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8章6話 男による、国王と教皇との三国協議にて

 ノアはここ最近、眠りが浅かった。


 この世界に、国家と呼べる規模の国は、フェルニス王国とシルドニア皇国を除き、ルーデン公国とエルノア国のみとなってしまった。

 特にフェルニス王国は、ヒルダンテ公国とファシルファ王国を飲み込み、キ・エラ連邦も占領している。

 そしてその背後にいるシルドニア皇国は、ルタ・スクリット共和国を事実上属国化している。

 この二国が共闘関係にあるのだ。もはや彼らは世界を征服したと言っていいレベルだ。


 ルーデン公国は立場上、中立を保っている。フェルニス王国と面しているからだ。


 この状態で、自分は何を成そうとしているのだろうか――

 しかし、こんな状態で何ができようか――


 小指で静かにしているルナリアは、いつだって答えてはくれない。




 先日ノアの指示により、オーク族のミネスとグランの村の住人の協力で、魔族の森の東西に防衛線を張ることは出来た。これで魔石の乱獲は阻止できるだろう。


 これで、魔族の森は守れる。


 しかし人間はどうだろうか。守れているのだろうか。


 そんな問いが頭から離れないのだ。


 ノアは、自分勝手にも世界を救うと断言した。

 だが実際には――

 もしかして――



 そんな折だった。

 ノアはルタ・スクリット共和国の再クーデター、ファシルファ王国の内乱勃発の報を聞いた。


 とうとう、その時が来てしまった――。


 ノアはそう感じた。



 ***



 ノアはすぐにルーデン公国国王フレデリカに書状を送る。


 内容は、エルノア国とフェルニス王国、シルドニア皇国との三国協議を持ちたい、と。


 4日で返事が届き、3日後の正午にハイデンにて三国協議が執り行われることとなった。フレデリカが取り仕切ってくれるとのこと。中立の立場がいるのはありがたかった。


 ノアはナイトハルトのみを連れ、ハイデンへと向かった。



 ***


 そして三国協議が開催された。


「まずは、急な申し出にもかかわらず、お越しいただきありがとうございます。この協議は私、ルーデン公国公女フレデリカ・フォン・ルーデンが取り仕切りさせていただきます。どうぞよろしく。まずは初めましてでしょうから、自己紹介からしましょうか」


「私はエルノア国の国王、ノアです。今回は私の呼びかけで集まってもらいました。ご足労頂き感謝します」

 ノアは座ったまま、丁寧にそう自己紹介と礼を伝えた。


「私はフェルニス王国国王、ファンベルグ・フォン・フェルニスだ」

 赤いマントを羽織った、大柄で筋肉質な白髪交じりの国王ファンベルグがそう挨拶する。


「私はシルド神教会教皇にしてシルドニア皇国の国王、レインズである」

 白と金のローブと帽子を被った背の高い教皇レインズがそうゆっくり会釈をする。


「さて、それでは本題を」

 フレデリカがそう司会を進める。


 ノアは少し声を張り発言した。


「お二人は、今の世界情勢をどのようにご覧いただいているでしょうか。私の眼には、混乱が映っています。ヒルダンテ公国侵攻に続き、交易都市ハイデン、ファシルファ王国までもフェルニス王国から侵攻を受け、フェルニス王国支配下となった昨今ですが、最近ファシルファ領で大きな内乱があったと聞きました。そしてルタ・スクリット共和国。これは国民によるクーデターですが、現在は実質シルドニア皇国による支配下となっています。そこでも、再び国民によるクーデターが起きている。これらは全て、現支配から旧支配に戻ろうとする揺れ動きによるものです。私は侵攻自体を否定するわけではありません。しかし、占領下となった地域を統治できずに崩壊させることに、大義を感じません。それを、お二人はどのようにお考えでしょうか?」


 ファンベルグはノアの話をつまらなそうに聞いていた。何を分かり切った話を、と鼻で笑うような仕草をとる。


 それを横目で見つつ、レインズはノアの問いにこう答えた


「まず勘違いしているようだから、是正しておこう。ルタ・スクリット共和国の最初のクーデターは、我々によるものではない。ルタ・スクリット共和国の国民の元来の不満から起きた出来事だ。我々はその後の統治の担い手として、国をあるべき方向に導くべく介入している」


「なるほど。では今の状況をどのようにお考えですか?」


 レインズは少し目を伏せて答える。


「悲しい出来事だと心を痛めている。代々に渡る彼らへの悪しき教育が、ここまで強いものだとは。しかし我々は対話することが出来る。それはシルド神から賜った力だ。必ず彼らにも解る日が来ると信じている」


「その教えの為に、ファシルファ領に大聖堂を立てて移国を?」

 ノアはさらに踏み込んでいく。


「大陸東側は異教徒であふれている。布教と改宗を進めるにあたり、祈りの象徴として大聖堂は不可欠だ」


「ええ、それは存じていますし、理解もしています。私はなぜ移国をしようとしているかを訊いています」


「移国……貴方にはそう見えているのか。ノア国王。あれは避難だ。シルドニア皇国のみが魔素に飲み込まれるなら、それは仕方のない事かも知れん。魔族の敵対心を刺激しているのだからな。しかしあのままではフェルニス王国をも苦しめてしまう。そうならない為に、一度拠点を分散し身を隠す必要があったのだ」


「その魔素の原因、本当に魔族のせいだと?」

 ノアは居直り、前かがみになる。


「その通りだ。でなければ不可解過ぎる。魔素は魔物の活動によって発生する。魔力によって意図的にシルドニア皇国を魔素で覆っているとしか考えられん」


「そうですね。魔素は魔物の活動によって発生します。その魔物の活動はつまり、魔力による活動です。そして魔石に蓄えられているのも魔力ですね?レインズ教皇。シルドニア皇国で大量の魔力を継続して使っていた覚えはありませんか?」


