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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
108/163

空に昇る美しい月が落ちるまで

「あああああああああ……!」


 青空の下、雛ちゃんが綺麗な金色を掻きむしっていた。


「どうすりゃいいんだよー!」


 話し合いを兼ねて屋上にて三人でご飯を食べている僕ら。それぞれができる事をしているようだが誰一人として解決へ導くことは出来ないでいる。

 僕らが弱いのか副会長が強いのか。


「私は何も思いついていないけど佐藤君は何か思いついた?」


「僕は何も。雛ちゃんは何か……聞くまでも無いね……」


 三人で顔を見合わせハァアアアと大きなため息をつく。

 あと半日しかないのだ。

 ギリギリまで許容するというのであればあと半日。本当の意味でアウトを迎えるのは一日半。

 こんな短い時間でどうにかすることが出来るのだろうか。


「……いやらしい要素を取り除いた喫茶店なら大丈夫とか、無いかな」


 嫌らしいことが問題ならそれをしなければいい。普通の茶屋ならいいはず。


「優大が考えたことを曲げるなんて嫌だな」


「ありがたいことだけど、その、今はそんなことも言っている場合じゃないし……」


「……そうかもだけどよ……。妥協かよ」


「仕方のない事だよ」


 それで喫茶店が開けるのなら喜んで妥協するよ。っていうかよく考えたらむしろ妥協したいよ。女装したくないし。


「だから、普通の喫茶店を開きますって副会長に――」


「それは出来ないみたいだよ」


「え?」


 どうしてだろう。


「私も副会長にそういう提案をしたんだけどね、ダメだって。いかがわしい店を企画する時点でもうお店を開く権利は無いって」


「……」


 そっか……。


「どうすりゃいっかなー。ブッ飛ばしてえなー」


「殴ったらダメだよ……」


 かといってどうすればいいのか分からないのだけれども。


「楽しみにしている人がいるのに、なんでこんなことするんだろう……。先生たちだって、急に中止なんてことしたら楽しみにしていたお客さんから苦情が来ることくらい予想がつきそうなものだと思うけど……」


「まぁ、いかがわしいお店を開いたときにも苦情は来るだろうしね。どっちにせよ苦情が来るなら、中止にした方がいいと思ったんじゃないかな」


「それだったら、やっぱり最初から許可してくれない方がよかったよね……」


 いまさら言っても遅いけど。


「『生徒の自主性を尊重』して思考を停止していたんだよ。ホント、馬鹿ばっかり。どうして教師ってこんな人間が多いんだろう。もちろん中にはいい先生もいるけどバカが多いよね。許可をするなら許可をする、ダメなら最初から認めない。どっちかにしてほしいよ。生徒の意見を尊重だなんて言って何も考えないのはありえない。そもそも、今回の一件だって私たちの意見は全く聞き入れられてないし本当の意味で生徒の自主性を尊重してはいないよね。生徒の意見を積極的に採用するなんて言っても結局は生徒会の意見のみを聞き入れているだけで私達にとって自由でもなんでもない。まあ確かに、普通の学校なら少しでもいかがわしいものを感じた場合許可もしてくれないとは思うから、JNO喫茶を認めたのはそれなりに素晴らしい事だとは思うけど、こんな直前に撤回するっていうのは最低最悪の選択だよ。自由な校風をウリにしている学校が聞いて呆れる」


 楠さんが怒っていた。


「でも、副会長が許可すればいいって言ってたし、先生たちに対してそこまで怒らなくても……」


「本当の本当に生徒のことを考えるのであれば副会長のわがままは無視すべきだったんだよ。それをしなかったってことは教員たちだって無関係じゃない。特に担任は最低のクズ。前々からどうしようもない教師だとは思っていたけど今回の対応で最低の教師だと再認識させられたよ」


「……僕も、担任の先生が無関係を装っていたことには驚いたよ……」


「ホントだぜまったくよー……。ここの教師は生徒会の奴隷かっつーの! 死ね!」


 二人ともうまく行かないストレスを何かにぶつけたくてたまらないようだ。でもそれは意味のない事なんだよ。それと、今回の場合ストレスや怒りをぶつけるべき相手はきっと副会長なんだ。もう自分が悪いだなんて甘い事は言わない。副会長が原因なんだ。最初からそう思っていた。けれど見えないふりをしていた。副会長以外の人だと考える方が難しい。

