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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第三章 空回る僕ら
104/163

人の為

 教室で偉そうに啖呵を切ってはみたもののどうすればいいのかさっぱり分からない。

 しかし悩んでいる時間は無いので手段を選んでいられない。

 と、言うわけで。


「お願いします知恵をお貸しください」


 楠さんと雛ちゃんを空き教室に呼び頭を下げてお願いしました。

 楠さんはぶすっとして僕に言う。


「何それ。クラスメイトには『僕が何とかするから貴様らは指をくわえて待っていろ』とか言っていたくせに私達は働かせるんだ」


 指をくわえてとは言っていないけど……。


「その、楠さんと雛ちゃんに助けを求めるところも含めて、何とかする、と……」


「君に言われなくても何とかするつもりだったから。偉そうなこと言ったんだから自分で何とかしてみてよ」


「もちろん一人で何とかしたいんだけど、そうは言っていられない状況みたいだから……」


「偉そうなこと言っちゃったせいでクラスメイトの協力を得られなくなったわけだけどそれについてコメントは? 僕に任せてだなんて言った意味は?」


「…………三田さんが、その、悲しんでいたから……」


 とにかく友達を悲しませたくなかった。みんなが生徒会を責め続ければそれは三田さんを責めることになるからやめさせたかった。

 多分それだけだったんだ。


「あっそ。みんなで副会長の所に説得しに行けばもしかしたら何とかなったかもしれないのに、僕に任せてなんて格好つけて言ってその選択肢を潰すなんてね。もしかして生徒会のスパイなんじゃない?」


「違うよ!」


 なんだかこの言われようは嫌だったので思わず大きな声で否定してしまった。

 そんな僕に楠さんは冷静に返してくれる。


「冗談だから叫ばないでよ。誰も本気で疑ってないから」


「あ、ごめん……」


 そうだよね。楠さんは友達を疑ったりなんてしない。僕は今の状況に混乱しているみたいだ。

 僕の大きな声のせいで少しだけ空気が悪くなっていたところ、


「まあまあ落ち着けよ二人とも」


 となんだか妙に機嫌のいい雛ちゃんが肩を組むようにして僕に体重を預けてきた。

 きっと僕を見かねたんだろう。


「ひ、雛ちゃん。うん、落ち着くけど、えっと、どうしたの?」


 なんだか僕らとはテンションが正反対だ。


「何が?」


 何のことだか分からない様子だが、それでもどこか嬉しそう。


「なんだか、気分がよさそうだけど……」


「何言ってんだよ。クラスがピンチに陥っているんだから気分なんて良いもんか。うりうり」


 僕と組んでいない方の手の人差し指で僕の頬をぐりぐりとつつく。痛いけど、まあ落ち込むより気分のいい方が頭もさえると思うので今の雛ちゃんに関して何かを言うのは止めよう。できればずっとこの調子でいてほしいし。


「と、とにかく、どうしたらいいかな」


 そんなわけで二人に尋ねる僕。

 楠さんが腕を組みいつもの無表情で言った。


「有野さんのにやにや顔が結構不快だけどまあそれは置いといて、私はこれから職員室へ行くつもりだったよ」


「職員室? 担任の先生の所へ話を聞きに行くの?」


「そう。生徒の自主性を尊重するとは言っても最終的に許可を出すのは先生だから。生徒会を説得できなくても先生を説得できれば何とかなるよね。理不尽な仕打ちを受けているのは私達なんだから、先生たちだってその辺考慮してくれるよ」


「な、なるほど」


 生徒会の権限が強いというわけではなく、ただ単に生徒会のすることに関与しないというスタンス。先生がやってもいいと言えばいくら生徒会が反対しようと喫茶店を開くことはできるはずだ。

