エピローグ 魔女に拾われた男は、ただ静かに生きていた
ノアの演説は、世界中に波紋を生んだ。
一方では彼を平和の使者が誕生したと謳い、また一方では暴力で他者を退ける暴君、と蔑んだ。
また、魔石が今後手に入らなくなる、と解釈したものが生活魔道具の買い漁りに走り、結果品薄状態が起きる場面もあった。
そしてフェルニス王国では――。
演説を受け、即座にファンベルグ国王のもとに臣下が終結した。
ファンベルグは迷っていた。ノアの言う通り、魔族軍が攻めてくるようなら決して太刀打ちできないだろう。しかしここまできて、占領した国から手を引く、というのはあまりにも無様に感じていた。
「国王、いかがなされますか!?」
「……………皆の意見をくれ」
臣下は、国王から出た想像もできないその言葉に、大変驚き、そして戸惑った。
「………意見、と言われましても」
「………では、勝てると思うか。この戦争に。魔族軍に」
臣下は、顔を見合わせる。
「……………恐れながら、期待薄かと」
ファンベルグは深くため息をする。ばさりと流れ落ちた髪が、疲れを物語っていた。
「兵を引け…………キ・エラ連邦とファシルファ王国を解放し、内政に集中せよ」
はっ!――と臣下たちは返事をし、その場を退散していく。
ファンベルグは垂れた髪をかき上げる。
彼は悔しかった。ここまでやってきたのだ。その苦労は、筆舌に尽くしがたい。
それをいとも簡単に踏みつけたノアを、彼は憎くてたまらなかった。
しかし一方で、わずかだが安堵している自分もいた。
世界を救うその責から逃れ、一国の王に戻れたことに。
一方、シルドニア皇国では――
ルタ・スクリット共和国のクーデターが劣勢となっていたこともあり、撤退は早かった。
そしてファシルファ王国に立てたシルド神教会大聖堂も、自ら壊しはしなかったものの、再びシルドニア皇国へと拠点を移すべく再移国を開始した。
レインズは、規模が縮小した今なお、シルド神教が世界中の民を救うと信じている。
宗教観の違いが、争いの種になると知っているからだ。
しかし彼の中で、ノアの言葉――魔族と分かり合える、そのことが頭からなぜか離れなかった。
再び、教典を学び直そう。彼はそう思った。
数か月が経ち、各国は元の独立国家として運営できるまでに至った。
そしてノアの力により、シルドニア皇国を覆っていた魔素は、ゆっくりとだが霧散し始めている。
兵役を終えた父が戻ってきたことに喜びの声を上げる子供たちとその妻。
農村に人が戻り、荒れた畑を再び掘り起こせる喜びを噛みしめ、天に祈りを捧げる農民。
飢えによりパンを奪い合っていた者が、家族を失った移民にパンをそっと分け与えている路地裏。
街の喧噪がもどり、品ぞろえが戻った露店街。
世界は、ゆっくりと元の形を取り戻していった。
ナイトハルトは、エルノア国の王として執務に追われている。
主に忙しい理由は、魔族からの魔石交易だった。今現在、魔族と太い交易を持てているのはエルノア国だけだった。この利益を独占しては他国の反発を買うし、そもそもそれをノアは望まないだろう。エルノア国はほぼ仲介料無しで他国へ回していた。
そんな忙しさの中、彼はふと窓から空を見上げる。
これがノアの望んだ結果なら、彼はいま幸せなのだろうか?
その問いは、いつまでも答えが出ぬままだった。
***
男は、ひっそり暮らしている。
従者二人と、大きすぎる魔王城にて。
時に来訪者の悩みを聞いて。
魔女に拾われた男は、ただ静かに生きていた――
三度目の勇者は、魔王であった。
彼は世界に混沌による平穏をもたらした
そしてそれは数百年もの間続いた。
再び世界が傾くとき
異界より救う者が現れるだろう。
……そしてまた、一人の人間が――




