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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第四章 僕らにとってのハッピーエンド
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ありがちな始まり

「初めまして。市丸百合です。突然の転校なんて作り話のようでまさか自分がそんな状況になるなんて思ってもみませんでしたがとてもわくわくしています。環境が変わって戸惑うことや戸惑わせることが多々あるとは思いますが早くなじめるように頑張って行きたいと思います。こんな私でよければ仲良くしてください!」

 多くの漫画の転入生は始まりを告げる大切な役割を持っている。

 市丸さんの転入も、始まりを告げる物だった――



 ――終わりの、始まりを



 ……まあ『終わり』とは言ってもただ僕がさみしくなるだけなのだけれど……。

 一体何のことを言っているのかと言えば、楠さんとの友情が無くなってしまいそうな気がしているということだ。

 友達を信じるとは言ったものの、彼氏が出来て親友もやってきたのだから僕と遊ぶ時間なんてものすごく減ってしまうはず。友情が途切れるということは無いけれど、少し繋がりが細くなってしまうのは覚悟しなければならない。

 それを終わりと称してしまう僕はそれほど楠さんに依存していたという事なのだろう。

 僕の人生を変えてくれた楠さん。

 それ以降もずっと僕に色々と教えてくれた楠さん。

 そろそろ僕は独り立ちしなければならないのかもしれない。

 本当に寂しい事だけれど、僕は楠さんとは違う道に一歩踏み出さなければならないんだ。

 そんなことを考えながら、新しいクラスメイトを迎える暖かい空気の教室の片隅で一人グラウンドを見下ろしていた。

 もうすぐ、終わる。


 ……ホームルームがね。






 僕の名前は佐藤優大。ごく普通の高校生だ。普通という言葉の定義は人によってそれぞれ違うものだと思うのでたとえ僕が世間一般から見て劣っているのだとしても僕にとって僕は普通でしかない。さらに何一つ異常なものを持っていないと信じ込みたい僕はやはり自分のことを普通と形容したいと望んでいるのでとりあえず普通って言う。

 身長も低いし勉強もできない。顔もかっこよくないし性格だってよくない。特殊な能力がないどころか平均的な能力すらも無い僕は漫画や小説の主人公にはなれない。

 でも友達はいる。

 漫画や小説の主人公になることよりも友達と一緒にいる方が楽しい。

 だから友達は大切にしよう、喧嘩をしたらすぐに仲直りをしよう、そう心がけていたつもりだった。

 なかなかうまく行かないや。

 でも落ち込まない。

 開き直るつもりはないけれど、前を向かなくては。

 うまく行くものもうまく行かないし、僕のローテンションを周りに伝染させるわけにはいかない。

 よし。

 僕は一人気合を入れた。

 気合を入れたところでふわふわしている頭に日常を叩きこむ。

 今日は十月十四日。

 先日丸一日かけて文化祭の後片付けをし、それで完全に文化祭が終わりを告げた。

 色々あった文化祭。

 一生思い出に残る文化祭。

 文化祭が終わってしまった。

 とは言っても文化祭の余韻はまだまだ残っている。まだ別世界にいるような感覚だ。

 もうすぐやってくる中間テストのピリピリとした空気から目を背けるように、クラスメイト達は過ぎ去った文化祭の残り香的穏やかな空気に浸っていた。仕方ないよね。僕もまだテスト勉強しなくていいよね。

 そう言うわけでクラスの雰囲気は今までで一番まったりとしている。

 クラスメイトのみんなに不満なんて一つもない。そんな感じだ。

 そんな中、今日一人クラスメイトが増えた。 

 新しく転入してきた市丸百合いちまるゆりさん。

 楠さんの親友らしく、つい先ほどのホームルーム時に行われた自己紹介を聞く限りとても明るい人みたいだ。

 今もその市丸さんは先日行われた文化祭についてクラスメイト達に色々と尋ねているところだ。「見てたよー」とか、「楽しそうだったなぁ。今から来年が楽しみ!」と本当に楽しそうに言っており、クラスになじむのにそう時間はかかりそうにない。