 職員室に行くことが決まった。


「本当に何も考えていなかったんだね……。尊敬するよ。あ、嫌な意味でね」


「いい意味でね、っていうのはよく聞くけど、嫌な意味なんだね……。仕方ないけど……」


 偉そうなことを言った僕が何の役にも立っていないのだからね。かっこ悪い僕。

 そんな僕にもたれかかっている雛ちゃんがフォローしてくれる。


「おいおい若菜。優大は尊敬できるだろ。さっきクラスメイトに噛みついた姿とかかっこよかったじゃねえか」


 お世辞と言えど嬉しいよ。今まではお世辞すら言われることが無かったからね。


「噛みつくだけなら野良犬だってできるよ。そのあとどうするのかが大切なんだからちょっとは考えて噛みついてほしいものだよ」


「野良犬だってさ優大。失礼しちゃうなぁ」


「そ、そうかな?」


 にこにこ笑顔の雛ちゃんがなんだか心配だ。何が心配なのか自分でも分からないけれど。


「有野さん本当に機嫌よさそう。怒ると思ったのに。こうなってくると怒らせたくなるよね。ちょっとバレットM82持ってきて」


「僕の記憶が確かならばそれ対物ライフルだよね?! そんな遠くから怒らせるつもりなの?! っていうか怒る怒らない以前に雛ちゃん死んじゃうよ!?」


「有野さん面の皮厚いしちょっと腫れるくらいでしょ。それに遠くから怒らせなくちゃ私に危険が及んじゃう。暴走モードの有野さんに噛みちぎられちゃうよ」


 そ、そんな失礼なこと言ったら雛ちゃんすごく怒っちゃうよ! と、思ったけれど、


「どんな化物だよ私は。なぁ」


 雛ちゃんは笑っていた。

 ちょっとびっくり。

 楠さんも驚いていた。


「怒らせたつもりだったのに」


 対物ライフル云々は怒らせるための言葉だったんだね。実際に実物を必要としていたわけではないんだ。


「機嫌が良すぎて気持ち悪いけど、まあいいや。お腹でも痛いんでしょ」


「お腹はいたくねえよ。なぁ優大」


「え、うん。そうなんだね」


 僕は痛くないよ。

 朝から元気のなかった雛ちゃんの機嫌がここまでよくなるなんてきっと本当に嬉しいことがあったのだろう。何があったのかは分からないけれど僕としても嬉しい事だ。


「やっぱり私は間違ってなかったな」


 そう呟く雛ちゃんを、僕らは不思議な目で見つめていた。





 機嫌のよかった雛ちゃんも、職員室に来て一気に不機嫌になる。


「俺に言われてもなぁ」


 職員室の自分の席に座っていた担任の先生に、喫茶店許可してくれと頼みに行ったところこんなことを言われた僕ら。

 他人事のように発言する担任の先生には何とかしようという気が一切感じられなかった。


「てめえ担任だろうが。私らが困ってんだから少し位動けよ」


 機嫌のよかった雛ちゃんが一番に文句を言う。それに対して担任の先生は困った様子も無くただ決められた答えを返すように僕らに言った。


「俺を説得するより生徒会を説得したほうがいいぞ。生徒の自主性を尊重しなくちゃいけないからな。生徒会が許可すれば俺達も許可するさ」


 先生の前では完璧美少女のお面を外さない楠さんも今回ばかりはそれを放り投げて先生に向かっていた。


「自分が担当するクラスの事なのにえらく他人事なんですね。どうでもいいんですか?」


「どうでもいいことは無いが……。いや、俺も最初から思ってたんだよ。佐藤の提案した喫茶店はいかがわしい匂いがするぞ、これは不健全だなって。だから生徒会が認めないんだから俺も認める必要はないだろう」


 先生だってやる気を見せていたではないですかと言おうと思ったが雛ちゃんの怒声が先に職員室に響いた。


「ふざけんな!」


 仕方がないとは言いたくないけれど、怒った雛ちゃんが先生に向けて拳を振り上げた。

 雛ちゃんの隣にいた僕は雛ちゃんの拳が先生に届く前に間に入り場を落ち着かせようとする。僕もできる事なら形として残る講義をしたいけれど暴力はよくない。とにかく雛ちゃんを落ち着かせよう。

 間に入る僕を見て雛ちゃんの拳は少しだけその位置を下げたが、場が落ち着くことは無いようで先生は雛ちゃんの行動を責め始めた。暴力自体がよくないのに、それに加えて生徒が教師を殴ろうとするなんて下剋上は許されることではないからだ。


「……有野、お前自分が何しようとしたか分かってるのか?」


 先生が僕の後ろにいる雛ちゃんを睨み付ける。顔は見えないが雛ちゃんも先生を睨み付けている。


「てめえこそ自分の言っていることが分かってんのか?! 最低じゃねえか!」


「さらに暴言か。お前ただで済むと思うなよ」


 今はそんな話をしている場合ではないと思う。


「先生」


 とにかくこの場を落ち着かせたい。


「なんだ佐藤。あとにしろ。今は有野と話しているんだ」


 違う。今は僕らと話しているんだ。雛ちゃんと一対一で話している訳ではない。


「あの、罰とか、どうでもいいじゃないですか」


「……なに? 俺が殴られてもいいのか?」


 自分のことばかり心配する先生に呆れる。呆れかえるよ。


「殴られても仕方のない事を言ったと思います。それを棚に上げて雛……有野さんだけを責めるのはよくないと思いますっ」


「貴様……! ふざけるな! 二人ともどうなるか分かってるんだろうな!」


 クラスのピンチには荒げなかった声を自分の事となるとすぐに荒げる。クラス想いの良い先生だと思っていたけれどその認識は間違っていたみたいだ。


「先生こそ僕らの事なんてどうでもいいんですか!? なんで僕らの味方をしてくれないんですか!」


「それとこれとは話が別だろう!」


 別なもんか!

