人生が動き出した少年の奇妙な始まり
自殺を覚悟したのはつい一昨日のこと。主な原因は家庭の事情。苛められてもいたけど、それは余り負担にはなっていない。まず、それだけのことで自殺をしようなんて考えるほどヤワじゃない。
お袋は俺が物心が付いた頃に死んだ。居眠りドライバーに引かれたとのこと。親父は、と言うとそのドライバーからとった金を全部ギャンブルに使いやがった。
ギャンブル好きだった親父は稼いだ金を酒とギャンブルにつぎ込み、家庭の財政は火の車が普通と言うほどだった。まず親父とお袋は出来婚で、嫌々の結婚だったという。しかし、それでも親父に隠れて給料から泥棒みたいに金を取って、その金でお袋は必死に俺を育ててくれた。そのお袋が死んだのだ。その後、どのような生活を送ったのか、分かっていただけるだろうか。
水道は止められていたので公園で水を啜り、パンの耳を食って過ごし、外を出たら落ちている金を捜す。勿論風呂なんていう大層なものに入れるはずもなく汚いため、歩行人には避けられる。小学校に入ってからは給食代を儲けるため年齢偽ってバイトをし、給食代以外は飯に使う。そんなことを知った親父は俺から金を暴力で抑え奪い取り、ギャンブルにつぎ込む。そんな毎日だ。
中学に入ってからと言うもの、部活なんていうものに目も向けず、時間があったらバイトをした。中学からは犯罪すれすれなバイトなんかをしたりして、命の危機に立ったのは数え切れない。そのお陰でなんかムキムキになんかになっちゃったりしている。利点としては親父が俺に暴力を振るってこなくなったことだ。
そんな生活を続けていると受験シーズン。受験なんかしようとは全く考えていなかった俺は、担任の策略により、有名私立高校に進学することになった。その高校からは奨学金が出るためまぁいいか、なんて軽い気持ちで入学したら周りは坊ちゃん達ばっかで、貧乏な俺は苛めの的に。元々苛められていたため、それほど気にはしていなかったが、ちょっとショックだったりする。どこぞの借金執事よりハードな人生を歩んでいると自負している(バイトの途中某マンガ雑誌を読んでいたので分かる)。
そして今、入学から四ヶ月、現在夏休みだ。普通の高校生は楽しい青春時代を走っているだろうが、色々と普通ではない俺はそんな寄り道には立っていなかった。
もう疲れたのだ。まず何でこんなにも必死に生きなくちゃいけないのかが分からない。無駄なのだ。どうせ人はいずれ死ぬ。それが今に人生スケジュールの予定が早くなっただけであって、別に何も変わらない。でも、どうせなら今までこんなに頑張ったんだから、天国に行けたらいいな、なんて軽いのか重いのか分からない気持ちで飛び降りようと予定しているビルへ向かう。
ビルの前の十時型の交差点で、少し不可解な出来事を見た。
俺と同年代位であろう少女が赤信号を渡っている。その少女は普通の顔立ちとは言い難いもので、生意気そうな感じがするが、とても可愛い。只でさえ信号無視の上にあの顔立ちだ。無視するのは到底難しい。それなのに周りにいる人達は何もないような態度だ。
勿論車は通っている。瞬間、少女に車が当たりそうになり、「あっ」とつい言ってしまう。
そして車は少女を通り抜ける。
自分の目を疑った。少女は何事もないような顔で歩く。その後もこのようなことが数回あったが、すべて同じ。
結論、多分俺は疲れすぎて幻覚を見ているのであろう。まずこのような事はあり得ないし、まずあったとしても生まれてこの方その類を見たこともない。
信号は何時しか青になっており、先ほどまで並んでいた人達はすでに足を運んでいる。
はあっ、と一つため息を付いて目的のビルへすぐさま行こうとした時、裾が引っ張られた。
振り向くと先ほどの少女が掴んでいた。夢、ではないと一瞬で判断する。
『探したわよ、神託者』
その少女の声の響きは鐘を連想させるものだった。しかし、そんなことより俺は、
「君は、何なんだい?」
誰ではなく、何。その存在について訪ねた。少女は屈んで下から見上げる体制を取り、琥珀色の目をこちらに向けてこう言った。
『私はあんたの記現体で、MAGIに選ばれたあんたの相棒、アンブラ・イャンターリよ』
ニヤッ、と生意気に笑う。
「詳しく話を聞きたいところなんだが、」
コホン、とわざとらしく咳を付き言葉を紡ぐ。
「もっと落ち着いて話せるところへ移動しないか?」
死ぬのは先延ばしになりそうだ、と考える。なんせ面白そうなことが起ころうとしているんだから。
こんなに興奮したことは久しぶりだな、と思いながら行く目的を変えたビルへと歩みを進めた。
少年の人生の歯車は、今初めて回ろうとしている。