 僕はその様子をしばらく眺めた後、次の授業の数学の教科書と一緒にライトノベルを取り出し読み始めた。

 買ったばかりだから続きが気になって。

 誰かと話すのもいいけどやっぱりライトノベルも楽しいよね。

 本を読んでいては話しかけづらいと言われたこともあるけれど、今日は本を読ませてもらおう。あと少しで終るから。


「何読んでるの?」


 妄想力を高め小説の中に自分を投影しようとしていたところ、突然誰かに声をかけられた。


「え?」


 驚き顔を上げてみると、そこにはまだ見慣れていない綺麗な笑顔の人が立っていた。

 先ほどまでクラスメイトと話をしていた茶髪でショートカットで大きな瞳の市丸さんだ。


「何読んでるの?」


 同じ言葉を笑顔で繰り返し可愛く首をかしげる。


「これはライトノベルだよ」


 僕は本を掲げて市丸さんに見せてみた。とは言っても表紙は紙のカバーで覆われていて見えないのだけれども。


「ライトノベル?」


 先ほどかしげていた方向とは別の方向に首を傾ける市丸さん。


「ライトノベルって何?」


 うーん……。レーベルによる分類とか、作者がライトと言えばライトノベルになるとか、主人公が学生のような若者の物語は大体ライトノベルだとか、色々と考え方があるようなので僕自身はっきりとした定義はよく知らず、一概にライトノベルとはこういうものだと教えるは出来ない。なので、今僕が返せる答えは一言だけ。


