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8章10話 魔王宣言

 ノアは、エスタスから杖と、魔素を操る力を継承した。


 しかしそれは、直接何かを攻撃できるような代物ではなかったが、それでも世界を管理するに足る力であった。


 ノアはふと、審問官アレスやレインズ教皇の言葉を思い出す。

 魔族が魔素を操る。魔族を管理する――彼らの言葉は、この力の事を指していたのか、と。


「ノア、この後は……本当に魔王城へ向かうのか?何度も言うが、すでに何百年も前の廃城だぞ?行ってどうという場所ではないが……」


「ええ、それでもです。可能であれば、そこを今後拠点に出来ればと」


「…………わかった。君だけでは身を守れないだろう。私もついて行く」


「ありがとうございます」


 ノアとエルミナは、エルフの森から4日程北上したところにあるとされる、旧魔王城へと向かった。




 ***



 4日かけて北上し、2日かけて辺りを探す。


 そしてようやく、旧魔王城へと続く一本の大きな道を見つけた。


 それを辿りしばらく歩くと、そこには大きな城――魔王城が姿を現した。


「これが……魔王城………」


 廃城などしていなく、数百年経った今でも、その荘厳な佇まいは健在だった。


「………まだ住めそうで良かったです」


 ノアは安堵した。

 エルミナはそんなノアの間の抜けた言葉を聞き、可笑しさを堪えきれずにいた。


「くふっ………ま、まあ。そうだな………」


 そんなエルミナを横目に、ノアは魔王城へと入っていく。


 大きな橋を渡り、大きな扉をエルミナの精霊魔法で開けてもらう。


 中は確かに埃っぽい。古さも感じる。しかし、これは明らかに手入れされた綺麗さだった。


「誰だ!?」


 奥の暗がりから声がした。大きく太い魔族の声だ。


 ゆっくりと足音が聞こえる。大きく重い足音だ。そしてぼんやりとした灯りが近づいてくる。


 エルミナは戦闘態勢に入った。



 そして、姿を現したのは、オーガ族の老人だった。


「その杖は…………。そんな、まさか人間が………」


 オーク族よりも大きな体のそのオーガ族の老人は、しばらく立ち尽くしていた。


 エルミナも戦闘態勢のまま彼を観察する。




 しかし最後には、片膝を床につけ、ノアにひれ伏した。


「お待ちしておりました。魔王様…………」


 ノアは呆気に取られた。まだ少し膝が震えている。


「名前を、訊いてもいいですか?」


「わしはガイと申します。ここの守衛隊の末裔でございます」


 ノアは詳しく話を聞くことにした。




 ***



 ガイは、数百年前に人間領まで影響を及ぼした魔王の、守衛隊であったオーガ族の遺志を継ぎ、代々この魔王城を管理する一族の四代目だそうだ。


 オーガ族は、魔王が倒れてもなお、生き残った数家族で、数百年に渡りここを守ってきた。しかし、時の流れと共に仲間は死に、とうとうガイ一人となってしまったようだ。


「…………他にオーガ族は」

 エルミナがそう質問する。


「おらんだろうな。オーガ族は忠誠心の厚い種族だ。義を捨てて移り住むなど、考えられんよ」


「では、ここの管理をお一人で?」

 今度はノアが質問する。


「ええ。しかしこの歳だ。なかなか独りで管理できるものではありません。せめて王座だけでもと思い、こうしてここにいるのです」


 王座の前に、ガイがここで生活しているであろう痕跡が見て取れた。


「いままで、お疲れ様でした…………私は、貴方の望む魔王ではないかもしれませんが、それでも仕えてくれるなら、ぜひお願いしたいのですが」


「ええ……ええ……もちろんですとも。この老いぼれで良ければ、使い倒してくださいませ……」


 ガイは静かに涙した。彼の一族が守ってきたものが、こうして報われた――その感動がノアやエルミナにも伝わった。




 ***



 ノアは、ガイが日々大切に磨き上げていてくれた王座に座る。


 ノアにはだいぶ大きすぎる王座は、それでもノアを受け入れてくれた。


「…………どうですか?」

 ノアは二人に感想を聞く。


「…………大変お似合いですよ」

「分不相応、とはこのことなのだろうな」



 ――まぁ、王座が似合わなくとも、やることは変わらない。


 ノアは気を取り直して、杖に思い切り念を込めた。




 そして、ノアの言葉を全世界に言葉を発信した。


 魔王宣言である。




「みなさん、聞こえていますでしょうか?私は、元エルノア国国王、ノアと申します」


 その声は、畑を耕す農民から、王座に座る国王まで、出生や身分、種族に関係なく全員に届いていた。

 突然の声に、みな戸惑いを感じたが、それはやがて静かになっていき、皆がノアの言葉に聞き耳を立てた。


「私はエルノア国建国の際、こう宣言しました。争いの無い世界。自由と平和の下で幸福にあふれた国を。と。しかしそれは、一国の理想でどうにかなるものではなかった。皆さんのご存じの通り、フェルニス王国とシルドニア皇国による大侵攻は、ヒルダンテ公国、ファシルファ王国、ルタ・スクリット共和国、キ・エラ連邦までも飲み込み、そしてそれは私が理想を掲げるエルノア国まで伸び、結果として妻を失いました。皆さんも多くの大切なものを失ったことでしょう。

