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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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マージナルマン

 普段授業に身の入っていない僕の今日の授業態度は語るべきことでもないし言うまでもない。

 十月の末にはテストがあるのでそちらの方も気にしていかねばならない。

「はぁ」とため息をつき憂いを帯びた男子高校生ごっこをする。

 こっそり楠さんと雛ちゃんの様子を伺う。

 二人とも真剣な顔をしていた。間違いなく説得の方法を考えているのだろう。次の休み時間に二人に話を聞きに行こう。何か思いついているのかもしれない。僕には考え付かないことでも二人なら簡単に思いつけるはず。

 協力なんて言えるほど僕は役に立ってはいないけど、友達同士って素晴らしい。

 自分で言うのもおかしな話だけれどはふぅと悩ましげな溜息をつき二人を眺めているところ、一人の男子が僕の元へ来た。


「よお佐藤」


「あ、沼田君」


 沼田君だ。あの時会長に詰め寄った恐ろしい姿ではなくとても穏やかなお兄さん的な笑顔だった。お兄さんと呼んでもいいですか?


「調子はどうだ?」


 喫茶店についてのことだ。良い答えを返せないのがとても悲しい。


「まだ何とも……」


 なんて頼りのない返事。怒られても仕方がない。けれど怒られるわけも無く。沼田君は笑ってくれていた。


「そっか。まあ佐藤なら何とかしてくれるだろ」


 期待をしてくれている沼田君。以前から気になっていたけれど、何故沼田君は僕のことを信じてくれるのだろう。僕なんてダメダメで誰にも期待されたことなんてないもやしっ子なのに。


「……あのー、沼田君は僕のことを罵らないの?」


 気持ちが沈んでいるので思わず思い切って思ったことを聞いてしまった。期待されるより罵られた方が僕としても楽だし。


「佐藤がやるって言ったんだ。何とかするんだろ?」


 とんでもなく期待されている!


「えーっと……。その、どうして僕はこんなにも信用されているの?」


 僕は沼田君の信頼を勝ち得るようなことをしていないはずだけど。むしろ今まで生きてきた中で誰かの信頼を勝ち得るようなことをした覚えがない。

 そんな僕に沼田君はちょっとだけ困ったような顔をした。


「えー? んー……」


 少しだけ考えるようなしぐさを見せ、少しだけ申し訳なさそうに教えてくれる。


「言いにくいんだけどさ、佐藤ってなんにでも怯えているような性格じゃん? 誰にも怒られたくない、誰にも嫌われたくないって。だから頑張ってそうならないようにするんじゃないかなって。そんなわけで、みんなに恨まれるような事態になる気がしないんだよねー。そんな信用のされ方も佐藤的には嫌だろうし俺もこんなこと言いたくなかったけど、まあ信用されていると思って許してくれ」


「……うん……」


 確かに、僕はこれ以上クラスのみんなに嫌われないためにも解決したいとは思っている。でも一番の理由は友達の為だと思っているので沼田君の言っていることはちょっとだけ違う。僕は沼田君が思っているよりももっと自分勝手な人間なんだ。

 しかし信頼に水を差す気も無いので訂正はしない。訂正したところで世界が良くなるわけでも悪くなる訳でもないし、それこそ喫茶店が開けるようになるわけでもない。だから訂正する必要が無い。 

 そう言うわけで、少し違った信頼を僕に向けている沼田君が「でもまさか」と意外そうに言った。


「佐藤が自分から厄介ごとにまきこまれるとは思わなかったなぁ。THE・事なかれ主義の佐藤が、誰しもが納得できないようなことをクラスメイトに向かって言うなんて驚いたわ」


