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7章2話 男は、空っぽの男に乗り越えてほしかった

 エルノア国の運営は、フレデリカの助力もあり、ナイトハルトを中心に皆で分担して行われた。


 世界情勢も魔女の家襲撃後、落ち着きをはらっている。フレデリカの見立てでも、フェルニス王国配下となったファシルファ領の統治、クーデターがあり内政を落ち着かせる必要のあるルタ・スクリット共和国の事を踏まえると、この平穏は数年単位だろう、とのことだった。


 世界は、ノアを置き去りにして、動いている――。


 ノアはそのことが不思議でたまらなかった。この身体は、それでも生命を維持しようと食事を欲している。生きていても仕方がない。が、自分で終わらせる勇気もない。以前カシッドには、それでも生きてほしい、なんて言ったが、よく言えたものだと自嘲する。


 ふとノアはバターナイフを手にする。


 ピカピカに磨かれたバターナイフは、ノアの顔を映し出す。


 無精髭が伸び、髪もボサボサだ。こんな小汚い姿をルナリアに見せたら、何て言うのだろうか。




 ノアがまじまじとバターナイフを覗いていると、ダリアが様子を見に部屋に入ってきた。


「ノアさん……お食事は…………なっ!!!」


 ダリアは、バターナイフを持ったノアに驚き、大股で歩み寄りそれを取り上げた。


「ノアさん!!!!そんなもので楽になろうとしないでくださいっ!!!!」

 ダリアは、ノアが自死しようとしていると勘違いしていた。


「ちょっ!え!?」

 ノアは突然のことに戸惑う。


「お辛いのはわかりますっ!!いえ!私なんかがわかるはずがありませんがっ!!でも死ぬのはダメです!!悲しいのはみんな同じなんです!!それをいつまでもウジウジとっ!!!ルナリアさんが悲しむじゃないですかっ!!それがどうしてわからないんですかっ!みんな心配してます!!!これ以上心配かけるなら、いっそ死んだらどうですっ!!」


 ダリアのいう事は、終始支離滅裂だった。


 その後、騒ぎを聞いて様子を見に来たナイトハルトが騒ぎ立てるダリアを抑え、執務室へと戻した。



「すまないな、ノアさん………しかし、バターナイフで自死するだなんて、ダリアさんも想像力が豊かなお人だ」

 ナイトハルトは、はははは、と乾いた笑いをした。


「しかし、まぁ…………そうだな。ノアさんも、このままじゃ良くないって、感じているんじゃないのか?」

 ナイトハルトは、優しく問いかける。


「…………ええ。ただ…………僕にはもう、何も出来ないし、何もしたくはありません……」


「…………自分を、責めているのかい」


 図星だった。ノアは俯く。


「私はノアさんのせいではないと断言するが…………きっと今のノアさんはそれを受け入れはしないだろうね……」


「すみません…………」


「いや、それも仕方のない事さ。謝らないでくれ。私も、クリスを失ったら、きっと同じような事になるだろう。ここだけの話だが、私はクリスを心から愛してる。だから、きっとほんの少しだけだが、ノアさんの気持ちもわかる」


「…………クリスさん、女性だったんですね」


「え?…………あ、ああ!そうともさ!まったくノアさんは何を言っているんだ?ノアさんは人を見る目があると思っていたが、どうもそうではなかったようだな!彼女は女性だ!……私が成人した時に、従者として雇われてね。当時はまだ小さかったが、身の回りの世話を一生懸命してくれたよ。それからもう20年は一緒にいる。かけがえのない人だよ」


「クリスさんに……そのことは?」


「伝えていないよ。彼女は従者である立場を貫こうとしているが、きっと想いは同じだと感じている。正直もどかしいよ」


「伝えるべきだと思います。………何かあってからでは遅いですから」


 ナイトハルトは言葉を詰まらせる。


「……………そうだな。そうすることにするよ」






 しばらくの間、二人の沈黙は続いた。





「…………なぁ、ノアさん。これは提案なんだが、しばらくエルノア国を離れてみてはどうだ?」


 ナイトハルトが沈黙を破り、そうノアに提案する。


「離れるって…………どこへ?」


 ナイトハルトは考えを巡らせる。


「そうだな…………例えばキ・エラ連邦なんてどうだ?あそこは自然の美しい国だと聞く。ここの事は心配しなくていい。なんなら戻ってこなくてもいいさ。ノアさんが好きなように決断するといい」


「行って………どうするんですか」


「自分探しさ。ここはルナリアさんの面影も多い。環境を変えて自分を見つめ直すのもいいのではないか?」


 それは、つまり――


「ルナリアさんを、忘れろ。ということですか?」


「違う。ルナリアさんを受け入れるためだ。死のことではない……かけがえのない存在として、ノアさんの一部として、心で受け止めるためだ」


「それ……クリスさんを失っても、同じことが言えますか?」


 酷いことを言っている自覚はノアにもあった。しかし、何故か非難が止まらなかった。

 しかし、ナイトハルトはそれを受け止めた。


「言えないだろうな。しかし、ノアさんはきっと、クリスを失った私に同じことを言うだろうさ」


「…………そうでしょうか?」


「ああ、そうとも」





 ノアは、真っ白な頭で、空っぽの心で、友人がくれた言葉を反芻する。





「そうですね…………少し落ち着いたら、行ってみようと思います。キ・エラ連邦に」


「そうか。いい旅になることを祈るよ」


 ナイトハルトは、ノアの冷たい手を強く握った。


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