 ぐっと奥歯を噛みしめる僕に向かって先生はさらに続ける。


「今はお前たちの態度のことについて話しているんだ! 生徒が教師に暴言を吐くなんて許されることではないだろう! お前ら二人はそれなりの罰を――」


 そこに、一人の先生が。


「御手洗先生」


「――……東先生」


 傍にいた僕らの副担任東先生が、怒る担任の先生の肩に手を置きなだめるように言った。


「落ち着いてください。確かに言葉遣いが少しだけ悪かったかもしれませんが、罰を与えるほどではないですよ」


 東先生は僕らの味方らしい。


「いえ、こいつらは教師を舐めきっているんですよ。そう言う奴らにはきっちりと自分の立場を分からせなければですね――」


「御手洗先生が間違っています」


 東先生の言葉に担任の先生が言葉を失う。僕らも驚き言葉を失う。

 東先生は物わかりの悪い子を諭すように優しい口調で担任の先生に言った。


「御手洗先生。クラスの子たちが頑張って喫茶店を成功させようと準備をしてきたのに、それを突然やめろだなんて言われて落ち着いていられると思いますか? 今は緊急事態なんですから私達担任副担任も含めクラス一丸となって対処しなければならないんですよ。罰だとか、言いっこなしです。大きな心で水に流しましょう」


 僕の体をぐいぐいと押していた雛ちゃんだったが東先生の言葉を聞きそれを止めた。

 担任の先生は納得できないようで傍に立つ東先生を見上げるようにして言い始める。


「しかしですね、こいつらは自らその輪を乱すようなことを言っているんですよ。正しく怒っておかなければ将来ダメになります。我々は怒ることを恐れてはいけないのですよ。教師歴の短い東先生には分からないかもしれませんが、生徒と仲良くするだけが教師ではないのですよ」


 違います! と言おうとした僕の前に東先生が言う。僕はいつも一歩遅れる。


「先に輪を乱したのは先生です。それどころか、加わるべき輪に加わってすらいませんでした。生徒たちが怒るのも仕方のない事です」


 東先生は優しい。

 僕ら生徒からではなく、同じ教員と言う立場から言われた担任の先生は少しだけ面倒くさそうな顔を作った。


「……。…………いやしかし……」


 まだ言い訳を続けようとする担任を無視して東先生が話をガンガン進める。


「佐藤君と有野さん。ここは一つ頭を下げて終わりにしましょう。ね?」


 僕らも悪かったのだから、頭を下げて許してもらおう。


「……はい。失礼なことを言ってすみませんでした」


 僕が頭を下げると、その後すぐに視界の隅に雛ちゃんの頭が映った。どうやら雛ちゃんも頭を下げてくれたらしい。

 これでチャラだ。


「はい、これでこの件はおしまいです。ね? 御手洗先生!」


 元気よく言う東先生に担任ははぁとため息を一つついてから僕らを見る。


「……まあ、そうですな。おいお前たち。次は無いからな」


「……ちっ」


 背後から雛ちゃんの舌打ちが聞こえてきて担任の眉が歪んだけれど誰も何も言わなかった。

 場が落ち着いたところで静観していた楠さんが言う。


「それで、私達は生徒会を説得しなければ喫茶店を開けないんですよね。先生は関係ないんですよね」


「……ああそうだ。俺に言われてもどうしようもない」


 本当に、他人事らしい。

 確かに先生のとっては長い教員人生の内たった一回の文化祭なのかもしれないけれど……。なんだか、その考えは寂しいと思う。


「ならもうここに用はありません。お忙しいのにわざわざ時間を割いて先生には関係ない話を延々と聞いていただき誠にありがとうございました。クラスのことに関して問題が起きてももうここへ来ません。ご迷惑をおかけしました」


 嫌味のこもった楠さんの言葉。また先生が怒りだすのではないかとビクビクしたが、


「なに、楠の頼みなら構わない」


 先生はにこやかにしているだけだった。

 嫌味の通じなかった先生に言葉を失う楠さん。そうなったら、もうここから出て行くしかない。


「………………行こう二人とも。ここにいても無駄みたいだから」


「そうだな。時間の無駄だったぜクソが」


 やっぱり機嫌の悪そうな雛ちゃん。


「ひ、雛ちゃん。まあまあ」


 なだめながら出口を向いた僕ら。そのまま振り返ることなく担任の先生の前から離れようとする僕らを東先生が引き止めてきた。


「みんな」


 皆が振り返り、楠さんが代表して聞いてくれる。


「どうしたんですか。ここは空気が濁っていて大変気分が悪くなるので一刻も早く出て行きたいのですが何かまだお話があるんですか? 先生方はご存じないかもしれませんが私達一年六組の喫茶店をとても楽しみにしていまして、実は今それが開けるか開けないかの瀬戸際なんです。そう言うわけで、先生方は関係ありませんが私達も忙しい身で先生方には関係ない事について先生方とは血のつながりも師弟のつながりも無い赤の他人同士で先生抜きで先生が一切関与しない喫茶店について先生のいないところで話し合わなければならないんです。あ、興味のかけらも湧かない話をしてすみません。先生方は関係ありませんでしたね」


