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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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お兄さんたちと僕ら

 小嶋君を怒らせ、三田さんを落ち込ませ。

 最近うまく行かない。

 きっと僕の立ち回りの悪さにより溜まりに溜まったつけをここに来てまとめて払わされているんだ。

 払い終わるのはいつだろうかと悩む今日この頃。

 すべてのつけを払い終わった時僕はどうなっているのだろうか。

 うまい事やっているのだろうか。

 それとも、考えたくない事態に陥ってしまっているのだろうか。

 未来の事なんて誰にもわからない。

 でも努力によって未来を幸せな方に持っていくことならできるはず。

 小さなことでも角度が変われば未来では大きな差になるはず。

 どんなことでも諦めないで日々積み重ねて行こう。

 諦めるのは死ぬ直前だ。それまで猶予があるのだから頑張って行こう。

 とは思っているものの。

 なんだか最近うまく行っていないので、これから先もなんだかうまく行かないような気がしている。

 僕の悪いところだ。

 マイナス思考。

 心配しすぎて悪い事はないとは思うけれど、心配しすぎて思考を止めるのはよくない事だ。

 心配するくらいなら何かを考えればいいんだ。考えなくちゃいけないんだ。

 みんなが幸せになれる方法を、何か――

 まあそんなに簡単に見つかるわけがなく。

 簡単に見つかればみんな幸せになっているもんね。

 僕は小さく息を吐いてから、黒板に書きだされる白い文字を黒い文字に変換してノートの上に書き写す作業を再開した。

 僕は頭が悪いから。

 授業中は出来るだけ余計なことを考えないようにして授業に集中しなければ。

 右から入った物が左へ抜けていくなんてレベルじゃない。

 ノートに文字を書くのに精一杯なので耳に入ってくる前に跳ね返ってしまうんだ。

 話を聞きながら板書が出来る集中力も何とか獲得したいな。



 一時間目の英語で精神力を減らした後は体育で体力を減らす。

 そういうわけで二時間目はみんな大好き体育。

 頭を使わずに体を動かす体育は人気教科だけれども、僕は運動が苦手だ。

『運動が』とは言ったもののほかに何か得意なものがあるわけでもないので『運動も』苦手と言い換えておこう。

 と言うわけで運動も苦手だ。

 どれくらい苦手なのかと言えば長縄跳びで入るタイミングが分からなかったりパン食い競争のパンがうまく食べられなくて最終的に係員の人から手で取って走れと言われたり小学校の頃ドッジボールのチーム分けの際最後まで残った挙句いらないと言われるくらい運動が苦手だ。

 だから僕は体育がそれほど楽しみではない。

 運動できる人が羨ましい。

 せめて平均くらいは運動ができるようになりたいと暗くなる僕。

 運動神経がよくなりたいとは言っているが結局神様に祈るだけで努力なんてことをしないせいなのでよくなるはずがない。

 ちょっと、運動しようかな……。

 まあ、それは色々な諸問題に綺麗な答えが出た後考えよう。

 次の授業までもうあまり時間が無い。

 早く着替えなければならないのだ。

 五組との共同授業である体育。男子は偶数クラス、女子は奇数クラスで着替えるということになっており、クラスメイトから「佐藤は五組だな」などといじられ文化祭での女装はまだネタにされるんだと少しうんざりもしたがとりあえず苦笑いを見せておいて六組で着替えた。女装の件で引かれたり冷たい目で見られたりしないことはありがたいけれど、もう忘れてほしいよ……。

