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7章9話 男は、勇者となってしまった

「それで、貴殿はどのようなご用向きでここへ来たのだ?」

 レラゥタラはノアに問う。


「はい。私は先の戦争で妻を亡くしました。大切にしなければならない存在を、私の不配慮により死んだのです。同胞も死にました。私は失意の沼に足を取られ、一人では這い上がることが出来なかった。そんな中、信頼できる臣下が、キ・エラ連邦への旅を提案してくれました。国を捨てさせてでも、私を救いたかったのだと思います。半月ほどの旅を経てここに来ました。そして、妻の姉エルミナさんに出会い、彼女のお陰でようやく失意の沼から抜け出せました」


 そうかそうか、とレラゥタラは頷きながら聞いた。


「なるほど……つまり、もうここに来た目的は解決したのだな?」


「はい。しかし、新たに別の目的が出来ました」


「ほほう?言うてみい」


「私は、魔族を統べる王となり、世界の均衡を保つ役割を担います」


「ふむ。世界の均衡とな…………詳しく話せ」


 ノアは、今まで知り得た世界の均衡について――魔素、魔石、シルド神教、フェルニス王国とシルドニア皇国の思惑と、自分が転生者であることを話した。


「なるほど。それで世界の均衡、か。確かに貴殿が勇者であるなら、納得いく話だ」


「すみませんがレラゥタラさん。私は勇者ではありません。私は、私の渇望において、傲慢にも世界を救おうと考えているのです」


 レラゥタラはそれを聞いて笑った。


「はっはっは!なるほどなるほど!これは面白い!なぁアゥクよ!」


 さぞ面白そうに笑うレラゥタラだったが、アゥクは微動だにしていなかった。


「……まぁよい。アゥクよ。お前から見て、どうだ?」


 アゥクは静かに口を開く。

「…………彼の色は、いままで見たことが無い。魔王となるのなら、彼のような人物なのだろう」


 魔王――。傲慢さで魔族を統べ、反対勢力として均衡を保つ。そう考えれば確かに、ノアのなろうとしているものは、魔王そのものだった。


 レラゥタラはアゥクの意見を聞いて、ぴしゃりと持っていた扇子を閉じる。


「あいわかった。エルミナは既に同意している。どうやらここにいる皆が同じ意見のようだ。三人のハイエルフに認められているんだ、問題ないだろう」


 なにやら、ノアの知らないところで、何かが決まったようだった。


「ノアよ。貴殿を、勇者とする」




 僕が、勇者に――?




「いやいや!待ってくださいレラゥタラさん。僕は勇者にはならないとさっき……」

 ノアは慌てて拒否する。


「キ・エラ連邦の首都レラは、由緒ある勇者発祥の聖地でな。過去2回の全てにおいて、勇者を任命してきた。その歴史はもちろんスサノオノミコトまで遡る。知らなかったのか?」


「知りませんでしたし、それでも勇者にはならないとあれほど説明もしました!」


「まあ落ち着け、勇者。これは外交的な意味合いもあるのだ。勇者発祥の地で魔王を誕生させた、なんて考えてもみい。おぞましくて震えるわ!」


 確かにレラゥタラの言う事も一理ある。


「そして勇者はいつだって信仰の対象だ。今は世界が動乱の中にある。そんな折に勇者が任命されたとなれば、民の心も少しは晴れよう。それにシルドニア皇国やフェルニス王国だって、勇者が魔族の森に入ったとなれば、討伐してくれることを期待するだろう。そうなれば、世界を統一する必要なんてなくなる。そうだったな?ノアよ」

 レラゥタラの少女のような容姿に侮っていたわけではないが、彼女もまた、一国の主であった。よく頭が回る。


「つまりだ。まずは勇者として貴殿を任命する。そのあとは、貴殿の思うようにすればよい」


 勇者――その称号に果てしない違和感を感じるが、ノアは渋々了解することにした。




 ***



 翌日、早速だが勇者任命の儀が執り行われた。


 ノアは、エルノア国王として顔が割れているので、皆の前に勇者として出るのは避けたかった。

 その旨をレラゥタラに伝えると、

「貴殿が盛大にパレードをしたいのならそうするが、儀自体はハイエルフであるここの三人のみで行う。心配するな」

 とのことだった。


 勇者任命の儀自体も、数時間の長丁場だったが、ほとんどはレラゥタラの祝詞であり、ノアは正座で座っているだけだった。足が痺れたのは言うまでもない。


「はい。これにて終了だ。さすがに疲れたな。アゥク、椅子を」


 レラゥタラはアゥクの持ってきた椅子にドカッと座る。


「あの……なにか勇者的な剣とか鎧とかは無いんですか?」

 よくゲームに出てくるあれだ。


「………剣を貰えたとして、貴殿は扱えるのか?」


「いえ…………でも勇者ですし」


 ああ、とレラゥタラは何かを察したようだった。


「どうも最近は勇者伝承が独り歩きしているな。別に今の祝詞で貴殿が特殊能力とかを賜ったり、証として特別な装備をくれてやったりは無いぞ」


 それは、すこし残念だった。


「しかし……これから魔族の森へ入るのだろう?知性以外何もない貴殿が単身で入れるほど、甘くはないのは知っての通りだ。エルミナよ。エルフの森までで構わない。ノアについて行ってくれないか?ホロの街といい遠征続きだが、頼む」


 ホロへの遠征――やはりあの時見たのはルナリアの幻影ではなかったようだ。


「わかりました。では明日出立し、しばらくここを空けます」


 こうして、ノアたちは明日、魔族の森への出立が決まった。



 ***



 キ・エラ連邦から向かう魔族の森は、ノアの知っている西側ではなく、東側にあたる。

 その東側の、とあるところにエルフの森は人知れずひっそりあるようだ。

 近隣の魔族とエルフしか知らないエルフの住処。ルナリアの生まれ故郷――ノアはどんなところか楽しみも少しあったが、ルナリアを守れなかった夫としてどんな顔をしてよいかの不安の方がよほど大きかった。


「エルフの森は、どんなところなんですか?」

 明日の出立準備をするエルミナに訊いてみる。


「特に何もないよ。小さな農園と、木の上に建てられた住居、それに小さな社があるくらいだ」


「社?」


「ああ。エルフは魔族の知恵者として、頼られることが多い。それに応えるのは稀だがな。その応対に使うんだ。あとは儀式とかにも使うな」


 確か、獣人たちもエルフであるルナリアを頼って魔女の家に来たっけ――。懐かしい話だ。


「エルフに……特に、ルナリアさんとエルミナさんの親御さんに、ルナリアさんの事、どう説明しましょうか……」


「もう既に何があったかは知っていると思うぞ。それにルナリアは、そこにいるではないか。気を病む必要はない」


 エルミナは、ノアの右手の指輪を指し、そういった。



 ***



 翌早朝、ノアとエルミナは首都レラを後にし、エルフの森へと向かうべく魔族の森東側へと入っていった。


 見送りはなかったが、数日後には、勇者が誕生し魔族の森へ入った、という報が、レラゥタラによって全ての国や都市国家へと広まった。魔族を討伐する、とも、勇者が魔王となるために、とも言わず、ただ、魔族の森へ入った――と。


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