8章3話 男は、再び動乱に振り回される
ノアとエルミナは、オーク族によるヌレイの村応援交渉の答えが出るまでの数日間、グランの村にて滞在した。その間の世話を片耳ルッツが担ってくれた。
「ところでルッツさん。ミネスの村で一体何をして追放を?」
少し繊細な話題かもしれなかったが、ノアはどうしても気になっていた。
「あ、それ聞いちゃう?気になっちゃう?」
ルッツはノアたちの世話を通して、かなり心の距離を縮めていた。
「あ、いえ………そりゃ話したくないですよね、すみませんでした」
そんなルッツをあえてノアは引き離してみる。
「しょうかないなあ!実はね、俺がミネスで農民をしていた頃、農地に小さな魔獣が迷い込んできたことがあって。かなり痩せていたし、可哀そうに思って飯をやったんだよ。そしたら後日、どうやら俺が餌付けした魔獣が仲間を呼んだみたいで、魔獣の群れが村を襲いに来てね。村総出で防衛戦。死人は出なかったけど、もっと大きな群れだったら危なかった。それで戒めのため、耳を切られたって訳。でもそんな迷惑をかけた村に俺はどんな顔をしていいか分からなくて、それで村を出たって話さ」
ルッツの、浅はかだが優しい性格であることがよくわかるエピソードだった。
「もうエサをあげちゃだめですよ」
「わかってるさ!…………でもな、俺考えちまうんだよ。魔獣と俺らに、一体どれだけの差があるんだろうってな。同じ命だ。あいつらだって、食わなきゃ死んじまう」
ノアはルッツのその言葉に、考え込んでしまう。
この話は、ルッツの価値観で答えれば、単に命の駆け引きだった。そして強いものが勝った、ただそれだけだ。しかし魔獣と魔族、そして人間。ひいては動物だって、それは全てこの世界にいる命であると同時に、価値観的には命の重みが異なっている。ルッツはそれを言っているのだろう。
その価値観はきっと、単純に仲間意識から来るものだろう。守る対象の線引きが、自分以外はどうなってもいい人、家族や仲間まで及ぶ人、地域や国単位の人、世界規模の人、種族を越える人、そして世界を通してすべての命を対象にする人だっているのかもしれない。その仲間意識が、害を及ぼそうとする存在に対して防衛反応を示すのだろう。この話はこれにあたる。
しかし、それ以上にノアは引っかかっていた。
そしてこの世界では、人間には含まない、知恵の持った種族――魔族がいる。確かに人間のそれには劣るが、彼らも言葉を話し、分かり合えている。しかしその魔族を人間界では、人間の下に捉える風潮がある。果たして人間と魔族に、優劣はあるのだろうか?あるのは同族ではないという、守る相手としての仲間意識の線引きだけのはずなのに――
ノアが黙り込んでいると、別のオークに、村長の家にくるよう呼ばれた。
そして改めて村長から、ヌレイの村への応援交渉を承諾すると伝えられた。
翌日、早速ノアとエルミナ、ルッツ率いるオーク族2人はヌレイの森へと出発し、2日かけて到着した。
しかし――
「そんな…………………」
――ヌレイの村は、ほぼ壊滅状態だった。
***
ほとんど瓦礫と化したヌレイの村には、数人の獣人が怯えながら暮らしていた。
ノアたちが訪れて10日も経っていない。
来るのが、遅かった――
ノアは瓦礫を見ながら、その言葉を飲み込んだ。
確かに、もっと早く助けに来ていれば、もっと早くこの村にたどり着いていれば、もっと早く魔族の森に入っていれば、救えたかもしれない。しかし、もし今回助けられたとしても、いままできっと多くの村がこうして滅んでいるに違いない。それを一つや二つ救ったところで、一体何になるというのだ。
辺りには、まだ腹の割かれた獣人の死体があちこちに横たわっている。弔うことすら、まだ出来ていないのだろう。
ノアは静かに腰を下ろし、目を閉じる。
