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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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空回る僕ら

 忙しかった文化祭はあっという間に終わった。

 よかったのか悪かったのか、あまりの忙しさに文化祭直前のいざこざを忘れて作業に没頭することが出来た。

 更に、これはよかったことなのだけれど、さすがに忙しすぎて見ていられなかったのか三田さんも給仕さんを手伝ってくれたのだ。何の思い出も無い文化祭になるのではないかと心配していたけれど、そうはならずに本当によかったと思う。

 高校初めての文化祭は一悶着あったもののおおむね成功したと言ってもいいよね。

 しかし、まだまだ問題は残っている。

 小嶋君や三田さんのことはまだ終わっていない。僕はこのまま関係を終わらせてもいいだなんて思わない。二人とも大切な友達なんだから。

 虫がいいのかもしれないけれど。

 それでも僕は友達を失いたくない。

 僕はわがままなんだ――

 ――でもまあ。

 今は忘れよう。

 今日という日を楽しく終わる為に、今日は楽しかった文化祭の事だけを考えていよう。

 夜がもうすぐやってくる。

 僕はグラウンドを見渡す階段に座り、ハフゥと息を吐きながら軽音部と吹奏楽部の演奏によるフォークダンスを眺めていた。本来ならば文化祭終了後にフォークダンスなるプログラムは無く、そもそもグラウンドは駐車場や屋台やステージに使われておりそんなスペース自体が無いのだが、生徒会長が最後の仕事という事で全校生徒を勝手に動員し屋台やステージの観客席などを早急に撤去して無理やりダンススペースを確保しこのダンスパーティを開催したのだ。教師たちは暗くなると下校するのが危なくなるという事で止めに入ったが一度火のついてしまった生徒達を止める事は出来ず、更に「生徒の自主性をそんちょーするんだろ!」と生徒大勢から罵声のような何かが飛んできたのでもういいやと諦めて認めてくれたのだった。もしかしたら生徒会の人々は怒られてしまうのかもしれないが、まあそれも思い出という素晴らしいものになるだろう。

 色々なことがあった。

 色々なことが終わって色々なことが始まる。

 後悔はしていない。

 するような所が無い。

 する時間も無い。

 それでも、一つだけ挙げろと言うのならば、会長のクラスのお化け屋敷に入ることが出来なかったことが一番悔やまれるところだ。副会長に会いに行った時に目撃したお化け屋敷のセットはとてもおどろおどろしかったので結構楽しみにしていたのだけれど、なにぶん忙しくて。