 そんなこんなで体育前に少し疲れてしまった僕が、教室を出て肩を落としながらてくてくと下駄箱へ向かっていると、突然後ろから誰かが肩を組む形で僕に体重をかけてきた。

 予期せぬ衝撃だったので少し首に痛みが走る。

 痛みよりも驚きの方が大きかったので咎めるつもりはないが誰がやったのか気になったので僕は首を回して型を組んできた人の正体を確かめることにした。

 驚いた。先ほどとは違う意味で驚いた。

 驚いて、少し嬉しかった。

 僕の肩に手をかけているのは小嶋君。

 僕が怒らせたまま許してもらっていない小嶋君だった。


「こ、小嶋君」


「よう佐藤!」


 僕の呼びかけに元気よく返事をする小嶋君。楽しそうにしているが、僕はまだ許されていない。


「その、どうしたの……?」


 とりあえず恐る恐る聞いてみる。いきなり怒られることはないとは思うけれど、それでもきっと楽しい事ではないと考えていたから。

 僕の不安をよそに、小嶋君はにこにこと笑いぐっと僕に顔を近づけてきた。

 僕は思わず逃げるように顔を上に逸らした。小嶋君はそんなこと気にせずに間近でしゃべりだす。


「おうおう! 昨日の見たか?! 神回! か・み・か・い! エロス! エロス!」


 大きな声に少し左耳がやられてしまう。抵抗の意味ではない左手を小嶋君の体に添えながら僕は聞く。


「な、何のことか、本当に分からないけど、多分、アニメのことだよね……? 僕深夜は眠くなっちゃうからリアルタイムで見ることは無い、よ。録画して、それを見るんだ」


 僕の言葉を聞き小嶋君があり得ないとでも言いたげに大げさに上体をそらす。


「なんじゃそりゃ! 愛が足りねえよ愛が! リアルタイムで見ろ! 今期最高のアニメをリアルタイムで見られる幸せを味わえよ!」


「う、ん……」


 いつも以上に声が大きいね。僕は気にしないけど、小嶋君は気にならないのかな?


「なんつーの? アニメと時間を共有することによってよりアニメへの愛を示すというか、敬意を示すというか? つーかリアルタイムで見る事は義務だろ!」


「そ、そうなんだ。元気がある時は遅くまで起きてみることにします」


 次の日の学校に影響が出てはいけないから。

 もしかして、小嶋君は真やアニメを見る為に学校の授業を捨てているのだろうか。もしそうなら僕なんかとは心意気が違う。感服するばかりだ。


「気合が足りねえ! お前は俺の師匠だという自覚を持てっ!」


「え、その……」


 師匠?

 師匠って、僕何もしていないけれど……。

 一体何のことか気になり問おうと思ったが、いや、今はそんなことよりもすべきことがあるはずだ。


「……あの、小嶋君」


 今なら話を聞いてくれるみたいだし、このチャンスを逃さず謝って許してもらおう。これを逃せばきっと喧嘩をしたまま卒業することになってしまう。

 だから、謝ろうとした。


「本当にごめ――」


「佐藤! 今はいい! そんなことはあとで話そうぜ!」


 謝罪を遮り眩しい笑顔で僕を見る。

 今許してもらいたかったけれど、今嬉しい事を言われた気がする。


「後で話してくれるの?」


 確認する僕。


「もちろんだ」


 聞き間違いではなかった。嬉しい。


「だから今はつまんねえ話はやめようぜ!」


「うん。時間をくれるなら……いくらでも話すよ」


「よっしゃ。んじゃあよー、一昨日の――」


 何故だかわからないけれど、小嶋君が僕と言葉を交わしてくれるようになった。これは本当に、本当に嬉しかった。

 僕のクラスでまともに話してくれる男子は小嶋君くらいだから。

 本当に、

 本当に、

 一瞬だけでもいろいろなことが忘れられるくらい嬉しかった。

 これ以上の幸せはあまりないだろう。




 肩を組んだまま小嶋君とアニメについての意見交換してグラウンドへ向かう。

 ゆっくり歩きすぎたのか、たどり着いたらすぐに授業が始まった。

 今日の体育はサッカーらしい。

 いつもの僕は、最終ラインに棒立ちするだけの置物お荷物ディフェンダーという役目を担うことが多いのだけれども、今日はクラスメイトのみんなに「キーパーをやってみれば」と言われたのでざるキーパーをやらせてもらうことにした。

 フィールドで手を使うことの許された選ばれしポジションを僕がやるなんて無理だとは思ったけれど断りきれなかった。

 緊張の中始まるサッカー。本日はクラス対抗ということでクラスのみんなは味方だった。迷惑がかからないように精一杯頑張ろう。

 頑張ったところで当然のように僕のざるっぷりが発揮される。しかしクラスメイト達の奮戦により四対三の一点差で授業を折り返すことが出来た。

 ここからは僕も鉄壁のセービングを見せて行かなければ勝てない!

