コンテストと呼ばれるものがあったのだ
おはぎ作りをギリギリ終えることができ、今はコンテスト開始十五分前。グラウンドに設置された大きなステージの舞台裏にて出場者が集まっている。
僕や楠さんや雛ちゃんはもちろん、僕の姉や弟、楠さんのお兄さん、その他大勢の兄弟姉妹が煌びやかな勝負服に身を包みコンテストの開始を今か今かと待っていた。
結局僕は化粧を落とすことは許されずそのまま女子の格好でコンテストに参加しろとみんなに言われてしまった。コンテストが終わればすぐにおはぎ作りが待っているのだからと……。
嫌だけれど、諦めよう。
凄く、恥ずかしい。
そんな僕の姿を見た瞬間、お姉ちゃんは、
「優大君、正直引く」
すごく嫌そうな顔を見せた。
「え、お姉ちゃん! お姉ちゃんは僕が立たされている立場を理解してくれると思ったのに!」
「私は優大君をこんな女装をしちゃうような変態弟に育てた覚えはないよ! コンテスト会場に来て優大君が見つからないと思ったら……。こんな恰好して私を出迎えるだなんて家族として恥ずかしいよ! ドン引きだよ! でも可愛いから許す!」
そう言いながら腰に飛びついてきた。
「だ、抱き着かないでよ!」
必死に抵抗するもはがれない。
「祈君! 祈君のお兄ちゃんは実はお姉ちゃんだったんだよ!」
お姉ちゃんが僕に抱き付いたまま手招きして祈君を呼んだ。
「……あー……」
祈君は少し離れたところに立っており、困ったような見たくないものを見てしまったかのような顔でこちらを見ていた。
「祈君は抱き付かなくていいの?」
「……女装している兄ちゃんはちょっと……」
「待って祈君! これは僕が望んだことじゃないんだ!」
「……でもそれを受け入れて、女子の格好で舞台に上がるって……」
「受け入れてないよ?! 僕だって抵抗したんだよ?!」
「……。……俺の知り合いがいなくてよかった……」
「えー!」
すごくショックだ!
今の僕は祈君にとって知り合いに見られたら恥ずかしい兄らしい! これがきっかけで仲のいい兄弟の間に亀裂が生まれたらどうしよう! 誰に許しを請えばいいのかな?!
そんな悲しみに打ちひしがれていた僕に、
「まあまあ。似合っているからいいじゃないか。俺はそう言う趣味を持っていてもいいと思うよ」
と楠さんのお兄さんがフォローしてくれたが、
「別に僕は女装趣味ありません!」
むしろ恥ずかしいです。
へばりついているお姉ちゃんをなんとか引きはがそうとするもなんだか今回は強固にくっついていて剥がすことが出来なかった。仕方がないのでこちらももう諦めよう。
「……はぁ……」
佐藤家のいざこざを横目に、楠さんが大きくため息をついた。
「あれ、どうしたの? 楠さん、なんだか元気ないね」
「……そんなことない」
あからさまだ。一体どうしたというのか。
「はぁ……。こんな下らないコンテストさっさと始めてさっさと終わらせてほしいよ」
どうやらコンテストが嫌らしい。お兄さんは格好いいから自慢になると思うのに。
「なんで家の恥を晒さなくちゃいけないの」
とりあえず僕らは苦笑いをすることしかできなかった。
さぁ、準備は万端。
兄の女装姿にショックを受けている人やコンテストを望んでいない人がいるけれどいつ開始しても大丈夫。いつでもオッケーだ。
……と言うわけにはまだいかない。
「あのデブ遅すぎだろうが……! 何してんだ……?! もう始まっちまうよ……!」
國人君だけがまだ来ていなかった。
雛ちゃんは慌てているというよりもイライラした様子であっちを見たりこっちを見たりしている。このままでは國人君の命が危ない。
「有野さん、もしかして来てほしくないから撲殺したんじゃあ……」
「その方法があったか。ってしてねえよ」
人が多いから道に迷っているのではないかな。……ステージは一目で分かる場所にあるので迷いようがないけれど……。
もしかしたら間違えて体育館に行っているのかもしれない。
「僕ちょっと探してくるよ」
女装姿で。
「あー。いいよいいよ。来なかったら私不戦敗でいいわ。その後あいつぼこぼこにするけど」
それは見たくないね。
「有野さん、お兄さんの携帯には連絡入れた?」
「入れたよ。メールで『来い』って」
それでわかるかな……。せめて開催場所を知らせておいた方がいいのでは……。
なんて心配をしていたところ。
にわかに舞台裏が騒がしくなった。
舞台裏入口から起き始めたざわつきは徐々にその範囲を広げすぐに参加者全員を巻き込んだざわめきになった。
「…………すげえ嫌な予感がする……」
と雛ちゃんがつぶやき、ゆっくりとざわつきの発生元に視線をやると。
「雛ターン。お待たせー」
國人君が手を振りやってきた。その隣には小嶋君がいる。恐らく途中で出会い案内して来たのだろう。
