ブラック・ファイター
―――異様に月光の薄い三日月の夜、路上に怪しい影がちらつく。
影は素早く移動し、今日のターゲットである家を見上げた。閑静な一軒家だ。
彼女は夜間に家へ忍び込み、必要なものを奪っては暮らす泥棒なのである。
手口はいつも同じ。危うく見つかりそうになったことはあるが、これまで何故か逃げ切ってきた。
彼女の生い立ちは誰も知らない。知ろうとする者もいない。知って欲しくもない。
いつでも命懸けの仕事であり、今回だって正直怖い。
それでも残された生きる道は、今のこの世で「これ」しかない。
彼女は鍵をし忘れていた窓からこの家にまんまと侵入。とりあえず人気はない。
一階を捜し歩く。目当てのものは、これまで二階にはあまり見かけた覚えがないからだ。
おそらく侵入場所はリビングだったようだ。他の部屋より幾分広い。
大きな時計を見上げると、短い針は「12」を指している。だが意味は知らない。
この部屋を一通り徘徊し、全体像を掴む。……ここにはない。
次に廊下へ出た。長く続く先に和室があり、奥からは人の寝息が聞こえてくる。
寝ているのであれば大丈夫だ。まだ時間はある。音を立てずに右側の通路へ進んでいく。
小さな部屋の扉の前に来た。するとその時、欲求を掻きたてられる香りがすることに気がついた。
盗みに入る度に、必ず一か所はこの感覚に陥る場所があることを彼女は思い出す。目的地はここか、はたまた別の場所、どちらかだろう……。
扉の下にはバリアフリーの為の小さなスロープがあった。敷居の段差をなくす工夫である。
和室で寝ているのは老人かもしれない。それならもっと安全に作業が行える。若人は二階で寝ているようだ。
スロープに乗り、少し開いた扉のスペースから中に入る。音を立ててはまずいことになる。
しかしそこは彼女の目的地ではない方の場所であった。水とちょっと臭い香りが漂う。
毎回思うが、ここは目的物の香りが微かに残る。もしかすると目的物の末路はここなのか?
小部屋を出て扉を見上げると、そこには「W.C」という文字。だが意味は知らない。
右側を見ると、そこから水の臭いが漂う部屋があった。一応、可能性を感じて行ってみる。
洗面所を経て、また扉を通って中へ。ここもどの家にもある場所だった。
何に使うのかわからないが、必ずドでかい蓋なしの“箱”に水か湯が溜められている。飲み水か?
床に飛び散っていた水滴をすすり、足を滑らせて溺れない内に部屋を出た。
W.C部屋を通り過ぎ、リビングの隣に位置する部屋に辿り着いた。一回りしたということは、一階で最後の部屋だ。
この部屋からは目的物の臭いが充満している。そこはいわゆる台所。入ってきたばかりで、侵入時は隣だったことを嗅ぎつけられなかったらしい。
急いでシンクの上に上るが、そこに目的物はなかった。ここにある家もなくはないのだが。
降りて今度は真っ白な巨大な“箱”の元へ。一番確率の高い箱である。
外側は熱いくせに、内側はとんでもなく寒いのだ。少しでも空いていれば音もなく中の目的物を盗むことができる。時間をかけたが、あと少しだ!
巨大箱を登ろうとして足を掛ける。しかし箱はツルツル滑ってうまく登れない。
カチッ
箱への侵入に手間取っている間に、スイッチを押されて周りの色が一変した。目が慣れないが、これは灯りをつけられたのだ。
これには焦った。つまり二階から誰かが起きてこの部屋に来たことを意味し、それは同時に泥棒にとって致命的なアクシデント。
タイミングも悪く、よりによって箱を登ろうとして人目に簡単につく瞬間だった。
灯りを点けた中学生程度の女の子は、泥棒と視線が合い凍りついた。そして近所迷惑ながらありったけ叫ぶ。
「キャーーー!! お父さんっ、来てー!」
泥棒は困惑した。この状況は過去にないものだ。逃げようにも女の子はリビングへの道に立っていて塞がれている。
たちまち「何だ、どうした」と眠そうな声が聞こえ、体の大きな男性が現れた。父親に違いない。
父親は泥棒を見ると娘に見ておけと言い、自分はその間、新聞紙を丸めて棒を作っていた。
忍び寄る父親。泥棒は辺りを見渡して逃げ道を探すが、床に落ちた目的物を見つけて飛び付いた。
だが、目的物を得た代償は大きいものだった。父親の振りかざした新聞紙により体を叩き付けられたのだ。
痛みに体が痺れる。それでも目的物と腹の先端に付いた卵だけは守り抜いてやった。
目的物を口に咥え、持ち前の素早さで娘の足元に滑り込んだ。
股を抜ける際、娘は再び叫んで怯える。父親は娘をどかして泥棒を追い、リビングへとやって来た。
出口である窓まであと少し。最後の関門である父親は、強力な武器を手にこちらの動きを待ち構えている。もう娘は敵じゃない。
力の及ぶ限り速く走り窓へ一直線。父親は二度目の攻撃をしかけてきた。
その一振りは見事命中。泥棒は新聞紙の棍棒に叩きつけられ、宙を舞う。右足が千切れそうだ。
父親は止めを刺す為に再度棍棒を振りかざす。その隙をついて、目的物を咥え直して走り出す。
泥棒は瀕死状態で窓から飛び降りた。庭にまで叩きつけられるが、父親はそれを見ると意外とあっさり追うのをやめた。
―――やった! 手に入れてやった! 既に朝日が昇りつつあった心地よい蒼穹の下を歓喜と共に駆け抜ける泥棒。
私は勇敢に立ち向かった戦士だ。見た目で嫌われたって、私には待っている家族がいる。
何個か潰されてしまったけれど、これから家族になる命だって腹の先端にある。生きる為、唯それだけの為に走る、走る。
近隣の畑まで泥棒は逃げてきた。そして自分の住処へと入る。あの家のように扉なんて邪魔なものはない。
そこで待っていた多くの子供達に、目的物であった腐りかけの野菜の切れ端を分け与えた。
でも間に合わなかったのは自分の命だ。右足の一つは走っていた間に取れてしまい、その場に倒れ込んでしまった。
腹の先端に付いた卵だけは切り離し、往生を悟る。子供達にとって自分は、勇敢な戦士であっただろうか。
そう思ってくれれば幸いだ。これからは、自分達の力で生きていくんだよ……。それと、あの家には行ってはいけないよ……。
黒き勇敢な戦士は息絶えた。多くの命を救って。
テーマは「嫌われ者」。戦士の正体は、皆さん嫌いなアイツ(G)です…。
正体がわかってから読むと笑えるかもしれません。
因みにこの泥棒はマグマストームを使えません。




