8章2話 男は、オーク族に協力を交渉した
オークの村を、この魔族の森の中から探し出す――改めて考えると途方もない事だった。
しかし、方角はエルミナがおおよそ把握している。そしてエルノア国のオーク村ミネスの村長ネスに以前聞いていた、オーク族は小さくまとまらない、ということを踏まえると、かなり大きな村がそこにあるはず。存在すら分からないオーガ族の集落を探すよりは、よほど探しやすいのも事実だ。
「まだ、村があるといいですね」
「ああ。オーク族は農耕民だから、あまり動かない。襲われでもしなきゃ、きっとあるだろう」
「襲われては………いや、オーク族が襲われて村を捨てるなんて、考えにくいですね」
「そうだな。あると信じよう」
エルミナは気配を注意深く探りながら、ノアも痕跡が無いか確認しながら進んでいく。
陽が暮れるまで歩き、陽が落ち切る前に野営準備を済ませ一泊する。
そうして三日が経ち、4日目の昼過ぎだった。
「エルミナさん!これ………」
ノアは声を上げる。そこにあったのは、いくつもの大きな足跡だった。
「ふむ……オークのものだな。間違いない。辿っていこう」
二人はようやく足掛かりを得た。
その足跡をしばらく追っていくと、大きな農園にたどり着いた。
「エルミナさん!やりましたね!」
それは、間違いなくオーク族の村だった。
「ああ!あって良かった……」
エルミナもほっと胸を撫でおろす。
「それじゃ、早速挨拶に行きま……」
「待てノア」
はやるノアを、エルミナが制する。
「オーク族の村だ。私が先導しよう」
「いえ、僕が前に出て話します。ここで誠実さを出さないと、ずっと疑われる」
「それは……そうだが……わかった。気を抜くなよ」
「わかっています……」
ノアはフードを脱ぎ、エルミナを連れてオーク族の村へと入っていった。
そして早速、オーク農民に止められる。
「おい待て!………お前は人間か?後ろにいるのは……エルフだな。どうしてこんなところにいる。ここはオーク村だぞ」
「僕はノアを言います。ミネスというオーク族の村が所属しているエルノア国の国王です。村長にお会いしたいのですが……」
「あ?オーク族の村の国王?人間がか?信じられねぇな……しかし、ミネス……ミネス……どっかで聞いた名前だな……おい!片耳!ちょっとこっち来い!」
オーク農民は、片耳、と呼ばれたもう一人のオークを呼び出す。
呼び出された彼は、確かに片耳を綺麗に失っていた。
「その呼び方やめて下さいと何度も……で、なんです?」
「お前、ミネスって名前に覚えないか?」
「そりゃありますよ。俺のいた故郷ですから」
片耳は、どうやらミネス出身のようだ。
「あーそうだそうだ!思い出した!お前が罰で片耳切られて追い出された村だったな!」
え。オーク族ってそういう風習があったのか――。
ノアは、あの温厚なネスや妻のロスを思い出す。彼らも、優しいだけではないのだと痛感する。
「嫌な覚え方しないでくださいよギーの旦那……もう何十年も前の事なんですから……で、こちらは?」
「僕はミネスの村の所属するエルノア国の国王、ノアといいます。ミネスの村長ネスさんと副村長で妻のロスさんをご存じですか?」
「おうおう!もちろんだとも!元気でやってるのかい?」
「ええ!二人とも健在ですよ!僕も何度も助けられています!」
「あの人は面倒見がいいからなぁ!今度会ったら、本当にすまないことをしたって謝っておいてくれ。それとルッツはグランの村で元気にしていたと伝えてくれ!」
「わかりました。必ず伝えます!」
ノアと片耳ルッツが親しげに話しているところを見て、オーク族の農民ギーはノア一行を信用することにした。
「どうやら国王ってのは嘘じゃないみたいだな。村長のところへ案内しよう」
***
エルノア国にはオーク族の村ミネスも所属しているが、実際にオーク族の村を訪ねたのは初めてだった。
家、柵、農工具に至るまで、村にあるすべてが大きく、ノアはまるで自分が小さくなったような感覚だった。
「ここが村長の家だ。村長!ラーク村長!」
ギーが大声で呼ぶと、中から年老いたオーク――ラーク村長が現れた。
「なんじゃ騒々しい……」
ギーはノアの紹介と経緯を説明した。
「そうか。まあ中に入りなさい……」
