7章4話 男は、国を捨て旅に出た(2)
ノアは、マウアシの勧めでホロという街を目指すことにした。
その街へ向かうには、太陽の出る方角に進み、トゥという集落を越えて、クンという集落を経由するのが安全だと教わった。集落クンでホロへの道のりを訊くといいらしい。
各集落まで、大体歩いて1日、とのことだった。
ノアはトゥを目指し、ひたすら森の中を歩く。
この森に入ってから、何故かそれほど疲れを感じることなく歩けている。どことなく心地よい気分で、まるでフェルニス王国の首都フェルニスに泊まった時のようだった。
もしかしたら、ノアの体内には魔石があって、獣人族のように魔素を身体能力へ変換しているのかもしれない。だから魔素耐性があるとすれば、辻褄はあう。
実のところ、ノアは自分の体がどこから生まれたのか分からない。前世からこの世界に来たのは記憶の一部だけで、体はこの世界の者だった。ではこの体はどこから来たのか?かつて誰かの持ち物だったのか、または器として提供された新品の成人男性の体なのか――しかしノアに調べる術は無い。でもだからこそ、体内に魔石があってもなんら不思議ではなかった。
まあ、それが分からなくても、別に良かった。今こうして便利に使えているだけで、ありがたい。
途中、マウの狩人に貰った蛇の燻製をはみながら、夕暮れごろに今日の目的地、集落トゥに到着した。
トゥも、あまりマウと変わらない、老人が数人いるだけの集落だった。
ノアは一泊だけお願いした。お礼に薪を割り、食事の準備も手伝うことにした。
そして早朝出発し、ノアは再び1日歩いた。
そして、次の集落、クンにたどり着いた。
「お、来客なんて珍しいな」
「はじめまして……僕は旅をしている者です。出来れば一泊させて貰えると助かるのですが」
「ああ、構わんぞ。俺はここの長、クンアラだ。俺の家に泊まるといい。おい!客人だ!寝床を準備してやってくれ」
クンアラ――大柄な男性だった。年は……老人というには若く、しかし若者ではない、といった感じだった。
彼の声掛けで、彼の家から妻らしき人物が顔を出す。軽く会釈をして、すぐ引っ込んでしまったが。
「ここの住人はあまり多く語らん。俺以外はな。どうか気を悪くしないでくれ」
「いえ、マウやトゥでもそうでしたから、大丈夫です」
「ほほう!マウから来たのか!随分くたびれた集落だっただろ!」
「いえ………大変良くしていただきました」
「そうかそうか!旅人よ、一泊とは言わず、ゆっくり過ごしていってくれ!」
「ありがとうございます。………何か手伝えることがあれば、言ってください。それくらいしか……礼が出来ないもので」
「わかった。なら……子どもたちの相手をしてくれるか?」
ノアは引き受けた。
ここの集落は、今までの集落よりも少し大きかった。子を持つ家族も数組いるようで、10歳ほどのクンアラの息子の他に、その少し幼そうな女の子、さらに小さい女の子と男の子がいた。
「じゃあ……何をしようか?」
ノアは子供たちに訊いた。
「お話聞かせて?」
その少し幼そうな女の子が、そう応えてくれた。
「お話か……どんなお話がいい?」
「うーん…………おじさんはどこから来たの?」
「おじさんはね……旅をしているんだよ。遠くの、あの大きな山の向こうから歩いてきたんだ」
ノアは、陽が沈んでいくエルデ山脈を指して、そう言った。
「へー!山の向こうはどんなところなの?」
「そうだな……ここみたいに木はいっぱいなくて、みんな食べ物を育てて生活してるよ」
「あんまりかわんないね」
話を聞いてくれている子供たちは、少しつまらなそうだった。
「そうかもね」
「山の向こうには、怖い魔女がいるんだぞぉ!」
クンアラが、おどけて子供たちを怖がらせようとする。
「絶対いないよ!ねぇおじさん!?」
魔女――ノアは複雑な気持ちになる。魔女はいる。いや、いた。しかしもういない。
「…………いるよ。……………おっかない魔女がね!!」
