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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
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芽毒

 六時間目、放課後と三人で色々話し合ってみたものの何の解決案が出ないまま解散となった。

 いつの間にか家に帰りついていた僕。みんなで一緒に帰っていたはずなのにいつの間にか家の前で一人になっていた。

 こんな状態じゃあいつ事故に遭ってもおかしくない。もっとしっかりしなければ。

 僕はぐしゃぐしゃになっている考えを頭を振って元に戻そうとする。

 思惑通りにはいかずぐしゃぐしゃだった考えが頭の中から逃げ出して行ってしまった。まあ、頭が空っぽになったのででしっかりするという目的は果たせそうだけど。

 家族に心配をかけるのも嫌だし、家にいる間は暗い表情はしまっておこう。

 自分には似合わないであろう凛々しい顔を意識して、僕は玄関を開けた。


 

 居間に足を踏み入れた瞬間弟にツッコまれる。


「兄ちゃん顔酷いよ。どんだけ嫌なことがあったの」


 凛々しい顔は玄関から居間の間で情けない顔に変化していたらしい。顔が戻るの早すぎるよ僕。

 心配をかけるわけにはいかないので言い訳を探る僕。


「……ちょっと文化祭の準備で疲れちゃって……」


 うん。うまい言い訳だ。これなら祈君も疑わない。

 祈君はにっこりと笑い僕の労をねぎらう。


「お疲れ様。喫茶店だっけ。楽しみにしてるよ」


「あ、うん……」


 楽しみにして、いざ行ってみたら喫茶店が無い! なんてことになったら祈君悲しむよね……。

 祈君だけではない。

 僕らの喫茶店を楽しみにしている人は間違いなくいる。その人たちを落胆させないためにも僕は副会長を説得しなければならないんだ。


「ヘアッ!」


 ドアの前に突っ立っていた僕は後ろからの突然の衝撃になす術無く、背を向けているソファの背もたれめがけて前のめりに突っ込んでいた。顔を強打しそうになったけれど祈君がとっさにクッションで壁を作って衝撃を和らげてくれたので大事には至らなかった。

 どうせお姉ちゃんだろうと思い床に腰を下ろしたまま振り返ってみるとやっぱりお姉ちゃんだった。

 ドアの前に立つ姉は真っ直ぐに手を突き出しワニの顎のように僕を威嚇している。


「……なにしてるの? なんで蹴ったの?」


 僕はお尻を思いっきり蹴られたのだ。

 姉は僕の質問には答えず、


「……超必殺……」


 そう呟き、ワニの顎をゆっくりと閉じる。そしてその合わせた手をゆっくり腰のあたりまで下げ、ベルト穴につるされていた何かを手で包み込む。しばらくもぞもぞさせた後、ピタッと動きを止める。その一連の動きに僕らものまれてしまい思わずごくりと生唾を飲み込んでしまった。

 五秒か、十秒か。もしかしたら二秒程度だったかもしれない。

 伸び縮みする奇妙な沈黙が居間を圧迫し、気のせいか姉から奇妙なオーラが放出される。

 僕らが固唾をのんで見守る中、カッと姉が目を見開き叫んだ。


「石破天驚なんとかかんとか!!」


 合わせた手をぐっと僕の方に突き出してきたと思ったらその手の中に握られていた何かが大きな音を立てて破裂した。

 びくっと思わず目を閉じた僕に向かって何かが飛んでくる。そのあとすぐに匂ってくる火薬の匂い。恐る恐る目を開け僕の顔に飛んできたものを確認してみると、なんてことはない、紙製のテープだった。

 紙テープ、この火薬の匂い。

 顔を上げ構え続けている姉の手を見てみた。

 クラッカー。

 ベルトの穴にクラッカーの糸を括り付け、両手でそれを持ってぐっと突き出し炸裂させる。

 何がしたいのか分からない。家族でも理解不能なことはある。

 呆然とする僕らを見て姉が顎に手を当て思案顔をした。


「……ふむ、いまいちか」


 ……いまいちらしい。

 何が?


「……姉ちゃん。何それ」


 頭の良い祈君も分からないというのだ。多分この世の誰も分からない。

 姉はダメな弟たちにやれやれと言った溜息を吐き掛けた。


「そんなの決まってるでしょー?」


 お姉ちゃんは腰に結びつけたひもをほどきゴミと化したクラッカーをゴミ箱に叩き込んだ。


「超必殺技だよ。超必殺技」


 ……そう言えば、練習していたんだっけ。禁止令を出したはずなのに、守ってくれないようだ。


「もっと威力の高い物を破裂させようか。いや、手を前に出すと同時に打ち上げ花火に点火する仕組みを作って……」


 デンジャラス。


「お姉ちゃん……」


「なに? 優大君いい考えがあるの?」


 しゅっしゅと素振り、というか素構えをするお姉ちゃん。

 僕はハァとため息をつき以前警告したことを再び伝える。


「必殺技禁止だって言った、よね……」


「これは超必殺技だからいいの」


「……それも、禁止ね」


「え、超秘だよ? なんで禁止にするの?」


 超秘だったらいいの? どういう理屈?


