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春にわらって 1話 ロンリーマン 前編 

修正しましたー!

その心は真っ赤に燃える。


瞳に正義の心を宿し、正体を謎のベールで包ませて。

どんな強敵だろうと決して負けない。

助けを聞けば例え火の中、水の中、何所へだって駆けつける。

絶望的なピンチに陥っても決して諦めはしない。


自分の命を危険に晒しながらも常に戦うその姿は

いつも未来へ向いている。


ヒーローはいつだってそんな存在だ。



◇◆◇◆



いつもと変らない食卓。

テレビの音声に耳を傾ければ、アナウンサーの興奮した声が耳障りに響く。

開幕したばかりのプロ野球。贔屓のチームがヒットを打たれると野球中継は

すぐに他の番組に切り替わった。


「それでねー……。」

「あっはっは!」


父と妹の会話を横目に、番組を替えたテレビを見れば、

アニメのヒーローが何故か頭を抱え苦悩している。


『くそう!僕はヒーローなんかになりたくなかったのに……!』


良くそんな台詞が言えると思った。

最初からすべてを持っていて何をやっても最後には上手くいく癖に……。


萌は白々しいと思いまたすぐに番組を戻した。

ヒーローの嫌味な愚痴を聞くより、応援する野球チームが

絶望的に打ち込まれる姿を見る方がましだ。


チャンネルを戻せば丁度また点数を取られた所で、萌はがっくりと項垂れた。



萌には3つ歳の離れた妹がいる。

その妹は萌とは違い、とても社交的だった。


社交的な妹は中学校へ入学して間もないが、すでにクラスに馴染んでいる様子だった。

萌とは違い早速新しい人間関係をスタートさせている。


その事を楽しそうに報告する妹。

それをホクホク顔で聞く父。

何だか居た堪れなくなり萌は箸をおいた。


「ごちそうさま……。」

その声に母だけが心配そうに眉を顰めたが、結局何も言わず食器を下げた。



野村萌こと、萌の高校デビューは結局、自身の失敗により不発に終った。

まるで思い切り蹴ったサッカーボールがゴールポストに跳ね返り、

その跳ね返ったボールに顔面を直撃される。そんな気分だった。


こんな駄目な自分では何をやっても上手く行かないのか。

そんな考えが一日中浮かんでは消えていった。



萌は自室に戻ると勢い良くベットに倒れこんだ。

まるで自己嫌悪を押さえ込むように目を瞑る。

全身の力を抜いてリラックスを試みるがどこか力が抜け切らなかった。


何をするでもなくベットで寝そべっていると

次第に時計の、秒針が時を刻む音がやけに耳に絡みつく。

窓の外では車のドアが閉まる音が響き、お向かいさんの帰宅を知らせた。


萌は今日何度目かの陰鬱なため息を吐くと体を起した。

結局何所にいても憂鬱な気持ちと自己嫌悪は付きまとう。

そしてまたため息。


何となく整理された部屋を横目で眺める。

そこには勉強机と背の低い本棚。

必要な物しか置かれていない整頓された部屋は何だか味気なかった。


この気持ちを紛らわそうと萌は勉強机に腰を下ろした。

やる事など特に無く、唯一趣味と呼べるか分からない動物図鑑を手に取る。

萌は何度も読んだページをぱらぱらと捲っていった。

最近はちょっと不気味なテングザルとかお気に入りだ。



毎回、同じ事の繰り返しだと言うのに好きな事をしていると

時間などあっという間に過ぎていく。

時計を見れば午後22時を中途半端に過ぎたところだ。


大分読み耽ってしまった事を反省しつつ動物図鑑を戻そうと

図鑑が置いてあった場所へ目を移した。


そこでふと机の上がいつもと違う事に気がつく。

愛らしいガラス製の、小さな犬を模った置物。

その下には一枚のメモ用紙が挟まっていた。

お世辞にも上手いとは言えない文字で書いてある自分宛てのメッセージを読んで

萌は今日始めて笑った。

そしてそれと同時に居た堪れない気持ちは大きくなる。


『萌ちゃんは一人じゃないよ』


このメッセージは本当の想いなのだろう。

だがそれを素直に受け取れない自身の複雑な感情に萌は心底嫌気がさした。



◇◆◇◆


もうすぐ23時になると言う時間。


閑静な住宅街に人の姿は無く、4月上旬の空気は未だ冷たかった。

街灯の明かりなど頼りなく辺りは静かな闇に覆われていた。

こんな時間をうろつくのはあまり宜しい事ではない。

時折吠える犬の声が閑静な住宅街にやけに響いていた。


ほぼ真っ暗に近い住宅街を頼りなく進む。


公園まで恐る恐るやって来た萌は一人ベンチに座った。

あのまま部屋にいたらますます自己嫌悪に陥ると思い、外へ出たはいいが

夜の公園の不気味さは想像以上だった。


恐ろしいほど静かな公園。

たまに風が吹き抜けるとざわざわと、葉を揺らす木々の不気味な音が響いた。

昼は子供達で賑わう公園も今は正反対、不気味に沈黙するだけである。

このギャップが更に恐怖心を煽った。


不気味なこの雰囲気に不審者やあの世の者でも集まってくるのでは、と、ふと考える。

音もない不安がじわじわと押し寄せた。


(せっかくここまで来たけど、こ……こわい…。)