キャー!と子供たちは大はしゃぎで家の周りを走り回った。
「ほら!お前ら、ご飯にするぞ!みんなを呼んできてくれ!」
はーい、と元気よく子供たちは返事をし、集落を回って食事を伝えた。
焚火はいくつかあり、食事もいくつかのグループに分かれていた。それぞれ共に食べたい者同士が集まっているようだ。
ノアは子供たちにせがまれて、小さな焚火に混ざる。
「おじさんはなんで旅をしているの?」
「おじさんの家が無くなっちゃってね。色々なところを回って住むところを探してるんだ」
「えーかわいそう!ここに住んだら?」
「ありがとう。優しいんだね。でも他のところも見てみなくちゃ」
「そっか。がんばってね!もうお家なくしちゃだめだよ?」
「ははは……気を付けるよ」
子供たちに訊かれるがまま、なるべく簡単にノアは応えた。子供たちも、知らないおじさんの話が面白いらしく、とても喜んでくれた。
「ほら!そろそろ寝ろよー!」
クンアラの一声で、子供たちはそれぞれの家に帰っていった。
「…………難民か?」
クンアラは、子供用の小さな焚火を囲むノアの隣に座る。
「まあ、そんな感じです。戦争に巻き込まれてしまい、妻を……」
「そうか……」
そう言うとクンアラは、火のついた薪を一本持ち上げ、何やら小声で知らない言葉を呟きながら、ノアの左右にゆっくり振った。
「おまじないだ。これ以上の苦難が降りかからないように、ってな」
「ありがとうございます……」
「西側は……いまどうなんだ?」
「1年ほど、フェルニス王国の侵略が多発していましたが、今は落ち着いています。でも……東側の南端にあるファシルファ王国が落ち、フェルニス王国領となりました。ルタ・スクリット共和国もクーデターがあり、シルド神教国と生まれ変わるそうです。つまり戦火は……」
「東側に移ったのか……」
「ええ……でもしばらくは大人しいと思います。ファシルファの内政を整える必要がありますから」
「そうか。俺は若いころにファシルファにいたことがある。憲兵として志願したが、結局なれずに数年でここに戻ったがな。豊かな国だったよ」
「そうでしたか……」
「もし、戦火がここ……いやキ・エラ連邦に届いたとしても、きっとこの国は戦わないだろう。そういう国だ。だから俺らも、特にどうという事は無い。これまで通りさ」
「…………それが一番だと思います」
「じゃあなんで訊いたんだ?って話だな!すまない、余計な気遣いをさせたな!俺はそろそろ寝るが、どうする?」
ノアも寝ることにした。焚火の火を消し、クンアラと共に家へと入っていった。
***
ノアは数日滞在することにした。
それを聞いて、子供たちは大喜びした。
そして今日も、ノアは子供たちの遊び相手をする。
クンアラの息子からは、弓矢の扱い方を教わった。
ある程度使えるようになってから、的あて勝負をしたが、全く歯が立たなかった。
まさか、5歳ほどの男の子にも負けるとは思わなかったが。
女の子たちからは、植物の見分け方を教わる。
薬草、食べられる植物、毒のある植物、いくら教わっても、特にキノコの見分け方は全く分からなかった。
きっと、この森でたった一人で生き抜くとしたら、この子供たちよりも長くは生活できないだろう。
さらに翌日。
再び子供たちは、ノアに遊びの中で色々な事を教えてくれた。
お礼に、ノアは木で簡単なおもちゃを作ってあげた。けん玉とコマだ。遊び方を教えると、みんな夢中になって遊んでくれた。
そして滞在4日目。ノアは早朝に集落クンを出発する。
子供たちは皆、行かないでと泣いてせがんだが、親たちに諭され、最後には笑顔で見送ってくれた。
「ホロの街はこの道をまっすぐだ。危険は無いと思うが、気をつけてな」
クンアラは、知らない言葉を小声で唱えながら、ナイフでノアの左右を切る。
「旅のおまじないだ」
「ありがとうございます。それではみなさん、お世話になりました!お元気で!」
ノアは子供たちに手を振り、集落クンを後にした。




