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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
110/163

土曜日の文化祭

 土曜日午前十時半。


「ふう」


 空き教室にて、制服から制服に着替えた僕。

 制服から制服……女子のから男子の。

 スカートからスラックス。

 僕は解放された気分で教室を出た。

 そこに偶然やってきたクラスメイトの女子。


「あれ? 佐藤君脱いじゃったんだ」


 同じシフトに入っていた、あまり話したことが無い女子が悪戯な笑みを浮かべ男子の制服に着替えた僕を見て言った。


「あ、うん」


「似合ってたのにー」


 僕は苦笑いを見せ、特に世間話をするでもなくそそくさと文化祭初日でにぎわう廊下へ逃げ込んだ。

 別に、仲がいいわけではないから。

 では仲のいい友達はどこへいるのだろう。

 僕にとって仲がいいと言える友達は少ない。

 楠さんに雛ちゃんに……小嶋君に、三田さん。

 雛ちゃんは今JNO喫茶でおはぎを握っており、楠さんはきっと僕なんかよりも仲のいい友達と一緒に回っているんだろう。もしかしたら、男子と回っているのかもしれない。

 ……。

 とにかく、仲のいい人と回っているのだろう。

 小嶋君も多分そうで……、……三田さんは……。

 ……三田さんは普通に学校に来て普通に文化祭を楽しんでいた。ように見える。

 その実つらいはず。本当は来たくなかったんだ。

 でも来てくれた。

 本当によかった、とは言えないけれど、とりあえずよかった。

 僕は、小嶋君や三田さんとは一緒に回れない。

 その理由はもはや言うまでもない。

 そんなわけで色々な理由があり、僕は今年の文化祭も一人で回らなければならないようだ。




 一般開放はされていない土曜日、生徒だけに溢れている文化祭。

 友達同士で回ったり、恋人同士で回ったり。

 色々な人とすれ違う。

 僕は一人で見て回る。

 見て回るふりをする。

 学校は色々な出し物でにぎわっていた。

 今までの準備の成果を出し切ろうとみんな全力で楽しんでいる。

 恋人友達文化祭。一緒くたに幸せ一色。

 不幸になる要素なんてどこにもない。

 今日は楽しい日だもの。


「お? 佐藤が男子の制服着てる」


「あ、うん」


 クラスメイトとすれ違うたびに、制服の事をいじられる。

 あの日、と言うか昨日、望む形ではなかったもののみんなの願いを叶えることになってしまった僕は、持て余すほどの信頼を得てしまったようで急激な周りの変化に戸惑っていた。