 少しくらい怖くったって前に出てシュートコースを減らしてやる!

 と気合を入れて構えていたところ。

 敵の思いっきり蹴り上げたボールが、僕の守るゴールへふらふらと飛んで来た。

 これなら普通に両手を上げればキャッチできる。何の問題も無いよ。

 そう思い両手を上げる。

 しかしそうはさせてくれないらしい。


「佐藤!」


 両手を上げてボールを待つ僕に、小嶋君が叫ぶ。何だろう? 視線は送らないけれど、耳は小嶋君に集中させる。

 小嶋君は叫ぶ。ハードルの高い事を叫ぶ。


「イギータ! イギータ!」


「え?!」


 イギータさんと言えばあの有名な動画のイギータさんですよね!? 落下してくるボールを背中側で蹴り返すというなんと説明すればいいのか分からないあのサソリみたいなセービングをしている動画がたくさんの人を楽しませているコロンビアのあの人ですよね!? 真似をしろと言うのでしょうか!

 当然失敗したらボールがゴールに突き刺さってしまう。凡ミスどころの騒ぎではない。普通にふざけて一点失ってしまうのだ。一点差で追っているこの場面でそんなことをしてしまっては間違いなくクラスのみんなに怒られてしまう。

 けれど……。


「さとー! イギィイイタああああ!」


 クラスのみんなに怒られるのは嫌だけれど、話をする気になってくれた小嶋君の機嫌を損ねたくはないし、何より小嶋君の目は本気で僕がスーパーセーブにチャレンジすることを期待していた。