 あまり回れなかったんだ。

 だから来年のお化け屋敷は絶対に見よう。

 もう今から来年が楽しみだ。

 早く一年経たないかな。


「佐藤君。こんなところにいたんだ」


 踊る人々を漠然と眺めて来年に想いを馳せていたところ、楠さんがやってきた。

 階段を上り僕の一つ下の段に立つ。


「さっき有野さんが佐藤君を探してたよ。踊りたいみたい」


「そうなんだ。でも僕踊れないよ。ダンスなんて生まれてこの方したことが無いや」


 きっと足とか踏んで怒られてしまうんだ。踊らない方がいいよね。


「あれ? 女子なら体育の授業で創作ダンスなるアホみたいなことさせられるのに女子である佐藤君にはその経験無いの?」


 楠さんも僕の女装をいじるらしい。あ、いや、そもそもの発案者が楠さんだった。


「僕はもう着替えたからね。女子じゃないよ。れっきとした男だよ」


 はっきりさせておかなければ。もう女装なんてしたくないよ。


「そうだったね」


 あっさり頷き、楠さんが僕の隣に座った。


「楠さんは踊らないの?」


 大勢の人に誘われたはず。


「……それもいいかもね」


 そう言いながら動く気配はない。

 僕は楠さんの顔を盗み見る。

 僕の隣で微笑を携えフォークダンスを眺めている楠さんは本当に美人だった。踊らずに僕の隣にいるのがあり得ないほどに綺麗だった。

 僕も楠さんを真似て緩い顔でフォークダンスを眺めてみる。

 心が楽になったような気がした。

 曇った顔をやめるだけでこれほど心の模様が変わるんだ。楽しい人生を送ることはそう難しい事じゃないみたい。

 勇気を出して、人を信じて、笑い続ける。

 きっとこれだけで人生が楽しくなるんだ。


「嫌なことは忘れられた?」


 急に投げかけられた楠さんの質問に僕は笑顔を向けた。


「忘れられてはいないけど、今は考えないようにする」


 楠さんと目が合った。


「そっか。とりあえず今日は逃げるんだね。良い事だと思うよ」


「うん」


「私も今日はそうするよ」


「?」


 よく分からなかったけれど楠さんが微笑んだ。

 僕も笑う。

 多分これだけでいい人生だと言えるんだ。


「そう言えば」


 楠さんが再びフォークダンスに目を向ける。僕は楠さんを見続ける。


「前世って信じる?」


「えっ唐突ですね」


 でも、いつものことだ。これはとても安らかな風景なんだ。


「僕はお化けとか幽霊が好きだから、前世も信じてるよ。輪廻転生、あればいいね」


「ふーん。人の前世は人なの?」


「えっと……確か違う場合もあるって聞いたような……」


「なら佐藤君の前世は犬だね。ダックスフンド。足短いから」


「そ、そうですか……」


 酷い言いようだ……。確かに短いけれど……。

 なんだか悲しくなり、僕もフォークダンスに目を向けて会話を続ける。


「じゃあ私は何かな?」


「え? えーっと、楠さんは……ヤマアラシ?」


「…………」


 どうやら僕の答えはお気に召さなかったようだ。


「もっと可愛いもの無かったの? たとえ本当にヤマアラシだと思っても気を利かせて違うものにしてよ」


「ヤマアラシって強いよ。そうそう勝てる相手いないんじゃないかな」


「強さなんていらないよ。大切なのは可愛さだよ可愛さ」


「でも楠さん、力は正義って言ってたよ。強くありたいんだよね?」


「………………佐藤君の癖に人の揚げ足を取るなんて立派になったものだね」


 心底楽しそうで苛立った声色。怒っているのか楽しんでいるのか判断に迷う。でも、きっと楽しんでいるんだと思う。その方が幸せになれるはずだから。


「情けないままじゃあ駄目みたいだから。僕強くなりたいなって」


「ふーん。そっか。地獄に落ちればいいと思うよ」


 やっぱり怒っているのかも。


「そんなことはどうでもいいとして」


 どうでもいいらしい。


「前世の話に戻るけど、結局のところ食物連鎖のどこまで生まれ変わりがあるの? 虫は? ミジンコは? 植物は? 単細胞生物は?」


「…………その、わかりません……」


 確かに、前世がアオミドロだったとかミカヅキモだったとか聞いたことが無い。植物も無いかも。


「きっと、虫くらい、かな……?」


「へー。でも虫まで生まれ変わりが適用されるのだとしてもね、おかしいよね」


「え? 何が?」


「虫なんて人と比べられないほどの数なんだからほとんどの人は虫の生まれ変わりになるはずでしょ。人の前世が人っていう確率は本当に低くなると思うのに、なんで前世は中世の貴族とかが多いの?」


「……たま、たま?」


 としか言いようがない……。


「『あなたの前世は中世のコガネムシです』なんて言われているの見たことないでしょ? みんながみんな前世が人だなんてたまたまなんて言葉じゃあ済まされないよ」


「……確かに」


 なんだか前世は信じられなくなってきた。


「それに前世が本当にあるのだとしても記憶を失っている以上なーんの意味もないでしょ。前世とか信じられる人の人生って本当に幸せだと思うよ。色んな意味で羨ましい」


 僕は信じていたから色々な意味で羨ましいらしい。


「ごめんなさい」


 とりあえず謝ってみた。


「謝らなくていいよ。佐藤君の場合は前世信じていようがいまいが全くこれっぽっちも羨ましく思わないから」


 僕の人生丸っと否定された。悲しい……。


「前世って、無いんだね……」


 この短時間で信じない派になってしまった。僕の意思弱すぎだよ。


「見たことない以上何とも言えないんだけどね。私は信じてないっていうだけで佐藤君は信じておけばいいんじゃない? 『前世は中世の貴族なんだぁーうえへへへぇー』って恥も外聞も無くみんなに言って回ればいいよ」


「僕の真似、似てないよ……」


 多分。

 ……似てない、よね?