 私はその中で気が付きました。暴力は、暴力でしか対抗できないのではないか、と。暴力を止めるには、暴力しかないのではないか、と。この構図はとても原始的で、とても知恵のあるものが行うべき行動ではありません。しかし、いくら知恵を絞っても、私には暴力を止めることは出来なかった。ですから私は、これから実行する暴力を、どうか蔑んでください。これは、決して賢さではないと」


 ノアは一呼吸おいて、再び話し始める。


「フェルニス王国とシルドニア皇国に告ぎます。キ・エラ連邦、ルタ・スクリット共和国、ファシルファ王国。これらの国の占領を直ちにやめ、元の国家としての機能を戻すこと。キ・エラ連邦は首脳陣の拘束を解くこと。ルタ・スクリット共和国は実権を王子であるカシッド・スクリットへ譲り、元の統治制度に戻すこと。ファシルファ王国も実権を第三王子であるハイリッヒ・フォン・ファシルファへ譲り、王政統治に戻すこと。これらを即座に実行しない場合、オーク族とオーガ族によって編成される魔族軍による占領、魔素による国内の支配を、実行いたします」


 これには、ファンベルグ国王もレインズ教皇も恐れおののいた。どうあがいても、人間が太刀打ちできる軍事力ではない。


 そしてカシッドとハイリッヒの両王子もまた、おののいた。まさか自分の名が呼ばれ、しかも故郷へ戻り統治をしろだなんて。二人はお互いに不安の色を浮かべた顔を見合わせた。

 しかし、その肩二つに、視察に来ていたルークがそっと手を乗せる。大丈夫、君たちなら出来る、と。


「私が望むものはただ一つ。均衡による平穏です。この暴力は、そのために行使するものです。決して正当化できるものではありませんが、そうでもしなければ、力の均衡は崩れ、やがて崩壊するでしょう。これが最終宣告であり、お願いではありません。命令です。直ちに各国を解放するのです」


 ノアは少し、間を置いたのち、続けて話す。


「そしてもう一つの懸念は、魔石です。人間の生活を豊かにする道具の多くには魔石が使われています。そしてこれの乱獲により、魔獣はおろか魔族まで命を脅かされています。私の望む、均衡による平穏は、魔族も含んでいます。彼らもまた、人間と同等の存在です。家族がいて、仲間がいる。知恵があり、言葉を交わし、分かり合う事が出来る。確かに魔族には、人間にはない力を持つものは多い。それを恐れる人間も多いでしょう。しかし彼らとは分かり合える。助け合えるのです。エルノア国はそうして発展してきました。互いが補い合うように助け合えば、より大きな幸福にだってたどり着ける。私はそう考えています。ですから、魔石の流通を魔族が管理することとし、人間は交易により手に入れる構図とします」


 ビズは、妻マイと先日産まれた息子ソラと共に聞く。虐げられ死んだ同族たちを思い出しながら。


「大層なことを並べてきましたが、皆さんには疑問があることでしょう。そんなことを、一人の人間が出来るのだろうか、と。出来るのです。私はそのために、キ・エラ連邦にて勇者として任命され、そして先日、魔王となり強大な力を手にしました。正直いえば、こんな力欲しくはなかった。しかし世界の均衡、そして平穏の為に、致し方なかった。暴力は、暴力でしか解決できないのであれば。

 私は愚かな魔王です。暴力でしか解決できないのですから。しかし、拳を振り上げるのは、これを最後にしたい。できれば振り下ろすことなく終えたい。もしそれが叶うなら、私の存在はここに在りながらも、皆さんの記憶からは忘れ去られることでしょう。それがもっとも幸福な形だと、私は考えます」


 そう言って、ノアは話しを終えた。


 ノアは憔悴しきっていた。杖に魔力を吸わせ、全世界へ声を届けた疲労。長い演説による緊張。それらから一気に解放され、ノアは膝から落ちた。


 慌ててガイとエルミナが駆け寄る。


「………こんなもんで、どうでしょうか」


 ノアは二人に訊いた。


「………素晴らしい演説でした」

「ああ、魔王らしい演説だった」


 ノアは笑顔で、そのまま眠ってしまった。


 目覚めた時、世界が平穏であることを願って――

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