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甲殻類アレルギーなのに新鮮なら死なない? 命がけの食事会と崩壊した婚約  作者: 品川太朗


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8/10

第8話:婚約者の落下──左遷と孤立

社内中に広まる「新鮮なら大丈夫」という噂。 コンプライアンスの時代、そんな社員を置いておける会社はありません。


エリート営業マンだった彼に下される、無慈悲な辞令。 そして、最後の悪あがき。


自動ドアが彼を閉め出す瞬間を、どうぞ見届けてください。

 絶縁宣言から一週間。

 私は、以前と変わらず会社に出社していた。


 あの日、辞表を出そうとした私を人事部長が全力で引き止めてくれたおかげで、私は被害者として手厚く守られることになったのだ。


 一方で、大野悠真の環境は激変していた。


「おい、聞いたか? 『新鮮なら大丈夫』って」

「聞いた聞いた。営業の人間が言うセリフじゃないよな」


 給湯室や廊下の至る所で、そんな囁き声が聞こえてくる。


 あの会議室での一件は、またたく間に社内に広まっていた。もちろん、人事部が詳細を漏らしたわけではないだろうが、人の口に戸は立てられない。


 特に「アレルギーの人に無理やり食べさせようとした」という事実は、コンプライアンスに厳しい現代の企業において、致命的な烙印となった。


 昼休み。社員食堂で、悠真が一人で食事をしている姿を見かけた。


 以前なら後輩を引き連れて談笑していた彼だが、今は誰も寄り付かない。

 誰かが彼の隣を通るたび、少し距離を取るような仕草をする。まるで、彼自身が「汚染源」であるかのように。


 彼の顔色は土気色で、自慢だったブランド物のスーツもどこかヨレて見えた。

 営業成績もガタ落ちだという噂だ。取引先での雑談でも精彩を欠き、クレームが増えているらしい。


 精神的に追い詰められているのは明らかだった。


 そして、その日は唐突に訪れた。


 社内イントラネットに掲示された『人事異動のお知らせ』。

 そこに、大野悠真の名前があった。


 【異動先:北関東物流センター 管理課】


 営業部のエース候補と言われていた彼が、都心を離れ、顧客と顔を合わせることのない倉庫管理部門へ。

 事実上の「左遷」であり、キャリアの断絶を意味していた。


 その日の夕方。

 定時を過ぎ、私がオフィスを出てエントランスホールに向かうと、自動ドアの前で待ち構えている人影があった。


 段ボール箱を抱えた悠真だった。今日が最終出社日だったのだろう。


「……美咲」


 私に気づいた彼が、駆け寄ろうとして、よろけた。


「美咲! 頼む、話を聞いてくれ!」


 私は足を止めず、視線だけで彼を制した。周囲の社員たちが、何事かと遠巻きに見ている。


「話すことはありません。弁護士を通してください」


「違うんだ! 謝りたいんだよ! 俺、左遷されることになって……このままじゃ俺の人生、終わりなんだ!」


 悠真は必死な形相でまくし立てた。


「上司に言ってくれよ! 『誤解は解けた』って! 『復縁するから彼を許してやってくれ』って! お前がそう言ってくれれば、撤回されるかもしれないんだ!」


 ……呆れた。


 この期に及んで、彼は自分の「保身」しか考えていない。

 私の命を危険に晒したことへの償いではなく、自分が元の地位に戻るための道具として私を利用しようとしている。


 私は冷たく言い放った。


「私の知ったことではありません」


「なっ……お前、あんなに愛し合ってたのに、そんな冷たいこと言えるのかよ!?」


「愛? あなたが守りたかったのは、私じゃなくて『お母さんの機嫌』と『自分の世間体』だけでしょ?」


 私は一歩踏み出し、彼との距離を詰めた。

 悠真が怯んだように後ずさる。


「悠真さん。あなたが飛ばされるのは、私のせいじゃないわ」


「え……?」


「あなたが『新鮮なら大丈夫』なんていう、自分の都合のいい理屈で現実を歪めようとしたからよ。仕事も同じ。自分のミスを認めず、他人のせいにする人間を、会社が必要とするわけないじゃない」


 正論のやいばに貫かれ、悠真は言葉を失い、口をパクパクとさせている。


「さようなら。元気でね。……ああ、でも」


 私はふと思い出したように付け加えた。


「物流センターの空気は新鮮でしょうから、きっとあなたも生まれ変われるんじゃないですか? 『新鮮なら大丈夫』なんでしょ?」


 それが私からの、最後の手向け(皮肉)だった。

 私は彼の横を通り過ぎ、オフィスの自動ドアをくぐった。


「美咲! 待ってくれ! 見捨てないでくれぇッ!」


 背後で彼の絶叫が聞こえる。

 けれど、その声はすぐに遮断された。


 ウィーン……ガシャン。


 厚いガラスの自動ドアが無機質な音を立てて閉まり、彼の情けない姿と声を完全にシャットアウトした。


 ガラス越しに見える彼は、崩れ落ちるように膝をついていた。

 まるで、音のないパントマイムを見ているようだった。


 私はスマホを取り出し、着信拒否設定を確認する。

 もう二度と、彼と関わることはない。


 胸の中にあった重い鉛が、すうっと消えていくのを感じた。

 ああ、清々しい。


 私はヒールの音を高く響かせ、夜の街へと歩き出した。

「物流センターの空気は新鮮でしょうから」 美咲、座布団10枚!! 最高の皮肉です。彼が信奉していた「新鮮さ」が、これからは彼を苦しめることになるでしょう(冬の倉庫は寒いですからね)。


ガラス越しに崩れ落ちる元婚約者。 まるで映画のラストシーンのような「完全な絶縁」でした。


さて、大黒柱候補だった長男が左遷され、残された実家はどうなるでしょうか? 地獄の釜の底が抜ける時が来ました。


次話、義実家の崩壊と末路です。 責任をなすりつけ合う、醜い争いが始まります。


全話投稿済みです。 因果応報の結末、第9話へお進みください!

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