 副会長が言い出さなければこんなことにはならなかった。

 それ以外は考える必要が無い。

 僕が三田さんを振らなければとか、先生が意見を聞き入れなければとか、会長が副会長の味方をしなければとか、全部お門違いだ。

 言い切ってしまうのは心苦しいけれど、今回の一件は副会長が原因なんだ。

 ただ原因が分かったところで副会長がこんなことをした理由が分からない。

 もしかしたら、違和感の正体はこれについてなのかも。

 妹が振られたことによる僕への仕返しかと思えば、妹である三田さんは望んでいないようだし副会長も望んでいないらしい。副会長は妹の事情よりも自分の事情を優先するような人なのかと思えば、妹想いであるという情報を聞いたし、何よりも姉という存在は下の子たちの為に頑張る存在らしい。

 では今回のこれは一体どういう意味、目的、理由があるのだろうか。

 中止にすることによって何か別のメリットが発生するのかもしれない。もしくはもともと僕らの喫茶店は許可したくなかった喫茶店で、妹が振られたことを口実にして今頃撤回しようとしているのかもしれない。

 あぁ、分からない。全部仮定だ。

 とにかく時間が少ない。

 仮定の精度を上げることも出来ないし、仮定を真実に変えることもできない。それらが出来なくても喫茶店ではない展示や劇や合唱なんかに出し物をチェンジできたかもしれない。

 あぁ、何もわからない。

 どうすればいいんだろう!

 結局答えが出せないままお昼休みが終わってしまった!

 もう時間が無い!





 自分で定めたリミットである今日が終わろうとしている。

 放課後、他のクラスはあさってに迫った文化祭へ向けて期待とやる気の炎を燃やして居残りしているが僕らのクラスである一年六組は絶望一色に染まっており誰も残ろうとしていない。

 楠さんや雛ちゃんに声をかけ状況の進展具合を聞いているクラスメイトが大勢いたけれど期待した答えを得ることが出来なかったようで僕を一睨みした後みんなとぼとぼと教室を出て行った。

 楠さんと雛ちゃんは諦めていないようでそれぞれバラバラに三田さんに話を聞いた後教室を出て行き最後まで頑張る姿勢を見せてくれていた。

 当然僕だって諦めていない……のだけれども、どこかでもうどうしようもないのではないかと思っているところもある。クラスメイトに大見得を切ったくせに、楠さんと雛ちゃんに協力を求めたくせに、なんと責任感のない事か。

 このまま文化祭が始まってしまったらきっと三田さんは自分を責めて落ち込んでしまうはず。三田さんのせいではないのに。

 きっと僕は冷たい目線どころか冷たい事をされるのだろう。

 そうならないために、僕にできる事はないのかな。

 諦めたくはないけれど……。

 もう時間が無い。

 三田さんを悲しませたくはなかったけれど……。このままでは副会長恨まれてしまうよ。


「……佐藤君……」


 三田さんのことを考えていたところ、テレパシーでも受け取ったのか三田さんが近づいてきた。

 いつの間にか教室には誰もいない。三田さんと僕だけ。

 三田さんが僕の隣の椅子に座った。


「……三田さん……。ごめんね、何もできなくて」


 何故僕は謝っているのだろう。まだ何も終わっていないのに。


「ううん……。悪いのは、私だし……」


 違う。違う。

 三田さんはずっと自分を責めている。責める必要が無いのに。


「三田さんは、お姉さんを責めないの……? きっと、みんなはお姉さんを責めると思う……」


 状況証拠的に副会長が原因だという事ではないか。三田さんが自分を責める必要はないはずだ。

 それでも三田さんは自分を責める。


「…………。私は、姉さんを責められないよ。私のせいだから……」


 違う。違う。違う。


「違うよ」


「違わないんだ……。全部私のせいだから……」


 違うよ……。

 何故そうまで頑なに自分のせいだというのだろう。


「責めたくないから、なの?」


「責められないの……」


 分からない。

 それはもちろん、仮に僕の姉が悪い事をしたとしても姉を責める事なんかしたくはない。けれど原因は姉だから責任を追及して謝罪させなければならない。

 確かに今回の一件は副会長に全責任を押し付けることは出来ないので、責任の在り処がはっきりしないまま責めることはできないというのも理解できる。しかしながらやはり副会長が始めたことだと思うので謝罪と撤回をしてもらわなければならないので責めたくなるはず。

