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6章7話 男たちは、他国へと潜入した(1)

 ノアは数日、ハイデンへ滞在することにした。

 自分の足で、かつては1000人以上が暮らした交易都市を、改めて見ておきたかったからだ。


 街中はかなり閑散としている。開いている店がポツポツとある程度で、他は無人。泥棒対策なのだろう。扉や窓は板で封じられていた。


 郊外は中途半端に開拓された農地が散見される。交易都市として活用できないと気づいたフェルニス王国からの移民が、農地開拓したのだろう。しかし人手が足りず中途半端に、といったところか。


 このハイデンをどのように運営していくかは、ハイリッヒとカシッドに任せるつもりだが、最終的にはフェルニス王国西側の動向次第だ。カシッドの言うように、西側との交易が可能なら、きっとハイデンは再び交易都市として盛り上がるだろう。


 ハイデンの中心に戻ったノアは、カシッドに呼び止められた。


「ああいたいたノアさん!」


「カシッド。どうしたんだい急いで」


「ええ、まぁ急ぎでは無いんですが……明日からしばらく、以前ノアさんが話していたフェルニス王国のゼファーに行ってみようと思いまして。それでノアさんも一緒にどうかなと」


 ゼファー――以前ルークに聞いた情報では、フェルニス王国の第3都市。規模でいうと、かつてのハイデンの3倍あるとされた東側の都市国家シズよりも大きいだろう。


「なるほど……いいですね!僕も同行します」


 エルノア国も今は安定している。世界情勢もファシルファ王国陥落からしばらく経ち、ひと時の落ち着きを見せている。行くなら今しかないのかもしれない。


「ありがとうございます!では早速護衛を……」

「ああ、カシッド!」

 ノアはカシッドを引き留める。


「今回は二人で行こう。国王がフェルニスに入ったとなれば大事だ。行商人を装って、こっそり偵察しに行くことにしよう」


 カシッドは少し考えるそぶりを見せたが、快くノアの提案に乗った。



 ***



 翌日の朝方。ハイデンでそれぞれ行商人らしい服装と、麦を積んだ荷馬車を用意し、二人は出発する。


「父もよく、こうしてお忍びで他国へ旅に出たと聞いています。それをノアさんとご一緒出来るなんて光栄です!」

 カシッドは無邪気な笑みを浮かべた。その顔は、どことなく父であるルタにそっくりだった。


「僕も国王になる前はこうして荷馬車であちこち出かけたよ。いいよね、旅」


 ノアとカシッドは、お互いの国の話で盛り上がった。


「多分、このあたりからフェルニス王国領だ」


 ノアも未踏のフェルニス王国領へと荷馬車は進んでいく。


 辺りは農村だった。いくつかの家が密集している集落と、それを囲む広大な農地。もうすぐ日が暮れるというのに、農民たちはせっせと農作業をしている。


 もう少し荷馬車を走らせると、村にたどり着いた。タット村、というらしい。ここに来て、土地勘のある行商人――ダリアやルークの偉大さを感じる。


 この村には宿が無かったため、一行はシルド神教会の宿舎にお世話になることになった。

 祈りと献金を納め、食事と宿の施しを受ける。


 そして翌朝、ゼファーに向けて出発する。

 神父に聞いたところ、ゼファーまでは馬車で1日はかからない、とのことだった。


 ノアたちはずっと続く農地をひたすら走る。


 季節の無いこの世界は、作付け時期は収穫時期のあとすぐに行われるため、たわわに実った麦畑もあれば、青々とした麦畑もある。ノアにとっては今でも不思議な光景だ。

 しかし、それでも作付けされていない畑が目立つ。やはり人手が足りていないのだろう。農民の顔も、心なしか疲れ果てているように見える。

 度重なる戦争で、若者が多く駆り出されていた、と聞く。今はまだぎりぎり成り立っている農業だとしても、今後を考えると非常に不安に感じる。


