら僕が全部食べるよ。新しいパンもってくるね」


 僕は平気だからそうするれば誰も不幸にならないよね。だがその案は却下らしい。


「そんなことしたら私がわがままな人間になってしまうじゃない。嫌いなものを食べない、舌が幼い人間になってしまうじゃない。そんなの嫌」


「そんなこと思わないから大丈夫だよ。嫌いなら無理して食べなくて大丈夫だよ」


「む。なんかバカにしてるでしょ?」


「してないよー」


 楠さんにも幼いところもあるんだね。

 そう言えばソースかつ丼嫌いって言っていたしフルーツと生クリームの組み合わせ嫌いって言っていたし、好き嫌いが結構あるみたいだ。

 雲の上のような人だと思っていたけれど、好き嫌いがあると知ったらなんだか身近に感じられるね。

 笑う僕の心を読みとったのか、


「……むかつく」


 とつぶやき、すごい勢いでパンを食べ始めた楠さん。


「あ……」


 嫌いなら、本当に無理しなくてもいいのに……。

 それでも食べ続ける楠さん。

 そのまま食べて食べて残り半分になったところで、押し付けるようにそのパンを僕に差し出してきた。


「え、え?」


「!」


 楠さんの口の中にはまだパンが残っているようで、リスの様に頬が膨らんでいる。そのせいで喋れないらしい。


「な、なに?」


「……!」


 パンがぐっと僕の口に近づけられる。そう言えば、半分食べてくれと言っていたね。食べろと言うことらしい。

 でも……。

 僕がゆっくりと躊躇い気味にパンを受けとると、物凄い勢いで牛乳を口に流し込みだした。つらかったらしい。


「……まっず」


 少し涙目になりながらぼそりと言っていた。やっぱりおいしくなかったようだ。


「何してるの。早く食べてよ」


「……えーっと……」


「もしかして大切に保管しようと思ってるの? やめてよ気持ち悪い」


「そんなことしません!」


 非常に心外だ!


「ならなんで食べないの。間接キスが気になるって? 散々間接じゃないキスしておいて今更何を」


 そんなこと言わないで恥ずかしい!

 しかし時間が経つにつれて食べづらくなるので、恥ずかしいけれどここは急いで食べよう。


「……」


 とは言っても、意識せざるを得ない。


「なに意識してるんだか。小学生か」


 楠さんは呆れているけれど。


「……」


 意識しない人なんていないよ。

 とにかく早く食べてしまおう。

 むしゃむしゃと急いでパンを食べる。

 急いでパンを食べたせいで先ほどの楠さんの様にリスになる僕。確かにこれは飲み物が欲しくなる。


「はい牛乳」


 ありがとう!

 残りの牛乳を一気に飲み干した。もしかしたら僕の為に半分残しておいてくれたのかもしれない。

 ……これもまた、間接キスだった……。

 とにかく食べ終わったことだし意識しないようにしよう。

 楠さんも全く気にした様子もないし。


「朝ご飯も食べ終わったし、何しようか」


「なにかするの?」


「なにもしたくないとでもいうの?」


「なにかしたいです」


 今日の僕の予定が今決まった。

 しかし、沼田君や市丸さんはいいのだろうか……。

 それが凄く気がかりだけれどもなんだか聞くことはできなかった。


「さて、そうと決まれば着替えようか」


「あ、うん」


 楠さんの機嫌も治ってきているようだし、変なことは言わないようにしよう。

 とにかく着替えなければ。

 そう言えば、以前も楠さんが部屋にいるときに着替えたことがあるけれど、別に部屋の中で着替える必要はなかったよね。廊下に出て着替えれば何も問題が無かったよね。

 その教訓を生かして今回は廊下に出て着替えよう。

 そう思い服を持って廊下へ出ようとしたけれど楠さんが僕を引き止めてきた。


「どこへ逃げようとしているの?」


「逃げるだなんて。ちょっと廊下で着替えようかなと思って」


「なんで」


「えと、楠さんがいるから……」


「そんなことして誰かに目撃されたらどうしてそんなことしているのと聞かれて私の存在がばれちゃうでしょ。やめてよ」


「見つからないようにパッと着替えるから大丈夫だよ」


「ならここでパッと着替えればいいでしょ」


「あ、そうかも、しれないね……。でも、外で着替えた方が恥ずかしくないし、楠さんの目を汚すこともないし」


「ああもううるさいね。うるさいから私が着替えさせてやる」


「え、どういう――って、なななに?!」


 突然楠さんが襲ってきた!

