第1話:幸せの絶頂と、義家族の“奇妙なこだわり
こんにちは。 「新鮮なカニなら、アレルギーなんて出ないのよ!」 そんな命がけのトンデモ理論を振りかざす義実家と、それに立ち向かう主人公のお話です。
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「美咲先輩、いよいよ来月ですね! 本当におめでとうございます!」
終業のチャイムが鳴ったオフィス。
後輩の女子社員たちから渡されたのは、結婚祝いの華やかな花束だった。
フロアの一角で拍手を受けながら、私──川島美咲(かわしま みさき・28歳)は、照れくささと幸福感を噛み締めていた。
「ありがとう。忙しい時期に気を使わせちゃってごめんね」
「何言ってるんですか! 美咲先輩にはお世話になりっぱなしですから」
私は結婚後もこの会社で働き続けるつもりだ。
仕事は好きだし、理解ある職場環境も手放したくない。
何より、婚約者の大野悠真(おおの ゆうま・30歳)も「美咲が働きたいなら応援するよ」と言ってくれている。
悠真は同じ会社の営業部に勤める、優しげな男性だ。
少し優柔不断なところはあるけれど、私の話をよく聞いてくれるし、穏やかな家庭が築けると思っていた。
──そう、昨日までは。
「……はぁ」
退社後、悠真の運転する車の助手席で、私は音のないため息をついた。
膝の上にはお祝いの花束があるけれど、私の心は曇天のように重い。
これから向かうのは、悠真の実家だ。
結婚前の正式な挨拶。本来なら緊張こそすれ、おめでたい席のはずだった。
けれど、今朝届いた義母からのLINEが、私の中にどろりとした不安を広げていた。
『美咲ちゃん、今日は楽しみにしてるわね! お祝いだから、とびっきりのご馳走を用意してるの』
文末につけられた、カニの絵文字。
それを見た瞬間、背筋がゾクリとした。
「ねえ、悠真さん」
「ん? どうしたの美咲」
ハンドルを握る彼は、鼻歌交じりで上機嫌だ。これから実家に帰れるのが嬉しいのだろう。
その横顔を見ながら、私は努めて冷静に問いかけた。
「お義母さんのメッセージのことなんだけど……『ご馳走』って、まさかカニじゃないわよね?」
私は重度の甲殻類アレルギー持ちだ。
エビやカニは、口にするどころか、調理した蒸気を吸い込むだけでも気分が悪くなることがある。最悪の場合、アナフィラキシーショックで命に関わる。
そのことは付き合い始めた当初から悠真には何度も伝えているし、同じ会社の人間として健康診断の結果なども共有したことがあるはずだ。
けれど、悠真から返ってきたのは、耳を疑うような言葉だった。
「ああ、カニだよ。母さん、美咲のために奮発して北海道から取り寄せたんだってさ」
私は言葉を失った。
頭が真っ白になる。奮発した? 私のために?
「……え? 待って。私、アレルギーがあるって言ったよね? 命に関わるって、診断書も見せたよね?」
声が震える。
パニックになりそうな私を横目に、悠真は「あはは」と軽く笑い、信じられないことを口にした。
「大丈夫だよ美咲。母さんが言ってたもん。『スーパーの安いのはダメだけど、産地直送の新鮮なヤツならアレルギーなんて出ない』って」
「は……?」
思考が停止した。
何を言っているの? 新鮮なら出ない?
そんな医学的根拠、どこにもない。アレルゲンは鮮度で消滅したりしない。それはただの毒だ。
「ち、違うよ! そういう問題じゃないの! 新鮮でも何でも、カニはカニなの! 私、本当に死んじゃうかもしれないんだよ!?」
私が必死に訴えると、悠真はようやく少し困ったような顔をした。
だが、それは私の命を心配している顔ではない。「わからず屋だなあ」という顔だ。
「大げさだなぁ、美咲は。母さんも姉ちゃんもネットで調べたらしいよ? 『精神的なものも大きいから、美味しい本物を食べれば治る』って。せっかくの好意なんだから、一口くらい頑張ってみなよ。ね?」
──ゾッとした。
話が通じない。
この人は今、私が「死ぬかもしれない」と言っているのに、「好き嫌いの克服」の話にすり替えている。
彼の頭の中では、『母さんの言葉 > 私の命の危機』という図式が成立しているのだ。
「……引き返して」
「え?」
「無理よ。私、行かない。殺される」
「またそんな言葉使って……。もう着いちゃうよ? ここで帰ったら、それこそ母さんたちの顔に泥を塗ることになるぞ。これから嫁に入るのに、そんな態度でいいの?」
悠真の声に、初めて苛立ちが混じった。
私が黙り込むと、車はスピードを緩め、一軒家の前に滑り込んだ。
立派な門構えの家だ。
玄関には、すでに義母と義姉らしき人影が見える。二人とも満面の笑みで手を振っている。
一見すれば、嫁を歓迎する温かい家庭の風景。
けれど、車を降りた瞬間、私の鼻孔を突いたのは──
濃厚な、茹でた甲殻類の匂いだった。
「うっ……」
喉の奥がヒュッと鳴る。
玄関のドアは開け放たれている。家全体が、私にとってのガス室と化している証拠だ。
「ほら、美咲。笑顔、笑顔」
悠真が私の背中をパンと叩く。
逃げたい。今すぐこの場から全力で逃げ出したい。
けれど、足がすくんで動かない。
「いらっしゃーい! 待ってたわよ、美咲ちゃん!」
義母の甲高い声が響く。
その笑顔の奥に潜む、底知れない無理解と狂気に、私はただ震えることしかできなかった。
お読みいただきありがとうございます!
「新鮮なら大丈夫」 ……そんな医学的根拠のない言葉で、地獄の釜の蓋が開きました。 主人公の美咲にとって、これは食事会ではなく「処刑場」です。
次話、いよいよ恐怖の食事会が始まります。 義母と義姉の狂気、そして婚約者の裏切り。 美咲は無事に逃げ出せるのか?
全話投稿済みですので、続けてサクサクお読みいただけます。 ぜひ、第2話へお進みください!