「ライトな小説?」


「へぇ! そうなんだ!」


 僕の適当な説明にも明るい笑顔を返してくれる市丸さん。

 ……なんだかこの風景はデジャビュ。

 不思議な感覚に若干の眩暈を覚えていたところ、市丸さんが笑顔そのままで自己紹介をしてくれた。


「初めまして、私市丸百合。君が佐藤君でしょ? 佐藤優大君」


「え、あ、うん。僕佐藤優大。よろしくね」


「よろしく!」


 何故名前を知っているのだろうかと不思議に思ったけれど、その答えはすぐに分かった。


「なんでも、君のおかげで文化祭を無事に迎えられたんだってね。すごいね佐藤君」


「……うん」


 それはあまり褒められたくはない一件だ。

 どうやら僕の名前はクラスメイトから聞いたようだ。先ほど市丸さんがしていた文化祭の話題からそれに飛んだらしい。

 僕はこれ以上その話題が続かないように話を変えることにした。


「市丸さんって、楠さんの友達、なんだよね?」


 市丸さんが笑顔で頷く。


「そうそうそう。親友なんだ。でもどうして知ってるの? 若菜ちゃんから聞いた?」


 きょとんという言葉がよく似合う顔だ。しかし見惚れている場合ではない。


「あ、この前の文化祭で楠さんにそう言っているところを目撃してんだ」


 僕の言葉に納得してくれた様子の市丸さん。ところが、


「あぁ、そうなんだー。でも佐藤君あの場にいなくなかった? 私これでも記憶力良いんだぁ。……うん、佐藤君はあの場にいなかったね」


 僕の姿が見えなかったという。確かに、僕はいなかった。


「えーっと」


 女装していた僕なんて僕じゃない。

 女装していたなんて言いたくないし、ばれていないようだしそれっぽい言い訳をして辻褄を合わせよう。


「僕、背が低いからお客さんに紛れてたのかも」


 あの時はまだまだ人がたくさんいたからそういうことも起こり得るだろう。


「そうなの? ……まあ、そうなんだろうねー」


 一瞬納得できないような顔をしたが、市丸さんはすぐにうなずいてくれた。

 そして話は楠さんの話にかわる。


「ねえ、佐藤君はもしかして若菜ちゃんの友達?」


「うん。このクラスみんな楠さんの友達だよ」


 楠さんはみんなに平等に優しいんだ。僕や雛ちゃんを除いて。

 しかしそう言うことが聞きたいわけではないらしい。


「そうじゃなくて、親友?」


「う、うーん? どう、なのかな……」


 僕はそう思いたいけれど、楠さんのいないところで勝手にそんなことを言って怒られてしまっては敵わない。ここは一つ曖昧にごまかすとしよう。


「よく分からないや」


 なんと言うか、もっとうまくごまかそうよ、僕。


「へぇー……。……うん。まあいいや」


 またまた一瞬納得できない顔をしたけれど、それは本当に一瞬の事でまたすぐに頷いてくれた。

 しかし、何がよかったのだろうか。よく分からない。


「それにしても佐藤君って可愛い顔してるね」


 唐突に言われた言葉に僕は少しだけ気が滅入る。


「そんなことないよ」


 絶対に。ここから話が女装につながらないことを願ってやまない。


「そんなことあるってー! だってほら、お肌もすべすべつるつる!」


 市丸さんが僕の両頬を指で撫でる。なんだかとても恥ずかしい。


「そ、その、市丸さん?」


「なにー?」


 止めて欲しいと言う意味を込めて名前を呼んだのにどうやら通じていないらしい。


「その……、もういいんじゃあ……」


「えー。もうちょっとだけでいいから。だってすべすべつるつるなんだもん」


 もしかして、僕はからかわれているんじゃないかな……。

 顔が指に挟まれており首を回せないので横目で教室の様子を見てみると、なんだかみんな暖かい目で僕らを見守っていた。冷たい目以上に居心地が悪く感じるよ。

 しばらくそれが続き、授業開始までこんなことをされるのではないかと不安になってきた時、僕にとっての救世主が現れてくれた。


「てめえさっきから何してんだっ」


 誰かが僕の頬を撫でる市丸さんの手を上に弾き飛ばすようにして払った。誰かとは言ったものの初めから雛ちゃんと分かっているけれど。


「セクハラしてんじゃねえよ」


 雛ちゃんが市丸さんに指を突きつける。


「セクハラだなんてそんな。あ、初めまして。私市丸百合」


 突きつけられていた指を握り握手をする市丸さん。

 雛ちゃんは嫌そうにその手を振りほどいた。


「知ってる。さっき聞いた」


「もう覚えてくれたんだ! ありがとぉ!」


 雛ちゃんが振りほどいたばかりの手を追いかけて握る市丸さん。


「……ちっ」


 いきなり舌打ちが飛び出しました。


「名前教えてもらっていい?」


「……有野だよ」


 名前を聞くと、市丸さんは雛ちゃんの手を離した。自己紹介が終わったと言うことだろう。


「有野さんかぁ。有野さんはこの前の文化祭の時に若菜ちゃんと一緒にいたよね? 確か、おはぎ握ってた!」


「そうだよ。なんか文句あんのか」


 やけに喧嘩腰ですね。しかしそれについて言及する勇気なんてあるはずもなく。


「文句なんてあるわけないよ。一緒に仕事をしていたという事は、有野さんは若菜ちゃんと仲良し?」


「はぁ? 良いわけねえだろ!」


 怒ったように言う雛ちゃんに少しだけ悲しくなる。


「そっか。そうなんだね。親友なのかなぁって思っただけ!」


「ちげえよ」


 親友じゃないんだ……。悲しい。


「有野さん有野さん」


「なんだよ」


 親しげに声をかけてくる市丸さんに雛ちゃんは少しだけ面倒くさそうにしている。


「文化祭で私と若菜ちゃんが話していた時、佐藤君って同じ教室にいた? どうにも思い出せなくて……」


 う。まずい。


「何言ってんだお前。すぐそばにいたじゃねえか」


 た、大変だ。


「えー。やっぱりそうなんだぁ。どこにいたの?」


 どうしよう!


「どこって、私の隣で――」


「わあああああ! うわああああああああああああ!」


 やっぱり女装の件はさらりとばらされてしまいそうだ!


「――な、なんだ?! どうした優大!」


 雛ちゃん! ストップ!


「ホント、どうしたの佐藤君。急に大きな声を出して。びっくりしたー」


 女装の件を知らない人は知らなくていいと思うんだ! できる事ならば被害は最小限に抑えておきたいと思う僕は間違っていないはず!