 慌てて逃げようとする僕を楠さんが押し倒す。


「やめてください!」


「遠慮せずに」


「遠慮します!」


 僕の着ているパジャマを無理やり剥ぎ取ろうとする楠さんと前後の裾を押さえて抵抗する僕。

 脱がされるもんか!

 そんな感じでどたばたと攻防戦を繰り広げていると、八時になったらしく目覚まし時計が自身の頭についた金属を猛烈に叩き覚醒を促す耳障りな音をまき散らし始めた。

 止めたいけれど今はそれどころではない。まずはひん剥かれる危機を脱しなければ色々と嫌だ。


「なんで抵抗するの」


「なんで脱がしたがるの?!」


 うつ伏せで床に張り付いている僕をまたぐように膝で立っている楠さん。スカートを履いているのだからあまりそう言うことしない方がいいと思います!

 そんなことよりどんなことよりもこんなところ人に見られたら大変なことになるよ。

 漫画とかアニメとかならこういう時にタイミング悪く人が入ってきて大変な目に遭うんだ。僕の場合だと多分お姉ちゃんが部屋に飛び込んできて色々とややこしい事態になるのだろうけれど、でもそんなマンガみたいなこと起きるわけがない。

 この世界は至って平和なのだから。

 だが。

 神様は今の僕の思考をフラグだと受け取ったらしい。「押すなよ? 絶対に押すなよ!」というやつだ。僕は神様に対して分かりやすいネタ振りをしてしまったようだ。

 とにかく、扉が開いてしまったのです。


「兄ちゃん、目覚ましがうる――」


 覗いてきたのはお姉ちゃんではなく祈君だった。

 祈君はノックをしてから部屋に入るので今回もきちんとノックをしたはず。どうやら僕は目覚ましの音でそれを聞き逃してしまったらしい。目覚まし止めておけばよかった。止められるような状況ではなかったけれど。


「――」


 僕と僕をまたいで服を脱がせようとしている楠さんを見て、祈君の顔が真っ赤に染まった。


「――っ」


 祈君は何も言わずに顔をさっとひっこめ、どたどた音を立てて階段を駆け下りて行った。


「か、勘違いだよ?!」


「もう聞こえてないから」


 楠さんが服を脱がすことを諦めて立ち上がり、ジリリと叫ぶ目覚まし時計を黙らせた。


「ちょっと祈君と話してくるね?!」


「行ってらっしゃい」


 跳ねるように立ち上がりぶつかる勢いで扉を開いて転がるように階段を下りた。

 祈君はパジャマ姿で玄関で靴を履いており、急いで家を出ようとしているところだった。


「待って祈君! 違うから!」


 何が違うかはあまり大きな声で言えないけれど!


「ゴメン兄ちゃん! 俺何も見てないから安心して?!」


 全く僕の言葉を聞いてくれない。


「だから違うんだってば!」


「高校生は大変だ! わぁ、わぁ! 俺はいない方がいいよね?!」


「祈君落ち着いて!?」


「ごめんなさい!」


 何故か最後に謝って、顔を赤くしたままパジャマのまま勘違いしたまま家を飛び出して行った。


「ま、待って……!」


 追いかけようと思ったけれど楠さんを部屋に残してはいけない。仕方がないので部屋に戻ることにした。

 勘違いされたままだよ……。

 肩を落とし部屋に入る。

 窓のそばに立ち家の前の道路を見下ろしていた楠さんが振り返って僕に言ってきた。


「弟君、私と目があった瞬間ダッシュで逃げて行ったよ。勘違いは解けていないみたいだね」


「……うん」


「まあいいや」


 かるいっ。


「……僕はよくないよ……」


 よくないよ。

 ……よくないよ……。


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