 先生に関係ないって言い過ぎだよ! 楠さん落ち着こう。ひっひっふーだよ。

 楠さんのあからさまな嫌味にも眉一つ動かさず、東先生が弱弱しく笑う。


「困ったら私の所へ来てね。何でも手伝うわ」


 さすがの楠さんもこの厚意に対して嫌味を言うことは無く素直に返事を返した。


「……はい」


 しかしどうにも東先生の言葉が気に入らない担任。東先生を見て説教のようなものをしはじめる。


「東先生! ダメですよこいつらを甘やかせたら! すぐ調子に乗るんですから!」


「……そうですね」


 適当に合わせる東先生に気分を良くする担任。


「そうですよ!」


 ……。ああ、もう……。

 勝手に担任の心の声を想像してその人を貶そうとするなんて褒められたことではないけれど、担任は生徒のことを全く考えていないんだなと感じとても嫌な気分になった。

 生徒に全く関与しないで僕らだけで解決させるという行為には恐らく僕の知らないメリットやデメリットがあるのだろうけれど、今この時点では一切のメリットを感じないよ。

 苦笑いを担任に見せて、東先生が僕らを見て真面目な顔で言う。


「私も生徒会と話をしてみるけれど、大多数の先生方は生徒会の意見に賛成していらっしゃるようだから……。生徒会がやらないというのであれば教員が許可を出すことは無いと思うわ。でも、生徒会がやると言えばしぶしぶながらも許可してくださると思うから、何とか生徒会を説得しましょう」


 やっぱりいかがわしいお店の雰囲気がよくないのだろう。


「生徒会さえ喫茶店を認めてしまえば、私達はそれに口出しするつもりはないから、諦めないで説得しましょう」


「……はい」


 今度は代表して僕が頷き、今度こそ職員室を後にした。

 



 職員室を出た後は、人の来ない屋上へ行き作戦会議を開く。

 三人車座で座り意見交換。


「どうすればいいのかな……」


 とはいっても何の意見も思いついていないけれど。


「美月の姉ちゃんを説得するしかねえだろ」


「だからどうやって説得するのかって佐藤君は悩んでるんでしょ。兄弟つれてこないぞ、とでも言ってみようか?」


「あ、それはいい考えかもしれないね。向こうは喫茶店の開店を盾に兄弟の参加を要求してきたんだから、喫茶店が開けなくなった今兄弟を連れてくる必要はない。兄弟を連れてこなかったら生徒会は困るし、きっと喫茶店を許可してくれるよね」


 素晴らしい意見のような気がするよ。

 と思ったが、言った本人が首をかしげていた。


「いやぁ、どうかな」


「え?」


 良い意見ではないのかな。


「生徒達のことを思っているのならコンテスト成功させたいだろうけど、今の副会長は私怨の塊だからね。生徒達の事なんてこれっぽちも考えていないよ。私たちを道連れに出来るのなら文化祭なんてどうでもいいんじゃないかな」


「そうだな。何だったら文化祭自体を中止にしようって勢いだしコンテストが台無しになったところで気にもならねえだろうな」


「ど、どうしよう……」


 困ったなぁ。

 あ、でもなんだか雛ちゃんは何か考えがあるようだ。

 片目を瞑り、人差し指と親指で何かをつまむような形を作り言う。


「ほんのちょーっとだけ殴ってみるとか」


「暴力はよくないよ。殴られるのは痛いんだよ?」


 平和ボケした僕の言葉を聞きあっさりと引いてくれた。


「そうだな。じゃあどうする」


「どうしようか……」


 硬い意思の副会長の心を溶かすにはどうすればいいのだろうか。


 三田さんの協力を得るのが一番何とかなりそうな気はするもののなんだか少し気が引ける。一度説得に誘っておいて言うのもなんだけど……。

 でも三田さんを連れて行っても副会長の意思は全く揺らがなかったよね……。どうすればいいんだろう。


「ここは佐藤君に犠牲になってもらうしかないようだね……。佐藤君が転校すれば解決するかも」


「多分手続き間に合わないよ。それに僕転校したくない」


「嫌も嫌よも好きの内っていうでしょ? 本当はしたいんだよね」


「したくありません……」


 友達といさせてください。


「じゃあ学校全体で転校するから君だけここに残るっていうのはどうかな。発想の転換による大掛かりなトリックにより佐藤君は己の転校は免れたものの一人になってしまうのだった」


 それは誰も考えつかないトリックだね。不可能だから。


「はぁ? 何言ってんだお前? 訳わかんねえから聞かなかったことにしてやる」


「世紀の大トリックを考え付いた私が羨ましいの?」


「羨ましくねえし全然大トリックじゃねえよ。ってゆーかなんだよ大トリックって。一つも大きくねえよ」


「だろうね。有野さんおっぱい小っちゃいから」


「はぁ?! 何言ってんだてめぇ! すげえムカつくけどここは聞かなかったことにしてやる!」


「ゴメンね気にしてること言って。でもそんなに気にしなくていいよ。小学生と比べたら有野さん大きい方だから」


「……あーはいはい」


「え、怒らないの?」


 え?! 怒らないの?! と僕も心の中で驚いてみたり。


「めんどくさい。それになんつーか、心なしキレがねえなお前」


 そうだったの? 僕気付かなかった。

 それに気づけるという事は二人は仲がいいってことだよね! 多分!