隣に立っている小嶋君の表情は非常にさえない。ものすごく居づらそう。
その理由は國人君にあるようだ。ざわめきの原因も國人君。みんな國人君の格好を見てざわついていたのだ。
正直言って僕らも目を覆いたくなるような格好です。すごいです。
國人君はその大きな体で僕と同じように女装しているのだ。でも僕とは違う。全然違う。
國人君の女装は女装でも、コスプレ、だった。アニメのコスチュームプレイをしてやってきたのだ。
ピンク色でひらひらした服、『魔法少女・マジでマジか』の主人公。
こう言ってはなんだけれど、國人君に似合う格好ではなかったので一瞬何なのか分からなかった。
もっと男らしい服を着てくればよかったのに……。
國人君の姿を見た人たちからざわめきと言うよりも悲鳴に近い何かが上がる。
何より一番悲鳴を上げたいのは雛ちゃんだろう。
「て、てめえ!? なんて格好で来てるんだよ!」
後姿でも怒りが分かるほどに怒っている雛ちゃんがずんずんと近づいていく。
「いやぁ、せっかくの晴れ舞台だし、気合入れて作ったっちゃ!」
自作らしい。すごいや國人君。でもせめて男キャラにしてほしかったな。
「どう? 可愛い?」
「それ以上しゃべるな! ここで殺す!」
「雛ターン。目が怖いぞっ。………………ん?」
雛ちゃんが怒った様子で近づいていき、國人君の隣に立っていた小嶋君がそっと離れた。今から起こる事態が容易に想像つくらしい。
「このくそデブが!」
そう言って國人君の胸ぐらをつかもうと手を伸ばした雛ちゃんだったが、その手は虚空を掴んだ。
「……え?」
いつの間にか國人君は立っていた場所から一歩横にずれており、仇敵でも見つけたかのような顔である一点を睨み付けていた。
「……」
くすくすと聞こえていた笑い声が止んだ。國人君の怒りのような何かがステージ裏を飲み込んだ。
誰も動かない。誰も動けない。
雛ちゃんでさえ何が起きているのか分からず傍に立ち何かを睨み続ける國人君の様子を伺っていた。
「……優男……!」
どうやら、視線の先は楠さんのお兄さんらしい。
「え? なに? 俺?」
指名され、自分を指さし驚く楠さんのお兄さん。しかし驚いている暇などなかった。
五回、國人君からお兄さんへ向かって砂が跳ねあがる。何かわからなかったが、どうやら國人君の靴に巻き上げられたもののようだ。一瞬とも呼べる短時間のうちに、もうすでに國人君はお兄さんの目前にいた。
「てめえええええええええ!」
跳ねあげるようにお兄さんの顔めがけ足を振る。軸足に踏まれた土のねじれる音が鈍く響く。
突然の事に驚きながらも、お兄さんはとっさに上体をそらし閃光のような蹴りを避ける。足が目の前を通り過ぎて行き、それを見送ったあと体を戻す反動を利用して國人君めがけ右の拳を放っていた。それは自分を守るための拳だ。
ハイキックが空振りその場で一回転する國人君の体。國人君が再びお兄さんの顔を見るころには右ストレートが目前まで迫っているのだった。
ガードが間に合わない。
拳が叩きこまれる。
しかし國人君はその拳を自ら受けに行く形で額を突き出した。それを見てお兄さんがストレートの力を緩め寸止めのような形で拳が國人君の額に触れた。
唖然とする僕らと、静寂の中睨みあう二人。
國人君が自分の額に触れている右手を左手で掴んだ。
「優男……! やっと見つけたぜ……!」
「……!」
お兄さんの手を掴んだ手に力を込める國人君。
お兄さんは振りほどかず、國人君を睨み付けていた。
誰も止めることが出来ない。
驚き以外の感情が出てこない。全て一瞬のことで理解が追いついていなかった。
睨みあう二人。
そして、次の攻撃に移るのか國人君の体が先に動いた。
猛烈に沈む國人君の体。
お兄さんはそこに膝を合わせようとしたが、その膝は直前で止まってしまった。
國人君がそのまま体を沈め両膝をつき、左手で掴んでいた兄さんの右手を優しく両手で包みこみ言った。
「師匠!」
口を開けて様子を見ていた僕らは、また別の意味で口を開けることになった。
「「「「「「「「「「……は?」」」」」」」」」」
「えーっと、え?」
誰より何よりお兄さんが一番状況を飲み込めていないようだ。
「まさかこんなところで運命の人に出会えるとはっ!」
感極まって泣いている國人君がお兄さんを見上げる。お兄さんは驚き國人君の顔にいれようとしていた右足を半歩引いた。
「えーっと、どこかでお会いしました?」
お兄さんには心当たりがない。しかし國人君は喜びに満ちた表情と声だ。
「何を言ってるんだ! 二年前俺をぼこぼこにしただろう!? 覚えてないの?!」
……その話は聞いたことがあるよ。
「……………………え? あの隣町で何度も襲ってきた子?」
お兄さんにも心当たりがあるらしい。驚き、國人君をまじまじと見つめた。
「そう俺! 俺俺俺! あんたが『人生』を渡した相手!」