 三田さんは、それを出来ないと言っている。どうしてなのだろうか。

 分からない。

 何もわからない。


「ごめんね……佐藤君……」


「謝らないでよ……」


「私が、悪いから……」


 悪くなんてないのに。

 何故だかわからないけれど、僕は謝りたくなった。


「ゴメン……」


「謝らないでよ、佐藤君……」


 立場が逆転している。


「弱気なことを言うけど、多分もう解決できないんだと思う……。何も道が見つからないんだ……。三田さんは自分を責めちゃうだろうし、副会長はみんなに責められちゃうだろうし……。ごめんね……」


 こんなことを言って僕は慰めてもらいたいのかな。最悪だよ。


「……その、落ち込まないで……」


 ほら、僕。お望み通り慰めてもらっているよ。満足なの? 僕。

 それとも諦めるという道を進むために、背中を押してもらいたいのかな? 最低な人間め。

 ……。

 ……。

 違う。

 こんな自己嫌悪こそ時間の無駄だ。

 諦めるもんか。

 なんだったら初日をあきらめても二日目があるんだ。まだまだ時間はある。初日に苦情が殺到すれば二日目の一般開放の日は出来るかもしれない。ここで諦める意味が分からない。

 諦めるもんか。


「あの、それにね。私にとっては、悪い事ばかりじゃないし……」


「……え? そう、なの?」


 三田さんが言う。

 少しだけ笑顔を作って三田さんが言う。

 自然な笑顔で、とても可愛く三田さんが言う。


「実は私、今回のこれ姉さんに感謝したいくらいなんだ……」


「え?」


 感謝?


「こうやって佐藤君と話せるのは、姉さんのおかげだし」


 副会長のおかげ。

 それはクラスメイトの文化祭を犠牲にしていても言えることなのだろうか。


「……こんな事態にならなくても僕は三田さんとおしゃべりしていたよ」


「……うん。でもきっと、もっとぎくしゃくしていたと思うし……」


「それは、そうかも」


 それはクラスメイトの恨みを買ってでも得る価値のある物なのだろうか。


「だからね、私は姉さんに感謝しているの」


 明らかなる形を伴った『あれ』が僕の頭を叩きつけた。

 そしてすべてが繋がった。

 おかしい。明らかにおかしい。

 おかしいんだ。


「三田さん――」


「え?」


「――感謝、してるの?」


 こんなの三田さんじゃない。


「え……、うん……?」


「みんなが苦しんでいるのに、三田さんは感謝できるの……?」


 クラスメイトが困っていて、自分だけが得をするような状況でも、三田さんは喜んだりしない。三田さんではなくても、大抵の人はそうだ。僕だってそうだ。楠さんだってそうだ。雛ちゃんだってそうだ。

 隕石が落ちてきて、沢山の人が死んで、自分だけ生き残っても嬉しくはない。

 もしそれが――望んでいないことならば。


「え……、あ……。ご、ごめんなさい……。不謹慎だった……」


「あ、責めたいわけじゃなくて、そうじゃなくて……。あの……、三田さんらしく、ないよね……」


「……私らしくない?」


 僕は勝手に僕の中の三田さん像を押し付ける。


「うん。三田さんなら、きっとみんなのことを想って心を痛めているんじゃないかなって思ってたんだ。でも、実際はそうじゃなくて、感謝しているって……。僕の中の三田さんは、今もずっと泣いているんだ」


 勝手に頭の中で作り出したイメージだけど、その差異がずっと僕に違和感をもたらしていたんだ。

 違和感はこれだと今ならはっきりとわかる。


「……えっと、私は、そこまでできた人間じゃないから……」


「三田さんは出来た人だよ」


「勝手な、イメージだから……」


 違う。


「そう言えば、三田さんは一言もお姉さんが原因だと言ってない、よね。ずっと自分のせいだって言い続けてきたよね。今回のこれは副会長が原因だと思うんだ……。三田さんなら、きっとそれを責めるはず……」