 持て余すと言うよりも、手に余る。

 この信頼というものを僕はどうすればいいのか分からない。

 しかしそれは決して悪い事ではないようで、この不相応な信頼によってどうやら僕はいじめられキャラからいじられキャラに進化したようだ。

 理由はどうであれ、喜ぶべきことなのだろう。


「ずっと着てろよー」


 クラスメイトが笑いながら僕に言う。


「それは……嫌かも……」


 僕だって男だし、何より女装は相当な不評だった。それはまた女装時に語るとして、今はそのことは考えたくはない。

 いじられるのを避ける為に、適当に笑ったあと近くにあった写真館に入り僕はクラスメイト達から逃げ出した。

 色とりどりの写真を一通り見た後僕は廊下を確認し、クラスメイトがいないことを確認してグラウンドまで早歩きで移動した。

 逃げた先、グラウンドには屋台や大きなステージがある。

 ステージでは何年何組か分からないけれどクイズ大会のようなものが催されておりステージ前をわいわいとにぎわしていた。

 屋台からはソースのいい匂いが漂ってきており思わず財布の中身を確認してしまう。

 グラウンドを見下ろす階段に座ってる僕の目の前にはお祭りが広がっている。

 みんな楽しそう。

 暗い人間なんていらない。

 僕はここにいてもいいのかな。

 自分の膝の上で頬杖をつき、色々と考える。

 この中に三田さんはいるのかな。楽しんでいるのかな。

 そうだといいな。みんな、楽しそうだから。


「ようよう佐藤君」


 背後からの声。

 またクラスメイトかな、と思ったが違った。


「……会長」


 生徒会長がニカニカと笑い僕より一段高いところに座った。正面を見れば会長の姿は視界に入らない。逆を言えば、僕の表情は会長から見えない。

 ちょうどいいや。

 暗い顔を見られたら何を言われるか分かった物じゃない。


「楽しんでいるか? 俺は楽しいぜ」


 心の底から楽しんでいるような会長。

 僕は同意する。


「……僕も楽しいですよ」


 同意したはずなのに会長にはそう聞こえなかったようだ。


「なんだなんだ。楽しくなさそうだな」


 そう言えば、僕は嘘が下手なのだった。


「俺の最後の仕事なんだからさぁ、みんな幸せになろうぜ」


 現行の生徒会はこの文化祭でその仕事を終える。次の生徒会へ引き継がれるのだ。受験の近い今の時期に交代だなんて今さらだという意見もあるようだが、最後に一番大きなイベントを仕切ってから終わった方がいいという、教師生徒会の両方にとって良い事があるというわけで文化祭が最後の仕事になっているのだ。


「佐藤君には世話になったんだから、一番楽しんでもらいたいんよねー」


「僕は幸せですよ」


「なら楽しい顔しろってー」


 僕の表情は見えないはずなのに。声が暗かったのだろうか。


「……これから、楽しみます」


「そっか。ならいいわ」


 こんな曖昧な答えで許してくれるとは思わなかったけれど、意外にも会長はあっさりと引いてくれた。

 会長と二人文化祭をぼうっと眺める。

 楽しげな騒音が僕らの沈黙を消していた。

 ……。

 こんなに大きなイベントを取り仕切るなんて、会長も大変だなぁ。

 きっと僕の隣にいる会長は楠さんや雛ちゃんや沼田君の様にみんなから信頼されているすごい人なのだろう。

 みんなの為ではなく友達の為に頑張れる人。

 一般生徒よりも友達のことを優先するような、ことばが悪いけれど自分勝手な会長なのに信頼されるというのは凄い事だと思う。

 それを貫けるしっかりした心があるからみんなから信頼されるんだ。

 僕は、どうなのかな。

 友達の為に頑張りたかったのか、クラスメイトの為に頑張りたかったのか、よく分からない。

 僕がみんなから寄せられることになった信頼は、きっかけを犠牲にして勝ち得た信頼だから居心地が悪いんだ。

 僕は、正しかったのかな。


「…………ありがとう」


 ルーティン化したマイナス思考に陥っていたところ、唐突に会長がお礼を言ってきた。

 よく分からなかったので僕は首をひねり会長を見る。


「何がですか?」


 会長は階段にふんぞり返りグラウンドを眺めていた。その状態で言う。


「副会長を説得してくれたこと。それ以外にねえだろ」


「……」


 お礼なんて言われたくない。僕は正面を向いた。返事はしない。


「俺は一体何がしたかったんだろうな。友人の望むことをさせるだけじゃあ友情とは言えないよなぁ。友情ってのは間違った道を進もうとしている友達を正しい道に引っ張るのが本当の友情だよなー。それが出来なくても、正しい道に引っ張れなくても、せめて同じ道を歩むくらいのことはすべきだったんだよな。でも俺は中途半端。同じように道を踏み外したふりして、裏では佐藤君に頼ってた。何がしたかったんだろうな俺」


