7章6話 男は、妻の面影に邂逅した
翌日、ホロイワに別れを告げ、ノアはホロを後にした。
鞄に入ったおにぎりのおかげか、足取りは以前より軽かった。
ノアは次の集落、ルイへ向かった。
ホロと同じ規模の街カンムヘも、ホロから直接行けるルートもあるようだったが、馬車でないとその日に着くのは難しいとのことだった。
昼過ぎには、路肩の岩に腰掛け、おにぎりを食べる。
そして少し休憩した後、歩くこと3時間ほど。集落ルイに到着する。
ルイの集落長にお願いし一泊。再び早朝、カンムへと歩みを進めた。
そしてようやくキ・エラ連邦首都レラ直前の街カンムへとたどり着いた。
カンムもホロとさほど変わりない街だった。農作をしていて、市場がある。家はかやぶき。異なるのは、少しホロよりも大きいことだろうか。
ノアは農作業と炊飯技術を対価に、カンムに2泊した。
そしてカンムを出発した日の昼過ぎ、ノアはキ・エラ連邦首都レラに到着した。
旅の目的地、というわけではなかったが、それでもここまで来た達成感があった。
首都レラは、思っていたような大都市ではなく、規模も見た目もカンムとそう変わらなかった。違いといえば、街の外れに石造りの白い大きな神殿が見える。突然の立派な建物に、ノアは目が離せなかった。
「旅の方ですね?……あれはレラム。このキ・エラ連邦を執り仕切る、民の祈りの象徴です」
気のよさそうな女性が、ノアにそう説明してくれた。
「では……国王もあちらに?」
「ええ、いらっしゃいます。今の時間なら……エルミナ様か、運が良ければレラゥタラ様にまみえることが出来るかも知れません。ご案内いたしましょうか?」
国王が二人いるのだろうか?ここはキ・エラ連邦。ノアの知る文化圏ではない。もう少し作法を学んだ方がよさそうだった。
「すみません、僕は西側の小さな村から来ていまして……その、レラムやこの国の礼節などをお教えいただけないでしょうか?」
「そうでしたか。ええ、構いませんよ」
その女性は優しく丁寧に教えてくれた。
レラムにいるのは、民の信仰の対象であり実質的な王であるレラゥタラという人物。その傍に仕えるのが宰務官アゥクと彼の補佐役エルミナで、他に仕官が数人いるらしい。
礼儀としては、レラム内は目線を少し落とし、誰とも目を合わせないこと。白く透けたような衣を着ているのがレラゥタラで、彼女の前では頭を垂れたまま膝をつきながら手で三角形を作り、額に当てること。薄いベージュの衣を纏っているのはアゥク。彼には頭を垂れたまま膝をつくこと。ベージュの衣を着たエルミナ、茶の衣の仕官には頭を下げたまま立ち止まり会釈をすること、だそうだ。
つまり、以前エルノア国での謁見式にてアゥクが見せた仕草は、最敬礼だった。そういえば、フレデリカもそう言っていたような気がする。
「………以上がおおよその作法です。厳密なものではないので固くなる必要はありませんが、これくらい出来ると、まず失礼がないかと」
「ありがとうございます。助かりました」
「それでは行きましょうか。私の後についてきてください」
どうやら彼女は、中へ案内までしてくれるようだった。
神殿レラムは、奥に細長い作りをしている。石の白い柱を何本かくぐり、レラムの入り口に立つ。
「ここからは、最低限の会話のみで、目線を落としてくださいね」
ノアはコクリと頷き、二人は中へと入っていった。
頭を少し下げながら、ノアは目だけで周囲を観察する。
中にまで先の白い柱が等間隔に続いている。真ん中の道のみ石畳で、柱の外は土のようだ。仕官たちが丁寧に手入れをしていた。
そして二人は、仕官が立つ受付らしきところまで来た。
「お名前とご用件は?」
「マゥパです。旅の方をお連れしました。レラゥタラ様か、エルミナ様にまみえることは可能でしょうか」
「エルミナ様ならあちらに」
指された方を、頭を上げないよう気を付けながら見やる。ベージュの衣をまとった長い金髪の女性が、仕官と話をしているようだ。
