7章1話 もう、どうでもよかった
しばらくして、ノアたちは解放された。
ルーデン公国国王フレデリカが、監禁されている2人を解放しないなら、武力行使もいとわない、と文書で通達したのだ。
ノアとカシッドは、ルーデン公国から来たフレデリカの馬車に乗せられ、エルノア国へ帰ることとなった。
「…………フレデリカさん。その…………ルナリアさんは…………」
ノアは聞くのが怖かった。審問官アレスが言っていたことを信用してはいない。だが、本当にルナリアが死んだとしたら――。
「…………ノアさん………………本当に……ごめんなさいっ…………」
フレデリカは泣き崩れてしまった。それが何よりの答えだった。
ノアは頭が真っ白になった――
エルノア国へ帰る道中は覚えていない。
気が付けば、マギナの執務舎まで戻ってきていた。
ダリアとナイトハルトが出迎えてくれる。
何か神妙な顔で、あれこれノアに話しかけているが、ノアには何を言っているのか全く理解できていなかった。
そして、魔女の家が視界に入った。
「そんな…………ルナリアさん…………………」
ノアは膝から崩れ落ちた。
跡形もなく吹き飛び、瓦礫の山と化した魔女の家――
足元に転がる、ルナリアの愛用していたカップの柄――
表紙の半分しか残っていない、ルナリアが読み漁っていた書物――
大切にしていた、ソファの残骸――
「………………ノアさん、これを…………」
ダリアがノアに手渡したのは、ルナリアに渡した結婚指輪だった。
ノアは震える冷たい手でそれを受け取り、強く、強く握りしめた。
そして、ただ、ただひたすら、言葉にならない感情を、ただ、強く叫んだ――
気が付けば、ノアは執務舎の寝室にいた。
ふと右手を見ると、包帯が巻かれていた。強く握りしめた手のひらに爪が食い込み、負傷したようだ。そしてその手には指輪が握られており、いままでまた強く握りしめてしたようだ。床には血が滴り、指輪も血だらけだった。
ノアはそっと、右手の小指に指輪をはめる。そしてノアの指輪がはめられた左手と共に天井へかざす。ルナリアの薬指は、ノアの小指程の細さだったことを、今更ながら知る。
「…………ルナリアさん……………」
ノアは静かに涙を流した。
数日後、ルナリアの葬式が、フレデリカのもと行われた。
エルノア国民の皆が参列を希望したが、フレデリカの意向で、関係の深かった数人で小さく執り行われた。
墓は魔女の家跡の裏――魔族の森の入り口の外れに、小さく建てられた。
ノアは、葬式以来、ずっと執務舎の寝室に引きこもっている。
食事も数日、摂っていない。
ノアは、真っ白な頭と、空っぽの心で、何度も同じ問いを繰り返している。
どうして、こうなったのか――
答えは決まって同じだった。
――欲張ってしまったから。
ただ、ルナリアとの静かな生活を守れば良かった。
周りの事など気にせず、ただ、魔女の家で、二人だけの生活を。
前世だってそうだった。
周りにまで気を回し、結局は自分が一番大切にしなければならないものを手放した。
周囲の幸せまで、ノアは欲張ってしまった。その罪による罰なのかもしれない。
自分に驕ってしまった、傲慢さへの罰。
しかし、もうどうでもよかった。
もう失うものなど、この命くらいしかないのだから。
後悔しても、反省しても、ルナリアは帰ってこない。
取り返しがつかない。
だから、もうどうでもいいのだ。
どうでもいい。
もう、ほんとうに――




