8章1話 男は、人間の罪深さを目の当たりにした
ノアとエルミナがキ・エラ連邦首都レラを出発して、1日が経った。
道中は2度ほど魔獣に襲われた。ノア一人ではひとたまりも無かったであろうが、エルミナの精霊魔法で助かっている。
ノアは初めて魔法のみでの戦闘を目にした。獣人族と共にしていた時にも何度か魔獣の襲撃は経験していたが、彼らは基本的に集団で、それも近接攻撃によって戦う。しかしエルミナの精霊魔法による攻撃は、彼女一人で数体の魔獣を圧倒していた。
ノアは感動し、そのことをエルミナに伝えると、「これくらい出来なくては実家に帰れんからな」と、さも当然といった言い草だった。
そして夜は野営。これにもエルミナは慣れた手つきで設営し、魔獣除けの結解を張っていた。おかげでノアは安心して眠ることが出来た。
そして今日は、夕方前に獣人族の村であるヌレイの村というところにお世話になるようだ。
エルフの森へは、ヌレイの森で一泊したのち、一日かけて移動し辿り着く、という道程とのこと。
「ノア、疲れてはいないか?人間にはこの獣道は辛かろう」
エルミナは心配して声をかけてくれた。
「いえ、問題ありません。どうしてでしょうね?僕もビックリです。以前から、あまり魔族の森付近では疲れを感じにくいようです」
「ほう?もしかしたら魔素適性が高いのかもな。そういう人間もいると聞く」
「そうかもしれません。以前も……」
「しっ!………魔獣がいる」
本日初めての魔獣襲来。
エルミナは数を感覚と目視で確認し、精霊魔法を放つ。風に鋭く割れた石を乗せた攻撃だ。何十発も同時に放たれ、ノアがまだ目視出来ていないうちに倒してしまった。
「ありがとうございます。エルミナさん」
「ああ。しかし……どうも数が少ないな。この辺だと、もっと大きな群れと遭遇してもおかしくないんだが」
「もしかして、人間による乱獲……でしょうか?」
「かもな。しかし単純に食べ物を求めて北上しているのかもしれない」
しかしその後、ノアの仮説が正しかったことを証明する証拠が発見される。
「これは…………」
無惨に内臓を荒らされた、魔獣の死体だった。
「人間の仕業だな。魔族や魔獣なら、肉を奪う。私たちのように身を守るための戦闘なら、腹を裂いたりしない。つまり、魔石狙いの人間によるものだ」
魔獣の死体は、腐敗も進んでおり正確には分からないが、ざっと4頭ほどだった。
「これだけの数の魔獣を人間が相手するとなると、それなりの人数は必要そうですね……前衛が10、弓兵を10は最低いないと……」
「そうか。つまり、ハンターではなく、練兵された軍隊……」
「そのようです…………ほら」
魔獣の死体や荒れた土に紛れて、一人の兵士の死体が転がっていた。どうやら弓兵のようだ。
「鎧の作りは、フェルニス王国のものではないですね……となるとファシルファ王国、か。……しかし腐敗度合いを見ると…………多分ファシルファ王国陥落後のようです」
「つまりはフェルニス王国かシルドニア皇国が……」
「それに、この先にも、この獣道は続いている。引き返したのなら、20人を超える軍隊なら道は細くなるはずです」
「そうか。さすがにもうその軍隊はいないとは思うが、周囲を警戒していこう。もしかしたら、ヌレイの村も襲われ、逃げている獣人がいるやもしれん」
「わかりました」
ノアたちは気を取り直してヌレイの村へと向かった。
道中、再び腹を裂かれた魔獣の死体が二つ見つけた。足を止めず進むことにしたが、そこから何かを引きずった跡は、二人の向かう道にずっと沿っていた。
そして結局その跡を辿るような形で、ヌレイの村へとたどり着いた。が――
「な……そんな…………」
エルミナは、ヌレイの村の変わりように驚きを隠せなかった。
ヌレイの村は大きな村だ。きっとノアの知るノルンやナーレの村の何倍もあるだろう。しかし村の家屋の半分が焼け崩れ、奥には人間の鎧や武器が山のように積まれていた。
初めて来たノアにも、何があったか伝わるほどの惨状だった。
「………ああ、エルミナ様……ようこそお越しで……」
復興作業に勤しんでいる老人の獣人がエルミナに声をかける。
「レン……これは一体……」
「半月前、人間の襲撃がありまして……なんとか追い返したのですが、この有様です。住人も10人ほど死にました……」
「そうか…………それは災難だったな……。ノア。ここを出るぞ」
エルミナは、ノアの手を引き早々に立ち去った。
「エルミナさん……その、放っておくんですか?知っている村なんですよね?」
「ああ。何十年も続く付き合いだ。私はエルフの森へ帰る時は必ずお世話になる」
「それなら……」
「あれは私達にはどうすることも出来ない。復興を手伝ったところで、二人では大した役には立たん。それになにより……人間に襲われたばかりの村に、人間の君を泊めさせるわけにはいかない」
「…………それはそうですが」
「他に方法が無いんだ。野営をすれば、エルフの森へは行ける。泊まる必要はない」
そう切り捨てるエルミナの顔は、苦渋に満ちていた。
「もし放っておいたら、次の襲撃にはきっと……」
「ああ、村は滅ぶだろうな。しかし方法が無いのだ。ヌレイの村に居座れば、私の力で人間を追い払い続けることも可能だろう。でもそれは根本的には解決になっていない。その根本を解決させるために、君は魔王となるのであろう?私はそれに同行している。村一つを守るために足止めしていたら、その間に他の村はおろか人間の村だって滅ぶかもしれないのだぞ!」
ようはトロッコ問題。ヌレイの村を救えば、他の者は死ぬかもしれない。ヌレイの村を見捨てれば、ヌレイは滅ぶかもしれないが、他は助かる。これはそういう問題だ。
しかし、ノアはそうは感じていなかった。
あくまで、かもしれない、のだ。トロッコ問題のように、これは明らかに目の前に選択肢と結末が用意されているわけではない。
ノアは、結果的に煽ってしまったエルミナの感情が落ち着くまで、少し沈黙した。
そして、ゆっくり、落ち着いてエルミナに訊く。
「エルミナさん…………ここから一番近い、オーク族かオーガ族の集落はありますか?」
「……それがなんだというんだ」
「……助けを求めます」
「出来るはずがないだろう!他種族が手を取り合うなど……………っ!」
エルミナはそう言いかけて止めた。
「ええ、僕はそれをしてきたんです」
人間と獣人、獣人とオーク、オークと人間――ノアは、エルノア国でそれを成し遂げた。
「そう、だったな…………すまない。年甲斐もなく取り乱した」
「いえ。お気持ちは分かりますから……」
エルミナは、かつてエルフの森にいた頃に聞いた、オーク族の村をノアに提案する。
「すまないがオーガ族は関りが無くてな。オーク族の村も、もう100年近く前の情報だ。今もあるか……それに、エルフの森とは逆に進むことになる。それでもいいか?」
「ええ。あると信じましょう。それに僕自体は別に、エルフの森に行きたいなど言っていませんし」
話の流れでエルフの森へ行くことになっていたが、そもそもノアはなぜエルフの森に行くのか分かっていなかった。
「わかった。それなら、向かうとしようか」
ノアとエルミナは、行き先をオークの村へと変更した。




