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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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正しさの在り処

 今日は丸一日文化祭の準備に使える金曜日。

 みんな喫茶店が出来るようになったとは知らないので落ち込んだ様子で登校してくる。大丈夫だよ。出来るから。

 廊下にある柱の陰から教室入り口を見張る僕に誰も気づかない。みんな同じように床を睨み付けているので視界が狭まっているのだ。

 僕は朝早くからその様子を見守り続けている。

 三田さんを待っていた。

 来るかどうか心配だったけれど、クラスメイトのみんなが登校し終えたホームルームが始まるギリギリの時間に、三田さんは来てくれた。

 みんなと同じように俯きながら、みんな以上に暗い影を落としてこちらへ向かってくる三田さん。

 三田さんはとぼとぼと歩いてくる。

 胸が痛い。

 教室に近づくにつれてどんどんと足が重くなっていくようで、最終的に足を引きずるようにして歩いていた。

 ずるずると教室に近づき、ハァと教室の前で立ち止まった。

 ドアを見て一度俯き、気合を入れ直してドアを見た。

 そしてドアに手をかけ、勢いよく開けようとしたところで、僕は声をかけた。


「三田さん」


 びくりと驚き勢いよく僕の方を見る。目があった瞬間気まずそうに顔をそらせ一歩あとずさった。


「……」


 三田さんには話が無いようだ。何も言わない。

 僕にはある。

 顔をそらせる三田さんに、僕は言う。


「三田さん、みんなに言うつもりなの?」


 三田さんが上目遣いで僕を見て、頷く。


「……うん。みんなに、迷惑かけちゃったから……」


「言わない方がいいよ」


 顔を上げる三田さん。その顔は驚いているようで悲しんでいるようだった。


「どうして……?」


「言う必要ないよ」


「……でもやったことは正直に言わなくちゃ……」


「言って、誰が喜ぶの? 誰も喜ばないよ。三田さんだって言えば酷い目に遭わされるかもしれないし、みんなだって知りたくないよ」


 絶対にそうだ。『多分』だとか『きっと』なんかじゃない。絶対に、間違いなく、百パーセントそうだ。


「……そんなの、不誠実だし……」


 俯きあちこちに視線をさまよわせる。


「誠実である必要はあるのかな……。不誠実だとしてもみんなが幸せになれるような道を選ぶべきだと思う。三田さんだって言いたくない、よね。嫌な事なら、逃げてもいいんじゃないかな。無理に傷つく必要はないよ」


「……でもそれじゃあ、私の気が済まない……」


 恐らくだけれど、今回のことについて三田さんがいくら償いをしたところで、三田さん自身気が済むことは無いだろう。だから、僕はお願いする。


「……それでも僕は、言わないでほしい」


 それが一番いいと思うから。

 僕はわがままを押し付ける。


「……私、罪悪感を抱えて生きて行かなくちゃいけないの……?」


 人の人生に自分を押し付ける。


「罪悪感なんて抱く必要はないよ、って言っても、無理だろうけど……、正直に言っても皆を困らせるだけだと思う。少なくとも僕は、できる事ならば聞きたくなかった。友達を傷つけたくなかった」