そして話が終わり、ふっとこちらを振り向く。
「っ!!!!」
その瞬間、ノアの心臓が大きく跳ねる。
振り返ったエルミナのその姿は、あまりにもルナリアにそっくりだったのだ。
ノアはマゥパに連れられて、エルミナの元へと歩み寄っていく。心臓の音が耳元で聴こえる。鼓動で視界が揺れているような感覚。しっかり歩けているかすら疑問だった。
いや、もしかしたら見間違いかもしれない。目を合わせぬよう、視界の端で捉えただけだ。ならちゃんと確認したい。しかし目を伏せていなくてはならない。ノアの心は葛藤していた。
そしてとうとうエルミナの元に辿りつく。
「マゥパか。どんなご用向きだ?」
エルミナのその声が、ルナリアそっくりだった。ノアはエルミナを視認できていない。それはつまり、ノアにってそこにルナリアがいるのと変わりなかった。
「この旅の者が、エルミナ様にまみえたいと」
「そうか。旅の者。名を何という?どこから参った?」
ノアは話しかけられていることに気が付かない。頭がグルグルとしてしまい、鼓膜はどくどくと脈を打ち、手の震えが止まらず、それどころではなかった。
マゥパはノアを肘で小突く。ノアはそれにはっとし、思わずエルミナの顔を見てしまう。
見てしまうと、もうダメだった。ルナリアが、そこにいる――ノアは涙があふれ、止めようが無かった。声を出そうにも、何を言うべきかわからず、感情だけが喉元でつっかえて息が出来ない。
「!?どうした急に。ん?息が出来ないのか?すまないマゥパ。この者を奥へ運ぶ。手伝ってくれ」
ノアは二人に担がれるようにして、奥の部屋へと運ばれた。
その間も、ノアはうわ言のようにルナリアの名前を何度も呟いていた――。
***
椅子に座らせられたノアに、マゥパはそっと付き添ってくれていた。
しばらくして、ノアは呼吸が整う。
「すみません……マゥパさん……どうやらパニックを起こしたみたいです……」
「いえ、それより大丈夫ですか?お会いするのはまた今度でも……」
マゥパは心配そうにノアの顔を覗く。
「いえ、もう少し休んだら、お会いしたいです。すみません迷惑をかけて……」
マゥパは何も言わず、優しく背中をさすってくれた。
しばらく休んだ後、エルミナのほうから訪ねてきてくれた。
「旅の者……大事ないか?」
ああ、やはりルナリアさんの声だ――ノアはまた涙ぐむが、心を落ち着かせながらそれを拭う。
「…………はい、先ほどはすみませんでした」
「かまわない。それで………まずは私の方から君に尋ねたいんだが、いいか?」
「はい…………なんでしょう?」
「ルナリア………と君は何度もつぶやいていたが、もしや……エルナリアの事ではないのか?」
ノアの心臓は、再び、しかし先ほどよりも小さく、ドクンと跳ねる。
ノアは返事をせず、深くうなだれる。
「その反応は……そうなんだな。………………大変失礼した。あなたはエルノア国王であらせられるな?」
エルミナは、膝をつき、手で作った三角形を額に当てた。
マゥパは驚きの声を上げたが、エルミナに倣って即座に同じポーズをとる。
「………はい。しかし今は…………こうして流浪の旅をしています」
「そうだったか…………私はエルナリアの姉だ。亡くした妻の面影があれば、そうなるのも無理はないな。すまないことをした」
ルナリアの姉、エルミナはノアの手を取り、目線を合わせる。
ノアはエルミナの顔を間近で直視する。
たしかに、ルナリアそっくりだった。まるで芸術品のような、長く羽ばたく睫毛、吸い込まれそうな大きな瞳――しかしよく見ると、少しだけ小じわが浮き、目尻も少し垂れている。まるで10年後のルナリアにあっているような感覚だった。
「本当に、お姉さんなんですね……………ルナリアさんにそっくりだ…………」
エルミナは、その言葉を聞いて少し泣いた。悟られぬよう、下を向きながら。




