8章8話 男の、仲間たちとの回顧
翌朝――。
ハイデンからの帰りが遅くなってしまったので、ノアが目覚めた頃にはもう、用意された朝食はすっかり冷めてしまっていた。
それにダリアはすぐに気が付き、温めなおしてくれた。本当に気が回る人だ。
「ノアさん、昨日は遅くまでお疲れ様でしたわ。今日は休みでかまいませんので、ゆっくりお過ごしくださいな」
そう食後の紅茶まで用意してくれる。
「ダリアさんは、今の仕事、どうですか?」
藪から棒に、ノアはそんなことをダリアに訊く。
「え?そうですね……とても充実していますわ!難しい情勢ですけど、商人の勘がここまで通用するとは思ってもいませんでしたもの!」
ルークに自慢の娘だと紹介された時から才覚は感じていたが、ここまで仕事のできる人物になるとは、ノアは思っていなかった。もう既に彼女は、エルノア国の顔である。
「そうですか。それは何よりです。無理なさらずにね」
ダリアは不思議そうな顔を浮かべていたが、そのまま食器の片付けを任せて、ノアは寝室を出た。
執務舎ではルークが書類の整理をしていた。
「精が出ますね」
「ああ、ノアさん。おはよう。昨日はお疲れ様だったね」
「いえいえ。ルークさんは調子どうですか?」
「そうだねぇ……こう事務仕事ばかりしていると、たまに外国に行きたくなるよ。行商人の性分だね」
ルークは大きな伸びをしながらそう答えた。
ルークはいつだってノアを助けてくれた。行商人としてだけではなく、父親的存在だ。それを感じているのは、きっとノアだけではないだろう。
「ルークさんもまだまだ行商人ですね。たまにはどうです?行商人のふりをして……」
「国王様がお許しなら、これはあやからないとね。たまにはハイデンにでも顔を出してみようか」
「もちろん、視察、でお願いしますよ」
あははは、と二人でひとしきり笑う。
「………後のことは私たちに任せて」
最後にルークはそうノアに小さく伝えた。
***
ノアはマギナの街に出た。
かなりの活気だ。以前のマギナ村では考えられないほど人や物が多い。
ノアはクリスを訪ねた。
「これはノア様。お久しぶりにございます」
「久しぶりですクリスさん。それと、結婚おめでとう」
クリスは恥ずかしそうにお辞儀をした。
「ここでの生活は慣れましたか?」
「ええ、それはもちろん。これほど安定した生活が出来るとは、ヒルダンテを出た時には考えられませんでした」
クリスはにっこり笑った。こういう柔らかい表情を浮かべるようになったのは、きっとナイトハルトとの結婚が影響しているのだろう。
「それはなによりです。今後も妻として、ナイトハルトさんを支えてあげてくださいね」
はい、とクリスは丁寧にお辞儀をした。
次はシルド神教会へ向かう。
シルド神教本部と独立して久しいこの教会も、移り住んできた真シルド神正教神父レアーズが改宗してくれたことで、以前よりはるかに綺麗に運営されていた。
「ちょっ!シスターマリエッタ!昼間から酒は辞めてください!これから授業でしょう!」
「いいだろケチ臭い!どうせ飲みながらやるんだ!今飲んでも変わらないだろ!」
「私は昼間に飲むなと言っているんですっ!」
レアーズとマリエッタの元気なやり取りが聴こえてくる。
ここももう、心配いらないだろう。
ノアは街で買い物を済ませ、寝室に戻った。
そして、翌朝の出立準備を人知れず進めた。
***
翌早朝――。
日の出とともに、ノアは静かに執務舎を出た。
そして魔女の家跡地を訪れる。
ここから、全てが始まったんだ――。
ノアは小指にいるルナリアを触って感じる。
この場所にはもう何も残ってはいないが、それでも色々な想いが残っていた。
目を閉じれば、いまでもあの雨の夜を思い出す。見知らぬ魔女の姿を。愛した妻の声を――。
辺りを噛みしめるように見ながら、森の入り口付近に作ったルナリアの墓標にたどり着く。
そしてエルミナと落ち合った。
「いいのか?」
「ええ」
短く言葉を交わし、ルナリアの墓標に花を添え、小さく祈る。
寂しくはなかった。ルナリアはノアとともにいる。
しかしこうして祈っていると、後ろ髪をひかれる思いがあるのは確かだった。
「……行きましょうか」
ノアが立ち上がり、踵を返すと、そこにはナイトハルトが立っていた。
「やはり、行ってしまうんだな……」
「…………ええ」
「…………………もう、戻れないのか?」
「進むと……決めました」
その言葉を聞き、ナイトハルトは長い髪をかき上げた。
「どうやら振られてしまったな!……………後のことは任せてほしい。それと、私は君の覚悟を見守っている」
「……ありがとうございます。僕が道を踏み外したなら、その時は容赦なく」
「ああ。わかっている」
ノアはナイトハルトの肩にそっと、しかし力強く手を置いた。
そして、ノアは振り返ることなく森へと入っていった。