「……僕も、似たようなことを今考えていました」


「……そっか」


 会長になれるようなすごい人でも、悩むんだ。


「人生って難しいな! 信念を貫くことは難しい!」


「そうですね……」


 僕には信念すらなかったような気がする。迷ったとはいえ、信念を貫こうとした会長と同列で語ることはできない。


「まあ、なんだ、今はそんなこと忘れてとにかく楽しんでくれよ!」


 僕の肩を力強く叩いてから立ち上がり、会長が階段を下りて行った。遠くに副会長が見えるのでそこへ向かったようだ。


「……」


 人生は難しい。でも人生は時間制限付きなんだから、笑って楽しい時間を過ごさなくちゃ。


「うん」


 僕は立ち上がり、次のシフトまでの残り一時間を楽しもうと振り返って校舎を見た。


「や」


「あ、楠さん」


 振り返った先で、階段の頂上に立つ楠さんが僕を見下ろしていた。


「偶然だね」


 こんなに人でごった返す校内で出会えるなんてすごい事だ。


「偶然じゃないよ。探してたんだから」


 楠さんがゆっくりと下りてきて僕と同じ段に立つ。


「あ、そうなんだ」


「そうなの。見つけたのでしばらく前から黄昏モードの君の様子を伺っていました」


「すぐに声かけてくれればよかったのに」


「会長がいたからね。出会いたくないから」


「……そこまで避けなくても……。あ、それで、探していたって言ったけどどうしたの? もしかして喫茶店で何か問題が起きたとか……?」


「緊急事態なら会長なんか気にせず話しかけているよ。ただ単に佐藤君と一緒に回ろうと思ってね」


「え、いいの?」


 嬉しい事だけれど、楠さんと一緒に回りたい人は大勢いるはずだ。


「いいからそう言ってるの。じゃあ行くよ」


「あ、うん」


 ……今は、自分が楽しむことだけを考えよう。人生は短いんだ。

 階段を下りる楠さんを追って、僕は隣に並んだ。


「どこへ行くの?」


 楠さんの顔を見る僕と真っ直ぐ見たままの楠さん。


「軽くお昼ご飯食べようか」


 どうやらグラウンドにひしめき合っている屋台へ向かっているようだ。


「ご飯? まだ早いよ?」


 先ほど食べたばかり、とは言えないけれど朝ご飯はまだ消化されていない。でも、今お昼ご飯を食べるらしい。


「握る係になったら多分食べられないでしょ」


「あ、そっか」


 握る係はかなり忙しかったし、丁度お昼時に握ることになるから今食べておかなければ遅くなってしまう。


「とりあえず先に軽く食べておこうよ」


「そうだね」




 と言うわけで、グラウンドで焼きそばを買って僕らはいつも通り屋上で並ぶ。


「大盛況だね」


 屋上からグラウンドを見下ろし楠さんがつぶやいた。


「そうだね」


 屋上へ続く階段は立ち入り禁止のロープが巻かれていたけれど、それを無視して進んだ先はいつも通りの鍵のかかっていない屋上だった。


「一時はどうなることかと思ったけど、文化祭を楽しめそうでよかったよ。ありがとう、佐藤君」


 楠さんからのお礼にも、僕は返事をしたくなかった。


「……」


 グラウンドを見下ろしている楠さんと、腰を下ろし手に持った焼きそばを見続ける僕。

 僕の無言ですべてが分かったらしい楠さん。


「佐藤君的には文化祭を楽しめそうにないし感謝もされたくないみたいだね」


「……うん」


「まあそんなことはどうでもいいよ。私が楽しめればそれでいいや。何があったか聞こうとは思わないし」


 それはとてもありがたいことだ。誰にも言いたくはない。

「でも」と楠さん。


「君、私の前では楽しそうに振舞ってよ。気分悪い。私が楽しめないじゃない」


「……ごめん。そうだよね……」


 人にこの不機嫌を押し付けることは間違っている。


「この私と一緒に回っているんだからね。光栄だと思ってよ」


「うん。そうだね」


 僕は笑った。作り物でも楠さんが望むのなら。

 笑顔に似た表情を作る僕を楠さんは本物の笑顔で見下ろし、そのまま僕の隣に腰を下ろした。


「じゃあ、このまずそうな焼きそばでも食べようか」


 焼きそばを見て苦い顔をする。


「え、そうかな……。おいしそうだと思うけど」


「どこが。仮においしそうに見えたとしても味は大したことないから。絶対に」


「言い切るんだね」


 まだ食べていないのに。匂いはおいしそうだよ。


「当たり前じゃない。こんな遊びでおいしいものを作れたのなら本業の人はたまったもんじゃないよ」


「あ、そうだね」


「このお祭り空気の中じゃなきゃこんなもの食べられたもんじゃないよ」


「酷い言いようだね……」