「そうなの。私って見た目通り繊細でね。今結構大きなストレスが私を襲っているんだ……。だから佐藤君をいじめてストレスを解消しよう」


「え、僕は心のサンドバッグという事ですか?」


「君は心のサンドバッグという事ですよ」


 殴られ過ぎて中に詰まっている物が漏れ出さないことを祈ろう。


「優大をいじめたら私がお前をいじめるからな」


「怖い……。はぁ……良いよね有野さんは。いじめる相手がいて」


「はぁ? 私が誰をいじめてるっていうんだよ。失礼なこと言うな」


「ずっと前からキューティクルいじめているじゃない」


「キューティクルのことは言うんじゃねえ!」


 気にしてるのかな。雛ちゃんの髪は綺麗なものでそれほど痛んでいるようには見えないけど。


「優大も見るんじゃねえよ!」


「あ、ゴメン」


 しまった。不快な思いをさせてしまった。反省せねば。

 かなり逸れてしまった話を雛ちゃんが軌道修正する。


「とーにーかーく。私の髪の事なんてどうでもいいから文化祭のについて話し合え」


「そうだね。もう、佐藤君。話を脱色させないで。あ、間違えた。話を脱線させないで、だった」


 軌道修正させた話を楠さんが再び逸らす。


「なあ優大。山行こう山。カエンタケっていうすげえ毒キノコがあるらしいんだけどそれ探しに行こうぜ」


「その場で実食とは勇気あるね有野さん」


「それを若菜に食わせようぜ!」


 ……。


「えっと、文化祭についての話だったね」


「「無視された!」」


 少し位強引に話を進めなくちゃ進まないからね……。


「副会長は、僕に嫌がらせをしたいわけだから、僕一人が酷い目に遭えば許してくれるんだよね」


「多分そうだけど、最大の嫌がらせが今のコレなわけでしょ? これ以上の物って何かある?」


「……えっと……僕がカエンタケを食べるとか……」


「毒キノコグルメツアーは確かに嫌だけど多分優大死ぬじゃん」


「じゃあ、学校全体が転校して僕だけここに残るとか……」


「何言ってるの佐藤君。発想の転換だ、みたいなしたり顔で非現実的な事言わないで。小学校低学年が書いた推理小説でももっと現実的なトリックを使うよ。そんな恥ずかしいトリックを自慢げに言わないで」


 ごめんなさい。


「……ん?」


 今の一連の流れで何かを思いついたのか、雛ちゃんが小さく声をだし小首を傾げていた。


「何かあったの?」


 と聞く僕に、


「……発想の転換、してみたらどうだ?」


 と答える雛ちゃん。

 それはまさか、学校全体転校トリックの事だろうか。


「発想の転換? 学校全体で転校して、副会長だけ置いていくの……?」


「違う違う」


 違うらしい。だったら、なにを転換するのかな。


「え、有野さんまさか、カエンタケを副会長に食べさせるつもりなの?」


「まったく発想が転換されてねえよ。すげえ短絡的で暴力的だよ」


「雛ちゃん、ならどういうこと?」


「だから――」




「副会長!」


 僕は三年生の教室で副会長に駆け寄り、楠さんと雛ちゃんが廊下で見守る中雛ちゃんのアイデアである転換された発想を実行してみた。


「……」


 睨み付けるように僕を見てすぐに別の場所へ移動しようとする副会長に少し焦ってしまったけれど、僕は与えられた任務を遂行すべく大きな声でお礼を言った。


「ありがとうございます!」


 それに驚いたようで足を止め、訝しげな表情で僕を見て副会長が言う。


「……何のこと」


 発想の転換だ。


「実は僕、喫茶店で女装をさせられることになっていてこのままでは嫌な思いをするところでした。でも副会長が喫茶店を中止にしてくれたのでそれがなくなり命拾いをしたというわけです。ですので、喫茶店を中止にしていただきありがとうございましたとお礼を言いに……」


 お礼を言えば、会長は『なら喫茶店開いてやる! 恥ずかしい思いをしろ!』と言ってくるのではないかという事だ。

 うまく行くはず! と期待に胸を膨らませていたが、うまく行かないのが人生らしい。


「佐藤が本当に中止を喜んでいるのであれば実際に中止になってから私に礼を言いに来るはず。だってまだ何も終わっていないのだから。つまり今お礼を言いに来たのは、『佐藤自身が中止を喜んでいる』という事にすれば、私がそれを嫌がって中止を撤回するかもしれないと思ったから。本当に下らない。帰って。妹を泣かせた男と一緒の空間になんて一秒たりとも居たくない」


