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1章8話 男は、とにかく争いを避けたかった(3)

 ノルンの村の村長――バズの息子であるビズは、慎重に言葉を選び、話始めた。


「まずはヤドさんにお詫びをさせてください。大切なご息女を、挨拶も無く、盗人のように隠れてこのように連れまわしてしまっていることを。大変申し訳ありません」


「いや、そのことは本当に良いんだ。確かに危険な逢瀬になっていることは心配しているところだが、私は娘になんの束縛もしていない。大切に育てた娘が選んだ結果なら、咎めたりはしない」


「ありがとうございます!私はマイさんを心の底から愛していて、本気で妻にしたいと考えています。しかしここ最近の情勢――いえ、それも私の至らなさが原因ではあるのですが、なかなか公表も出来ず……それでも私を支えようと献身的にマイさんは……」


 堰を切ったかのように、マイへの思いをヤドに打ち明ける。


「わかってる。わかっているよ、君が大切にしてくれていることは」


 しかし――とヤドは続ける。


「驚いたよ。風のうわさで、ノルンの村に思い人がいるというのは聞いていたが……まさかバズの息子、いやノルンの村長とは……」


「私の息子じゃ嫌か?」


「何を言う、これほど安心できる後ろ盾もないだろう」


 はっはっは――と大声で笑い喜ぶバズだったが、声色を変えて改まる。


「しかし、うちの愚息が、そちらのご息女を連れまわしていたのは事実だ。私からも謝罪する」


「いやいや、本当に良いんだよ。それより、そちらは大丈夫なのか?」


 そう言われ、バズはヤドの娘――マイを見やる。


「マイさんのことは何の心配もしていない。村長の嫁になる覚悟は、きっと持ち合わせての行動だろう。ノルンの村にとっても、村長に嫁が出来るのは喜ばしい事だ。皆心配しておったからな」


 だが――と、バズは息子のビズを見やる。


「出来れば、このことは事前に相談が欲しかったな。村長とは責任ある立場だ。相手のこともある。身勝手な行動は慎まんと、村を守れなくなるぞ」


 バズの言葉に、ぐっと悔しそうに拳を握るビズ。


「まぁまぁバズ、その辺にしておきなさい。ビズ君も知っての通りだが、お前の親父は頭が硬くていけない。すぐ説教臭くなる。お前だって昔……」


「ヤド!やめろ!どの話か分からんが息子の前だ!やめてくれ!」


「ははは……まぁビズ君、つまり心配なんだよ。バズは君のことが。若くして村長になって、少し空回っている君のことが」


 心根をヤドに言われて、バズは恥ずかしそうに俯く。


「父親を超えようと、ビズ君が必死なのは、話に聞いている。しかし村長に大切なのは、もう君が持っている仲間からの信頼、それと、仲間を頼ることだ」


 ビズは一言たりとも聴き逃さんと、ヤドの話に集中する。


「仲間は、頼ることで成長する。村長の普段の仕事なんて、実はそれほど大変なわけではない。一番大変なのは、仕事を任せて見守ることだ、と私は思う。まぁバズもその点は不器用だったがね」


 おい!――とバズはヤドの背中をたたき、恥ずかしさを紛らわす。


「なるほど……俺に足りなかったのは……」


 ビズは天を仰ぐ。日が暮れ始めた空は雲一つなかった。


 僕に足りなかったのも――


 端で聞いているだけのノアもまた、天を仰いでいた。



 ***



「それで、奥にいるゾフさんと、もう一方の方は……?」


 ビズとマイの話に入れるはずもなく、後ろで控えていた二人は、ビズの問いかけでようやく輪に参加する。


「ああ、紹介がまだだったな。こちらはノアさん。魔女の家からお越しいただいている。例の狩場の件の仲介役だ」


「初めまして、ノアと申します」


「早速話を、と思うのだが、日も暮れ始めている。村長も揃ったわけだし、村の中で話さんか」


 バズの言うとおりだった。村の近くとはいえ、夜の森で話す内容ではない。村長と村に入れば、警戒もされないだろう。


「わかりました。私が村へご案内します」



 ***



 ノアとゾフ、ヤドにバズ、マイは、ビズに連れられてノルンの村へと入った。


 村の作りはさほどナーレの村と変わらない。きっと獣人族のオーソドックスな作りなのだろう。違いと言えば、崖に囲まれていることもあり、村の境界の守りが強固であること、住人がピリついており、こちらに対して敵意すら感じる視線を感じることだった。


「みんな、彼らは私の客人だ!失礼のないように頼む!」


 ビズは大声でそう村人に言い聞かせる。それでも一部、不審な目は人間であるノア以外にも向けられているようだ。この戦争前の緊張状態だ。もしかしたら、ビズに対する――またはバズに対して――求心力が落ちているのかもしれない。