「えええ!」と驚きながらもお兄さんの顔が綻んだ。
「本当に? なんだか、容姿が変わっていて全然気づかなかったよ」
激太りしたみたいだからね……。
國人君は語りだす。
「俺はあんたに渡されたあのゲームで目が覚めた……。真の自由とは二次元に存在している物だったんだ! 真の愛とは二次元でのみ知ることが出来る物だったんだ! あぁ、何たる奇跡! 奇跡って起きないから奇跡っていうんじゃなかったんですか?!」
興奮する國人君を見て僕らも徐々に落ち着きを取り戻す。
僕もやっと理解できた。
どうやらこの二人は、奇跡の再会を果たしたらしい。
國人君に聞いていた、ゲームを渡してくれた恩人とは楠さんのお兄さんらしい。
そして、お兄さんを隣町で襲っていた犯人はどうやら國人君らしい。
すごい偶然。奇跡って起きるんですね。
改めて國人君の姿を見て頷くお兄さん。
「愛を学んだという事だね」
「あぁ……。愛どころか全てを学んだぜ……。人生って、素晴らしい」
國人君が立ち上がり、二人が抱き合った。
再び悲鳴に近い何かが上がった。絶叫だった。
それを聞いてか関係ないのか体を離す二人。
「しかし、恨まれているものとばかり思っていたよ。俺、君をぼこぼこに殴っちゃったし」
苦笑いするお兄さんに國人君は元気よく言う。
「何を言う! 吹っかけたのは俺だし何よりあんたは恩人だにゃ! あんたがいなけりゃ真理を知ることはできなかった! 感謝こそすれ恨むなんてありえない! この世界に導いてくれてありがとう! 更生させてくれてありがとう! 愛を教えてくれてありがとう! すべてのチルドレンにありがとう!」
「それを言うならおめでとうだろ!」
「いやぁ、あっはっは!」
周りの冷めた空気なんてなんのその。二人はすごく楽しそうだった。
「なに? どういうこと?」
事情の知らない楠さんが不思議そうに僕に尋ねてくる。
「えーっと、前に楠さん言ってたよね。隣町で、お兄さんが男に襲われたって。その男の人が、雛ちゃんのお兄さんみたい」
今度は雛ちゃんがやってきて不機嫌そうに僕に尋ねた。
「……んで、どうして抱き合ってんだ?」
「その、國人君がアニメとかにはまってしまったのは、楠さんのお兄さんに渡された一本のゲームからだから、それについて國人君がお礼を」
「やっぱりそういう事なのか! 兄貴を殺したのはあいつなんだな?!」
雛ちゃんにとって楠さんのお兄さんは仇みたいだ。
「でも、國人君は喜んでいるよ」
「私が嫌なんだよ!」
ウニウニと両手で僕の顔を挟んできた。
「ごめんなさい!」
「よりにもよって若菜の兄ちゃんかよ!」
問答無用で殴りかかるという事はしなさそうだ。
國人君の姿を今回初めてみた楠さんは凄く嬉しそうに雛ちゃんに言った。
「まあまあ落ち着いて有野さん。良いじゃない、目立つ容姿の個性的なお兄さんで羨ましいよ? 普通なんてつまらないしね。……ぷっ」
雛ちゃんがウニウニを解除し楠さんを向いて國人君を親指で指す。
「羨ましいならやるよ。若菜が誘えば間違いなくついてくるからそのまま持って帰れ」
「それはいいや」
即答ですか。嫌なんですか。
「あのインパクト……。私の超秘に対抗して来たか!」
僕の腰に巻きついていたままのお姉ちゃんは國人君にライバル心を燃やしている様子。
「何度言ったらわかるの。超秘も禁止」
「女装野郎は黙りなさい! スカートめくるぞ!」
「や、やめて!」
自分の下着だから恥ずかしい! ……いや、自分の下着じゃない方が恥ずかしいか……。
「……コンテスト出たくなくなってきた」
離れたところで騒動を眺めていた祈君が本気で呟いていたけれど、僕にはどうしようもなかった。
そんなこんながあったけれど、コンテストは無事に開始された。
しかし無事だったのは開始だけで、いきなり約束を華麗に破ったお姉ちゃんがパワーアップした超秘で観客を地獄に陥れたり、落ち着いたと思ったら國人君とお兄さんによる二次元討論会が始まったりして大変なことになった。
祈君はお姉ちゃんを取り押さえる生徒会の人たちに協力し、雛ちゃんは「調子に乗るな!」と國人君を蹴り飛ばし、楠さんは僕にセクハラをし、とにかく生徒会が望んだコンテストにはならなかった。ベストブラザーシスターコンテストと言うよりもワーストと言った方がいいかもしれない。
最終的な結果はインパクト抜群だった國人君が優勝という事になったが、それを不服とした雛ちゃんが貰ったトロフィーで國人君をぼこぼこにするという何とも落ち着かない感じでコンテストが終了した。
とても盛り上がったコンテストだったが、生徒だけで行った平和なリハーサルとは全くの別物でせっかく生徒会が考えたコーナーの数々は一つだってまともにやり遂げることが出来なかった。これは成功と言えるのだろうか。




