7章5話 男は、国を捨て旅に出た(3)
キ・エラ連邦に属する街ホロへと向かう道は、今までの林道と違い少し歩きやすかった。
いくつかの小川を越え、大きめの川沿いに歩いていくと、夕方にはホロに着くことが出来た。
ホロは、街というより、かやぶきの家々が立ち並ぶ、大きな集落といった雰囲気だった。市場もあるようだ。
ノアは街人に宿が無いか尋ねた。
「それなら、あの家に居るホロイワを訪ねるといい」
「ありがとうございます」
ノアは早速、ホロイワという人物を訪ねることにした。
「すみません……ホロイワさんを探しているのですが……」
ノアは家の入り口前で、中にいる人を呼ぶ。
すると、細身で長身の、白がかった茶髪が印象的な壮年男性が出てきた。
「はいはい、私がホロイワですが、どちらさんかな?」
人の良さそうな笑顔で、ホロイワは応対してくれる。物腰の柔らかな人だ。
「僕は旅の者です……出来ましたら、しばらくの宿をお願いしたいのですが……」
「ええ、構わないですよ。私の家が宿代わりとなっています。空いていますので、どうぞゆっくりしていってください。ささ、中にお入りを」
ノアは部屋へと案内された。
部屋はこじんまりとしており、藁のベッドに小さな机が置いてあった。
「食事はご自由にしてください。共同の調理場がございますので。言ってくだされば、私らで食事を用意することもできますよ」
「あの、お代は……」
「ああ、そうでしたね。この街では通貨がないものでつい……外貨をお持ちなら、それでも結構ですよ。無いようでしたら、何かお手伝いをしてもらっています」
「外貨を持っています……食事もお願いしたいのですが、いかほどお渡しすれば」
「お気持ちで結構ですよ」
ノアは少し考えた。外貨で払うことも可能だったが、この街に通貨が無いのなら、それに倣ったほうが良いのかもしれない。
「では、外貨を少々と、あとは労働でお返ししたいのですが……」
「ええ、ありがとうございます。それでは、明日なにかお仕事をお渡ししますね」
ホロイワは終始笑顔で、そう応対してくれた。
少し部屋で休んでいると、食事の用意が出来たとホロイワが教えてくれた。
ノアは、ダイニングらしき部屋に向かった。
そこには、ホロイワと、彼の奥さんが同席していた。
「ささ、お召し上がりください。妻が作りました。お口に合えばいいのですが」
出されたのは、具だくさんのスープと米粥だった。どれも素朴で、体に染みわたる美味しさだった。
「とても、美味しいです」
「それはよかった!やってくる行商人にも貴方くらいの若者はいませんから、少々心配していました」
「若い人は……あまりいないんですか?」
「若者は皆、街を出て行ってしまいますから……それでも、戻ってくる人も結構いますから、老人ばかりという訳でもありません。きっとここの独特な風土が恋しくなってしまうのでしょうね」
「独特な風土……?」
「ええ、ここは通貨が無い。それはほとんどを共有しているからです。食べ物も、収穫したら市場に卸します。そこから食べる分だけ自分たちで持って行くのです。余所から仕入れる農具なんかは、ここで作ったものを行商人と物々で取引しています」
「奪い合いなどは……?」
「起こりませんね。私たちは精霊を崇拝しています。精霊は自然や物にまで宿ります。彼ら精霊と共にあることで、私たちは豊かに暮らせています。奪い合ってしまえば、精霊の怒りをかってしまいますから」
なるほど、信仰の上で、この国は豊かなのだ。特に心が――。
「精霊の怒りといえば……私らに娘がいましてね。彼女は幼少からどうも粗暴で……街の人に迷惑をかけてばかりでした。その度に、精霊様がお怒りになりますよ、とよく教えたものです」
「その娘さんは、いま……?」
「街を出て行って久しいですね。彼女は魔法の才能があったようで、どこかの村のシスターになったと聞いています」
粗暴なシスター――ノアには心当たりがあった。
「その……娘さんのお名前は……」
「マルィッタ、といいます。もしかして心当たりが?」
「いや……でも、もしかしたらそうかもしれません。彼女はマリエッタと名乗っていました。西側の北端マギナ村でシスターをしている方です。歳は……3~40代でしょうか。髪は赤毛、粗暴でお酒好きですが、非常に敬虔なシスターでした。僕も相当お世話になっています」
「赤毛のシスター……ですか。きっと彼女がマルィッタでしょう。歳も近いですし、なにより名前の響きが似ている。きっと名を西側風に変えたのでしょうね……。これも精霊の思し召しかもしれません。旅人さん……もしよろしければ、お名前を伺っても?」
ノアは少し戸惑った。しかし、マリエッタの両親と思わしき人たちに嘘をつくのもはばかれた。
「…………ノア、といいます。…………すみません、この事は誰にも……」
「ええ、ええ、わかっていますよ。安心して。……もしよろしければ、娘の……マリエッタの話を聞かせては貰えませんか?」
ノアは、マリエッタの、親に話せる内容の話のみ、少しだけ誇張しながら話した――。
***
ノアは翌朝から、ホロにて農作業を手伝った。主に米の脱穀だ。
そして、せっかく米があったので、鍋を使って炊飯をし、皆に振舞った。米と言えば粥がメインだった彼らは、ノアの炊いたふっくらした白飯に、とても喜んでくれた。難しくは無いので、炊き方やアレンジも教えた。
「いやはや、米にこんな食べ方があったとは……ありがとう旅人さん……」
ホロイワにあたらめてお礼をされ、ノアは気分が良かった。
誰かに貢献するという事は、やはり気持ちがいいものだ。
その翌日も農作業を手伝った。夕食には、ホロイワの妻が早速ノアが教えた炊飯をアレンジし、米とキビと芋を炊いたご飯が出された。
「おお!これは美味しいですね!故郷を思い出します!」
ノアは転生前に好きだった炊き込みご飯を思い出して、懐かしくなる。
ホロイワの妻は、それはもう笑顔で喜んでくれた。
その翌日は小さな収穫祭が開かれた。
4区画ある畑の、それぞれの収穫が終わると毎回行っているようだ。取れた作物や狩った肉を、小さな祠に納め、ホロイワが知らない言葉で祝詞をあげる。街人全員が頭を下げ、祈りを捧げた後、皆で料理を囲んだ。
そこには、ノアの伝えた炊飯により、いろいろな炊き込みご飯が提供された。
ノアはなんだか得意になってしまい、残っていたご飯を握り、葉でくるんで皆に振舞った。すると、これは仕事中に食べられると大人気を博した。
皆に囲まれ、喜びを分かち合うノアは、とても幸せな気持ちだった。
こんな気持ち、いつぶりだろうか――
そんな喜びの中、ノアはふと街の外れに人影を感じた。
「…………っ!?ルナリアさんっ?」
見間違いだったのだろう。少し駆け出しはじめ、改めて見るとそこには誰もいない。
しかし、ノアの見たルナリアは、確かに物陰からノアを見、そして静かに笑っていた。
ナイトハルトの言う、ルナリアを心に受け入れる、にはまだほど遠いように感じる。
しかし、今日の喜びが、ノアにいつしかその日が来ることを応援してくれているようで、とても心強かった。