「ここが応接の間だ。茶を用意させる。少し待っていてくれ」


 少しして、温かいお茶が出され、本題に入っていった。


「では、私から……。先ほどバズさんからは概ね話は聞いているのですが、改めてビズさん、村長から見た今回の件をご説明いただけますか?」


 そうですね――と、記憶をたどるようにあごに手をやり、断片的に話し始めた。


 話は概ねバズと変わりなかった。追加の情報と言えば、難民を受け入れた事による生活基盤の揺らぎから、村長としての求心力が落ち、統率が取りにくい状況にあること。それとナーレの村へ送った使者の亡骸が、ナーレとの境界付近で見つかったこと。腹を裂かれ、魔石を取り出した形跡があったことから、人間のハンターによるものだということだった。


「ビズさんは、この状況をどうしたいと考えていますか?」


「もちろんナーレとの争いにはしたくない。しかし、この人口を食わせていく当てがないのも確か……ヤドさん……ナーレの村にその……難民の一部を受け入れられそうですか?」


 心底申し訳なさそうに、ヤドへお願いする。


「そうさな……人数は?」


「今受け入れているのは30人ほど。ノルンのおよそ半分の人数です。10名までは何とかなりそうですが……残り20名を」


「20名か……かなり厳しいな……せいぜい5人程度なら何とかなるのだが……」


 ふむ――とノアは考え込む。

 今話が出ているのは、現在の村としてのキャパだろう。当然、今いる住人が子供を産み、大きくなり定住すればさらにキャパは必要になる。しかし徐々に大きくなる分にはまだ何とかなる。生まれるものがいれば死ぬものもいるからだ。しかし難民となると、変化が急すぎる。これは受け入れた村全体の問題と発展する。


「難民同士で、一から村をつくることは難しいのでしょうか」


「難しいですね。逃げて来られたのは非戦闘員なので、女子供老人がほとんどで、リーダーもいません」


 ううん――と黙り込み、考えるノア。

 そもそもノルンの村は最大キャパに制限がある。であれば、人口を減らす他ない。ここを前提にすると、新しい村を作るのが、やはり今浮かぶ中での最善策だった。


「提案があるにはあるのですが、前提となる条件があります」


「それはどのような?」


「まず一つ。ノルン、もしくはナーレから、村を率いるリーダーを選出できるか。二つ目は双方から新村創設に関して頼れそうなものにしばらく派遣をお願いできるか。三つめは、この三つの村がうまく連携して運営できるか、です」


「その前提が叶ったとして、どのような改善策を?」


「やはり新村を作る方向で考えたいです。まず、ノルン、ナーレ、新村、それぞれ村の役割を決め、今後少しずつ特色をつけていきます。新村には、人間をはじめ、交易拠点としての機能を将来的に持たせたい。ここにあるものを、ここに無いものと交換出来れば、今回のような食糧問題も、解決の糸口が増える」


 考えもしなかった大きな話にみな、置いて行かれぬようノアをじっと見つめる。


「ほか2つの村の方向性が大方決まったら、ナーレ、ノルン、難民、それぞれどこに住むかの希望を取って、住人を再配置する。これはかなり大掛かりになるかもしれませんが、住んでいる村を容易に変えようとなかなか思わないようにも感じるので、どれほどの人数が動くかは正直やってみないとわかりません。しかし、新村にはある程度人口が動いてもらう必要があるのと、ノルンに人口が偏るのも避けたいので、ここは采配が必要になります」


 そして――


「この三つの村には村長が必要になります。ヤドさん、ビズさんは続投してもらうとして、私としては、バズさん。返り咲くことは難しいですか?」


「え、私が……か?うーん……ヤドも現役だし、歳を理由には出来んよな……」


「私の提案としては、ヤドさんには引き続きナーレを、バズさんにはノルンを、そして新村にはビズさんがいいのでは、と考えます」


「私が……新しい村の長に……?」


「ええ、ビズさんはまだ若い。新しい事をするのにうってつけだと思いますし、それに……これは憶測ですが、そうすることで、父の背中というプレッシャーからも少しは解放されるのでは、と……」


 ビズはマイの顔を伺う。マイは相変わらず物静かに、にっこりと返した。


「というのが、僕の策です。今後の発展まで視野に入れているので、かなり大掛かりな話になってしまっているのですが……どうでしょう」


「ノアさん。将来の話はとても魅力的なのですが、足元の……あわや争いになるのでは、というこの緊張状態はどう解消しましょう?今の話では火は消せそうにないかと……」


 ビズの意見は最もだった。分かりやすい和平が必要だ。


「その件は、大丈夫でしょう。ビズさんとマイさん。お二人は今すぐ結婚する意志はありますか?」


 ノアは少し強引であることも自覚していた。しかし、二人を見ていると、なんだかとてもお似合いなのだ。二人ならなんだって乗り越えられそうな、そんな直感。


「私の決心は固い。……しかし、マイと少し相談をさせてください。私の一存では決められない」


「我々も、幹部たちと相談したい。少し時間をくれないか」


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