ノアとエルミナは中へと案内された。
「それで、人間の国王様がエルフを連れて、こんなところに何の用かな?」
「結論から言うと、ここから少し離れたところにある獣人族の村の復興と防衛の応援をお願いしたく」
「復興と防衛……とは?」
ノアは簡単に説明した。獣人族の村が人間に襲われたこと、復興にも村の防衛にも人手が足りず、存亡の危機にあることを。
ラークは少し考えるそぶりを見せた。
「……それは、人間のおぬしに関係のある事か?」
「ええ。ここにいるエルフ、エルミナさんがお世話になっている村です」
ラークは再び長考する。
「…………………それは、おぬしに関係のあることか?」
「ええ。僕にとって魔族は見捨てられない存在です。例え他人でも」
「そうか。おぬしにとってはそうなのだな。しかし、我々にとっては違う。獣人族を救う理由がない」
「そうですよね。同族の労力や命を賭してまでやることではない。でも……それが今後の同族の繁栄と安全、幸福に繋がるとしたら、どうですか?」
目を伏せていたラークと、横で聞いていたエルミナまでも、ノアを見やった。
「それはどういうことだ?」
ノアは説明した。エルノア国で行った、獣人とオーク族と人間の連携と協力によるそれぞれの繁栄、そしてそれをこの地でも行える再現性を具体的に。
「なるほど……種族の得手不得手を補う、か」
「ええ。皆が協力し助け合う、ということです。実際、今困っていることとかはないですか?」
ノアに訊かれて、ラークは長考する。
「そうだな……………この村は海に面していて、魚を取ることもできるのだが、どうもオーク族の大きな体は、これに不向きでな。猟だってそうだ。あまり多くは狩れん」
オーク族は狩猟が苦手――確かネスもそう言っていたな。
「魚と猟、ですか………狩猟なら、獣人が得意のようですね。農作物と交換なら、対応してもらえるともいます。あとは人間が行っている家畜という方法もあります。漁獲は、方法を知ればオークでも出来ると思います。網と重りと使って行う網漁という方法があります。僕も詳しくは無いので……時間はかかりますが、海に面している人間の国ルーデン公国に方法を訊いてみましょう。交易していれば、こういった情報交換も定期的にできますよ」
ラークは考え込んでいる。
「なるほど………たしかに……。たしかに協力は魅力的だな…………」
「考える時間は必要だと思います。村の人との相談も。答えが出るまでここに泊まれせてもらえるとありがたいですが……」
「………ふむ、ならそうさせてもらうよ。宿は空き家がある。そこを使ってくれ」
ノアはなんとかオーク族と交渉することが出来た。あとは返答次第――祈るしかなかった。
***
ノアたちはオーク族の大きな空き家へ案内され、そこでしばらく過ごすことになった。
「しかし、ノア。君は凄いな。か弱い人間がオークと臆せず対等に会話するなんて……」
エルミナは感心していた。ノアのその度胸に。
「いえ……僕もオークと初対面ならもうビビり散らかしてますよ……」
初対面でなくても、以前エルノア国建国時にネス率いる12名のオークに囲まれたときはさすがにビビっていたが。
「それでもさ。それであの交渉だ。まるで幸福の使者のようだったぞ」
「幸福の使者………そんなものではありませんよ。僕が提案できるのは、せいぜいこの先数十年の繁栄と一時の幸福です。便利になった時は幸福を感じます。しかしその幸福に慣れてしまえば、それが普通になる。その頃は豊かに繁栄しているでしょう。しかし幸福に終着点はありません。やがて幸福を追い求めるがあまり焦燥感に追われ、競争や争いが生まれる。その時には既に幸福はなく、繁栄も崩れ始める。だから結局は、僕のしていることは幸福を前借りしているだけなのかもしれません」
それは最近ノアが感じ始めていたジレンマであった。
かつてのどの時代においても、幸福はあった。
しかしその幸福が永遠に続く事は無かった。
幸福と不幸を行ったり来たりする、まるでシーソーのような世の流れ。
そのシーソーを、なるべく大きく動かさぬように、バランスをとりながら、出来るだけ平穏を長く続かせる。
――それがノアに出来る最大限なのかもしれない、と。