「それは、私が泣いていたからで……私のせいだから」


「ううん。それを原因だとは言えないよ。もし三田さんが泣いているのを見て、副会長が中止を決めたのだとしてもそれは三田さんのせいじゃない。絶対に」


「……じゃあ、姉さんが、悪いと……?」


「悪いとは言いたくないから、原因と言うけど、きっと今回のこれは副会長が原因だと思う。僕が最低なだけで、ただ単に自分には責任が無いと言い逃れしたいだけかもしれないけれど、僕は副会長に原因があるって言う。決めたんだ。それは、きっと三田さんも分かってくれるはず。分かっていたはず。でも三田さん、副会長をあまり責めてない。僕だったら、家族が迷惑をかけたのならその原因を責めてみんなに謝ると思う。家族だから。僕なんかと一緒にされても困るかもしれないけど、三田さんは、なんだか責められない事情があったように見える、かも」


「だから、それは私が原因で――」


「泣いたこと?」


「――……う、うん」


「泣くことは悪い事じゃないよ。それに、それなら僕のせいだ。泣かせた僕のせいだよ」


「違う。佐藤君のせいじゃない」


「なら三田さんのせいでもないよ」


「……」


 三田さんが黙った。

 僕はまだ言う。


「でも、三田さんは自分のせいだっていう。どうして?」


「……」


「三田さん、僕らが解決しようと躍起になっているのを見て、頑張ってって言った。でも、それだけだった。僕の頭の中の三田さんはそんな人に全てを任せたようなこと言わないよ。もし励ますのなら頑張ろうねって、そう言うはずだよ。僕の頭の中の三田さんはみんなに迷惑がかからないように一緒に頑張る人だもん」