そしてノアは、エルノア国に戻ることを決心した。
***
ヌレイの村の生き残りは全部で10人。逃げる体力のある若い女性がほとんどだった。
ノアは、この獣人を連れて、エルノア国に戻ることを皆に話した。
「ルッツさんたちは、グランへ戻ってください。これでは、復興どころではない」
「…………俺はノアの旦那について行くぜ。お前らは戻ってくれ。そして村長に報告を」
ルッツはついてきてくれるようだ。
「エルミナさんは……どうしますか?」
「…………そうだな。私もついて行くことにしよう」
「ありがとうございます」
そしてノアたちは、早々にヌレイの村を去った。
ノアとエルミナだけなら、キ・エラ連邦の集落を繋ぎながらクサナギを目指すのだが、この人数だ。獣人たちやエルミナに魔獣を狩ってもらい、ルッツが魔獣から切り出した肉を糧に、魔族の森の境界付近をただひたすら歩いた。
その道中、精霊による伝言がエルミナの下に届いた。以前獣人ミィの保護者を探す際にルナリアが使っていたことを、ふと思い出す。
伝言はレラゥタラからのようだ。エルミナはそっと、その精霊の光を耳に当てた。
「これを聞いている頃にはもう数日は経っているやもしれんが、伝える。キ・エラ連邦はフェルニス王国とシルドニア皇国によって占領された。死人が出た報告は無い。私らも無事だが、拘束されている。エルミナよ。レラに……キ・エラ連邦に戻るな」
「な………そんな……………」
エルミナは、言葉を失った。
「エルミナさん…………一体何て………?」
「キ・エラ連邦が、占領された」
エルミナは、それでも冷静にノアに説明した。
ノアは唖然とした。
勇者が魔族の森に入ったことは、きっとフェルニス王国やシルドニア皇国にも伝わっているはずだ。それなのになぜ、こんなにも急に侵攻を始めたのか。まだファシルファ王国やルタ・スクリット共和国の内政が落ち着いていないのではなかったのか。それとも何かが彼らを刺激したのか。
――刺激?
もしかしたら、勇者が魔族の森に入った事自体が刺激になりやしないか?
審問官アレス曰く、シルドニア皇国は恒久的な魔石確保のため魔獣や魔族を管理する、と言っていなかったか?
それはつまり、勇者がその力によって魔族の森の魔物全てを滅ぼしてもらっては困る、という事ではないのか?
だとしたら、ノアとレラゥタラの読みは完全に外し、しかも逆効果だった。
これでまた、国が一つ滅びようとしている。それも、自身の判断ミスによって――。
「クソッっ!!!」
ノアは、憤り、憎しみ、悔しさ、悲しみを込めて一発、力いっぱい地面を殴りつけた。
拳が痛い。しかし今まで失ってきたものの大きさ、無常さに比べたら、大した事は無かった。
ノアは、ぴしゃりと一発、顔をひっぱたく。
そして――
「急ぎましょう。エルノアへ」
一行は、大きな不安を背負いながら、エルノア国を再び目指した。
***
そして5日が経ち、一行は疲れと不安からほとんど会話の無い中、ようやくクサナギに辿り着き、さらにそれを越えてエルノア国の首都マギナへ辿り着いた。
「え!ノアさん!?ノアさんですよねっ!」
執務舎に入ると、ダリアがいた。魔族の森に入ってからおよそ一か月。身なりを整える暇も無く顔中髭まみれのノアの姿をみて、驚いた。
そしてさらにダリアを驚かせたのは――
「え!えー!!!ルナリアさん!?え?え?」
エルミナだった。
「ダリアさん……彼女はエルミナさん。ルナリアさんのお姉さんです」
大混乱となる執務舎だったが、ノアは安心感からか疲れがどっと出始めていた。
「すみません、連れてきた皆に食事と宿を。僕は……少し休みます……」
「わ、わかりました!すぐに!」
魔素適性により疲れにくいとはいえ、いろいろな事があり過ぎてノアは疲労困憊だった。
ノアは自室に戻り、死んだように2日ほど寝込んだ――