***
ノアとエルミナは、ビズマの森へ辿り着いた。
「ビズさん、お久しぶりです。アルさんにエルさんまで。ルタ・スクリット共和国に行ったぶりですね」
「ノアさん!お久しぶりです。その……元気そうで何よりです!えっと………そちらは?」
ビズとは議会以来だ。こちらに戻ってきて一度会っているとはいえ、議会の時のノアの異様な雰囲気に、心配してくれていたのだろう。
「彼女はエルミナさん。同行者です。それで今日一泊お願いしたいのですが」
「ええ!かまいませんよ!」
「ところで、最近どうですか?」
「最近ですか?少し手に余していた移住者がヌレイの村へ再移住となったので、少し寂しく感じますが、概ね順調ですね」
「それは良かった。奥さんとは上手くやれてますか?」
「ええ……ああ!そうそう!実は妻が妊娠していまして……名前を決めかねていて……そうだ!ノアさん!何かいい案はありませんか?」
「え!?いやいやそれは私には荷が重い……」
「良いんですよ!国王に名を授かった、なんて名誉じゃないですか!」
ビズの圧が凄い。ノアは渋々考えることにした。
ふと空を見上げる。浮かぶ雲が、とても平和だった。
「………ソラ、なんてどうだろう?」
男でも女でも通用するし、大きく朗らかに育ってほしい。そんな想いをノアは込めた。
「ソラ、か…………ありがとうございます!早速妻に報告します!」
喜んでくれたようでなによりだった。
***
翌朝、ビズマの村を出て、ノルンの村へ向かった。
到着するや否や、ビズマの村からノルンの村に移住したミィが突進してくる。
「ノアーリンにゃ!!!!」
ぶつかったかと思えば、すぐに身をはがし、距離を置いた。
「はっ!ミィはもう人妻だったにゃ……ダメダメにゃ……」
何やら呟いている。
「久しぶり、ミィ。元気だったかい?」
「元気だったにゃ!でも残念だったにゃ!ミィはもうノアーリンのものではないにゃ!」
ミィをノアのものにした覚えはなかったが、話を聞くことにした。
「ダーリン!!!ダーリン!!!こっちくるにゃ!!!」
ミィはダーリンを呼んだ。
「ノアの兄貴!お久しぶりですね!」
現れたのは、すっかり鍛冶職人らしい風貌になったベゼルだった。
「え?ベゼル………気になる娘がいるって言ってたのはまさか……」
「ええ……ミィのことです。今はこうして結婚し妻となりました」
「えー!おめでとう!そうかそうか!いやめでたいね」
ノアは自分の事のように喜んだ。
「まぁ結構前の事なんですけどね……ありがとうございます!」
「そうかー。でもそしたらベゼルの家にはお邪魔出来ないか……」
「宿ですか?それならあちらに移住者用の仮住まいがあるので、そちらを」
ノルンの村にも、こういう施設が出来たのか。ノアは感心した。
***
そして明朝、一行はナーレの村へやってきた。
「おお!ノアさん!元気しとったか?」
村長の側近ゾフが出迎えてくれた。
「お久しぶりですね、ゾフさん。建国式以来になりますか」
「もうそんななるか!すまん、村長は丁度いま、近隣の村に出かけてて不在なのだ」
「近隣の村、ですか?」
「ああ、少し離れたところに獣人の村を見つけてな。ちょっと狩場が重なったもんで、相談しにな」
狩場の重複――ノアが初めてここに来た理由も、そうだった。ノアはなんだか懐かしくもあり、それを今は自分たちで解決できている心強さもあった。
***
ナーレの村を出て、ゾフから場所を教えてもらったミネスの村へ向かった。
場所が少しあいまいだったが、今回もエルミナがいる。以前のグラン村捜索程は大変ではなかった。
「お?ノアさんではないか!よくぞこんなところまで来たものだ!」
村長の家を訪ねると、すぐにネスが出迎えてくれた。
「どうもこんにちわ。どうですか?その後」
その後――ヌレイの村への護衛の事だ。
「ああ、問題ない。少し移動に難があるが、西側は村を繋いでいけるのはありがたい」
「東側は、どうですか?」
「オーク族は不用意に人間村に近づけんからなんとも。だがルッツが上手くやってくれてな。キ・エラ連邦のクンという人間村と交流を持てるようになったそうだ」
「それはすばらしいですね」
クン――ノアに良くしてくれたクンアラがまとめている集落だ。あのルッツのことだ。きっとクンの子供たちに人気だろう。
「それで、どうなんだ?情勢は……」
「ええ、相変わらず、ですね。……そして、きっとオーク族の方には、かなり遠くまで出兵してもらうことになるかもしれません」
「キ・エラ連邦か?」
「それと、ルタ・スクリット共和国、ファシルファ王国にも……」
ネスは途方もない旅路に空を仰いだ。
「それは、遠いな………しかし、いいのか?私たちが出るということは」
「ええ。覚悟の上です」
そうか、とネスは空を見上げながら了承した。
少しだけ震える手を、しっかりと握りしめて――