「危ないよ」


「超秘だからね。危なくなければ超秘じゃない。危なくない超秘なんてただの驚き一発芸だよ」


 驚き一発芸で我慢してもらいたいよ……。


「と、とにかく、コンテストでは生徒会の決めたスケジュールを守ってもらうから、余計なことする時間は無いよ」


「無ければ作る。それが成功の秘訣だよ」


 お姉ちゃんの成功と引き換えにコンテストが失敗するんだね。


「……コンテストの失敗、か……」


 喫茶店が開けないのなら、それも仕方がないかなと思った。


「え? あれ? どうしたの優大君。急に顔が暗くなったけど超秘でおしっこ漏らしちゃった? もー。あれほどおしっこはトイレでって言ったのに。早く覚えようね?」


「しつけ前の子犬みたいな感覚で僕を怒らないでよ。漏らしてないし」


「漏らしたか漏らしてないかは私が判断するんだよ」


「えっ、何言ってるの?」


 どういう理屈なのかさっぱり分かりません。

 さっぱりな姉に弟も呆れている。


「姉ちゃん超秘も禁止だから」


「私は別に近視じゃないからいいよ。視力六・〇あるし。望遠鏡の守っていう二つ名がついているくらいだから」


「姉ちゃん頭おかしい」


 え、ちょっと祈君言い方きつくない?


「頭おかしいと言えば優大君さっきからどうして暗い顔してるの?」


 頭おかしいと言えばで僕を思い出すのは止めて欲しい。


「兄ちゃん帰ってきてからずっと冴えない顔してたけど姉ちゃんのせいでもっと暗くなっちゃったよ」


 別にお姉ちゃんのせいではないけれど。


「あーぁ。そう言うこと言うのなら超秘お見舞いするぞー」


 と、祈君を脅すお姉ちゃんだったけれど祈君は平然としている。


「すればいいじゃん」


 超秘が怖くないらしい。


「喰らえ超必殺お姉ちゃんミサイル!」


 足を思いっきり振り切り履いていたスリッパを祈君めがけて飛ばした。がしかし高さが出ず僕の顔面に直撃した。


「いだっ!」


 酷いよ!

 スリッパをぶつけられたのは僕なのに怒るのはお姉ちゃん。


「祈君酷い! 優大君を壁に使うなんて!」


「お姉ちゃんの世界って独特だよね! 僕ついて行けないや!」


「褒められた! 優大君に褒められた!」


「もう姉ちゃん部屋戻って」


 なんというか、僕からもお願いします。





 次の日。

 何も思いつかないまま水曜日になった。

 朝家を出て空を見上げる。とても天気がいい。文化祭当日も晴れてくれればいいのに。

 文化祭まであと三日。

 準備の時間を考えたらあと二日。

 文化祭。

 高校で初めての文化祭で、不本意にも今回の企画の発案者は僕という事になっている。

 表面上嫌がっているはいるけれど、本音を言えば文化祭に深く関われているというのはとても嬉しい。

 大きな声で自慢は出来ない。でも人に聞かれないところで僕はニヤニヤしているんだ。

 こっそりニヤニヤするためにも僕は副会長を説得しなければならないんだ。

 僕のせいだと思うから。

 僕のせいだと思うのは正直つらいものがあり、自分で自分を擁護するならば僕に責任の一端があるという情けない言い方も出来るけれど。

 まあ責任の所在なんかにこだわっていたところで何も変わらない。

 何も変わらないんだ。

 つまるところどう言い繕っても僕は責任を取らねばならない立場であることに変わりないという事。

 でもそう言う立場だからと言うわけではない。

 僕は僕の為に自分の為にやりたいからやる。

 それだけなんだ。

 今日は風が強い。天気は良いけど過ごしにくい。

 一段と強い風が吹き荒れ砂埃が舞う。

 僕は目を押さえて風が通り過ぎるのを待った。

 肌寒い。

 もう秋だ。

 読書の秋で、食欲の秋で、スポーツの秋で、芸術の秋で――

 そして文化の秋だ。

 文化の日まであとひと月はあるけれど。

 僕らとしては三日後が文化の日だ。

 胸を張って文化の日を迎えられるよう、できる事をしよう。




 登校してすぐに副会長と話をさせてもらったが、何の策も持っていない僕にはどうすることもできなかった。


「はぁ……」


 ため息をついても幸せが逃げるだけでなにも変わらない。深呼吸と同じように少し気持ちが落ち着くけれど、心は沈む。

 なら深呼吸をすればいいのだけれど意識をしなければため息が出てしまう。

 はぁ。


「……あっ」


 三田さんが僕の元へやってきた。僕なんかの所へ来てくれた。気まずいはずなのに。


「……」


「……」


 ちょっと気まずい。


「……三田さん……」


「……おはよう」


「……おはよう……。その――」


 何を言えばいいのか。何を言おうとしたのか。僕にはわからない。


「……佐藤君、姉さんの所へ行ってきたんだよね……?」


「……うん」


「なんとか、なりそう?」


「……」


「……そっか。……私も、家で……その、話してみたけど……」


「あ、ごめんね、ありがとう」


「ううん。……私のせいだから」


「三田さんのせいじゃないよ。これは――」


「佐藤君のせいでもないから」


「……うん」


 三田さんにそう言ってもらえるのなら気が休まる。


「佐藤君」


「え?」


「頑張ってね……」


「……。うん」


 三田さんが応援してくれるのなら、百人力だ。


「絶対に何とかして見せるから」


 そう言う僕の頭の中には、原因不明の違和感が芽吹いていた。

 それを摘み取るには、もう少しこの芽が育たねばならないようだ。

 まだ、正体がよく分からない。


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