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6章6話 男は、故人を感じたかった

 数か月後、ハイデンへの移住が落ち着いた頃、街の視察のためノアはハイデンまでやってきた。


「ノアさん!お久しぶりです!」

 ハイリッヒが元気よく挨拶してくれた。元気そうで何よりだ。


「お久しぶり、ハイリッヒ。ハイデンのほうはどうだい?」


「そうですね……ダリアさんやルークさんに過去のハイデンを色々と聞いていましたが、そこまでの復興はまだですね……でも、元ハイデン出身者中心に、今後について色々意見を貰えているのはありがたいです!」


「以前のハイデンとは状況が違うから、あまり過去にこだわらずいい街を作ってね」


 はい!と元気よくハイリッヒは返事をした。


「ところでカシッドは?」


「彼は執務舎にいると思います!」


 ノアはカシッドに逢いに執務舎へ向かった。


「あ、お久しぶりですノアさん!」


 カシッドも元気そうで何よりだ。


「お久しぶり!どうだい?ハイデンは」

 ノアは同じ質問をカシッドにもする。


「街のキャパはまだあって、空き家が目立ちますね……あまり放っておくと劣化が心配です。元ハイデンの方には元の家に戻ってもらいましたが、どうしても人口が散らばってしまって、少し難儀しています」


「やっぱりそうか……今後はどういうふうに考えているの?」


「ノアさんは反対かもしれませんが、やはり元の交易都市として復活させたいという気持ちはあります。一部のフェルニス王国貴族や怪しげな行商人なんかが、ハイデンの復興を聞いて買い物にやってきているので、もしかしたらフェルニスの西側とは、通常の商売も可能なのでは、と」


「なるほど……フェルニス王国の支配が西側で弱っているようならありかもね……まずはここから一番近いフェルニス王国の都市、ゼファーの様子をみると何かわかるかもしれない」


「ご助言ありがとうございます!今後定期的にゼファーに赴き様子を確認してみます!」


 実務はカシッド、街の顔役はハイリッヒという構図が見て取れる。


「…………ハイリッヒにもちゃんと実務をさせてね。彼が長だから」


「そうですね。私もわきまえて仕事するようにします」



 ***


 ノアはハイデンを見て回る。まずは、シルド神教会だ。


 きっとハイデン出身者が片付けてくれたのだろう。ダリアから聞いていたほどは、荒れてはいなかった。多少埃が目立つものの、あのだらしない神父が管理していた程度には綺麗だった。


 ノアには、むしろそれが嬉しくも感じる。小綺麗になり過ぎては、ロイズ神父の面影を感じられなくなってしまうから。


「………………ロイズさん」


 ノアは跪き、シルド神像に祈りを捧げる。


 自身の信仰に迷いながらも、最期は異教徒を守り命を落とした神父は、今なおノアの心の中に生き続けている。一緒に居た時間こそ短いが、ノアにとって初めての友人であった。もっと彼と話をしてみたかった。もっと彼を知りたかった。そんな後悔がノアの心の奥底でわだかまりとなったままだ。


「ロイズさんの死を受けて、僕は国を作りました……。争いの無い、自由な国です。あなたが生きていれば、きっと喜んでくれたでしょう……」


 ノアは深く祈りを捧げた。



 シルド神教会の執務室――ロイズの部屋に立ち入る。

 一度は来たのであろう後任が、最後には持ち出したようで、書棚は空だった。机の上も埃をかぶってはいるが整然としていた。

 ノアは引き出しを開ける。特に中は入っていない。なにか遺品が無いかくまなく探す。

 すると、引き出しの一番下が二段底になっていることに気が付く。ノアは慎重にその底を開けてみると、中からは手記が数冊出てきた。


「これは……ロイズさんの……」


 あの神父からは想像できないほど丁寧な筆跡だったが、手記の裏には確かにロイズのサインがあった。

 ノアは中身をめくる。

 そこには、ハイデンに着任してから異端審問官が襲撃してくる前日までのおよそ5年間が記されていた。内容は主にその日の出来事。すべての日を書いているわけではないので、印象的な出来事だけを書いていたのだろう。時折、自身の考えや葛藤、悩みなども書かれている。


「……あ、マリエッタさんのことも書いてる」


 ――彼女は粗暴で酒癖が悪い。だが心が温かく面倒見がいい。非常に頼もしい存在だ。


 ――前言を撤回する。彼女は教会のことをあまり考えていない。定期報告もくれないし、集めた献金も渡してくれない。挙句、その献金を自身の酒に費やしているそうだ。頭が痛い。


 ――マギナ村教会の事を上に報告しようとシルドニア皇国へ出向いたが、相手にされなかった。どうやら忙しいようだ。訊けば既にマギナ教会はシルド神教会を除籍扱いとなって久しいようだ。聞いていた話と異なるが、これであそこを管理する責任からは逃れられそうだ。


 ――除籍の報告をしにマリエッタを訪ねる。酒の席になり、飲みながら話した。信仰心の話になったが、私の知る限り、もっともシルド神教の意味を理解しているように感じた。彼女の信仰心は生活に根差している。敬虔さとはなんなのか。私の信仰心はなんなのか。考えさせられる。彼女との関係を維持するため、除籍の話は伏せることにする。


「マリエッタさんが、ロイズ神父の信仰に影響していたのか…………ん、僕のことも書いてる」


 ――マギナ村からやってきた男性、ノアと出会った。歳は私より少し下だろうか。彼は不思議な人だった。初対面だったが、思わず悩みを打ち明けてしまった。酒も飲んだ。酒はいつも楽しいが、あんなに楽しかった酒はいつだろうか?是非また会って話がしたい。


 ――街で信仰が割れている。無理もない。私も今のシルド神教が正しいかと問われれば、首を縦にはふれない。


 ――真シルド神正教の大聖堂が完成したようだ。見知った神父も改宗し働いている。何度も勧誘されているが、断り続けている。しかし内心揺れているのは確かだ。


 ――真シルド神正教のやり方にも問題を感じる。あれは布教ではない。かといってシルド神教への貢献心が強くなることはない。どちらでもなく、ただ、敬虔に、粛々とシルド神を信仰することにする。


 ――ノアが再びハイデンにやってきた。彼もまた、真シルド神正教とシルド神教の信仰について考えていたようだ。彼は私のその信仰への態度に賛同してくれた。とても救われた気分だった。



 ノアの頬に涙が伝う。手記を読むとまるでそこにロイズがいるかのようだった。

 ノアは手記を持ち帰ることにした。



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