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第1話 竜との出会い

 赤茶けた荒野に風の音が響く。


 先ほどまで巨大な竜がいたはずの場所には、水色の髪をなびかせ、目に涙を浮かべた一人の少女が立っていた。


 三つ編みのハーフアップでまとめられたその髪は透き通るように細く、風にさざめく水面のようだ。

 涙をたたえた深緑の瞳は吸い込まれそうなほど澄んでおり、まさに美少女と呼ぶに相応しい風貌をしている。

 

 ……なぜこんなことになっているのかと言えば、少し前に遡る。

 そう、すべての始まりは大晦日のあの日だった。


◇◇◇◇◇◇


 遠くに鐘の音が聞こえる。


 過ぎゆく年を惜しむように響くその音色は、しかして新たな年の開幕も告げている。


 今年もまた一年が過ぎたのか。


 テレビでは華やかな衣装に身を包んだ芸能人が賑やかに新年を祝う番組が流れていた。

 

「……今年は何かあるかな」


 不意に出た呟きはテレビの喧騒に掻き消されていく。数日が過ぎればまた仕事の日々だ。

 年末年始だからと景気付けに買った高い酒も、一人では味気ない。


 ーーそろそろ寝るか。


 年末年始とは言え、あまり夜更けまで起きていては隣人に迷惑がかかりかねない。


 年期の入った布団の重みを感じながら俺はゆっくり目を閉じた。


◇◇◇


 「もしもし」


 ……女性の声が聞こえてくる。


 「もしもし。起きてください」


 声に誘われるまま目を開けると、そこには若い女性が立っていた。


 …おかしい。俺は部屋で寝ていたはずだ。


 だが、視界に飛び込んできたのは見慣れた天井ではなく、白い一色の世界。そして俺を覗き込む薄手のドレスを纏った美女。


 「えーと、どちら様でしょうか。というか、ここはどこですか」


 いつの間にか布団もなくなり、俺はスウェットのまま横たわっていた。

 

 「おめでとうございます。米野緒香瀬めのお かがせさん、あなたは当選しました」


 何を言っているんだこの女は……まったく意味がわからない。

 唯一わかったのは彼女が俺の名前を知っているということだけだ。


 呆然としている俺を見ながら、彼女は「ふふ」と小さく笑う。


 「戸惑うのも無理はありません。私の名前はウルズ。分かりやすく言えば『女神』です。ここはあなたの精神世界」


 なんだ、夢か。久しぶりに寝る前に酒なんて飲んだから変な夢を見てるのか。


 俺は自分に言い聞かせるように思考を巡らせた。


 「ごほん。改めまして本題に入らせていただきます。さきほども申し上げましたとおり、あなたは年末御神籤に当選しました」

 

 「……年末御神籤?」

 

 彼女ーーウルズは訝しむ俺を無視し話を続けている。

 

 「当選者のあなたには景品として『異世界へ渡る権利』が与えられます。」

 

 ……異世界? いくら夢でも突飛すぎやしないか。今どき子供だって信じないぞ。


 「異世界ってどんなところなんだ。行った後は戻って来られるのか」


 「異世界について詳しいことはお教えできませんが、渡った後はこちらの世界に戻ることはできません」


 ウルズは微笑みながら俺の問いに答える。


 ……異世界か。既に両親は他界しており、親しい人も特にはいない。

 この世界に未練があるわけでもないし、どうせ夢なら異世界に行ってみるのも一興か。


 「いいぜ。連れて行ってくれ。なんだかよく分からんが、せっかく当選したんなら景品を受け取らないとな」

 

 俺の返答を聞いたウルズは宙にふわっと浮き上がる。


 「あなたの意思を受けとりました。米野緒香瀬。あなたに祝福のあらんことを」


 そう言うと、ウルズは俺の額に口づけをした。


 直後、意識が急速に遠のき、俺は抗うことなく二度目の深い眠りへと沈んでいった。


 「あ、それと特典として、肉体の若返りと言語もついていますので頑張ってくださいね」


 薄れ行く意識の中、ウルズのその言葉だけが聞こえていた。

 

◇◇◇


 瞼の裏に、焼け付くような強い光が差し込む。


 ……朝か。昨日の少し酒が残っているのか、起きるのが億劫だ。

 気だるい体をゆっくりと起こし、俺は目を開いた。


「……どこだ……ここ」


 昨夜は確かにアパートの部屋にいたはずだ。


 しかし……。今、俺の目に映るのは遮るもののない延々と続く赤茶けた大地と、吸い込まれそうなほど深い青空。


 乾いた風が吹き抜け、砂塵が舞う。辺りを見渡しても、所々に岩が見えるくらいで生命の気配を感じさせるものは何一つない。


 もしかして……。あの女神は夢じゃなかったのか。そうだとすればここは異世界ということになってしまう。

 そんな夢みたいなことが現実にあるのか……。


 ここが本当に現実の異世界なのかはわからないが、この状況はあの女神の仕業以外に考えられない。 

 それにしても、確かに異世界に行くとは言ったが、こんな荒野に放り出すなんてひどいんじゃないか。


 「おーい。女神様ー」


 虚空に呼びかけるが返事はない。


 気づけばいつの間にか服も部屋着のスウェットではなく、丈夫そうな麻の服と革の靴に替わっている。


 「ウルズ様! 聞いているか! なんだんだこの状況は!」


 何度か叫んでみたが、返答はない。


 こんな荒野に一人放り出されどうしろというのか。  


 「……ん? 手に何かあるな。これは……種?」


 かろうじて種と認識できるそれは、奇妙な形をしたピンポン玉ほどの大きさをしており、ぼんやりと光っているように感じる。なんの種だろうか。


 いや、よく分からない種よりも、まず今の状況を確認しなければ。もしかしたらまだ夢の中なのかもしれない。

 俺は、いったん種をポケットにしまい、周辺を探索することとした。


 