 僕は早急に言い訳を考える。


「僕がいたかどうかなんてそんな些細な事どうでもいいんじゃないかな?! それにほら、僕って影薄いし、目撃していたとしても認識できなかったんだよ! 『石ころぼ○し』的なね!?」


「なんでそんなに必死になっているのか分からないけど、追及してほしくないみたいだしやめたげるね」


「そうしていただけるととてもありがたいです……」


 ありがとう。市丸さんはいい人だね……。と思ったのも束の間。


「……あれ? そう言えば有野さんの隣でおはぎを握っていた子……。このクラスにいないね?」


 そう言って、僕を見てにやりと笑った。

 どうやら僕が女子の格好をしていたことがばれてしまったようだ。物理的な証拠はないけれど、状況証拠が十分すぎたようだ。

 あぁ、転入して来たばかりの人に女装好きの変態だと思われないように祈っておこう。


「いやそんなことより! お前、今さっき優大に何してやがった!」


 雛ちゃんが僕の後ろに回り手で頬を挟み込む。

 顔を潰さないでください……。


「ちょーっとお肌の状態チェック。すべすべで合格です」


 僕に笑いかけてくるもあまり嬉しくない。


「優大をおもちゃにして遊ぶんじゃねえよ。困ってただろ」


 ……。今僕がされていることはなんなのだろうかとは気になったものの僕の口はそれを尋ねる為の言葉を紡ぐことはしなかった。


「困ってたかな? うーん……? まあいいや。でも、どうして有野さんそんなに怒るの? それほど怒られるようなことした覚えは……あ、なるほど。ごめんね、二人は付き合ってるんだね。それは知らなかったとは言え申し訳ない事しちゃった。ごめんね!」


「謝ったのなら許す」


「ありがとー」


 ……。


「えっ!? 雛ちゃん、僕達付き合ってないよ?! 否定しなくていいの?!」


 付き合っていないのにそう言ってしまったら雛ちゃんにとんでもない迷惑がかかってしまう。きちんと訂正しておかなければいけないよね、と思っていたけれど雛ちゃんとしては訂正せずとも冗談として流せることのようだ。


「まあいいじゃん。たまには」


「たまにはいいの?! そうなのかな?!」


 なんだかよく分からないけどたまにはいいらしい。

 きちんと否定できなかったけれど、僕らのやり取りで市丸さんにはきちんと伝わってくれたようだ。


「付き合っていないけど、親友っていう事?」


「うん。そうそう」


 雛ちゃんは僕のことを親友と言ってくれたから僕も胸を張ってそう言える。


「……ちっ」


 頭上から聞こえてくる雛ちゃんの舌打ちの意味を理解することが出来なかったけれど、多分僕に向けての舌打ちだよね。ごめんなさい。


「このクラスに若菜ちゃんの親友っていないの?」


 きょろきょろと教室を見渡し楠さんの親友を探す。もしかしたら楠さん本人を探しているのかもしれない。しかし楠さんは教室にはいなかった。どこへいるのか僕は知らない。

 それにしても、市丸さんはなんだかやけに親友にこだわるね。どうしてだろう。


「知らねえよ。つーか、若菜の親友を知ってお前はどうしたいんだよ。喰うのか?」


 雛ちゃんもそのことが気になったらしい。でも食べはしないと思うよ。

 市丸さんは雛ちゃんの質問に少しだけ苦笑のようなものを見せて言った。


「若菜ちゃんとは同じ中学だったんだけどね、若菜ちゃんがこっちでどんな調子だったのか全く知らないんだ。電話もメールもしてなかったからね……。向こうではうまくやってたんだけど、こっちではどうなのか気になったの。ただ、それだけ」


 とても親友想いなんだ。


「んな心配いらねえよ。若菜はうまい事やってるよ。なぁ、優大」


 背後にいる雛ちゃんの顔は見られないけれど、多分笑いながら言っている。

 僕も雛ちゃんの手に挟まれながら笑顔を作る。


「うん。みんなからとっても信頼されているよ」


「……そっか!」


 市丸さんが、自分の事のように心の底から笑っていた。

 本当の本当に楠さんのことが大好きらしい。






 これが、最初。

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