 僕はただ友達が悲しい顔をしていたのでそれを止める為に言っただけなんだ。悲しい顔の三田さんを見たくなかったからなんだ。

 ただの、わがままだ。


「一学期楠さんを庇ったときもそうだけど、佐藤変わったな」


「……そう、かな」


 僕は、変わったらしい。


「変わったよ。かなりな。良い事だよな」


「……」


 いいこと、だとは僕も思う。

 けれど今起きている原因の元を辿れば、僕が変わってしまったことにたどり着くのではないかな。バタフライエフェクトとでも言おうか。蝶が竜巻を起こすように、僕の一歩が今の大事件を起こした。そう考えたら変われたことを素直に喜べないような気もする。

 でも、まあ。

 解決すればいいだけの話。

 変われてよかったと胸を張って言うためにも副会長を説得しなければならない。


「頑張ってくれよ」


「うん」


 沼田君の笑顔に答える為にも。





 昼休みになり、三人で副会長を説得しに行った。

 その結果は語るべき事だけれど言うまでもない。


「三田さんを悲しませるようなことをしてでも僕に仕返しがしたいんですか!?」


「うるさい」


「三田さんはこんなこと望みませんよっ!」


「美月を悲しませた佐藤に美月を語る資格は無い! 美月の何が分かる! 何も知らないくせに……!」


 と言うわけで、分かっていたけれど怒られて終わり。なんの解決も見せないどころかなんの進展も見せない。説得しに行って僕が得られたものといえば違和感の芽が少しだけ育っただけだった。

 この違和感は気持ち悪いから早くむしり取りたいよ。

 しかし今はそんなことを気にしている場合でもなく。

 僕は少しでも脳を刺激し何らかの解決策が思いつけるようにそのまま帰ることはせず会長の所へ行くことにした。

 楠さん雛ちゃんの二人は会長に会いたくないと先に教室に帰ってしまったので僕は一人で生徒会室へ。僕も積極的に会いたいとは思わないけれどそんなことを言っている場合ではないのでがまんがまん。会長のことを疎ましく思っている訳ではなく、少しだけ苦手だということ。……これが疎ましく思っているという事なのかもしれないけれど。


「よう佐藤君。俺になにか用か? 殴りに来たの? 勘弁して」


 会長は椅子に座り行儀悪く机に脚を乗っけてドアの近くに立つ僕に向けて手を振っていた。


「殴りませんよ……」


 殴られるのは嫌らしい。この前は殴られてもいいって言っていたのに。


「何しに来たんだよ。まだいじめたりないの?」


 頭の後ろに手を回し、椅子を傾けゆらゆらと落ち着きなく座る。


「僕会長をいじめたことないですよ」


 僕がそう答えると、机から足を下ろし姿勢を居なおし真剣な顔を作り神妙な口調で僕に告げた。


「そうか……愛の告白か……。…………すまん、三日ほど時間をくれ……。悩む……!」


「悩まないで即答してくださいよ! 僕男なんですからっ! っていうかなんでイジメじゃなければ告白になるんですか?! どういう思考回路なんですか!」


 イジメから告白に飛ぶその考えはなんだかちょっと羨ましいかも!


「おいおいおいおい。女が男に話があるってんで教室に二人きりになったら告白か暴力しかないだろ。俺今まで生きてきてそれ以外の展開が無かったもん。まあ告白なんてされたことないんだけど」