 そんな光景がしばらく続き、一行はようやくゼファーの城門にたどり着いた。


 城門は開けっ放しになっており、門番はいなかった。皆自由に出入りしているので、ノアたちもそれに倣い入っていく。


 中は流石の街、といった賑わいだった。しかし、シズと比べると、かなり大人しいというか、さびれている。これでは、かつてのハイデンといい勝負なのではないだろうか。


 ノアたちはまず宿の手配をした。

 ゼファーの中心部にある宿がいい、と街人に聞いたので、そこを訪ねることにした。

 しかし金額を聞いて驚いた。シズで泊まった宿の5倍はしていたのだ。後に引けず泊まることにしたが、部屋は金額に見合う豪華さはなく、いたって普通の宿。ぼったくられたのかと、後日他の宿の相場を確認したが、どうやらゼファーではこの金額がまだ良心的な部類だった。競争の無い郊外の宿は、それこそ10倍ほどしている宿もあったほどだ。


「ノアさん……手持ち、大丈夫ですか?」

 カシッドが心配そうにノアを見る。


「一応国王だからね……それなりには持ってきているけど……あまり贅沢は出来ないかも」

 2人は小さくため息をついた。



 ***



 翌朝、ゼファーの視察を手分けして始める。

 視察、といっても、街人への聞き込みや、街並みの観察といった、ほぼ観光に近い。

 ノアから見たゼファーは、やはりさびれている印象だった。ところどころ店は閉じていて、若者も多くはない。老人、女性、子どもばかリが目立つ。下働きする獣人もちらほら見かける。ノアはフェルニス王国にあると聞く奴隷文化を初めて色濃く目の当たりにした。


 ノアは商店に立ち寄る。野菜が中心の店だが、あまり品ぞろえが良くない。売り切れのカゴもちらほら見える。


「これ……いつごろ入荷しそうですか?」

 ノアは女店主に聞いてみることにした。


「ハイデンから他国の野菜が入らなくなったからねぇ……入荷の検討もつかないよ。人も少なくなったし、商売あがったりさ」


「でも、ハイデンが今復興している最中と聞きますが……」


「そうみたいだね。フェルニス自体はエルノアとの交易を禁止しているみたいだけど、お偉いさんは皆あっち行っちゃったから、ここはほぼ自治区みたいなもんだし、早く復興して交易できればいいのにねぇ」


「大丈夫なんですかね……ハイデンと交易したら、捕まったりは……」


「大丈夫だろうさ!見ただろ?あの城門。もうしばらく開きっぱなしさね。例えエルノアが攻めてきても、私たちは大手を振るって降伏するよ!」

 あっはっはっは、と女店主は笑い飛ばした。


「ここの領主様は?」


「ファシルファを攻めた時に死んだよ。ここの若者を率いてね」


「…………そうでしたか」


「良くも悪くもない領主様だったよ。でもゼファーに来てた参戦要求を最後まで拒否しようとしてくれたのは、ありがたかったね」


 ノアは話のお礼に少しの野菜を買い、別れを告げた。


 いくつかの店を回ったが、大体同じような話だった。ゼファーに領主はおらず、自治区化しているのは、間違いなさそうだ。そして、交易が不十分で、物資が足りていない。


 別行動のカシッドも、似たような報告であった。つまり、ハイデンとの交易は問題なさそうだった。


「ノアさん、これ、ひょっとしたらエルノア国へ編入だって出来そうですよね……」


「確かに……でも、ここは完全にフェルニス王国領だし、リスクが大きすぎるよ……」

 それに、そもそもノアは国を大きくしたいわけではない。編入させるメリットがそもそも無かった。

 しかし、ここの民が虐げられるような状況になったなら、致し方なくそうする可能性も、なくはなかった。


「ノアさん……もう少し中心のほう……首都フェルニスまで、見にいってみませんか?」


 ノアも、同じことを考えていた。


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