「あ……」


 惨敗だった。




 再び屋上。

 皆で向かい合って腰をおろし落ち込む一年六組の委員長達。


「駄目だったな」


「駄目だったね……」


 かなり良い案だと思ったのに。

 はぁとため息をつく僕ら。

 逃げた幸せはどこへ行くのだろう。

 どこかで固まって落ちているのかな。ならそれを見つければ僕らは幸せになれるはず。それを見つける旅に出るのが一番早く解決する方法かも。

 あぁ、現実逃避はこのくらいにしよう。

 楠さんは現実逃避などせずに意見を出してくれる。


「敢えて一年待ってみるとか。時が解決するのを待つってね」


「それはもう二年次の文化祭だね……。今年の文化祭見事に捨ててるよ」


「逆に一年遡ってみるとか」


「それはもう人知を超えてるね……」


 それに、今が壊れるのなら遡りたくなんてないよ。


「おい若菜。お前今日変な事言いすぎだぞ」


「ゴメンね。ちょっとふざけなくちゃやっていけそうにないんだよね。普通に話し合ってたらイライラしてギスギスしちゃうよ」


 確かに、そうかもしれない。


「一応これでも真面目に考える気もあるから許してね」


 これほど楠さんが参っている姿も珍しい。

 雛ちゃんもこれ以上は何も言えないようだ。


「……なら、良いんだけど……」


「ありがと。で、何の話だっけ。キューティクルについてだっけ」


「優大、無視していいから」


 そうさせてもらいます……。ごめんね。


「自分で言うのもなんだけど、きっと僕がカギだよね……」


「そうだな。優大への私怨だからな」


 僕への私怨……。


「……でも、これは三田さんの為にはならないよね……。三田さんだって喫茶店やりたいって言っているんだし、自分が満足するためだけにやっていることだよね……。さっきは三田さんを泣かせた僕をが嫌いだって言っていたけど、このままだと自分も三田さんを泣かせることになっちゃうよ」


「そうだね。誰が望んでいることかって言ったら、副会長だけが望んでいることだよね」


「そもそも副会長は、どうして美月がアレされたって知ったんだろうな」


『振った』という言葉を濁した雛ちゃん。僕の為なのかここにいない三田さんの為なのか。僕の為なら、嬉しいけど気を遣わなくてもいいのに。


「多分三田さんが家で泣いてたんでしょ。それで慰めているときに事情を聞いたとか」


 きっと、そうだね。


「強行に喫茶店開いたらどうなるんだろうな?」


「それも考えたけど、開く前に教室に鍵をかけられちゃうんじゃないかなって。それでも別の場所を探して強行にお店開いたら最悪罰を受けちゃうのかもしれないね。停学とか、磔とか」


「磔は無いと思うけど、クラスのみんなが罰を受けるのは嫌だよね……」


 どうすればいいのか分からない。

 何かいい方法はあるのかな。



 結局その後も良い案は出ないまま時間が過ぎていく。


「どうしよう! 中止になんてしたくないよ!」


 ここまでどうすればいいのか分からないと焦ってしまう。


「当然だ。みんな嫌に決まってる」


「どど、どうしよう……!」


「慌てるなよ。慌ててもいいことねえだろ? 落ち着け」


 お、落ち着こう。そうだよ。慌てて良い事なんて何もないから、落ち着こう。


「……あと考える時間はどれくらい残っているのかな……」


「えーっと、金曜日は文化祭の準備をしたいから、木曜日がタイムリミットという事になるかな。今日は諦めたとして残された時間はあと二日。どうなることやら」


「あと、二日……」


 この二日で僕らの思い出の行方が決まるんだ。

 悲しい思い出なんていらない。楽しい思い出だけが欲しいんだ。

 ……頑張ろう。

 五時間目終了のチャイムが鳴り、僕らは教室に戻ることに。

 何の収穫も無い五時間目だった。




 今の教室のイメージカラーは黒た。

 僕らが教室に入った時みんな俯き教科書とノートを広げていた。することが無いから仕方がない。テストもそう遠くないし……。

 もう文化祭の準備が終わったからかなのか、みんなから文化祭が近い事によるわくわく感が一切感じられなかった。諦めたわけではないと信じたい。

 そんなみんなが、教室に入ってきた僕らに向けて期待に満ちた瞳を送ってきたが、表情の優れない僕らを見て落胆した後、僕だけに狙いを澄まして憎悪こもった視線をぶつけてきた。あんな偉そうなことを言ったんだ。仕方がない。

 雛ちゃんと楠さんが席へ戻るとすぐそこに人だかりができた。

 どんな調子か聞いているようだ。

 残念なことに何も変わっていない。

 どうすればいいかも分からない。

 嫌だ。絶対に嫌だよ。


「……佐藤君」


 一人入口に残って悶々としていたところに、前橋さんがやってきた。


「ちょっと」


 そして僕の服を掴み教室の外へ連れ出した。

 そのまま真っ直ぐに空き教室へ行き、そこで前橋さんは僕を突き飛ばし服を離した。

 何事かなと驚き前橋さんを見ると、前橋さんはすぐに理由を教えてくれた。


「三田さんから聞きました。三田さんを振ったんですよね」


「……うん」


 楽しい話ではないらしい。


「だからこの一件は佐藤君のせいだという事ですよね。佐藤君が三田さんを振ったから、副会長である三田さんのお姉さんが怒ったんですよね」


「……うん」


「最低です。どうして三田さんを振ったんですか」


「…………」


「優しい人が好きだと言っていたではないですか。三田さんは優しいではないですか」


「…………」


 そんなの、人に言うようなことじゃないよ。僕と三田さんの問題だもの。


「何故ですか? 有野さんが好きだからですか?」


「……分からないけど、確かに雛ちゃんを悲しませたくないとは思ったよ……」


 ギリリと歯噛みし僕を睨み付ける前橋さん。


「小嶋君と有野さんが仲良くしているとき君は何もしなかったではないですか。有野さんのことを諦めたんでしょう? あの時点で諦めてもよかったと思っていたのでしょう? それだったら三田さんと付き合えばよかったんですよ。そうすれば万事うまく行っていたはずです。文化祭だって何事も無く開催できていたはずです」