萌の体は雰囲気に呑まれる様にぶるりと震えた。

吸い込む空気は雰囲気を後押しするように内側から体を冷えさせる。


萌は当初の目的を忘れ、コートのポケットからペットボトルを取り出した。

空のペットボトルに熱々のお茶を移し替えてきたのだが、

今はそれを飲み干す事が目的となってしまった。

このまま何もせず帰るのは何となく間抜けで、せめてもの救いにこのお茶を飲み干す事を

選択したのだ。


「あちっ……。」

恐怖に駆られながら慌ててお茶を口に含んだは良いが、その熱さに咽そうになる。

それでも、恐怖を煩いながらここに居るよりはましとばかりにそれをちびちび、

また、いそいそと飲んでいると不意に萌の心臓は大きく脈打った。


(な……なに?)

暗闇に慣れ始めた目ではっきりとその影を捉えた。

間違いなく誰かが此方に走ってくる。


こんな時間に、この不気味な公園に用のある人間などいるだろうか?

(まさか……へ、変質者……だったりし……て……。)

途端に不安を覚え萌は慌ててペットボトルの蓋を閉めた。

そしてベンチから立ち上がりいつでも逃げられるよう体勢を整える。


次第に影はそのおぼろげな姿をはっきりしたものへと変えていった。

そして姿をハッキリと捉えた瞬間、萌の脳はすぐさま体に信号を送る。

逃げろ!と。


ぼんやりとだが確実に捉えたその姿は萌の知っている普通とは違った。


きっちりとしたリクルートスーツに身をつつんだ体。

普通と違うのは首から上にかけてだった。

頭をすっぽりと覆うウサギのマスクをかぶっている。

此方へ全力で走ってくるその姿は萌の危機感を煽るのに十分であった。



羅美斗(らびっと)おぉおおおおおお――――――――――」


突然の沈黙を切り裂く、低く、地を這うようなうなり声。

まるで雄叫びの様なその声にすっかり萌の足はすくんでしまった。

(あわわわわわわわわわ……!)

脳内はもはやパニック寸前である。


ウサギのマスクを被ったそれは凄い速さで萌の前を通過すると

そのまま、静かに佇んでいたブランコへ飛び乗る様に力強くダンッと両足で踏み切った。


「――――――――――露異遣鬼苦(ろいやるきっく)ぅううううううう!!」


それはあまりに華麗で、目の前でそれを目撃した萌は

思わず一瞬、恐怖を忘れ唖然とした。


ブランコへ勢い良く踏み切ったまでは良かった。

だが両足は完璧に乗り切らず、つま先だけ乗りかかった状態の足は

ずるりと音を立ててブランコから滑り落ちた。

その際に腹をブランコへ勢い良く打ち付ける。

そして最後の止めと言わんばかりにウサギのマスクを被った何者は

見事、勢いそのままに頭から地面へと着地した。


まるでシャチホコの様なその姿に心の中で誰かが勢い良く叫ぶ。


10点満点ッ!!!!



しんと静まり返った公園。

公園内にはウサギのマスクを被り、滑稽な姿を晒している者が一人。

先ほどからぐったりした様子で声一つ上げない。

そしてそのそばでオロオロと動揺する者が一人。


萌はすっかり我に返ると同時にある問題に頭を悩ませた。

果たしてこのシャチホコ状態の人をほって置いていいのだろうか。


夜中にスーツ姿でウサギのマスクを被り、意味の分からない言葉を大声で叫びながら

ブランコで自爆する。

果たしてそんな人物を誰がまともだと思うのだろうか。

もしかしたらとんでもない危険人物かもしれない。

だが、このまま帰っても良心の呵責に苛まれる事も事実だ。


萌は意を決した。

もし恐ろしい人なら両親を呼べばいい。

家族しか電話帳に入っていない携帯電話を取り出し母の番号をディスプレイに映し出す。

親指を通話ボタンに掛けて萌はか細い声で問いかけた。


「だ……大丈夫ですか?」


すっかり静寂につつまれた公園に萌の声が響くと同時に、

ピクリとウサギのマスクを被った者の足が反応した。

そして恥ずかしそうにそっと呟いく。


「あ、はい……だ、大丈夫です……。」

そう言いながら立ち上がったその人は力なくポーズとって言った。


「こ、孤独なヒーロー、ロンリーマンさ、参上……なんて……。」


それは萌が見たどんなヒーローよりも格好悪かった。





やっと修正完了しました。


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