第4話:会社の話し合い──婚約者、墓穴を掘る
自信満々で会議室に現れた婚約者。 彼は本気で信じているのです。「自分は正しい」「悪いのは騒ぎ立てた美咲だ」と。
さあ、常識ある大人たち(上司)の反応をご覧ください。 公開処刑の始まりです。
月曜日の朝。
私は重い足取りで出社し、直属の上司である課長に「至急、お話ししたいことがあります」と告げた。
私の憔悴しきった顔色と、ただならぬ雰囲気を察したのか、課長はすぐに会議室を押さえてくれた。
数時間後──。
会社の小会議室には、異様な緊張感が漂っていた。
私と悠真。
そしてテーブルの向かいには、課長、部長、さらには人事部長までもが顔を揃えている。
ことの重大さを鑑みて、課長が上層部へ声をかけてくれたのだ。
「……で、大野くん。君が川島さんに対して『非常識だ』と婚約破棄を申し出た、という話だが」
部長が低い声で切り出す。
悠真はスーツの襟を正し、自信満々な表情で頷いた。まるで、これからプレゼンでもするかのような態度だ。
「はい、その通りです。私としても残念ですが、彼女の人間性に重大な欠陥があることが判明しまして。会社にもご迷惑をおかけする前に、はっきりさせておこうかと」
悠真はチラリと私を見て、鼻で笑った。
『お前が俺に勝てるわけないだろ』という顔だ。
「具体的に、何があったのかね?」
人事部長の問いに、悠真は待ってましたとばかりに口を開いた。
「実は週末、私の実家に彼女を招いたんです。両親と姉が、彼女のためにとびきりのご馳走を用意して待っていました。しかし彼女は、その料理を見るなり『殺される』などと騒ぎ出し、両親を罵倒して、裸足で逃走したのです」
悠真の説明に、上司たちが眉をひそめる。
確かにこれだけ聞けば、私は異常者だ。
「それは……穏やかではないな。川島さん、事実かね?」
部長の視線が私に向く。
私は膝の上で拳を握りしめ、静かに口を開いた。
「……逃げ出したのは事実です。ですが、その『ご馳走』というのが問題でした」
「ほう?」
「私は重度の甲殻類アレルギーです。診断書も会社に提出していますし、彼にも何度も伝えてありました。それなのに、食卓には山盛りのカニが用意されていたんです」
私の言葉に、会議室の空気がピタリと止まった。
課長が目を丸くして悠真を見る。
「おい大野。知ってたのか? 彼女のアレルギーのこと」
「ええ、知ってましたよ」
悠真は悪びれる様子もなく、平然と答えた。
そのあまりの堂々とした態度に、逆に上司たちが混乱しているのがわかる。
「知っていて……カニを出したのか?」
「ですから! そこが彼女の誤解なんですよ」
悠真は「やれやれ」といった風に両手を広げ、得意げに語り始めた。
「普通のアレルギーならわかりますよ? でも今回用意したのは、母さんが北海道から取り寄せた朝獲れの超高級カニなんです。鮮度が違います。スーパーの安いカニとはわけが違う」
「……は?」
人事部長の口から、素っ頓狂な声が漏れる。
「ですから、『新鮮な本物ならアレルギーなんて出ない』んですよ。母さんも姉さんもそう言ってますし、ネットにも書いてあったそうです。それを彼女は、一口も食べずに『殺される』だなんて……。これ、生産者への冒涜ですよね? 作ってくれた母さんへの侮辱ですよ」
悠真は一気にまくし立てると、「わかっていただけますよね?」と上司たちに同意を求めた。
──沈黙。
痛いほどの沈黙が部屋を支配する。
最初に口を開いたのは、普段は温厚な課長だった。
「……大野。お前、本気で言ってるのか?」
「え? 何がですか?」
「新鮮ならアレルギーが出ない? そんな馬鹿な話があるわけないだろ!」
課長の怒鳴り声に、悠真がビクリと肩を震わせた。
部長も頭を抱え、人事部長に至っては、汚いものを見るような目で悠真を見ている。
「いや、でも母さんが……」
「お前の母さんは医者なのか? 科学者なのか?」
「いえ、専業主婦ですけど……でも、母さんは僕のために……」
しどろもどろになる悠真に、課長が冷徹なトーンで言い放った。
「いいか、大野。お前が言ってるのはな、『重度の花粉症の人に、山から採ってきたばかりの“新鮮なスギ花粉”なら大丈夫だろ?』って鼻に突っ込んでるのと同じなんだよ!」
その例えがあまりに的確で、私は思わず顔を上げた。
悠真はポカンと口を開けている。
「え、いや、それは……花粉とカニは……」
「同じだ! アレルゲンなんだから! 命に関わるアナフィラキシーショックを、精神論で語るな!」
部長がため息交じりに引き取る。
「大野くん。君のやったことは、ハラスメントを超えて、傷害未遂に近い。もし川島さんが食べていたら、最悪の場合、会社として警察沙汰に対応しなきゃならんところだったんだぞ」
「け、警察……!?」
ようやく事の重大さに気づいたのか、悠真の顔から血の気が引いていく。
彼は助けを求めるように私を見た。
「み、美咲……お前からも言ってくれよ。俺は、ただ良かれと思って……」
私は冷めた目で見つめ返し、用意していた封筒をテーブルに置いた。
「部長、今回の件で精神的なショックを受け、彼と同じ職場で働くことは困難だと判断しました。退職願です」
「待て待て待て!」
人事部長が慌てて手を振る。
「川島さん、君が辞める必要は全くない! 被害者は君だ。会社としては君を全力で守るし、配置転換が必要なのは君じゃない」
そして、人事部長は冷ややかな視線を悠真に向けた。
「大野くん。君の処遇については、追って沙汰を出す。君の常識のなさが、会社の信用リスクになりかねないからな。……今は下がっていい。顔も見たくない」
「そ、そんな……部長……」
悠真はフラフラと立ち上がり、亡霊のように会議室を出て行った。
去り際、彼は小さく呟いた。
「……でも、母さんが言ってたのに……」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で彼に対する未練は、完全に、一ミリも残らず消滅した。
「新鮮なスギ花粉なら大丈夫だろ?」 課長、ナイス例えです。MVPです。 会社がまともな組織で本当によかった……。
ようやく彼の異常性が公になりましたが、これで終わりではありません。 元凶である「実家のあの人」がまだ残っています。
次話、義母が突撃してきます。 しかも、まさかの「被害者ヅラ」で。 斜め上の言い訳に、美咲の怒りは氷点下へ。
全話投稿済みです。 絶縁へのカウントダウン、第5話へお進みください!