「告白されたことないという事は、会長が女の子と二人きりになった場合殴られるとみて間違いないんですね」


 すごい人生だ。


「っていうか僕男ですよ」


「そうなんですか?!」


 大仰に驚く会長。


「なんで驚くんですかっ。 僕どう見ても男ですよ」


「どう見ても男じゃないから驚いているんだよ。んでなに。俺になんか用? あ、告白?」


「だから違います。分かってるんですよね……。副会長の事ですよ」


「ま、そうっすよね。佐藤君パネエっす」


 一人で着たのは失敗だった。僕の手に負える人ではない。会長はやっぱりパネエです。

 時間がもったいないのでさっさと進める。


「どうして副会長は三田さん……妹が嫌がっているのに僕らのクラスの喫茶店を中止に追い込もうとしているんですか?」


 分からないと思うけど、一応聞いておかなければ。


「さぁねえ……。あいつらとは昔からの付き合いで大抵のことは知ってるけど、いや全部嘘だけど」


「えっ、嘘ですか?」


「嘘だけど。副会長との出会いは高校からだけど」


 嘘はいらないです。


「ぶっちゃけ副会長が何考えているのかわからないんだよね。無表情だしあんまりしゃべらないじゃん? まともに会話した事ねえわ」


「そ、そうなんですか?」


 ちょっと意外だった。


「そうなんですよ」


「僕勝手に、二人は何も言わないでも通じ合える仲かと思っていました」


「まあ一方的にはそうだぜ。俺の考えはお見通しらしい。これヤバくね? 一方通行テレパシーってヤバくね? 俺が考えたエロい事ダダ漏れってヤバくね?」


 会長が分かりやすいという事ですね。ヤバくないです。


「不公平だよなー。俺はこんなにも副会長のことを想ってるのにあいつのこと何もわからないなんて……」


「え、や、やっぱり会長は副会長の事……」


 少しそんな気はしていたけれど、やっぱりそうだったんだ!


「あぁ、実はそうなんだ……。嘘だけど……」


「……」


 嘘をつかなければ生きていけないのかな。

 会長は疑わしい目をしている僕なんか気にもせずに話を進める。


「まー何もわかんねえけど、一つはっきりしていることはあるぜ」


「え?」


「副会長は妹想いなんだ」


「……」


 この言葉は違和感の芽を育てる肥料らしく、違和感は大きな葉をつけて僕の心に影を作った。

 今朝芽生えた違和感はもう刈り取れそうなくらいには大きくなった。しかし僕にはまだそれが出来ない。鈍い思考が鬱陶しい。普段から脳トレでもしておけばよかった。

 会長は続ける。


「俺にも妹がいるから分かるけどさ、妹ってのは可愛いもんなんだよな。ちょっと乱暴だけど朝起こしてくれたり、朝飯に焦げた卵焼き作ってくれたり、飯食った後一緒に学校行ったり、校門で待ち合わせて二人で家に帰ったり、恥ずかしがりながらも風呂で体洗いあったり、同じ布団で寝たり」


「嘘ですね」


「……………………嘘だけど……」


 会長には申し訳ないけど会長の言うことはまず疑ってかかります。


「俺一人っ子なんだよ。親戚に弟みたいなのがいるけど年子だから可愛くねえ。だから歳の離れた妹欲しいんだよな。まあ、姉ちゃんでもいいけど。いやこの際弟でも兄でもいいや。よーし、ちょっと両親に頼んでみるか」


「何言ってるんですか会長?! 本当に何を言っているんですか会長!」


 なんだかこの人あり得ない!


「ま、そんな話は家族とするとして」


 本当にする気なんだ。気まずい空気が容易に想像できる。でも頑張ってください。


「俺も副会長にちょーっと話聞いてみたんだけどさ、佐藤君が妹ちゃんを振ったんだってね?」


 僕は目を伏せるようにして頷いた。


「まあそこまでしか教えてくれなかったんだけど、妹ちゃんが楽しめねえから、お前らも道連れだ! ってことでしょ? まー自分勝手。ありえないわ。でも俺は副会長の味方」


 間違ったことだと分かっていて、ありえないことだと思っているのに味方をする。


「友達だからですか?」


「友達だからですよ」


 会長が副会長の味方をするというのは、納得はできないけれど理解はできる。友達の力になりたいと思うのは当然のことだ。ただそれが僕ら一般生徒達の上に立つ者としてふさわしい行為なのかと言えばふさわしくは無いだろう。私情を殺して生徒達の意見に耳を傾けるのが本来あるべき姿なのだと思う。

