第一話 手 (3/3)
「青。今日はごめんな……」
お風呂から上がって2階に行くと、寝室から出てきた父に声をかけられた。
部屋の奥では真白が眠っているようだ。ランプシェードの灯りで見て取れる。本当にぐっすりだ。
「いいよ。お姉ちゃんの言う通り、私も真白と食べたくなったし。明日のお楽しみ。じゃあお父さん、私もう寝るね。おやすみ」
「あ、ああ、おやすみ……なぁ青」
「ん?」
「何かあったら、ちゃんと頼れよ?」
「うん。ありがと」
私は父に手を振って、そのまま自室へと戻った。
「頼れよ、か……」
でもそれは、もう少し確証を得られてからにしようと思う。
私は椅子の上で両膝を立てて座りながら髪を乾かし、早速ベッドへと横になった。
今日も身体に浸透するほどの冷気が降りかかる。
「く……るし……」
まだ電気は消していない。はっきりと顔が確認できた。
「や、めて、お母、さん……っ」
私は首を思いっ切り絞めつけられ、息が上手く出来なくなった。苦しくて、苦しくて、でもどうにか振りほどこうと、私は身体全体を揺すった。
外見の色味は薄くなっていたけれど、母の冷酷な表情はよく認識出来た。
『わ たしの居 場 所を奪 うな……っ』
取ってないよっ。お母さんが居た時は、お料理したくても邪魔しなかったでしょ?
でも今は……っ、私が作らないと真白が……っ。
声が出ない代わりに心の中で訴えかけると、また別の声が聞こえてきた。
『ざまあみろ』
「お姉、ちゃん……?」
母の手から解放され、私はようやく酸素を取り込む事が出来た。でも今度は馬乗りになった姉が、憎しみを込めた表情で私の首を締めてくる。
『ママ! せーの!』
その姉の合図で母が私の頭の中に手を入れ、何かを掴み引っ張り始めた。あくまで感覚としてだけれど、私の《《中身》》を引き出すような、そんな感触がした。
「っ、痛いっ!」
命の危険を感じて咄嗟に力が出たのか、私は二人を振り切る事が出来た。咳き込みながらも、痛みと悲しさで涙が零れてくる。
「青! 大丈夫か!?」
「お父、さん……」
父が血相を変え、ノックもせず私の部屋に入って来てくれた。
「ご、ごめん……何か悪い夢見ちゃったみたいで……真白は? 真白は起きちゃった?」
「いや……大丈夫だよ。それよりも本当に大丈夫か? 青も一緒の部屋で寝るか?」
「う、ううん。私もう中学生だもん……。騒がしくしてごめんね? 真白のところに戻ってあげて。おやすみ」
そう言って再びベッドへと横になると、父は私の頭を撫でに来てくれた。
「無理するなよ、青……おやすみ」
本当だったら私も反抗期があったはずだ。けれど、なんかもう有耶無耶になってしまった……。
父の手のぬくもりのおかげで、私は真白のように、すっと深い眠りにつくことが出来たのだった。




