「あなたって本当に私のことを知らないのね」と、婚約破棄した元婚約者に笑われました
ざわめく夜会の中で、一人の姿が目に入った。
彼女だ。
変わらない。
背筋を伸ばして立つその姿は、前と同じだった。
穏やかな微笑みを浮かべている。
暖かなピンクのドレスが、彼女に良く似合っていた。
少し伏せた目元が懐かしかった。
気づけば僕は、引き寄せられるように歩み寄っていた。
「久しぶりだね」
彼女は顔を上げた。
彼女とは、数年来の付き合いだった。
誕生日にはプレゼントを贈り合い、夜会ではそれを身につけて顔を合わせた。
彼女といる時間は、穏やかで落ち着いていた。
……それを壊したのは、メアリーとの出会いだった。
情熱的に僕を見つめ、好きだとまっすぐ言うメアリー。
彼女といると、僕はそれに応えたいと思ってしまった。
それが、本当の恋だと思った。
「口数が少ないですけど、体調でも悪いのですか?」
「いや……」
いつものカフェで、彼女と向き合って座る。
彼女のまっすぐな眼差しに、思わず視線を逸らした。
罪悪感のせいだろう。
僕はこれから彼女に、酷いことを言うのだ。
「……僕との婚約を、無かったことにして欲しい」
この言葉を聞いた彼女は、驚いたように目を開いたあと、カップへと視線を落とした。
「何故か、聞いても?」
唾を飲み込み、なんとか口を開く。
「好きな人ができた。それなのに君と結婚するのは、不誠実だと思ったんだ」
少し黙った後、彼女は顔を上げて問いかけた。
「あなたが考えて、決めたのですね?」
「ああ、すまない……」
僕には確信があった。彼女は、僕の決断を理解してくれる。
「分かりました、その婚約破棄、了承致します」
「……ありがとう」
カフェを出て、いつものように彼女を送ろうとした。
だが彼女は、静かに首を振った。
「大丈夫です」
そう言って、彼女は一人で去っていった。
「久しぶりだね」
声を掛けると、彼女はいつもの笑顔で応えてくれた。
「まあ、お久しぶり」
踊る人々を眺める彼女の横に立って、僕もダンスホールを眺める。
ワルツが終わった頃、僕は会話を切り出した。
「メアリーとは、別れたんだ」
「そうなのですね」
情熱的なメアリーは、僕より情熱的に愛せる人を見つけた。
だから、別れることになった。
「幸せになって頂きたかったですのに……」
その一言で、僕の心がとくり、と鳴る。
彼女といた頃に感じていた、穏やかで暖かな愛。
それを忘れたことはなかった。
「夜会にいらしているということは……僕にもまだ可能性はあるのかな?」
シャンパンを口に運ぼうとした手が、止まる。
「え?」
その直後、ふっ、と彼女が笑った。
「あなたって、本当に私のことを知らないのね」
レディ、と横から低い声が割り込む。
「ダンスを申し込んでもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ」
背の高い男の手を取り、彼女は前へ進む。
ピンクのドレスが、花のように揺れていた。
僕は、それをただ見ていた。
※彼女視点の話を投稿しました。
「婚約破棄した元婚約者と夜会で再会しましたが、今はダンスが楽しくてそれどころではありません」




