プロローグ
修正しましたー!
春特有の緑鮮やかな景色が目に留まることも無く。
夏の様に燃やせる情熱も無く。
秋だと言うのに大地に感謝する事も無く。
冬の、身を切る様な冷たさを暖めあう友人も居なかった。
春が過ぎ、夏が来て、次第に秋へ移り変わり、冬が来る。
この何百、何千と繰り返すサイクルの様に、ただただ同じ毎日を繰り返すだけの日々。
毎日をこの様に味気なくすごす人はどれぐらい居るのだろう。
少なくとも今鏡の前に立ち、自分の立ち姿を確認する少女、野村 萌は
小、中学校の9年間を味気なく、ただ空気の様に過ごしていた。
元来内気な性格と極度の人見知りでもあり、世間と少々ずれた所を持ち合わせた
萌は、同年代のクラスメート達と馴染めずいつも一人だった。
小学校高学年になる頃には萌にある特技が生まれる。
それは妄想だった。
妄想する事によって、一人で居る時間は苦痛なものでは無くなりはしたが、
同時にそれが更に人との溝を深くしていった。
その事に気が付いたのは中学も終わりに近づいた冬だった。
真新しい制服に袖を通し、分厚い牛乳瓶の底をくりぬいたような眼鏡をかける。
最後に顔を隠すように前髪を整えれば完成である。
今日から萌は高校生になる。
萌は鏡に映る自分に言い聞かせるように呟いた。
「頑張って友達つくるぞ。」
そう呟くと同時にグッと拳を握り締める。
ちなみに萌は自分の名前を家族以外に呼ばれた事は無い。
担任には野村と呼ばれ、クラスメートには野村さん。
ただ影で囁かれるあだ名が こけし であった事は記憶している。
中学時代、確かに市松人形の髪を短くした様な髪型をしてはいたが……。
それを知った時は若干ショックではあった。
現在の時刻は午前7時10分。
萌の自宅から高校までの距離を考えれば一時間以上も余裕はあったが
人込みが苦手な萌はさっさと学校に向かう事にした。
様々な不安がよぎる今の状態で、家に居るよりは幾分かましだと思ったからだ。
萌はいってきます、力なく言うと重い玄関のドアを開けた。
玄関を一歩踏み出せば、現実さながらの冷たい春の風が吹き抜けていった。
ただ朝の空気は冷たくも清清しい。
その清清しさに背中を押され、思わず背筋が伸びた。
友人とは作ろうと思って作るものではないと思うかもしれない。
友人など居ないほうが良いと思うかもしれない。
だが、友人など今まで居たためしの無い萌にとってその存在は妄想上のものであり、
ある程度の美化とある程度の恐怖を伴った存在である。
ただ友人同士の表面的な会話は実に楽しげでそれを羨ましく思うのは
妄想ではなく現実だった。
(頑張れ私、今度こそ友達つくるんだ……。)
そんな事をまるで呪文の様に頭で反復させながら高校へと足を向かわせる。
萌の住む自宅がある土地は山を切り開いて作られたと言う通りに、急な坂道の連続である。
景色は良好で、陽は足元から昇り、月が照らす空は手を伸ばせば届きそうだった。
だが、帰り道、上り坂の連続には閉口した。
この頃の時間になれば萌の自宅がある住宅街は生活音で溢れ始める。
萌はそんな生活音を聞き流しながら一斜線の道路の端を注意深く歩いた。
元々がどんくさいのか、萌は昔からアレをよく踏む事が多かった。
ぐにゃりと足の裏から伝わるあの不快な感覚は何とも言い表しがたいものがある。
さすがに入学早々アレを踏むのは勘弁願いたかった。
行きは、よいよいと言ったところだろうか。
連続した下り坂を下り終え、少々歩けば10分と経たずに目的の高校が見えてくる。
高校が近づくにつれ萌の表情は次第に硬くなっていった。