 ノアは、シルドニア皇国で行われていた可能性のある、新型魔法兵器開発について、言葉を濁して問う。


 ファンベルグも、新型魔法兵器の存在は知っているだろう。しかしこの仮説には気づいていなかった。もしその事実をレインズが知ったうえで開発実験を行っていたら――ファンベルグはそういった疑念をレインズに感じざるをえなかった。


「……………あり得んな。魔力は他の国々でも使っているだろう」


 レインズは、ノアが新型魔法兵器開発によることを責めていることは理解していた。しかしノアが濁した部分をあえてそのまま受け取り、言及せずに返答する。


 ノアもまた、立場上レインズが非を認められないことは承知で、言葉を濁し逃げ道を作っていた。これは断罪の場ではない。あくまで共通認識と真実を把握し、それぞれによってよりよい世界の形を模索する場と、ノアは位置付けていたからだ。


 しかし、正直なところノアは、非を認めてほしかった。せめて調査する意志だけでも。





 外は雨が降り出したらしい。ポツポツと雨音がかすかに聞こえてくる。




 その静寂を、ノアは再び動かし始めた。


「…………………わかりました。では話を変えましょう。ファンベルグ国王は今の状況をどうお考えですか?」


 ファンベルグは、やはりつまらなさそうな小さなため息を一つし、ノアに答える。


「一過性の痛みは必然だ。大義を行おうとしているのだ。そのような短絡的な捉え方では、何も変えられはせん」


「一過性であれば、私もこうして問うたりはしません。ファンベルグ国王も、統治に関して不安を感じているのではないですか?」


 ファンベルグは少しの間沈黙する。そしてノアに返した。


「…………いや、感じておらん。これは必ず統治させねばならん。人類の恒久的な平穏のためには、強い指導者と根強い信仰が必要だ。それがシルド神教とフェルニス王国の大義だ。もちろんそれには痛みも苦しみも伴うだろう。しかし誰かが成し遂げねばならん。今や魔族の侵攻もこうして実際に起きている。今立ち上がらねばならんのだ」


 ファンベルグは自身の決意を力強くそう話した。しかしその色は、自分を奮い立たせようとしたものに、ノアは感じた。この国王もまた、不安や恐怖の中、使命感によって立ち上がっているのだ、と。


 しかし、若干の違和感を感じる。


「………魔族の侵攻、というのはシルドニア皇国を覆っている魔素のことですよね?」


「ああ、そうだ。それはいずれもっと明確な形で人間領を襲うことになるだろう」


「先ほどレインズ教皇に話した通り、可能性として、魔族ではなく、人間の魔力活動……魔石による魔力の継続した大量消費が原因と私は考えています。そして、それ以上に今私が問いたいのは、シルドニア皇国を魔素が覆う前から、フェルニス王国はヒルダンテ公国を侵攻した件です」


 ファンベルグは黙り込んだ。


「あの頃から、聖戦と称して侵攻は行われていました。あれは魔族の侵攻が理由ではないでしょう。私は始めに話した通り、侵攻自体を否定してはいません。統一国家も。しかし、なぜ痛みを伴ってまで急ぐのです。もっと民に目線を合わせ、融和という形で統一国家を目指すことだって出来たのでは?」


 ノアは訊いているのは、大義ではない他の理由――例えば私欲などがあったのでは、という問いだった。


「それでは時間がかかり過ぎる」


「ですからなぜ急ぐのです?」


「君もそうだが、人間には寿命がある。私のそれは、君ほど長く残されているわけではない。私は覚悟している。この大義を遂行するための苦しみを担うと。それを誰かに押し付けぬと」


「その貴方が担うはずの苦しみの中で、私は妻ルナリアを失いました。それでも、貴方の大義は優先される、と?私が、いえエルノア国がその大義に猛反発すれば、貴方がたは大義を成せなくなるであろうことも、もちろんご理解の上で、妻を殺害した、と?」


 ノアはあえて、怒りの感情を前面に出す。

 ノアの大義には、理性や感覚以外にも、ルナリアを失ったことで強くなった仲間への感情も含んでいる。端的にそれを私怨と言われればそうなのだろう。しかしそれを含むノアの『全て』がノアに受け入れられ生み出した答えが、この世界を救いたい、という自己満足的な渇望だった。


 しかしそれは、ファンベルグやレインズのそれと大して差は無いのかもしれない。しかしそれでも――。




 ファンベルグはノアに反論する。


「君の妻は魔獣を率いていた危険人物だ。我らの大義には必要な犠牲だった」


 それを聞きノアの、机の上で組まれた指に力が入る。

 必要な犠牲だと?――ノアは強い憤りを感じた。しかし、その憤りこそ私怨だった。あくまで彼らの目線では、たしかに危険人物だったのだろう。


 ノアは深呼吸する。この怒りはここで出してはいけない。感覚と理性がそうノアをなだめる。



 思案するノアの頭の中のように、ゆっくりクルクルと、小指にはまるルナリアの結婚指輪を回す。



 そしてノアは、悟った。

 これは、この二者、二国の掲げる正義は、大義は、ノアと相容れないものだと。




 雨音が静かに屋根を叩く。いよいよ本降りなのだろう。




「…………わかりました」


 ノアはフレデリカに、この三国協議を終わらせるよう目配せした。


 何かが決まったわけではない。ファンベルグもレインズも何を協議したのか分からないままだった。




 しかしノアは、決意した。決断した。




 ノアは後ろで控えていたナイトハルトを連れ、その場を後にした。



 ナイトハルトは、その時のノアの、王でもなく友でもないその静かな表情を、いつまでも忘れる事は無かった。

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