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キョーハク少女  作者: ヒロセ
第一章 キョーハク少女
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あの不思議な感覚

 僕がお弁当を食べ終えたら、楠さんはすぐに屋上を去って行った。わざわざ僕を待っていてくれたなんて、優しいね。

 屋上にとどまる理由も無いので、僕も弁当箱を片付けて校舎内に戻った。

 階段を下りて、下りて、下りて、教室へ向かおうと角を曲がったところで、人にぶつかってしまった。


「あ、ごめんなさい……」


 もっと注意して歩けばよかった……。


「……」


 誤っても相手から何の反応も無いので、ぶつかってしまった人の顔をよく見てみる。


「う、あ……。小嶋、くん……」


 昨日草むしりを手伝ってくれた小嶋君が怖い顔で僕を見下ろしていた。


「ごめんね……」


「……」


「あっ」


 グイッと胸ぐらをつかみ引き寄せられ間近で睨み付けられる。


「な、なに……するの……!」


「……お前最近調子のってんじゃねえか?」


「の、のってません……! く、くるしいよ……!」


「若菜ちゃんに気に入られてるからって調子のってっとぶん殴るからな?」


「き、気に入られてなんか、いないよ……!」


 むしろ嫌われているよ!


「どうやってアドレス聞いたかしんねぇけど、自分は特別だなんて思うんじゃねえぞ?」


「思って、ません……」


「ああ?」


 怖いし、苦しいよ……。

 誰か助けてくれないかなと思い、あたりの様子を見てみる。みんなご飯を食べているのか、驚くほど人がいなかった。


「ご、ごめん……」


 とりあえず謝る僕。


「……お前前からムカついてたんだよな。一回焼き入れとくか?」


「ひっ……。や、やめてください……!」


「なんだお前。なよなよしてマジ気持ちわりぃな。俺がその根性叩き直してやるよ」


「や、やめて……! やめて……!」


「うるせえんだよ」


 左の頬に軽いびんたをもらう。


「うぅっ!」


「なあおい。お前、殴られてもしょうがねえよな?」


「そ、そんな!」


 小嶋君の右手が拳を作り肩のあたりの空間に漂う。

 怖い。

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 怖い。

 これほどまで直接的な嫌悪は初めてだ。一切の情も含まれていない。

 怖い。

 夢のような、おかしな感覚。

 怖い。

 頭が現実として認めたくないんだ。

 怖い。

 僕は、固く目を瞑った。殴られたら痛いんだろうな。どこを殴られるんだろう。……どこをって、胸ぐらをつかまれた状態で顔以外のところが殴られる想像ができないね……。だから、多分顔を殴られちゃうんだろう。頬かな。鼻かな。人中を殴られるのは嫌だな。

 と、諦め覚悟を決め歯を食いしばり、ドキドキしながら拳が飛んでくるのを待つ。


「お前、何ビビってんの?」


 小嶋君が笑いながら言った。


「マジ情けねえ。本当に男かお前?」


「う、うう……」


「だっせえなぁ。なんか、お前みたいなクズにこんなことしてる俺がバカみたいじゃねえか」


「や、やめてください……」


「…………わぁ!」


「ひっ!」


 思わず目を瞑ってしまう。


「あはははは! こいつマジだせぇ!」


 それを見て小嶋君が笑う。


「うう……」


 もうやめてほしい……。


「こんな奴にかまってても仕方ねえわ」


 ふ、ふぅ……。どうやら飽きてくれたみたいだね……。よかった、痛い目に遭わなくて。


「まあ、むかつくから殴るんですけど」


「え!」


 そんな!

 また拳を構える小嶋君。い、いやだよ……!

