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7章7話 男は、大きな過ちに気がついた

 ノアは、翌日キ・エラ連邦の国王レラゥタラに会う約束を入れ、今日のところはエルミナの元で一泊することになった。


 ノアはエルミナのお世話になることを、正直なところ避けたかった。

 ルナリアの死を受け入れつつあったノアにとって、これ以上の毒はなかったからだ。

 しかし一度は断ったノアを、半ば無理矢理エルミナは誘った。


「これから食事の用意をするが、ノア。苦手な物はあるか?」

 神殿の裏手にあるエルミナの家について早速エルミナは食事の用意を始めた。

 ノアと呼ぶその声も、ずいぶん懐かしく感じる。


「……ええ、なんでも食べられます」


「それはいいことだ」

 エルミナは精霊魔法を駆使してテキパキと料理をする。ノアはそれをまじまじと見ていた。


「そんなにおばさんの手料理が嬉しいか?」

 とても懐かしい一言。それはルナリアが初めてノアに料理を振る舞った際に、彼女が言った皮肉に似ていた。


「ええ、とても……」

 ノアは素直に返した。あの時は魔法が気になって上手く返せなかったっけ――。


「そうか。エルナリアも、自炊を?」


「ええ、僕が来る前までは。それ以降は、僕がいるときは僕が作っていました」


「そうか。私からしてみたら、料理をするエルナリアなんて想像がつかんよ。無愛想で魔法以外は全く興味なし。それこそ、誰かと結婚するなんて思ってもみなかった」


「そう、でしょうね…………それはわかります」


「だから、人間と結婚したなんて聞いて驚いたさ」


「知ったのは、エルノア国での建国宣言ですか?」


「いやそれがな、そちらに参ったのはアゥクという宰務官だったんだが、あいつ、国王とエルフが結婚した、としか言わないんだ。どこのエルフか気になって色々調べたらなんと、妹のエルナリアでした、なんて……実家になにも伝えていないエルナリアもだが、アゥクの言葉足らずには本当に参る」


 エルミナは、初対面の凛とした姿とは違い、話好きのようでとても親しみやすかった。姉妹であってもこうも違うのかとノアは新鮮な気持ちになる。


「確かに、アゥクさんは少し不思議な方という印象でしたね」


「エルフの森でも彼は浮いていたよ。何を考えているのか分からない、とね」


 はい、出来た――とノアの前に料理と酒が並ぶ。


「エルミナさんも、お酒を?」

 エルフは酒を好まない、と聞いていた。ルナリアも、ノアと嗜む程度しか飲まなかった。


「ああ、今日みたいに特別な日には、な」

 エルミナは知らない言語を呟きながら、盃を掲げた。ノアもそれに倣い掲げる。


「それでは、エルナリアに……献杯」

「献杯…………」


 二人は酒をぐいと飲み干す。


「なんだかようやく、エルナリアをこうしてちゃんと偲ぶことができているよ。ありがとう、ノア」


 いえ――と、ノアは短く返す。


「次は君の番、ではないのか」


 ノアはエルミナを見やる。


「君は理屈ではエルナリアの死をしっかり捉えている。しかし無意識では、そうではない。私にはそうみえるが?」


 ノアは俯く。

「そう……かもしれません。友人には、死を受け入れるのではなく、存在を心で受け入れろ、と言われました。まだ僕にはその意味が分かっていません……」


「なるほど……その友人は大切にした方がいい」


 エルミナは少しだけ酒を飲み、一呼吸おいて続けた。


「私たちエルフや、キ・エラ連邦の信仰では、死は『終わり』ではない。死を受けて、肉体は自然へと還元し、魂は循環する。全く別のものとして新しく生まれることもあれば、思い入れのある場所や物に宿り、家族や仲間をそっと見守る存在になることもあるんだ。君と出会う前のエルナリアなら、きっと前者だっただろう。しかし今エルナリアはきっと……」


 ノアは、自分の右手を見やる。その小指にはめられているのは、ともに永遠を誓ったルナリアの指輪だ。

 もう一方の手の薬指にはめられたノアの指輪と並べてみる。そして指を組んでみた。

 右手の小指と左手の薬指が重なり、指輪が交差する。ルナリアはいつも、ノアのそばにいたのだ。


「そうか………………ルナリアさんは、ずっとここに…………」


 ノアはほっとした。突然ルナリアが姿を消したと思っていたら、こんなところにいたのだから。ずっと一緒にいたのに、もうどこにもいないと思い込んでいた。


 ノアは歯を食いしばり静かに涙した。ずっといてくれたルナリアに申し訳なかった。無理に記憶から追い出そうとして申し訳なかった。一人で勝手にいなくなろうとして申し訳なかった。


「エルナリアと一緒にいてくれて…………愛してくれて、ありがとう…………」


 エルミナは、ノアの肩を抱き、一緒に泣いてくれた。




 ***



 ひとしきり二人で泣いた後、古いアルバムをめくるように、エルミナとノアはルナリアの前で彼女の話をした。

 エルミナは語った。ルナリアの幼少期、故郷を離れた時の事を。ノアは語った。魔法研究に明け暮れていたこと、共にデートしたこと、結婚を申し出た時の慌てようを。


「それで、二人はどんなふうに出会ったんだー?」

 エルミナはかなり酒を飲んでいるが、それはノアも一緒だった。


「出会いですか……気が付けばルナリアさんの家にいてですね……面識も無いのに不思議ですよね」


「不思議なもんか!どうせ酒のせいで記憶が飛んでいただけだろうに……そうか、二人はそんな軽率に出会ったのか………姉としてはすごく複雑だなー」


「いえいえ!逆にそうだったらもっと単純な話だったんですから……」


「ほほう?軽率な一夜の出来事にどんな複雑な事情が?」

 エルミナはいたずらな顔でノアをのぞき込むように訊く。その顔は本当にルナリアそっくりだった。


「いえ………すこし突っ込んだ話になりますが……僕は異世界から転生した人間でして……どうやらルナリアさんの家の近くで倒れていたようなんです。僕にも全く記憶が無くて……それでルナリアさんは、僕に寝床を貸す代わりに、僕が彼女の生活の面倒を」


「はっはっは!エルナリアは都合よくハウスキーパーを手に入れたものだな!」


 エルミナはそう笑い飛ばした。


「しかし……異世界転生者か………それはエルナリアも放っておくわけにはいかないな。ノアは勇者伝承は知っているか?」


「ええ。ざっくりとは。創世期を含めて、過去2回そういった世界の転換期に転生者が勇者として降臨した、とか」


「ああ。それでノア……少し改まって訊くが、今はその転換期だと思うか?」


 ノアは改めてそのことについて考えてみる。確か、出会って間もないルナリアは、今はそういった転換期とは思えない、と話していた。しかし今はどうだ?世界はフェルニス王国やシルドニア皇国を中心に動乱の中にある。そしてシルドニア皇国に囚われていた時、審問官アレスは言った。いずれは人間が魔族を管理し、使役するのだ、と。そのために世界をシルド神教のもと統一せねばならない、と。


 これが転換期ではなくて、何だというのだ。


「………………………転換期、かもしれません」


 そう答えたノアは、少し震えていた――。

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