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「あなたって本当に私のことを知らないのね」と、婚約破棄した元婚約者に笑われました

作者: はたの
掲載日:2026/03/08



ざわめく夜会の中で、一人の姿が目に入った。


彼女だ。


変わらない。


背筋を伸ばして立つその姿は、前と同じだった。

穏やかな微笑みを浮かべている。


暖かなピンクのドレスが、彼女に良く似合っていた。


少し伏せた目元が懐かしかった。

気づけば僕は、引き寄せられるように歩み寄っていた。


「久しぶりだね」


彼女は顔を上げた。






彼女とは、数年来の付き合いだった。


誕生日にはプレゼントを贈り合い、夜会ではそれを身につけて顔を合わせた。


彼女といる時間は、穏やかで落ち着いていた。


……それを壊したのは、メアリーとの出会いだった。


情熱的に僕を見つめ、好きだとまっすぐ言うメアリー。


彼女といると、僕はそれに応えたいと思ってしまった。

それが、本当の恋だと思った。




「口数が少ないですけど、体調でも悪いのですか?」


「いや……」


いつものカフェで、彼女と向き合って座る。


彼女のまっすぐな眼差しに、思わず視線を逸らした。

罪悪感のせいだろう。



僕はこれから彼女に、酷いことを言うのだ。


「……僕との婚約を、無かったことにして欲しい」


この言葉を聞いた彼女は、驚いたように目を開いたあと、カップへと視線を落とした。


「何故か、聞いても?」


唾を飲み込み、なんとか口を開く。


「好きな人ができた。それなのに君と結婚するのは、不誠実だと思ったんだ」



少し黙った後、彼女は顔を上げて問いかけた。


「あなたが考えて、決めたのですね?」


「ああ、すまない……」


僕には確信があった。彼女は、僕の決断を理解してくれる。


「分かりました、その婚約破棄、了承致します」


「……ありがとう」


カフェを出て、いつものように彼女を送ろうとした。

だが彼女は、静かに首を振った。


「大丈夫です」


そう言って、彼女は一人で去っていった。







「久しぶりだね」


声を掛けると、彼女はいつもの笑顔で応えてくれた。


「まあ、お久しぶり」


踊る人々を眺める彼女の横に立って、僕もダンスホールを眺める。


ワルツが終わった頃、僕は会話を切り出した。


「メアリーとは、別れたんだ」


「そうなのですね」


情熱的なメアリーは、僕より情熱的に愛せる人を見つけた。

だから、別れることになった。



「幸せになって頂きたかったですのに……」


その一言で、僕の心がとくり、と鳴る。

彼女といた頃に感じていた、穏やかで暖かな愛。


それを忘れたことはなかった。


「夜会にいらしているということは……僕にもまだ可能性はあるのかな?」


シャンパンを口に運ぼうとした手が、止まる。


「え?」


その直後、ふっ、と彼女が笑った。



「あなたって、本当に私のことを知らないのね」



レディ、と横から低い声が割り込む。


「ダンスを申し込んでもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろんですわ」


背の高い男の手を取り、彼女は前へ進む。



ピンクのドレスが、花のように揺れていた。

僕は、それをただ見ていた。








※彼女視点の話を投稿しました。

「婚約破棄した元婚約者と夜会で再会しましたが、今はダンスが楽しくてそれどころではありません」

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