 胸ぐらをつかまれる僕と拳を構える小嶋君。

 ニヤニヤしながらぐっと力を入れ、いよいよ僕が殴られるというところで――


「小嶋ぁ! てめえ何してんだ!」


 誰かの怒声が廊下に響いた。

 後ろを振り向き声の方を見る小嶋君。


「げ、有野だ……」


「え、え?」


 小嶋君の後ろの方から有野さんが早歩きでこちらに近づいていた。


「優大に何する気だてめぇ!」


 僕と小嶋君の間に割って入ってくれて、僕の胸ぐらをつかんでいる手を引き離してくれた。そして有野さんはそのまま小嶋君と対峙するように睨み付けた。

 それを見て、「別に何もする気ねえよ」と、とぼけた様子を見せる小嶋君。


「ふざけんじゃねえぞコラ……。殴ろうとしてたじゃねえか!」


「ちげえよ! ただ遊んでただけだし! なぁ、佐藤?」


 目の前にいる有野さんを越して僕を見る小嶋君。僕は驚き、目をそらし、


「え……、う、うん……」


 頷いてしまった。

 情けない。

 本当に、情けない。


「ま、そういうわけ。有野がキレる意味が分かんねえ」


 ニヤニヤと小嶋君が有野さんに言った。


「ふざけやがって……! お前、優大に手を出してみろ……。……………………ぶっ殺すからな……」


 とてもドスの効いた声に、思わず小嶋君がひるんで一歩後ずさっていた。


「う……。だ、だから何もしようとしてねえって! ちょっと遊んでただけだっつーの!」


「遊んでただぁ? んなもん関係ねぇだろ……。優大が泣いてんじゃねえか……!」


 な、泣いてないよ? ほんとだよ!? …………涙目では、あるかもしれないけれど……。


「……ああ、もううぜえな!」


 有野さんの威圧に負けた小嶋君が踵を返し、教室へ帰って行った。

 よかったなと安心して、夢の中のような頭でぼうっと小嶋君の背中を眺めていると、有野さんが振り向き僕に声をかけてくれた。


「優大」


「……え、……あ! あ、ありがとう、助けてくれて……」


 情けないよ……。男なのに女の子に助けてもらうなんて……。

 有野さんは困惑しているような、悲しんでいるような顔で僕を見ていた。二つを足して二で割った顔。


「お前、もしかして日頃からこんなことされてんのか?」


「う、ううん。そんなことないよ。今のは、僕がぶつかっちゃったから怒らせたんだと思う」


「本当か?」


「うん」


「本当に本当か?」


「うん。僕、雛ちゃんに嘘つかないよ」


 僕の言葉を聞き、有野さんの顔が引きつった。怒っているのとも違う、何と言えばいいのか、嫌なことを言われたのに怒れないときの顔。


「………………おい、お前、今……」


「え?」


「私のことを……なんて呼んだ……」


「……雛ちゃんのことを……ああっ!」


 し、ししししまった! 雛ちゃんいや有野さんは下の名前で呼ばれることを嫌うんだった! 小学校の頃、そのことで怒られてそれがきっかけで疎遠になっていたのに、それを忘れてついつい呼んでしまった! 朝謝ろうとしていたことを繰り返してしまうなんて僕はバカだ! これは間違いなく怒られちゃう! 小嶋君ではなく有野さんに殴られちゃうよ!


「ごごごごめん! その、あの、つい、昔を思い出しちゃって、つい、その、つい!」


 言い訳すら出てこないよ!