「それでさ、話を戻すけど」


「うん」




「昨日ね、沼田君に告白された」




「…………………………え?」


 話を戻すと言いながら唐突に話が変わることはいつものことだ。

 驚くけれど、もう慣れた。

 でも今は驚きが止まらない。

 唐突に話が変わったことよりも話の内容に驚いてどうすればいいのかが分からない。

 心臓が痛いくらいはねた。

 お腹に力を入れて胸の痛みをこらえる。大丈夫とは言い難い。けれど、大丈夫だ。

 しかし状況は何一つ変わらない。

 何を言えばいいのか全く分からない。

 僕はいつの間にか楠さんに顔を向けていた。


「ちょっと、聞いてたの? なんとか言ってよ」


 みっともなく口を開けている僕に、楠さんが怒ったように言った。


「あ、そ、その、うん」


 何も言えない。

 楠さんの眉が寄る。


「いやいや、『うん』じゃなくて。もっと面白い反応して見せてよ」


 そんなことを言われても、今の僕は思考回路が完全に破壊されているのです。

 面白い反応なんてできない。

 湧き出てくる言葉をそのまま垂れ流す以外、僕に出来ることは無い。


「えと、その、あの、それで、楠さんは、どうするの……?」


 頭のフィルターを通らずにそのまま声が漏れ出す。

 とにかく答えが気になった。

 どうするのか、どうなるのか。

 それだけが気になり勝手に声になっていた。


「聞くまでも無いでしょ」


 ううん。

 僕は聞かなければわからない。


「そんなの、当然――」


 心の準備は、出来てない。



「――受け入れるのもいいのかなって思ってるよ」



「……え……?」


 どんな答えを想像していたのか。

 ちかちかする。

 ちかちかちかちか。

 喉が異様に乾く。

 つばを飲み込み喉の滑りをよくするが、出てくる言葉は欠片も無い。


「学年一の男子と付き合えるなんて、光栄だと思わない?」


 やっとの思いで言葉を絞り出す。


「えと、その、でも……! だとしたら、楠さん、その、あの、本当の、楠さんの姿を――」


 これだけが僕の頼れる綱だったのだけれど、


「沼田君はね、それが好きなんだって言ってくれたよ」


 それは脆くも千切れてしまった。


「――ど、どういうこと?」


 沼田君は、楠さんの本当の姿を知らないはず。


「君に接しているときの、本当の私が好きなんだって。ドMなのかも」


「……」


 あれが楠さんの本当の姿なのだと、沼田君は気付いていたようだ。


「どうしたの? カップル誕生のおめでたい瞬間に立ち会っているのに、なんでそんな暗い顔をしているの? 祝福してくれないの?」


 祝福、すべきなのだ。

 でも僕は、こう言う。


「……あのっ、僕――」


「あ、ちょっと待って」


「――え……?」


 僕の『言葉』を、楠さんが遮って言う。


「仮に、仮の話ね。いつもみたいに突然どうでもいい話を始めたなと思ってくれていいから。でね、もしも君が私を好きだとして、沼田君に先を越された焦りとこの場の勢いで私に告白をしたとしたら――」


 僕は、どうしたかったのだろうか。楠さんの言う通りなのだろうか。


「――私がそれを受けると思う? あ、もしもの話ね?」


 楠さんが現実を突きつけてくれる。


「君は、私の本性を知って傍にいてくれた。沼田君も本当の私を見て好きになってくれた。この二人に違いはない。だとしたら、当然、スペックの高い方を選ぶでしょ?」


 僕は何も言えない。

 その通り過ぎて何も言えない。


「ねえ、佐藤君。君にいいところってあるの?」


 その言葉は、僕の心に突き刺さった。

 胸が暴れる。

 でも、すぐに大人しくなる。

 暴れる意味が無い。暴れる力も無い。


「沼田君と比べて、君が勝っているところはあるの?」


「……えっと」


 探してみたが、


「無いよね」


「……うん」


 沼田君は僕の憧れだ。一部でも勝っているところは無い。


「勉強、運動、身長、性格、顔、ついでに足の長さ。全部沼田君の方が勝ってるよね」


「……」


 敢えて僕の良いところを探し出すとしたら、手の甲側で人差し指と小指をくっ付けることが出来る。


「この私が好きになる要素を、君は持ってる?」


「……もって、ない」


 人差し指と小指がくっつこうが楠さんを好きにさせる事なんてできやしない。こんなもの三十秒くらいの話題のネタにしかならない。


「だよね。じゃあ、私の話は終わり。で、君はなんて言おうとしたの?」


 もう、忘れてしまった。

 でも何となく分かる。

 僕はこう言いたかったはずだ。


「……おめでとうって、言いたかったんだ」


 祝福、すべきなんだ。


「あっそ。ありがと。じゃあね、さようなら」


 楠さんが無表情で立ち上がり、僕を見ることなく階段を下りて行く。


「うん。さようなら」


 僕は追わず、小さな声で別れを告げる。

 一緒にいるのは辛いから、早く帰ってくれて助かった。

 辛い気持ちに理由をつけるのは簡単だ。

 友達が離れて行ってしまうと怯えている。

 とりあえず、そういうことにしておこう。

 友達を信じるとか言っていたくせに。


「あ、そうそう」


 楠さんが階段を下りきったところで何か思い出したように立ち止まり振り返る。

 そして、僕の前ではあまり見せない表面だけの笑顔を作り言う。


「お誕生日おめでとう」




 今日は、僕の誕生日だ。






(第三章終わり)


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