6章9話 王は、民を愛しそして民に殺された
宿は首都フェルニスの中心部に泊まることにした。
街人から話を訊くに、安い宿なら、魔素の濃くなってきている中心部の、既に宿主が避難して無人営業しているところがいい、とのことだった。
ノアはカシッドに魔素耐性について訊く。
「ええ、私は大丈夫ですよ」
なんでも、スクリット家は代々魔素耐性があるらしい。
いくつか無人営業している宿を回り、安くそこそこ良さそうな宿に泊まることにした。
「はぁー…………」
ノアはベッドにドカッと倒れこむ。なんだか今までの宿よりも心地よい気分だ。疲れからだろうか。
「お疲れのようですね。少し休んでから明日の話をしましょうか?」
カシッドはそう気を使ってくれたが、このまま寝てしまいそうなノアは起き上がる。
「いや、先に晩飯と明日のことを話しておこう。起きていられる自信が無い」
「そうですか……では食事の準備をしますね」
カシッドは荷物からパンと干し肉を取り出し、切り分けてノアに渡す。
「ありがとう、カシッド。それで明日なんだけど、原則二人で行動します。ここいらは人が少ないので、少し戻って情報収集を。そしてできればチラっとシルドニア皇国にもお邪魔したいなと。ファシルファ王国を落とした魔法兵器の情報が少しでも欲しいからね」
「わかりました」
***
明朝――。
ノアたちは、来た道を戻るように首都フェルニスの北端までやってくる。
フェルニスは治安が良いのだろう。荒れたところはあまり見られない。住人も穏やかというか、品の良さそうな人ばかりだ。ルークは以前、フェルニス王国のなかでも首都フェルニスは敬虔なシルド神教徒が多いと話していたが、そのせいなのかもしれない。
しかし、やはり物資不足は否めなかった。ゼファー、エタンほどでは無いが、品ぞろえに物寂しさを感じる。
そして人口――かなりの人数だった。察するに、街の中心部から避難してきている人が多いのだろう。エタンまで避難民が流れていることを考えると、ここは既にキャパオーバーしていそうだった。
中心部に向かうにつれて、人口は落ち着いていき、聖職者ばかりが目立つようになる。
そして中心部に戻った。先ほどの人込みは嘘のように静かな中心部は、シルドニア皇国へ向かう数人の聖職者しか見当たらない。
ノアたちは、首都フェルニスの中心にそびえ立つ大聖堂――シルドニア皇国へと向かった。
***
シルドニア皇国の国境にも、低いながら塀があり、門番が数人で管理していた。
「すみません。私はシルド神教を心から崇拝する敬虔な信徒です。先日、あの異教徒どもが巣くうファシルファ王国に神の裁きが降りたと聞きまして、その崇高な御業をぜひこの目で見たく参上しました」
ノアはこれでもかというほどの嘘を並べた。一緒に手を合わせるカシッドがドン引きしているのが、ひしひしと背中から伝わる。
「そうか。しかしすまない。あいにくあれは見て拝めるものじゃないんだ」
門番は優しくも、この怪しい信徒に応えてくれた。
「そうでしたか……それならお話だけでも……」
「そうだな……私も実際見たわけじゃないんだが……どうやら遠くから一瞬で城が吹き飛んだとか……」
「おい!どうした?何か問題か?」
別の門番がやってくる。ノアは少し警戒した。
「いや大丈夫だ。この信徒が、ファシルファ王国に使った兵器を拝みたいって来てさ……」
「お話だけでも十分なのです……村に帰って皆に神の御業がいかに素晴らしいか伝えたく……」
「ああ、あれか。それなら俺、間近で見たぞ」
「おお!それはそれは……なんという神の思し召し。……どうか、聞かせては下さいませんか?」
ノアは手を合わせ懇願する。
「しかしなぁ……アレは国家機密だ……ここで話していいもんじゃない……が『敬虔な信徒』になら神もお赦しになるだろう……」
門番は、ちらちらとこちらの顔色を伺う。ノアはその意味を理解していた。
「もちろん、私たちは『敬虔な信徒』ですので……」
ノアは門番に『お布施』を渡す。すると門番は包みの中身を確認し、神のご加護を、と祈りのポーズを取った。