「………………あーっと……いや、何だ。私も優大って呼んじゃったし、その、まー、仕方ねえよ」


「……え?」


 あれ? 許してくれるのかな。


「ご、ごめんね。もう、こう言うことないようにするから。もう名前で呼ばないから。気を付ける」


「あー……。……。まー、気を付けてくれ」


「う、うん」


 でも、チャンスだから、色々謝ろう。でもその前にお礼だ。


「ありがとう、助けてくれて……」


「いいって。殴られなくてよかったな」


「う、うん……。本当にありがとう」


「気にすんなよ。……その、幼馴染じゃねえか」


 僕のことを、幼馴染と呼んでくれた。

 あの日、有野さんを怒らせてしまった僕を、幼馴染と言ってくれる。

 とてもうれしかった。


「あの、ごめんね……」


「はぁ? 何が。今名前で呼んだことか? いいって」


「あの、その、今のもそうなんだけど、ずっと前にも、同じことで怒られて、その、まだ許してもらってなかったから……。そのことも、ちゃんと謝りたいって思ってて……」


 有野さんが呆れたような顔で僕から視線を外した。


「まだ許されてないとか……そんな風に覚えてたのかよ……」


「え。う、うん。ずっと気になっていたから……。でも、忘れろって言うのなら忘れる」


「いや、別に忘れろとは言わねえけど……。そもそもあれは私が悪いんだ」


「そんな。僕が悪いんだよ」


「悪くねえよ。だってお前、私が怒った理由分かんねえだろ?」


「う……。う、うん……。ごめん……」


「いやいやいや。私が悪いって言ってんじゃねえか。謝るのは私の方だ。あの時怒って悪かったな。自分勝手な理由なんだ。気にすんな」


「でも……」


「でもじゃねーの。お前は悪くない。私が悪い。もっと言えば私の兄貴が悪い」


「え、え? 國人君が悪いの?」


 有野國人くにひと。有野さんの三つ上のお兄さんだ。僕の幼馴染だった人。


「まあな。でもそれも結局は罪をなすりつけているだけで私が悪いんだけどな」


「う、うん?」


 よく分からないや……。


「だから、謝らなくていいから」


「う、うん……」


 なんだか、もやもやが残るけど……。

 でもこれ以上謝っても気分を悪くするだけだよね。だからこの件にはもう触れないようにしよう。

 頭を切り替え、もう一つのことについて謝ることにした。


「あの、朝も、ごめんね……。その、なんだか怒らせちゃって……」


 僕が怒らせてしまったから有野さんは教室を出て行ったんだ。でも、なんで怒ったのか、分かっていないんだ……。申し訳ないよ……。


「……あー……。……いや、別に、優大は悪くないんだろうけど……」


「けど?」


「……まぁーそのーなんだ。あれは私の心が狭いというか、予想だにしない事実を突きつけられて動揺したっつーか。だから謝るな」


「えっ、う、うん」


 謝れないなんて……。許してくれないってことかな……。


「そこでお前はなんでそんな悲しそうな顔をするんだよ」


「謝れないんだなぁって思って……」


「別に悪くないんだから謝るなって意味だからな?」


「う、うん……」


 悪い僕を気遣って悪くないと言ってくれる有野さん。なんて優しいんだろう。やっぱり有野さんは昔から変わってないや。優しい人だ。

 ……でも、なんで楠さんに食って掛かるんだろう。やっぱり、女子の頂点を狙っているのかな……。


「あん? 何見てんだよ」


 いつの間にか僕は有野さんの顔をじっと見ていたようだ。


「う、ごめん」


「いや、怒ってねえけど……。……やっぱりお前も私のこの髪の色怖いのか?」


 自分の髪をつまみくりくりとひねる。


「え? う、ううん。そんなことも、無いと、思う、かなー」


 実は怖いです。


「……なら染めるか……」


「え! やめちゃうの!?」


「嫌なんだろ? この色」


「そ、そんなことないけど……。その、とっても似合ってるから、もったいないかなって」


 近寄りがたい雰囲気を出しているけれど、僕はとても似合っていると思う。


「あれ、お前金髪が好きだったの?」


「う、ううん。そんなことも無いと思うけど、有野さんには似合ってるなって。あ、でも、僕が意見することじゃないよね」


「……まあ、そうかもだけど……。まあいいや。んで、じっと私の顔見てたけど、何か聞きたいことでもあんの?」


「あ、そうだった。その、聞いてもいいかな」


「別にいいぜ」


「ありがとう。えっと、その、有野さんって、その、楠さんの事、嫌い、なのかなーって」


「はぁ? 別に嫌ってねえけど」


「え? そうなの?」


「そうなのって、意外なのかよ」


「あ、ううん。そうじゃなくて、その、ならなんで楠さんに、その、……えーっと、文句?を言ってるのかなぁって……」


 どうやら、この質問はよくない質問らしい。有野さんの顔が怖くなった。


「……なんでお前がそんなこと気にすんだよ。お前もやっぱり若菜のことが好きなのか?」


「え、いや、そんなことないけど……」


「本当かよ……。まぁ? お前が誰を好きになろうが? 私には、いっっっっっさい関係ねぇけどな!」


「うっ、ごめん……」


「別に怒ってねえよ! なんで謝るんだよ!」


「お、怒ってるよ……」


「怒ってねえって言ってんだろうが! ふざけんな!」


「う……。わ、分かりました」


「……ふん」


 有野さんの機嫌を損ねてしまった……。


「えーっと……」


 どうしよう……。


「ごめん……」


「なんで謝るんだよ」


「……色々と、情けなくって……」


 きっと、僕が普通の人なら有野さんが怒っている理由がわかるはずだ。でも僕はダメダメ人間だから……。有野さんが怒っている理由が分からない。生きていてすみません……。


「ごめんね……」


「……別に、悪くないんだから謝んなよ」


「……うん……ごめん」


 有野さんが一度ため息をついて、すぐに笑ってくれた。

 とても優しい笑顔で笑ってくれた。


「優大は優しいな」


 僕は優しくなんかないよ。優しいのは有野さんだよ。


「ほんと、悪かったな」


 突然、謝ってきた。意味が分からなかった。


「え、え? なんで有野さん謝るの?」


「今までのことだよ。中学あたりから、私がお前の事避けてるみたいで気分悪かっただろ」


「え、いや、その……」


「あの時、私が理不尽に怒った理由、そろそろお前に教えなきゃいけねえよな。納得できねえよな」


「気にはなるけど、言いたくないのなら、言わなくてもいいと、思うけど」


「言うよ。教える。下らねえ理由だよ。下らなすぎてお前怒るかもしれねえな」


「怒らないよ」


「そっか。んじゃまあ、教えるわ。…………あーでも、ダサすぎる理由だからここじゃあ言いたくねえな……」


 有野さんが周りを見渡す。人に聞かれたらよくないのかな。

「あ、そうだ」と言って、有野さんが僕の方を見る。


「お前さ、秘密基地覚えてるか? 私と、優大と、兄貴の三人で作った秘密基地」


「うん。覚えてるよ」


 今も時々行ってるからね。


「今日の放課後そこに来てくれよ。あそこなら誰にも話聞かれねえだろ」


「うん。分かった」


「んじゃあ、放課後そこで待ってろよ。……まだ残ってるかなー、秘密基地。残ってたらいいな」


「うん。そうだね」


 残ってるよ。秘密基地。


「ま、適当に作ったからもうなくなってるだろうけどな」


「うん」


 ちゃんと、守ってきたよ。


「思い出がのこってりゃそれだけで十分だよな」


「うん」


 思い出も、秘密基地も。

 僕はあの日のまま、残してるよ。


「……なんだか、少し楽しみだな」


「うん」


 とっても、楽しみだね。

 僕は少し、ほんの少しだけ、涙が出てきてしまった。

 僕が泣いていること、有野さんにばれてないかな。

 すぐ泣いたら、きっと有野さんに怒られちゃうよ。

 男らしくないって。

 でも、あそこであの頃の友達に会えるのは、僕にとって泣くほど嬉しいことなんだよ。

 だから、これくらい許してね……。

 ――放課後が、待ち遠しい。


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