 驚いた。

 驚き呆れた。


「それ本気で言ってるの?」


「嘘でこんなことが言えますか!」


 前橋さんが怒るけれど、怒るのは前橋さんではないと思う。


「……そんなの三田さんがかわいそうだよ」


 酷いことを言う前橋さんに怒る権利なんてない。あるはずがない。


「何がですか!」


 それでも怒り続ける前橋さん。


「中途半端な気持ちの僕と付き合ったって三田さんは幸せにはなれないよ」


 最初から、僕の気持ちは決まっていたんだ。だから中途半端ですらないのかもしれない。


「君が演じきればいいんです。付き合っていればそのうち好きになりますよ」


 考えられえない。前橋さんの言っていることに全く共感できない。そもそも前橋さんが何を考えているのかが分からない。


「そんなの、ダメに決まってるよ! 前橋さんは一体何が目的なの?! 三田さんの幸せを願っているんじゃないの?! 嘘の感情で三田さんを幸せになんてできるわけないよ!」


「うるさい! 君は自分の幸せなんて考えなくていいんです! 人の事だけを考えていればいいんですよ!」


「僕の幸せを考えて言っているんじゃないよ! 三田さんの幸せを考えて言っているんだよ!? 嘘をつきながら付き合って、一体誰が幸せになるの?!」


「少なくとも、私が幸せになれます!」


 ……え?


「……どういうこと?」


 よく意味が分からない。

 僕が聞くと、前橋さんは独り言のような感覚で言った。


「どういうこともこういうことも無いです! 台無しですよ……! せっかく色々と根回ししたのに……! 三田さんも告白するのが早すぎです!」


 三田さんを責めている前橋さんになんだか気分が悪くなる。


「前橋さん……説明、してもらえないかな……」


「何故あなたなんかにしなければならないんですか」


 教えてくれそうにないけれど、前橋さんの言葉から大方の予想はつけられる。


「三田さんに告白をさせる為に、色々な根回しをしたの?」


「そうですけど、それが何か悪い事なのですか?」


「それは別に悪い事だとは言い切れないけど、でも前橋さん、三田さんの事なんて考えてないから。きっと悪い事だよ」


「悪い事なもんですか! 人は自分の事だけを考えて生きている物なのです!」


 自分の事だけを考えて。

 つまり自分のことを考えて三田さんが告白するように誘導したらしい。

 前橋さんが友達を使ってそこまでするような理由。

 それはきっと、大好きな雛ちゃんのことだ。

 そして、何故三田さんに告白させるように仕向けたのか。

 嫌な考えしかできない。


「……もしかして前橋さん、僕と雛ちゃんを遠ざけたいがために三田さんを利用したの……?」


 僕が三田さんとくっつけば自然と雛ちゃんと距離があく。少なくとも、友達として共に過ごす時間は減る。以前から雛ちゃんと僕の仲を妬んでいた前橋さんにとって、僕と三田さんが付き合うことはいいことなのだ。だから、なのだろうか。


「ふん。そうですよ。よく分かりましたね佐藤君の癖に」


 信じたくは無かったけれど、前橋さんはあっさりと認めてしまった。


「な、なんでそんなふざけたことを……!」


 人の心を利用するなんていいわけない。弄んでいるのと一緒だ。


「なんでって、有野さんが好きだからですよ。あなたなんかよりも有野さんのことを愛しています。恋敵を陥れるのは普通ではないですか」


 友情ではなく、愛情だと言った。驚いたけれど今はそんなことを気にしている場合ではない。


「普通じゃないよ! それを普通といえる前橋さんは、おかしいよ……!」


 好きだからって何をしても許されるわけではない。恋は盲目だなんていうけれど、人に迷惑をかけていいという意味ではない。


「おかしくなんてありません。まあ、確かに三田さんには申し訳ない事をしました。しかし私は三田さんの願いを成就させてあげようと思っただけですよ。それを間違ったことだというんですか?」


「自分の欲望の為に人の感情を利用するのが正しい事だとでもいうの?!」


「誰が損をするんですか。これがうまくいっていた時、三田さんは幸せ、君も幸せ、私も幸せ、誰も不幸にならないではないですか」


「そんな簡単な話じゃないよ! 前橋さんのしたことは最低なことだよ!」


 そもそも成功していない。

 細かい説明をしない僕に前橋さんが怒る。


「ですから、どこが最低かを教えてくださいと言っているんです! あなたの肺を悪くするためにチョークの粉を――」




「最低だっっ!!!」




 僕は前橋さんの言葉を遮って怒鳴り声をあげた。一対一の状況で面と向かって女の子を怒鳴りつけるなんて男として恥ずべき行為なのかもしれないけれど怒鳴らずにはいられなかった。