 仕方がない……よね……。

 落ちてくるタイミングを見計らい、僕は思い切って動画の通りジャンプをして、背中側を通るボールを足の裏で蹴り返そうと試みた。

 その結果、奇跡が起きて、なんてことはなく普通にバウンドしてゴールネットを揺らした。

 僕にできるわけが無かった。

 これじゃあ、みんなを怒らせてしまう……。どうしよう……。

 と、うつぶせになったまま考えていたけれど、


「あはははは! 何してるんだよ佐藤!」


「なんでそんなアクロバティックなことしようと思ったんだよ!」


 顔を上げてみんなの顔を見てみると、みんな笑顔で笑ってくれていた。


「佐藤お前全然だめじゃねえか!」


 小嶋君もにこにこと笑って倒れ込んでいる僕を見てくれている。


「あ、あはは……」


 どうやら、文化祭でのことが僕の印象を変えてしまったらしい。

 僕は、今後も冷たい目で見られることはなさそうだ。

 ……よかったと、言っておこう。




 昼休みになり、小嶋君に呼び出された。

 あとで話すという約束を今はたしてくれるらしい。

 僕らの初接触と言ってもいい舞台、校舎裏。いつも通り汚い。

 そこで二人、お弁当を食べることになった。

 ちょうどよく飛び出している壁に腰を下ろし並ぶ。

 座ると、小嶋君がすぐに謝罪してきた。


「なんか悪かったな。今までムカつく態度度って。ちょっとガキだったわ。わりぃ」


 本当に申し訳なく思っているようで、苦いような表情をしている。


「そんな。謝るのは僕だから」


「お前はもう何回も謝ってきただろ。もういいっての」


「でも……」


「もういいって言ってんだからいいんだよ」


「……うん」


 これで怒られたら面白くない。

 僕は謝ることを止めた。

 小嶋君と、仲直りが出来そうだ。

 しかしなんだか気まずい感じがしたのでお弁当が食べられない。

 何か話題を見つけて楽しい食事にしよう。

 やっぱりアニメの話題かな。漫画本でもいいのかな。ゲームはダメだよね。

 うーん……。

 僕が悩み、なかなか会話の選択が出来ないでいると、先に小嶋君がぽつりとつぶやいた。


「……俺振られちったよー」


「……」


 会話を続けたいけれど、何とも言えない。

 ……小嶋君。

 多分だけど。

 雛ちゃんとのこと、吹っ切れたみたいだ。

 あの時の様子を盗み聞きして怒らせていたどうしようもない僕としてはまた話しかけてくれるというのは嬉しいことだけれども……。

 手放しでは喜べないよ。

 そんなに簡単に傷が治るはずないもの。

 きっと無理をしているんだ。


「……その、どうして僕と話してくれる気になったの……?」


 聞かずにはいられなかった。

 泣きたいときは泣けばいいとよく言われる。きっと同じように落ち込みたいときには落ち込めばいいんだ。もちろん僕としては無理をして言葉を交わしてくれることの方が嬉しいけれど、つらいのに無理をする必要なんてない。自分のことを一番に考えてほしい。

 小嶋君が、僕の質問にあっさりと答えてくれる。


「あれだ。國人さんと若菜ちゃんの兄ちゃんのやり取りを見て、色々と考えたんだよ」


 壁に寄りかかり空を見上げる小嶋君。


「色々、って?」


 何か思うところがあったのかな。


「……なんかよく知らねーけど、國人さん若菜ちゃんの兄貴にぼこぼこにされたらしいじゃん。普通は憎むべき相手のはずなのに、それでも素晴らしいものを教えてくれた恩人だからむしろ感謝してるっつー言葉に考えさせられたんだ。佐藤は俺に素晴らしいものを教えてくれた恩人だ。ムカつくからっていつまでもふてくされた態度とってるわけにはいかねえか……って。嬉しそうな國人さんを見てそう思ったんだ。それに、俺のは…………まあなんだ。ただの八つ当たりみてぇなもんだし、ガキっぽい事は止めたほうがいいよなぁってな」


「……」


 ありがとう國人君。國人君のおかげで仲直りが出来そうだ。やっぱり國人君は凄いや。でもあの格好はやめて欲しかったな。


「なにより」


 小嶋君が勢いよく立ち上がった。


「これでアニメに集中できるしな! 俺は今後アニメに生きるぜぇ!」


 ぐっと握り拳を作り誰にともなく宣言していた。


「……」


 小嶋君が何故立ち上がったのかは分からない。でも何となく、顔を僕に見せたくなかったのではないかなと感じた。


「佐藤。アニメに生きる俺を応援してくれよな」


「……うん」


 僕は笑って頷いた。

 笑ってもいい場面なのかどうか分からなかったけれど、僕の心は隠しようのないほどの安心に満ち溢れていたので笑顔も隠しきれなかった。

 仲直りできてとても嬉しい。

 本当に、嬉しい。

 ……。

 でも、ちょっと待ってよ?

 アニメに生きるというのは肯定しても良い物なのかな。

 あ、いや、もちろんアニメに関係する仕事についてそれで生きていくと言う意味なら素晴らしい事だろうけれど、おそらく小嶋君の言うアニメに生きるということはアニメに全てを捧げるという意味なのだろう。今まで以上にということになれば、勉強はおろそかになるし部活もやめてしまったということを考えれば最悪学校を辞めてしまいかねないし最終的に部屋からでなくなって國ひ……引きこもりニートのような生活になってしまうのではないかな。

 それは、その、いいことなのかな?

 人の人生にケチをつけられるほど高尚な人間ではないけれど、僕としては最低限一人で生きていけるような生き方をしてもらいたいと願うばかりだ。

 まぁ、そう言うわけで。どういうわけかは分からないけれど、そう言うわけで。


「また仲良くしようぜ」


 小嶋君が振り返り、笑顔で僕を見た。


「うん」


 僕は小嶋君と仲良くなることができた。


「告ったり、振られたり、喧嘩したり、仲直りしたり。なんか、青春って感じがするぜ」


「……そだね」


 きっとこれもいい思い出となるのだろう。

 出来ればその日が早く来ることを祈りながら、僕らは二人でお弁当を食べた。

 とってもおいしかった。


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