 数十分ほどだろうか、照りつける太陽の下、岩陰を頼りに進んでみたが、辺りは無機質な地面が広がっているばかりで、人の気配どころか水場すらない。


 歩いている途中に気づいたが、どうやら体が若返っているような気がする。身長や体型はそこまで変わらないが、明らかに体の動きが軽い。おそらく10代後半くらいの肉体だろうか。

 

 そういえば、ウルズが出てきた夢が終わる間際にそんな声を聞いた気がする。


 しかし、ここは現実なのだろうか、夢であってほしいが。


 乾いた大地を踏み締めながら、当てどころなく進んでいた、その時………。


 何かが正面の岩場から飛び出してきた。


 ……死ぬ。


 そう思った瞬間、俺は反射的に体を反らし間一髪でそれをかわすことができた。


 「なんなんだ……こいつは……」


 目の前にたたずむそれは、外見こそ犬のようだが体毛が一切なく、犬より細身のように思えた。

 つり上がった細長の目は俺を捉え続け、多くの鋭利な牙を持つ口からはよだれが垂れている。


 目の前の化け物が発する死の予感は、間違いなくここが現実だと告げていた。


 このまま異世界で何もできず無残に死ぬなんてことは絶対に嫌だ。


 俺は無意識に走り出していた。


 後ろには先程の化け物の荒い息遣いが聞こえる。死神の囁きのようなその音を聞きながら、俺は無我夢中で走った。


 灼ける様な日差しと極度に乾燥した空気が体の水分を奪っていく。


 どれだけ汗をかいたのだろうか口の中にはもはや水分は感じられない。


 「ぐあっ!」


 声にならない呻きが漏れる。足が何かにひっかかったと思った直後、視界がぐにゃりと歪み、地面に叩きつけられた。


 もう体力の限界だ。乱れた呼吸が戻らない。いくら肉体が若返ったといってもこれ以上走ることは無理だ。


 起き上がれないまま振り返れば、あの化け物が舌なめずりをしている。


 ……終わりなのか……こんな場所で……。


 死を、覚悟した、その時……。


 地を裂くような突風とともに巨大な何かが空から降ってきた。


 もうもうと舞い上がる土煙のなか、俺はそれを見上げた。


 黒ずんだ鋼鉄のような重厚な鱗、五本の鋭い爪が備わった巨大な四肢、空を覆い尽くすほどの翼、そして頭部には3本の角がそれぞれ左右対称に生えている。


 「……竜」


 アニメやゲームでしか見たことがない想像上の生物が目の前にいる。


 そうか、やはりここは異世界なのか。


 もはや逃げる力もない俺は、ただこの状況を眺めることしかできない。


 気がつけば俺を追っていた犬のような化け物は消えていた。


 『ヒトか』


 竜が口を聞いた。それは聞こえるというよりも頭の中に声が響いてくる感覚だった。

 俺が驚きと疲労で何も言えずにいると竜は更に言葉を発した。


 『ヒトよ。汝に害なすつもりはない。ここより去れ』


 思いがけず穏やかな声に俺は安堵した。


 去れと言われてもどこへ行けばいいのか分からないが、竜の気が変わる前にここを離れるしかない。


 わずかに残った気力をふり絞りその場を立ち去ろうとした時、竜が何かに気づいた様子で話しかけてきた。


 『待て……。ヒトよ。汝、何を持っている』


 深緑の瞳が、俺を見据えている。


 ……何って言われても、いつの間にか異世界に来ていた俺が何を持っているというのか。


 ……いや待てよ。そう言えば……。


 「俺の持ち物って言われたって、持っているのはこの種くらいだが」


 俺はポケットから例の種を取り出し竜の眼前に差し出す。


 結局この種は何なんだ。犬のような化け物に追われた際も特になにも起こらなかった。


 異世界に来るならチート級のスキルとか伝説の剣とかもらえるんじゃないのか。種だけもらってもどうしろと言うんだ。


 俺が心の中でウルズへの不満を吐き出していた時、竜は種を見つめたまま、その巨躯を小刻みに震わせていた。


 「おい、これに何か……」


 俺が言い終わるのが先か、空気が振動し目の前に閃光が走った。


 まぶしさを堪え再び目を開けた時、そこに竜の姿はなかった。


 代わりに立っていたのは、透き通るような青い髪をなびかせ、目に涙を浮かべた一人の少女。

 「お会いしとうございました……!」



 少女は弾かれたように駆け寄ると、俺の胸に飛び込んできた。


 「魔王様!」


 ま……魔王!?


 かくして俺の異世界生活が幕を開けた。


はじめまして!

これが初めての投稿です!

皆様に少しでも楽しんでいただければ幸いです。

良ければ感想もいただけると大変うれしいです!

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