 知ればみんなも三田さんを傷つけてしまう。心にもない言葉を投げつけてしまうんだ。


「……」


 視線を足元に固定し考える三田さん。

 僕はそれをまっすぐに見据えて言う。


「だから言わない方がいいと思う」


「……でも……罪の意識に押しつぶされてしまいそう……」


「それでもお願い。友達がみんなに責められるところなんて見たくない」


 三田さんの思っている最善と僕の思っている最善は違っていて、三田さんは自分が犠牲になってでもみんなに真実を知ってもらおうとしている。僕は無かったことにしたい。

 どちらが本当に正しいのかなんて考えない。

 自分の選択が間違っていようとも僕はこれがベストだと信じる。

 だからお願いする。


「……そう……」


「お願い……」


 ゆっくりと無言で顔を上げた三田さん。


「……」


 そして、緩やかに、やりにくそうに悲しい笑顔を作り、三田さんは言った。


「佐藤君には、一番迷惑をかけているから、佐藤君の言う通りにする……」


 そんなことないと言いたかったけれど、僕は言わなかった。

 代わりに、僕は話を終わらせる。


「……ありがとう」


 僕のわがままを聞いてくれてありがとう。


「いいよ。でも佐藤君残酷だね……。楽な道を選ばせてくれない……」


「ごめんね……」


 つらい道を選んでくれてありがとう。

 三田さんが教室のドアに手をかけ僕の方を見た。


「…………許さないかな……」


 滑らかに、そうであるかのように笑い、教室の扉を開けた。





 妙に静かな教室に僕らが足を踏み入れると、みんながみんな僕らの方を見てきた。最後に入ってきた人間だから仕方がない。出来るだけ小声で話したから今の話を聞かれていたわけではないはずだ。

 僕と三田さんは教室に入ってすぐに別れ、それぞれの席へと向かう。

 三田さんは後ろへ向かい、僕は黒板と平行に歩く。

 挨拶をしない朝なんてもう慣れた。寂しい事だけれど仕方がない。

 僕はそのまま教室の様子を一瞥することなく歩いて行く。

 いつものように無言で自分の席へ行けると思っていたが、僕が教卓の前に差し掛かったところで誰かに引き留められた。


「佐藤」


 誰が引き止めたのか確認すると、教室の中央付近に沼田君が立っていて、雄々しい表情で僕を見ていた。


「おはよう。どうしたの?」


 今日初めての挨拶だと今気づいた。

 しかしその挨拶も返されない。


「どうしたのじゃねえだろう……!」


 なんだか怒っているように興奮している。怒られるのは嫌だけど、今はどうでもいい。

 沼田君は僕に近づいてきて目の前に立ち、思いっきり振り下ろすように僕の両肩に手を置く。そして大きな声で言う。


「佐藤、喫茶店を開けるようにしてくれたんだってなっ!」


 表情が途端に和らぐ。


「え……?」


 なんで知っているのだろう。


「有野さんと楠さんに聞いたんだ! やったな佐藤! ありがとう佐藤! さすがだなぁ佐藤!」


 バンバンと肩を叩く沼田君。痛いから少し加減してほしい。

 沼田君が喜び僕に笑顔を振りまいていると、他のクラスメイト達も笑顔で僕を囲んできた。

「ありがとう」とか「信じてた」とか「佐藤君のおかげ」とか。

 みんなが喜び、僕なんかを褒め称えていた。


「いやぁ、佐藤はやっぱりすごい奴だなぁ。敵わねえよー」


 バンバンと叩き続ける沼田君の手を止める。いい加減痛かったから。


「そんなことは、ないよ」


「そんなことあるって! なあみんな!」


 人だかりを見渡し同意を求めるみんな。

 そんな沼田君にみんなが同意する。


「いやぁ、最高の気分だな!」


 最高なもんか。

 友達を泣かせて喜べるわけない。

 しかし友達を泣かせた事実を知っているのは僕だけなのでそんなことみんなはお構いなしだ。


「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」


 みんながお礼を言ってくる。

 そんなこと言われても、僕は困る。


「さすが」「出来る子だ」「かっこいい」


 今までずっと冷たい目で見てきた僕を、褒めている。

 正直な感想を言えば、なんて自分勝手な人たちなんだと思った。

 仕方のない事だとは思う。みんなからすれば僕は副会長を説得して喫茶店を開けるように頑張ったように見えるから。

 だから褒めてくれることは仕方がない事だとは思う。

 でも、僕は全く喜べなかった。

 黒い気持ちと三田さんを泣かせたという事実があるので、僕は褒められたところで居心地の悪さしか感じなかった。

 誰かを犠牲にして得た賞賛で喜ぶ人がいるのだろうか。


「ごめん。僕自分の席に座りたいから……」


 出来るだけ冷たい声を意識して言葉を押し付け、僕は人だかりから逃げ出した。

 みんなを怒らせても仕方がないと思ったが、どうやらみんな僕が恥ずかしがっていると思ったらしく、以前とは違う意味の居心地の悪い視線を僕に送っているのだった。

 こんなことで、クラスのみんなに認められたくなかった。


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