 正しくないと分かっているけれど、友達を優先した。

 そんな生徒会長は嫌だけど。

 そんな友達なら欲しい。

 だから、納得はできないけれど理解はできる。

 会長のしていることの意味は分かる。

 きっと、僕もそうしていただろうから。

 でも副会長のしていることは分からない。納得も理解もできない。

 妹が楽しめないから、僕らも道連れ。でも妹はそれを嫌がっている。

 どこを見れば優しさが見えるのだろう。

 誰に対しても優しくない。誰の味方でもない。

 妹想いというのも怪しく感じる。


「なぁ佐藤君」


「え、はい」


 モヤモヤしていた僕は、会長に呼びかけられたことでそのモヤモヤを意識の外に追いやることが出来た。

 顔を上げた先にある顔は、とても真剣な物だった。


「もしできる事なら、副会長を説得してやってくれ」


「え?」


 会長は、僕らが副会長を説得することを望んでいるらしい。


「俺も説得してみたけど当事者じゃねえから無理だったわ」


 自分でも説得を試みたというのだからいよいよ訳が分からない。


「その、昨日も言っていましたけど、どうして説得をしようとしているんですか? 会長は副会長の味方なんですよね」


 味方なら応援するはず。説得をしようとするのは敵なのではないかな。


「味方さ。でもこんなの絶対いつか後悔する。最後の仕事がこんな後味の悪いもんだったら気分良くないだろ。副会長が喫茶店潰したいってんなら俺はそれを許すけど、一応最後まで本当に良いのか問い続ける。あいつ本当は優しいんだよ。ただその優しさが今は妹に全部向いちゃってるから変なことになってんだよ。いつか絶対に後悔する日が来る。関係ない生徒を沢山巻き込んで申し訳ない事したって。だから、もしできる事ならば、佐藤君が副会長を説得してやってくれ」


「副会長にとってもよくない事だと分かっているのなら、会長が喫茶店を中止にするなんてこと認めなければよかったじゃないですか」


「俺が認めないのと副会長の考えが変わるのとでは全然違うんだ。分かるだろ? 理解したうえであいつには意見を撤回してもらいたい。まあ、だからさ。是非あいつの考えを変えてやってくれ」


「……なら、会長も手伝ってくれる、とか……」


「俺は手伝わない。だって君らの敵だし」


「……でも、副会長を説得してほしいんですよね……?」


「そうだな。だって副会長の味方だし」


 副会長がしていることは正しくないと理解しているけれど自分は味方だから積極的に説得が出来ない。だから僕に頑張って説得しろと言う。

 すごく他人任せな優しさだ。

 副会長の為を思うのなら、友達の為を思うのなら、間違った選択を正すことが一番優しい事だと思う。

 でも考えは人それぞれだからそんなことを責めても追及しても文句を言っても仕方がない。


「会長に言われるまでも無く、説得します」


「そりゃそうだよな。喫茶店したいもんな。俺も女子高生の握ったおはぎ食べたいし」


 そう言って会長が立ち上がった。

 さらに会長は言う。


「一応伝えておくけどさ、副会長ってば最近元気ないんよね。なんでだと思う?」


「……なんでですか? 自分のしたことが間違っていると分かっているからですか?」


「さぁねぇ。わっかんないよねぇー。自分で始めたことなのに何落ち込んでんだかなぁ」


 副会長が落ち込んでいる。

 僕が三田さんを振ったことに対して持つ感情は怒りなので落ち込んでいることにこれは関係ないと思う。

 だとしたら、やっぱり自分のしていることに対して落ち込んでいるのだろうか。

 この誰の目から見てもはっきりと分かる違和感は、もはや芽だとか葉だとかそんな回りくどい言い方が出来るようなものではなかった。


「……どうしてだろう……」


 つぶやいてみても、答えは返ってこない。

 副会長の目的がよく分からなくなってきた。

 僕らは望んでいない。

 三田さんも望んでいない。

 そして、自分も望んでいない。

 一体何が目的なのだろうか。

 分からないけれど、もう少しで分かりそうな気がする。

 あと少し、違和感がはっきりすれば。

 コップに並々と注がれた違和感が表面張力で堪えているような、そんな状態。

 あと一滴。

 何かが心の中に落ちてくればそれは溢れだす。

 小さくてもいいから見つけよう。

 目前に迫った文化祭までには。


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