 突然の僕の大声に前橋さんがきょとんと僕を見た後、すぐにいつものような強気な顔に戻した。


「…………ど、怒鳴らないでください! びっくりしたではないですか!」


 僕の気持ちはまだ収まらない。


「前橋さん見損なったよ! 友達のことを考えている人だと思っていたのに、自分の事だけを考えて人間関係を引っ掻き、回して…………ううん、これは、僕の言い訳だ……。前橋さんが色々としたのかもしれないけど、結局どうするかを決めたのは僕らだから……。でも、前橋さんはいけないことをしたんだよ。人の心を弄んだんだよ。それは最低なことだと分かって欲しい」


「何を言っているんですか! 私は何も悪くないでしょう?! なのに怒鳴るなんて最低じゃないですか!」


 自分のしたことを正当化する前橋さん。三田さんの告白は三田さんの意思ではなくほとんど前橋さんの意思だったのだ。これはいいことだと言えるのだろうか。言えるわけがない。しかも三田さんの事なんて考えていないのだからなおさら悪い。


「……前橋さんは、そうするんだね」


「何の話ですか!」


「……僕の弟は、一緒に遊ぶって言った。僕のお姉ちゃんは、邪魔しに入るって言った。三田さんは、諦めて諦めきれなくて話しかけるって言った。楠さんは、意地悪なことをするって言った。雛ちゃんは……多分、怒るんだ。そして前橋さんは、人を利用しようとするんだね」


「何の話かと聞いているんです!」


「友達と仲良くなりたいがために、前橋さんは人を利用するんだね。第三者の感情を利用して何とかしようとするんだね。人の意見を聞いて回ってどうするかを決めた僕も最低かもしれないけど、前橋さんよりはましだと思う」


「……君、喧嘩を売ってます? 買いますよ?」


 前橋さんがポケットに手を入れた。

 その手に何が握られているのかは分からないけれど先端が丸い事は無いだろう。


「喧嘩なんかしないよ。したくない。ただ、もう前橋さんは信用できない」


「君に信用されたところで何も得られませんから結構です」


 前橋さんは初めから僕なんかを信用していなかったんだもんね。でも僕は結構信用していたんだよ。前橋さんは凄い人だもん。


「前橋さんにとって友達ってなんなの?」


 自分の為に利用するなんて、友達と言ってもいいのだろうか。


「……ちょうどいいです。この前私が佐藤君に尋ねた友情と愛情の違いについて、自分なりの答えが出たので教えてあげます」


 いつか聞かれたことだ。僕はその答えが分からなかった。前橋さんは答えを出したらしい。

 僕は黙ってうなずいた。


「その人の為になんでもしてあげられるのが愛情です。全てを捨ててもいいと思えるのが愛情です。私は全てを捨ててもいいと思えました。有野さんの為なら何でもできると思えました。だから私の有野さんに対する想いは愛情です。絶対そうです。ですから、友情を犠牲にしてでも私は有野さんと共にいたいと思ったわけですよ」


「雛ちゃんのために何でもしてあげられるって言っても、今回前橋さんがしたことは結局自分の為だよ……」


 自分の満足の為の行為だ。それを人の為だというのは間違っている。

 こんなことをして雛ちゃんが喜ぶとは思えない。満たされるのは自分だけだ。


「私の為は有野さんの為です。私は正しい事をしているのですから有野さんにとっても正しい事のはずです」


「……ごめん。もう前橋さんの話聞きたくないや」


 このまま話を聞き続けた前橋さんのことが嫌いになってしまいそうだ。


「失礼なことを言いますね。佐藤君の癖に」


「そうだね。僕の癖に生意気なこと言ったね。でも僕はもう行くよ」


「まだ話は終わっていませんよ。今現在陥っているこの状況についてどう責任を取るつもりなのか聞こうと思っていたんです」


「だから、僕が何とかしてみせるよ」


「君一人で何ができるというのですか」


「出来るよ。できなくちゃいけないんだ。出来るまでやめちゃダメなんだから。それに僕一人じゃないよ。楠さんだって雛ちゃんだって手伝ってくれる」


「ふん! 人を巻き込んでおいてよく私のことを最低だと言えましたね! 関係ない人を巻き込んでいる君に偉そうなことは言われたくないです!」


「そうだね。情けない事に僕はみんなに助けを求めてるよ。でも、僕は利用しようだなんて思ってないよ。協力しようと思っているんだよ」


「そんなの言葉遊びです。利用だろうが協力だろうがそれはどちらも同じことではないですか」


 ……。

 もうそろそろ休み時間が終わっちゃう。

 教室を出よう。

 出口へ向かう僕を見て前橋さんが言う。


「分が悪いからって逃げるんですか?」


「話す時間がもったいないもん」


「考えたところでもうどうしようもないんですよ! もう文化祭は終わりです! ぜーんぶ君のせいでね!」


「……」


 僕は前橋さんを見ることなく真っ直ぐに教室を出た。

 前橋さんに利用された三田さんのことを思うと、前橋さんに対してもっと何かを言いたくなるけれど、きっとこれ以上は僕が自分で満足するためだけの言葉になってしまいそうなので黒い気持ちを振り払うように教室へ向かう。


 僕は、前橋さんは最低だと思う。

 でも。


「前橋さんに責任を押し付けようと一瞬でも思った僕はもっと最低だ」


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