「……」


 ただの妄想かもしれないけど、僕はそう思っていた。


「副会長、落ち込んでいるって聞いた。自分で始めたことなのにどうしてだろうって思ってた。きっと、関係のない生徒を巻き込んでいるのが、嫌なんだよね」


「……」


「そう言えば、今回のことを振り返ってみると、とっても失礼な言い方になっちゃうけど、三田さん自身に解決しようという様子が、見られなかった、ような気がする……」


 僕は酷いことを言っている。

 三田さんを責めている。


「……」


 それでも止められない。

 間違いだとしても、声に出して形にしなければ僕は後悔する。


「ねえ、三田さん」


 言いたくないけれど。言わなければ。





「喫茶店を潰したいって望んでいるのは、三田さんなの?」





「……」


 俯き、ギュッと唇をかみしめギュッとスカートを握る。多分、ギュッと心も縛り付けられている。


「そう、なの……?」


 はっきりとした答えが返ってこなかったので恐る恐る確認してみる。


「……」


 しかし三田さんは無反応だ。


「違ったら、違うって言って。僕謝るから。疑ってゴメンって謝るから。だから、違うって言って」


「……ちが……ちが…………ぅ」


「違う、の?」


「……」


 僕は椅子から降りた。


「なら、僕は謝る。ゴメン。本当にゴメン」


 僕は膝をついた。


「さ、佐藤君……! そんなの、困るだけだから……!」


「疑ったんだからこれくらいしなくちゃ。これで済むとは思わないけど、最低限これはしなくちゃいけない事だから」


「……やめ、て……。そんなの、見たくない……。望んでない」


「悪い事をしたんだから、謝らなくちゃ」


 僕は手をついた。


「どうして……私の言ったことを信じるの……?」


「友達だから」


 僕は頭を下げようとした。

 自分の安い頭を下げようとした。

 その時、


「やめてよ……!」


 三田さんも床におりてきて僕の肩を掴み、僕の土下座を阻止した。


「佐藤君が、そんなことする必要はない……! 惨めな姿なんて見たくない……!」


「でも、友達を疑った僕は最低なんだから――」


 三田さんが叫んだ。僕の目の前で叫んだ。


「私が望んだことなの!」


「――」


「最低なのは、私だから……」


 誰もいない教室が静寂に包まれる。

 静寂によって狂ったように騒がしくなる。

 ここはまるで別世界。

 静かなのに、耳の奥には色々な音が響いている。

 鼓動、耳鳴り、息遣い、泣き声。

 三田さんが涙を流している。三田さんが声を殺して泣いている。

 殺せないほどの泣き声が僕の心に突き刺さる。

 僕の肩を掴んで泣いていた三田さんを椅子に座らせ、自分も椅子に座った。

 僕は酷い人間だ。

 こんなの脅しているのと同じではないか。

 友達想いの三田さんの性格に付け込んで、惨めな姿を見せるぞと脅す。見たくなければ正直に言えと迫る。

 狙ってやったわけではないとはいえ、そうなってしまっては何も変わらない。僕は最低じゃないか。

 最低な僕は、相手の気持ちも考えずに続ける。


「………………文化祭が、楽しめないと思ったから……?」


 三田さんはうつむいたまま動かない。


「それとも、告白を断った僕が、憎かったの……?」


 それならば、僕が酷い目に遭えばいいはず。喫茶店を潰していい理由にはならない。


「……理由は、なんにせよ、三田さんは文化祭をしたくないんだね……」


 とても悲しい事だけれども、そう言うことだ。


「……」


 三田さんは何も言わない。何も言えない。

 僕は言う。言わなければならない。


「……どうすれば、文化祭をしたいと思ってくれますか……?」


 三田さんが文化祭をしたいと思えば、喫茶店もきっと開けるはず。副会長を説得することは最初から間違っていたのだ。三田さんを説得しなければ、副会長は絶対に折れることは無かったのだ。副会長は、妹想いの姉だから。


「……」


「お願いだから、教えて……。僕にできる事なら何でもするから……」


 僕は目の前で泣く友達よりも大勢のクラスメイト達を優先した。

 ああ、これはしばらく引きずりそうだ。かなりつらい。


「…………」


「僕が文化祭に参加するなと言うのであれば、僕は当日休むよ。それで、いいのかな……」


 僕の提案に三田さんが口を開く。嗚咽を堪え、必死に。


「……そんなの、望まない……」


 三田さんは、優しいから。


「なら、僕は何をすればいいのかな……。僕にできる事なら、なんでもするから……」


 ゆっくりと顔を上げる三田さん。


「……佐藤、くん……」


 そして、涙を堪えながら、苦しそうに言う。


「わたっ、私と……、付き合って……ください……」


 一度断ったことのあるお願いだった。

 僕にできる事なら何でもする。ここから飛び降りろと言うのであれば飛び降りて見せよう。一年間お弁当を作ってこいと言うのであれば喜んで作って来よう。痛い目に遭えと言うのであればちょっと迷いながらも車にひかれるくらいのことはしよう。そのくらいの覚悟はある。でも、この三田さんのお願いは――