カシッドはそれをさげすんだ目で見ていた。
「あれはすさまじい兵器だった。大人二人分くらいの鉄の筒に、頭くらいの丸い魔道具を入れるんだ。そして筒に数人がかりで手を当てて起動すると、ドンと大きな音がして丸い魔道具が飛んでいく。そして城に当たったかどうかのタイミングでその魔道具がドカンと爆発。木っ端みじん。まさに神の御業だったよ……」
門番は興奮気味で、身振り手振り話してくれた。
「それは凄い!それらの魔道具は……一体どのような御業で出来ているのでしょう?」
「さあな。それはわからん。ただ、一発つくるのに、これくらいの魔石が必要だって話だ」
門番が示したサイズは、普通の魔獣からは産出しない、かなり大きな魔石であった。
「だから、これだけ威力があっても、おいそれと使える御業じゃないらしい。量産できれば、ファシルファ、ルタ・スクリット共和国に続いて、エルノア国やルーデン公国だって改宗させられるのにな!」
ん?今の話、何か違和感が――
「すみません、量産できれば、なんと?」
「え?ああ、あとシルド神教ではない国は、エルノアとルーデンって話だ。キ・エラは……まぁ害が無いからな」
シルド神教ではない国が、エルノアとルーデンだけ――?
「あの、ルタ・スクリット共和国は、ミンツ教では……?」
「ああその通りだ。でも2日前にクーデターがあってな。王族はみな死んだ。これからシルド神教への改宗が始まるだろうさ」
その言葉を聞くや否や、ノアの後ろに控えていたカシッドが血相を変えて門番に襲い掛かる。
「おいっ!!!今なんて言った!!!クーデターだとっ!!!なぜそんなことが起こるっ!!!!」
カシッドは門番を押し倒し、怒鳴るように問い詰める。
「くっ……お前その肌の色……そうか、お前さてはルタ・スクリット共和国の出身だな!」
ノアは二人に割って入る。が、すぐに他の門番に取り押さえられてしまった。
「言えっ!!!!なぜクーデターがっ!!!」
その問いに門番は応えなかった。
その後、ノアとカシッドはシルドニア皇国の警備兵に引き渡され、皇国内の牢へ入れられてしまった。
***
牢に入れられた二人は、審問官と思わしき人と警備兵に監視された。
ノアは名前と出身を聞かれたが、エルノア国の小さな村の出身で、名をニアと答えた。
「私は審問官のアレスといいます。そちらは、ルタ・スクリット共和国の出身のようですね。身分は?」
カシッドはノアを見やる。ノアは小さくうなずいた。
「この方の奴隷です。数年前、売られました」
「名は?」
「………カシ……カシムです」
「カシム。貴方は故郷の事を知りたいようでしたが、お聞きになりますか?」
カシッドは首を縦に振った。
「いいでしょう。それではお話します」
審問官アレスは流暢に話始めた。
「かの国、ルタ・スクリット共和国は、身分階級制度という人間に優劣をつける悪しき文化にて、長きにわたり神の民を虐げてきました。欲望のまま王族は富を独占し、商人は農民を飼い殺し、農民もまた罪人を虐げていました」
「嘘だ!!!!そんな事実はない!!!」
カシッドが全力で否定する。が、話は止まらなかった。
「我々シルド神教は、それを痛く悲しんだ。こんなことはあってはならない、と。そして数年前。その苦しみから神の民を救うべく、宣教師ハリスを送りました。彼は非常に優秀な聖職者です。彼はその苦しみを解放すべく、神の民に教えを説いて回りました」
「なっ………ハリス………ハリスと言ったか?」
ハリス――確かルタ国王の側近だったか。
「ええ、宣教師ハリスです。貴方もご存じでしたか。それなら彼の慈悲深さが理解出来ましょう。そして彼は先日成し遂げました。神の民を悪魔の手から解放したのです!罪深き王ルタとその血族は全て、死をもって断罪されました。これで皆、シルド神の下救われたのです!」
ノアは愕然とする。カシッドに至っては、言葉にならない叫び声が牢をこだまさせていた。
ルタが死んだ。審問官アレスはそう言った。
あんなに民を愛した王が、民のクーデターによって――。