萌の足取りは目的の高校を前にするとぴたりと歩みを止めた。
代わりにガクガクと震えだす。
それはこれからやる事へのプレッシャーからなのか、それとも高校生という
階段を一歩上らなくてはならない事への無意識的な抵抗なのか。
ただ、どちらも逃げ出したい事には変わらなかった。
目の前には目的の高校。
誘うように開いた校門はまるで地獄の入り口の様だった。
緊張で汗ばんだ手を丁寧にハンカチで拭うと、一つ大きなため息を漏らした。
校門の横には見事に咲き誇った桜が、新入生を歓迎するように雅やかに佇んでいる。
この桜は何十年と新入生を迎えるために花を咲かせているのだろうか。
太い幹からは相当な年月を感じさせた。
雅やかな桜のその奥で、まるで桜を引き立てるように威風堂々とした
伝統のある木造校舎が萌を待ち構えていた。
しげしげと校門の文字を見れば、ここが萌の母校になる場所だと知らしめる。
倭家乱県立南高等学校
少しだけ大人になった気で萌はその校門を潜った。
埃臭い古びた昇降口へ早足に向うと、大きく張り出されたクラス割を見つけた。
萌のクラスは2組だ。
(が、がんばれ私、と、友達つくるぞ……。)
震える足と硬くなる表情を一度ほぐすように大きく深呼吸すると
萌は背筋を伸ばして教室へと向かった。
足取りは若干急ぎ気味で傍から見れば、背筋を伸ばしツカツカ歩く萌の姿は
近寄りがたいものがある。
だが、萌はここでゆっくり歩く訳にはいかなかった。
早く教室にたどり着かなくては今すぐにでも逃げ出してしまいそうだった。
(頑張れ、頑張れ私。)
友人を作る、そんな目標を持った萌は普段のただやり過ごす入学式よりも断然緊張していた。
大げさではあるがその緊張の度合は、まるでサッカーの優勝をかけた
大事なPK戦へと挑む選手の様だ。
心臓がドクドクと嫌に脈打つ。顔は熱を帯び、まるで全身の血液が集中している様だ。
萌は軽い眩暈を覚えながらも、逃げ出したくなる気持ちを必死に抑えた。
目の前には古い木造のドア。きっと萌の様な生徒を何人も見てきた事だろう。
萌は大きく息を吐くと、教室のドアに手をかけた。
最初が肝心なのだ。最初が。
小、中学校の時は常に待っているだけだった自分と決別するために、
絶対に開口一番元気に挨拶をしようと決めていた。
(よ、よし、いくぞ私……!)
朝早い教室に、ガラガラと言う耳障りな音が響いた。
「お…おは……よぅご…ご…ごじゃーま…ひゅ……。」
(い、言えたぁああ!!!)
明るくもなく、元気も無く、消え入りそうだったが、萌にとっては上出来だ。
最後に噛んでしまった事が惜しまれる。
決死の思いで言い放った萌の挨拶だったが反応は何も返ってこなかった。
それもそのはずである。
(南無三……。)
人込みを避けるために朝早く自宅を出た萌だったが、
その行動がクラスメートまで避ける結果になるとは思いもしなかった。
教室に一番乗りした萌は人込みを避けすぎた自分を呪った。
結局、決死の思いで振り絞った勇気はあっけなく砕け散った。
萌は小、中学校の初日同様、自分に割り当てられた席に大人しく着席すると、
すっかり板に付いた狸寝入りを決め込んだ。
勇み挑んだ高校デビューはあっけなく空振りに終った。
萌の脳裏にはPKをはずした瞬間のアナウンサーの声が確りと蘇る。
初々しくも冷たい春の風が吹き抜ける午前の事だった。
投稿した後に、自分の設定メモを見て大分修正しました。
メモは覚えた気にならないでちょくちょく見ないと駄目ですね
反省です……。グハッ!