「……それは、出来ないよ」


 三田さんの目に涙が溢れてくる。


「……どう、どうして……! なんでもするって……、今言った……。言ったのに!」


 涙がこぼれる。

 僕の目も少しだけ潤む。


「僕には出来ないよ……」


 僕は力なく首を振った。


「なんで! 私のことが嫌いだから?! この前も理由は教えてくれなかった……! 今はっきりと言ってよ……!」


 敵を睨み付けるかのごとく僕を見る三田さん。


「嫌いじゃないよ、嫌いなわけがないよ……。でも、付き合えないよ……」


「……! できる事なら、なんでもするって言ったのに……! 嘘つき……!」


「出来ないことだから……」


 僕の答えになっていない答えに三田さんが怒る。


「私のことが、嫌いだからなんでしょ……?! 今幻滅したんでしょ……?!」


 違うと言ったのに。僕の話を聞いてくれない。聞きたくないのか。


「違うよ、絶対に違うよ。三田さんのことは…………好きだよ。……でもそれは、恋愛感情とは別物だと思うから……」


「恋愛感情じゃなくても、好きなら、付き合ってもいいでしょ……? 付き合っているうちに、好きになるよ……!」


「……ごめん……」

 とうとう三田さんが激怒する。今まで見たことない程に激怒する。


「嫌なんでしょ、私のことが嫌いなんでしょ!? はっきりとそう言ってよ……! お願いだから、諦めさせてよ……!」


 三田さんはもうボロボロだ。僕が傷つけてしまったから。

 でも僕は、まだ傷つけ足りないらしい。

 三田さんのことを嫌いだとは言えない。


「……三田さんを嫌う要素なんてどこにもない。何でもするって言ったけど、友達を傷つけることはできない。それは僕にできる事じゃない」


 三田さんが落ち込んだように、脱力したようにうなだれた。

 そして、ぽつりと言う。


「……なんで、付き合えないの……?」


「……ある人が、悲しむから……」


「……有野さんのこと……?」


 雛ちゃんもそうかもしれない。


「もしかしたら、雛ちゃんも悲しんでくれるかもしれないけど、もっと傷つく人がいるから」


「……楠さん……?」


 楠さんも、そうだったら嬉しいけれど。


「……違うよ」


「なら、誰が悲しむの……?」


 上目遣いの三田さんを、僕は見る。


「三田さんが、悲しい目に遭うから……」


 三田さんがゆっくりと顔を上げた。


「意味が、分からない……、私悲しまないよ。結ばれることを望んで、結ばれて悲しむなんて絶対にない。どうしてそれが付き合えない理由なのか、分からない……」


「悲しくなるよ……」


「付き合えれば、悲しい事なんてない。そもそも、私のことは佐藤君に分かるはずがないよ……」


「そうかもしれない。僕は人の気持ちを想像できるような人間じゃないよ。でも、今言っているのは僕についてのことだから分かるんだ」


「……佐藤君の事……? 佐藤君が意図的に私を傷つけるっていう事……?」


「……うん。僕が傷つけちゃうから、三田さんが悲しくなっちゃうんだ」


「……どういうこと……?」


 今から傷つけるから。


「…………僕には、好きな人がいる」


「っ……」


 三田さんが絶句していた。

 それは僕のことを本当に好きでいてくれたという事だ。

 本当にありがとう。

 本当にごめん。


「三田さんと付き合っても、その気持ちは変わらないよ。だから僕と三田さんが付き合って、三田さんを満足させて、喫茶店を開いたとしても、きっと僕は文化祭が終わったらすぐに酷いことを言うと思う」


 僕はそんなことしたくない。人を傷つけてまで都合よく立ち回りたいとは思わない。


「……この前は、そんなこと言わなかったのに……」


 この前はただ断っただけだった。この前は自分でも知らなかったから。


「今、気づいたんだ。本当に遅いよね」


「……」


 最初から気づけていれば、事態は変わらなかったものの三田さんに希望を持たせるようなことはしなかっただろう。

 色々あって、僕は知ることが出来た。

 僕には好きな人がいる。そして、その感情についても簡単じゃない問題を抱えている。

 それこそ、気持ちがぶれる暇のない程の問題だ。


「……だから、それ以外のお願いを――」


「もういいよ」


「――」


 三田さんが笑った。

 僕は目を伏せた。


「もう、良いんだ……。ごめんね、こんなものを盾にして交際を迫るなんて最低だよね……。でも、それも断られちゃったね……。私は、どうやっても付き合うことはできないんだね……」


「……うん」


 ゴメン。


「三田さんは、初めからこれが目的で副会長にお願いしたの?」


 希望を捨てていなかったからなのかな。


「……ううん。付き合えって言ったのは、今佐藤君が何でもしてくれるって言ったから、チャンスだと思って……。喫茶店を中止にしたいと思ったのは、悲しくて楽しめないと思ったから。喫茶店なんて無くなっちゃえって思ったから。そもそも、私は姉さんに何も頼んでないよ……。あ、ううん。こう言ったら語弊がある。直接は頼んでないけど、姉さんは私の為に喫茶店を中止にしようとしているみたい」


「……三田さんが、泣いていたから?」


「泣いて、喚いて、そう言ったから。こんな気持ちじゃあ喫茶店なんかしたくない。楽しめないって。だから姉さんは、それを聞いて喫茶店を中止に。私の為に。私のせいで。私はそれに甘えたんだ。だって、喫茶店したくないんだもん……。みんなが楽しんで幸せに仕事をしている中、惨めな私は悲しみの中で仕事をしなくちゃいけないなんて想像しただけでも泣きたくなったから……」


「……」


「姉さんはね、それを聞いていたみたいで、次の日にはもう喫茶店中止……。その日家に帰って事情を聞いてみたら、やっぱり私の泣き声が聞こえていたみたいで。こんなことになるなんて驚いたけど、正直ほっとしてた。喫茶店しなくて済むんだって安心した。つらい文化祭になんて参加したくなかった……」


「……」


 僕は、どうすればいいのだろう。

 なんだかもう、つらいよ。

 どうすればいいのか分からない僕に、三田さんが言ってくれる。


「佐藤君、私のお願い聞いてくれるんだよね……。私が引き起こした問題で、私のお願いを聞かせるなんて、ずうずうしいし最低だとは思うけど、お願い、聞いてくれるんだよね……」


