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7章10話 主のいない国は、それでも動いていた

 一方、ノアが離れた後のエルノア国――


 ナイトハルトが首都マギナをクリスと治める一方で、エルノア国の枢軸を担っていた。


 ノアが出て行ったその日、最も早くノアの書き置きを手にしたのは、ナイトハルトであった。

 彼はその手紙をそっと胸ポケットにしまい、エルノア国の要人には、自分がノアを追い出してしまった、すまない、と謝罪した。しかし皆、言葉通りには受け取らなかった。彼なりのノアへの気遣いだと知っていたからだ。

 ノアの不在を隠す必要はないが、不必要な混乱を避けるため、民や方々への公表はしないことが議会で決まった。


 同盟国であり、何かとエルノア国を気遣ってくれているルーデン公国の王、フレデリカには密書で伝えた。



 ノアの事も心配ではあったが、それよりもまさに今直面している問題があった。


 ――カシッドである。


 彼はノアと共にシルドニア皇国から解放されたが、彼もまた、親と兄弟、そして祖国をクーデターにより失っている。獄中のノアの励ましにより、ノア程の落胆ぶりは見せていなかったものの、それでもかつての元気は無く、気もそぞろで、うっすらとした危うさをナイトハルトは感じていた。今日だって、いつもは誰よりも早く仕事に就いていた彼は、いっこうに執務舎の彼の部屋から出て来なかった。彼曰く「ぼーっとしていました……すみません」と謝罪はするのだが、こんな日が三日に一回はあったのだ。


 ナイトハルトは悩んでいた。カシッドをハイデンに戻し、友人ハイリッヒと共に街の運営に従事させるべきか、それとももう少しここで様子を見るべきかを。


 最終的には、ハイリッヒと共に仕事をするのが理想だ。しかし今のこの状態のカシッドをみて、ハイリッヒはどう思うだろうか。もしかしたら共倒れになるかもしれない。かといって、ノアのように上手く寄り添える自信がナイトハルトにはどうしても持てなかった。


 ナイトハルトはルークに相談してみることにした。


「ルークさん……どうしたらよいのだろう?」


「そうだねぇ……私はそれでも、ハイリッヒ君と仕事をさせた方がいいと思うなぁ」


「しかし……ハイリッヒもカシッドと同じものを奪われている……酷ではないだろうか?」


「確かにそうだね。でもそれはナイトハルトさんも同じではないのかい?」


 ルークの言う通り、ナイトハルトもまた、同じような境遇であった。ヒルダンテ公国にあった彼の一族が治める領地を、侵略戦争により領主であった父と共に国ごと失っていた。


「そうだが……私とは年齢が違う……彼らはまだ……」


「子供……かい?でも彼らはもう成人している、立派な大人だ。街だって治められている」


「いやそれは……」


「確かにそれとこれは違う話かもしれない。でも、自分で何とかできる力を、彼らはもう持っているんではないのかい?」


 ナイトハルトは考え込む。確かに二人はもう大人だ。しかし、16歳と18歳。大人とはいえ、まだまだ未熟だ。


「ルークさんの言う通りなのかもしれない。しかし私は、二人が……思わぬ方向に行ってしまったらと考えると……怖いのだ……」


「そうならないために、大人が付き添えばいい。そのために私たちは長く生きているんだと思うよ」


「……!?………………なるほど。そうだな。ルークさん!ありがとう!」


 ナイトハルトは、カシッドを連れて二人でハイデンへ向かうことに決めた。



 ***



「…………と、いうわけなんだ。しばらくハイデンに滞在することにするよ。その間のマギナは任せる。何かあればハイデンに」


 自宅に戻ったナイトハルトが、従者クリスの作った食事を摂りながら、そう説明する。


「かしこまりました。あの二人の事なら、きっとそう長くはかからないでしょう」


「ああ、私もそう祈るよ」


 ナイトハルトはスープを飲む。いつもながらとても美味しい。


 ふと、ノアのことが頭をよぎる。

 親や兄弟を失う苦しみは、ナイトハルトにも経験がある。耐え難いものだが、それでも親が先に死ぬという覚悟は、心のどこかでしていたように感じる。しかし、突然愛する人を無くすというのは、どれほどの苦しみなのか、彼には計りようがなかった。


 そんなことを考えていると、急にクリスを愛おしく感じた。


「…………クリス。少し……話を聞いてくれないか?」


「ええ、どうしたんですか?そんな改まって……」

 クリスはきょとんとしていた。


「少し大事な話をする。…………これは、その、ずっと思っていたことなんだが、私はクリス、君を愛している」


 それを聞いたクリスは、思わず笑った。


「くっ……あははは……一体何かと思えば……そのようなこと…………今更じゃないですか……」

 クリスは笑っているが、目じりには涙がにじんでいた。

 ナイトハルトは、笑われるとはさすがに思っておらず、戸惑いを隠せない。


「え、いや、これは従者としてではなくて、異性として好意を寄せているという意味でだな……」


「ええ……存じてますよ……それこそ……ずっと、まえから……」

 クリスはとうとう泣き出してしまった。


「私も、愛していました………でも立場上……どうすることも出来ません…………貴方が言って下さらないのなら……それでも、いいと………思って……」


「すまなかった、クリス…………」


 結婚しよう――


 そう彼は彼女に告げた。




 ***



 翌朝、ナイトハルトはクリスへの恋しさを胸に、カシッドを連れてハイデンへと出発した。


「私は……ハイリッヒにどんな顔をすればいいのでしょう?偉そうに、彼を支えているつもりでしたが、実際はそんなに出来た人間じゃない……こうして未だ故郷の事を引きずっている」


「それは私も一緒だよカシッド。結局は他人の痛みなんて想像でしかないのさ。自分はどんな顔をすればいいかって?そんなの決まっているさ。素顔だよカシッド。辛い顔でもいい、悲しい顔でもいい。体当たりでハイリッヒと過ごせば、きっと彼は寄り添ってくれる。私が保証するさ!」


 ナイトハルトも、最も苦しい時に寄り添ってくれたのはクリスだった。


 カシッドとハイリッヒ。この二人には落ち着いた頃に、クリスと結婚したことを伝えよう――そうナイトハルトは思った。


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