 楠さんより先に一口食べてみる。


「あ、結構おいしいよ」


 楠さんも少しつまみもそもそと焼きそばを口に運んだ。


「……味二点、雰囲気八点ってところかな」


「厳しいよ楠さん……」


 おいしいのに。


「ねえ佐藤君。佐藤君は紅ショウガ好き?」


 僕の返事を待たずに脇に添えられた紅ショウガを僕の焼きそばの上に乗せていく楠さん。


「う、うん。もしかして、もしかしなくても楠さんは嫌いなの?」


 紅ショウガが嫌いと言う人は少なくないと思う。勝手なイメージだけれども。

 僕の質問に、楠さんは言う。


「私が思うに名言と呼ばれるものの中にはそうでもないものが含まれると思うの」


 楠さんと話しているときに起きるこの唐突に話が変わる現象。

 なんだか最近バタバタしていて楠さんと話す機会が少なくなっていたせいか、とても久しぶりなように感じる。

 懐かしくって自分の日常に帰ってこられたような気がして、とても安らかな気持ちになることが出来た。

 でもやっぱりびっくりするね。紅ショウガの話題はどこへ行ったのかな。いや、僕がこの紅ショウガを全部食べればそれでいいんだ。紅ショウガなんてなかったんだ。紅ショウガおいしいです。

 紅ショウガを食べ終え、早速変更先の話に乗る。


「名言だと言われているのに名言ではないの?」


「そう。よくよく聞いてみたら普通の事言っているっていう名言が多いと思うんだよね。例えばとか聞かないでよ。とっさに思いつかないから」


 先に言ってもらってよかった。例えばって聞くところだった。


「でも、名言じゃないのにどうして名言だって言われているの?」


 名言でなければ知られることも無いような。


「なんて言ったかよりも誰が言ったかが重要だからだよ」


「あ、なるほど」


「大したこと言ってなかったり、きざったらしいことを言っているのに、ある程度の地位があったり信頼されていればそれだけで名言認定されちゃうんだよね」


「確かに、そうかも」


 そう言われればそんな気もする。この人が言うから格好いいと言う言葉はたくさんあって、それはみんな名言という事になっている。


「でね、そんな似非名言が氾濫している中で、いくつかは本当に心に響くものがあるよね。それこそが本当に自分が必要とする名言なんだよ」


「そうなんだ……」


 今思い返せば誰が言ったか分からない名言に感動することの方が多かった、気がする。地位や信頼と言うフィルターを通さない分、言葉だけによるところが大きいから名言として残っているそれは本当の名言という事なんだね。


「楠さんは心に響いた名言とかある?」


「あるよ。よく聞く言葉だけど『力は正義』。なんて素敵な言葉」


「……素敵、なんだ……」


 楠さんらしいというか、何と言うか……。


『力は正義』


 どんな状況でも勝った方が正しいという意味だ。勝てば官軍負ければ賊軍。

 それは本当に正しいのかな。

 ある人は言っていた。

 正義や悪は周りの人が決めることで、勝っても正義ではないかもしれないと。自分が正しいと思っていても周りの人に認められなければそれは真に正しいとは言えないって。

 その逆もそうだと言っていた。まさに今回の一件のことだ。

 本人は正しい事だとは思っていないのに、周りの人々から正しい事をしたと持て囃される。

 あの人から言わせれば僕のしたことは正義で、『力は正義』と考えても今回は正義という事になるのだろう。

 勝ち負けで言えば多分勝ったことになるから。勝てば官軍、だ。

 そこに至る過程が気にくわないものであろうとも、世間一般から見れば正義ということで、それは理解しておかなければならないことなのだろうけれど。

 まったく喜べないよ。

 自覚のない正義こそやり場に困る物はない。

 僕はばれないようにため息をついた。

 それがばれたのか、楠さんが僕を見て言う。


「つまりね、佐藤君」


 真っ直ぐに見て言う。


「君は強くならなくちゃいけないんだよ」


「……」


「嫌なことがあったんだろうとは簡単に想像がつくけど、いつまでも落ち込んでないで強くならなくちゃ。そうすれば、自分のしたことが間違っていたかどうかの答えが出ると思うよ。君は弱いから落ち込んでいて、弱いから自分が悪いと思う。強くなっちゃえばどんなことでも正義になるんだよ。どうせなら、それくらい自分の都合の良いように解釈しちゃえるように強くなろう」


「……うん」


 忘れることはできない。

 けれど、落ち込んだままではいけない。

 人生は短いのだから。

 僕は笑いたい。


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