「……うん」


 このお願いを聞けば、喫茶店が開けるんだ。

 一つも嬉しくない。全く安らかな気持ちになれない。悲しくてたまらない。


「ありがとう。ならね、私のシフトも、佐藤君がしてくれないかな……」


 そんなの、簡単だ。簡単すぎる。


「……三田さんは、しないの?」


 ちらりと三田さんの様子を伺いすぐに目を伏せる。


「私は、したくない。文化祭に集中して悲しみを忘れるなんてことは出来ない。こんな悲しい文化祭、空しいだけだから、したくないよ……」


「文化祭に、来ないつもり?」


 驚き見つめる僕の目から逃げるように暗い表情を伏せた。


「……うん」


 三田さんのシフトに僕が入ることなんて簡単だ。したくないというのであれば変わってあげたい。でも、文化祭へ来ないというのは嫌だ。僕が嫌だ。


「それなら僕も行かないよ」


「……え?」


 今度は三田さんが驚き僕を見つめる番らしい。でも僕は目を伏せない。


「シフトに入りたくないっていうのなら、僕が変わりにやるけど、文化祭に来ないっていうのなら僕も文化祭に行かないからシフト変われない」


「……どうして……」


「だって、友達が参加しない文化祭って、楽しくないと思うから……」


 当たり前のことだ。楽しいわけがない。


「……私、最低なのに。それなのに佐藤君は気を遣うの……?」


「気を遣っている訳じゃない。本当にそう思うんだ。友達が家で傷ついているのに、僕だけ文化祭を楽しむだなんて出来ないよ……」


 僕の言葉を聞き三田さんが怒る。何故かはわからないが語気を荒げる。


「……佐藤君……! 何なの佐藤君……!」


「……どうしたの……?」


 何が気に障ったのだろうか。


「私は、佐藤君のそう言うところが好きだったんだよ?!」


「……」


「お願いだから……そんなに優しくしないでよ! お願いだから……。これじゃあ、嫌えないよ……!」


 また三田さんの目から涙が流れた。


「……ごめん」


 謝るべきだったのか、疑問だ。謝っても三田さんは喜ばない。


「……私は、好きになる人を間違えたのかもしれない……。こんなに苦しいのに、振られたのに、嫌わせてくれない……。ずっと優しいままなんて、嫌だなぁ……」


「……」


 今度は謝らなかった。謝ることは逆効果だと分かった。

 三田さんはどこか諦めたようにぎこちない笑みを作り言う。


「分かった……。文化祭には、来るよ」


「……ありがとう……」


「でも、シフト……、お願いしていいかな……」


「……うん」


 それは本当に残念だけれど、思い出に残らない文化祭になってしまいそうで恐ろしいけれど、僕は了承してしまった。

 ここで断る勇気があればよかったのだけれども、出来なかった。

 この結果は僕にとって最高で最低の着地点だった。

 目標である喫茶店再開が達成できだけれど、友達を泣かせた。

 総合的に見ればマイナス。

 一つマイナスが生まれてしまえば、いくらプラスをかけてもマイナスにしかならないんだ。

 今回の喫茶店についての一件は明らかなるバッドエンドで幕を閉じることになった。


「ごめんね、私のせいでみんなに迷惑をかけてしまって……」


 三田さんは最初からそう言っていた。

 嘘なんて言っていなかった。

 緞帳の裏で気付いたところで、今さらだ。




 そのあとすぐに二人で副会長の元へ行き、今あった事を話した。副会長は怒ったけれど、三田さんが心の底からお願いしたことにより中止を撤回してくれると言った。

 憔悴しきった三田さんは副会長に家に帰されて、僕と副会長の二人で職員室へ行った。そこでは楠さんと雛ちゃんの二人が先生たちと話していた。僕と副会長はそこに割って入って中止の撤回を申し出で、すぐに一年六組の出し物の許可が下り、やっと解決したと言えるようになった。

 解決。

 誰も幸せにならない解決。

 それを解決と呼べるのかどうかは甚だ疑問であるが、解決と言わなければ幸せになれないどころか誰も救われない。

 だからせめて、解決と呼ばせてもらおう。

 あぁ。

 今年の文化祭は、いい思い出にはならないみたいだ。

 

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